相続税申告書の作成では、生前贈与の確認を「受贈者ごと・贈与者ごと」に行います。確認するのは、①相続時精算課税の選択の有無、②過去の贈与の内容、③相続税に加算する金額の3点です。
はじめに
相続税の申告書を作る際、被相続人からの生前贈与の確認は、財産の洗い出しと並んで漏れやすい作業です。とくに相続時精算課税は、贈与者ごとに選択し、一度選択すると、その贈与者からの贈与は選択した年以後、暦年課税に戻せません。このため、直近の数年分だけを見ても確認は終わりません。
実務で最も注意したいのは、贈与税の申告書が見当たらないことは、精算課税を選択していないことの証明にならないという点です。令和6年以後は、精算課税の基礎控除額(年110万円)以下の贈与であれば、贈与税の申告書を提出しない場合があるためです。
この記事では、次の順序で確認方法を整理します。
- 暦年課税と相続時精算課税の違い、加算の対象期間
- 本人(受贈者)の過去の申告内容の確認方法
- e-Taxの現在の機能制限
- 他の相続人の贈与状況を確認する開示請求
- 確認後の加算額の整理と、事務所内の確認調書
※ 本記事は国税庁のタックスアンサー等に基づく整理です。実際の申告にあたっては、最新の国税庁の様式・通達をご確認ください。
暦年課税と相続時精算課税の違い
相続税への加算の考え方は、暦年課税と精算課税でまったく異なります。
| 暦年課税(生前贈与加算) | 相続時精算課税 | |
|---|---|---|
| 加算の対象となる人 | 相続・遺贈などで財産を取得した人 | 精算課税の適用者(今回の相続で財産を取得しなくても課税対象) |
| 加算の対象となる期間 | 相続開始日により異なる(下表) | 選択年以後のすべての贈与 |
| 加算する金額 | 贈与時の価額 | 令和5年以前は贈与時の価額、令和6年以後は年ごとの合計額から基礎控除額を引いた残額 |
| 年110万円以下の贈与 | 対象期間内なら原則として加算 | 令和6年以後の分は基礎控除内で加算されない |
暦年課税の加算対象期間
暦年課税の生前贈与加算は、相続開始日によって対象期間が変わります。
| 相続開始日 | 加算の対象となる期間 |
|---|---|
| 令和8年12月31日まで | 相続開始前3年以内 |
| 令和9年1月1日~令和12年12月31日 | 令和6年1月1日から死亡日まで |
| 令和13年1月1日以後 | 相続開始前7年以内 |
令和8年中に亡くなった方の申告では、暦年課税の加算対象期間はまだ3年です。なお、相続開始が令和9年1月2日以後の場合は、加算対象期間内の贈与のうち、相続開始前3年以内の贈与以外の部分について、贈与時の価額の合計額から総額100万円までは加算されません。
対象期間内の贈与は、年110万円以下で贈与税がかからなかったものでも、原則として加算します。ただし、加算されるのは相続・遺贈などで財産を取得した人が受けた贈与です。単に「相続人だから全員を加算する」のではなく、財産取得の有無などを踏まえて判定します。
精算課税で押さえる点
- 精算課税の2,500万円の特別控除は、相続税に加算しない制度ではありません。相続税への加算額は、原則としてこの特別控除を差し引く前の金額で整理します。
- 令和6年以後の年110万円の基礎控除は、同じ年に複数の特定贈与者から贈与を受けた場合、贈与額に応じて按分します。贈与者ごとに110万円ずつ使えるわけではありません。
- 精算課税の適用者は、今回の相続で財産を取得しなくても、精算課税適用財産について相続税の課税対象となります。
本人の過去の申告内容を確認する方法
まず、相続人・受遺者など各人について、次の表の内容を確認します。
| 確認事項 | 確認する資料・内容 |
|---|---|
| 誰から誰への贈与か | 被相続人と受贈者の氏名・続柄 |
| 相続時精算課税を選択したか | 相続時精算課税選択届出書の控え、提出の記録 |
