会社を経営されていた方が亡くなられると、ご遺族は相続税の申告手続と並行して、「この会社を今後どうするか」という難しい判断を迫られます。
後継者がいなければすぐに解散すればよい、と考えてしまいがちですが、注意が必要です。相続税の申告期限(相続開