| いつから選択したか | 選択届出書、最初の適用年の贈与税申告書 |
| どの財産をいくら贈与したか | 贈与税申告書、贈与契約書、通帳、登記事項証明書など |
| 贈与税をいくら納めたか | 申告書、修正申告書、更正通知書、納付資料など |
| 控えが足りないとき | 本人や従前の関与税理士への照会、申告書等閲覧サービス |
申告書・届出書の控えを集める
受贈者本人と従前の関与税理士から、次の資料を取り寄せます。
- 相続時精算課税選択届出書
- 贈与税申告書の第一表・第二表(精算課税の内容は第二表で確認します)
- 電子申告の受信通知など、提出を確認できる資料
- 修正申告書、更正通知書など
精算課税は、直近3年分だけでは足りません。選択した年以後の贈与がすべて加算の対象になるためです。「贈与はしていない」という本人の回答だけで終わらせず、預金の資金移動や不動産の名義変更も確認して、資料と突き合わせます。
控えがなければ「申告書等閲覧サービス」を使う
本人の過去の申告内容が分からない場合は、税務署の申告書等閲覧サービスで確認します。国税庁も、後述のe-Taxの一部機能が見合わせ中の間は、このサービスの利用を案内しています。
e-Taxの現在の機能制限に注意する
国税庁のお知らせ(2026年11月3日時点で確認)によると、e-Taxで確認できる贈与税関係の情報には、次の制限があります。
| 機能 | 国税庁の案内 |
|---|---|
| e-Taxで送信した贈与税申告情報の表示 | マイページの「贈与税関係情報」で確認できる |
| 相続時精算課税の適用状況の表示 | 情報提供を当分の間見合わせ |
| 書面申告の提出状況の表示 | 情報提供を当分の間見合わせ |
| 更正・決定の通知情報 | 情報提供を当分の間見合わせ |
税理士は、e-Tax上で納税者との委任関係を登録すると、その納税者の贈与税関係情報を参照できます。ただし、現状では「マイページに精算課税の表示がないから、未選択だろう」と判断してはいけません。控えや申告書等閲覧サービスで必ず補完します。
精算課税選択届出書を単独で提出している場合
国税庁のQ&Aでは、選択届出書を贈与税申告書と同時に送信した場合と、届出書だけを単独で送信した場合を区別しています。同時に送信した場合は、マイページの申告書表示から確認できます。一方、申告書を提出せず届出書だけをe-Taxで送信した場合は、マイページの贈与税関係情報には表示されません。この場合は、メッセージボックスに保存された受信通知で確認します。
令和6年以後は、年110万円以下の贈与で贈与税申告書が提出されていないこともあります。選択届出書とその提出記録を確認することが、いっそう重要です。
制限の解除時期は未定のため、実際に確認する時点で国税庁のお知らせを見直してください。
他の相続人の贈与状況は「開示請求」で確認する
他の相続人が被相続人から受けた贈与は、依頼者の側では分からないことがほとんどです。この場合に使うのが、相続税法第49条第1項に基づく「贈与税の申告内容の開示請求」です。相続税の申告や更正の請求をする人が、同じ被相続人から財産を取得した他の相続人等について、贈与税の課税価格の合計額などの開示を請求できます。
「本人の申告書を確認する閲覧」と「他の相続人等の申告内容についての開示請求」は別の制度です。区別して進めます。
請求できる人と手続
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 請求できる人 | 相続・遺贈・相続時精算課税に係る贈与により財産を取得し、その被相続人の相続税申告または更正の請求のために情報が必要な人 |
| 開示の対象者 | 同じ被相続人から相続等により財産を取得した他の相続人等 |
| 使用する書類 | 相続税法第49条第1項の規定に基づく開示請求書(必要に応じて付表) |
| 提出先 | 被相続人の死亡時の住所地等を所轄する税務署(他の相続人の住所地の税務署ではありません) |
| 請求できる時期 | 被相続人が死亡した年の3月16日以後 |
| 提出方法 | e-Tax、持参、郵送 |
| 手数料 | 不要 |
| 開示までの期間 | 請求後2か月以内 |
| 税理士による代理 | 可能(国税庁が委任状の様式を掲載) |
相手の同意は要りません。請求者自身の法定の権利として請求する制度です。ただし、単に法定相続人であるだけでなく、財産を取得していることと、相続税申告等のために情報が必要なことが要件になります。
添付書類
状況に応じて、次の書類を添付します。
- すべて分割済みの場合:遺産分割協議書の写し
- 遺言書がある場合:請求者・開示対象者に関する遺言書の写し
- 上記以外:請求者・開示対象者の戸籍の謄本または抄本
- 郵送での受け取りを希望する場合:返信用封筒(切手を貼付)のほか、請求者または代理人の住所確認書類など、所定の書類
代理人の事務所への郵送を希望する場合は、代理人の住所地等を確認できる書類の写しも求められています。
開示で分かること、分からないこと
開示されるのは、法定の区分ごとの課税価格の合計額です。各年分の内訳や、他の相続人の贈与税申告書そのもの、個々の贈与の明細は交付されません。
| 区分 | 開示される情報 | 限界 |
|---|---|---|
| 暦年課税 | 加算対象期間内の贈与について、贈与税申告書に記載された課税価格の合計額など | 未申告の贈与や、申告不要だった贈与は網羅されない |
| 相続時精算課税 | 精算課税に係る贈与税申告書に記載された課税価格の合計額(令和6年以後の贈与は基礎控除後の金額) | 選択届出書や申告書の写し、個別財産の明細は交付されない |
開示の対象は、精算課税の選択届出の有無そのものではなく、申告された課税価格の合計額です。開示額がないことだけで、「精算課税を選択していない」「贈与を受けていない」と断定してはいけません。選択状況や個々の贈与内容が必要な場合は、相手に選択届出書や申告書の控えの提示を求めるなど、別の確認が要ります。
開示請求の限界
開示請求は便利な制度ですが、他の相続人への生前贈与を全件調査するものではありません。限界は次の5点です。
- 分かるのは金額の合計だけです。 開示されるのは、暦年課税・精算課税の区分ごとの課税価格の合計額です。各年分の内訳、贈与税申告書そのもの、個々の贈与の明細は出ません。
- 申告のない贈与は分かりません。 年110万円以下で申告不要だった暦年贈与や、未申告の贈与は、開示額に表れません。通帳や契約書での確認が別に必要です。
- 精算課税の選択の有無は確認できません。 開示の対象は課税価格の合計額で、選択届出書の有無ではありません。開示額がなくても、「未選択」「贈与なし」とは言えません。
- 請求できる人が限られます。 相続・遺贈・精算課税に係る贈与で財産を取得し、相続税申告や更正の請求のために情報が必要な人だけです。開示の対象も、同じ被相続人から財産を取得した他の相続人等に限られます。
- 時期と期間に制約があります。 請求できるのは被相続人が死亡した年の3月16日以後で、開示までに請求後2か月以内かかります。申告期限から逆算して、早めに請求します。
開示対象者が複数いる場合の注意点
相続税法第49条第1項の開示請求では、開示の対象となる他の共同相続人等が2人以上いる場合、開示されるのは対象者全員の課税価格の合計額です。相続人ごと、贈与年ごと、財産ごとの明細は開示されません。たとえば、長男と次男について請求して合計1,000万円と回答されても、それぞれ500万円ずつとは限りません。
また、暦年課税の加算対象財産は、相続開始前3年以内の贈与と、それ以前の加算対象期間内の贈与に区分されます。後者は100万円の控除を反映した金額が開示の対象となります。
したがって、開示された金額だけで各相続人の生前贈与を完全に把握することはできません。贈与税申告書の控えや預金の動きなどを、別に確認する必要があります。
実務では、開示額を「申告されている額」として調書に残し、未申告分や選択状況は、相手方の控えの提示や預金の動きで別に確認します。
確認後の加算額の整理
資料がそろったら、暦年課税と精算課税を分けて加算額を整理します。
暦年課税の場合
上の表の対象期間内に、相続等で財産を取得した人が受けた贈与を、贈与時の価額で加算します。年110万円以下の贈与も、原則として加算の対象です。
相続時精算課税の場合
選択年以後の贈与を、次の2つの時期に分けて整理します。
| 贈与の時期 | 原則として相続税に加算する額 |
|---|---|
| 令和5年12月31日以前 | 贈与時の価額(年110万円の基礎控除はない) |
| 令和6年1月1日以後 | 各年の贈与時の価額の合計額から、相続時精算課税に係る基礎控除額を引いた残額 |
既に納めた精算課税の贈与税は、相続税額から控除します。控除しきれない場合は、相続税の申告をすることで還付を受けられます。
加算対象から外れる主なもの
- 相続等で財産を取得していない人(孫、子の配偶者など)への暦年贈与。ただし、遺贈を受けていれば対象になります。
- 贈与税の配偶者控除(2,000万円)の適用部分
- 住宅取得等資金の非課税特例の適用部分
- 教育資金・結婚子育て資金の非課税特例の適用部分(管理残額への課税など別の論点があるため、個別に確認します)
- 精算課税の基礎控除内の部分(令和6年以後の贈与)
事務所内の「生前贈与確認調書」で漏れを防ぐ
確認漏れを防ぐには、次の列を持つ「生前贈与確認調書」を作り、受贈者ごと・贈与者ごとに一本化するのが実務的です。
| 列の項目 | 記載内容 |
|---|---|
| 受贈者・贈与者 | 誰から誰への贈与か |
| 贈与年月日・財産内容・贈与時価額 | 贈与の事実と金額 |
| 課税方式 | 暦年課税か相続時精算課税か |
| 精算課税の選択年 | 選択届出書で確認した年 |
| 確認資料 | 申告書・届出書の控え、閲覧、開示請求など |
| 基礎控除額 | 令和6年以後の精算課税の基礎控除(按分後) |
| 相続税加算額・控除する贈与税額 | 申告書に反映する金額 |
| 未確認事項 | 確認が終わっていない点 |
運用で大切なのは、次の3点です。
- 「贈与なし」と「資料未確認」を別の状態として管理します。
- 精算課税は「選択届出の確認」と「選択後のすべての贈与の集計」を、別々に完了させます。申告書の控えが残っている年だけを集計してしまう誤りを防げます。
- 開示請求で分かった金額は「申告されている額」であり、未申告の贈与は預金の動きや契約書と突き合わせて別に確認します。
毎年110万円ずつの贈与が通帳から見つかった場合は、贈与の事実の認定や、名義預金かどうかの検討も必要になります。
まとめ
- 生前贈与の確認は、受贈者ごと・贈与者ごとに行う。
- 贈与税の申告書がないことは、精算課税が未選択である証明にならない。選択届出書で確認する。
- e-Taxの精算課税適用状況の表示は、現在見合わせ中。控えと申告書等閲覧サービスで補う。
- 他の相続人の贈与は、相続税法第49条第1項の開示請求で確認できるが、分かるのは申告された課税価格の合計額だけである。
- 令和8年中の相続は、暦年課税の加算対象期間は3年。精算課税は選択年以後のすべての贈与が対象となる。
相続税のご相談は、お気軽にお問い合わせください。
参考リンク(国税庁)
- No.4103 相続時精算課税の選択
- No.4161 贈与財産の加算と税額控除(暦年課税)
- No.4202 相続税の申告(贈与税の申告内容の開示請求に関するQ&A)
- 贈与税の申告内容の開示請求手続(相続税法第49条第1項)
- e-Tax 贈与税関係情報の機能追加・提供見合わせのお知らせ
- 相続税の財産評価・課税対象の確認(相続時精算課税)
※ 各ページは2026年11月3日時点の内容を確認したものです。申告にあたっては最新の情報をご確認ください。








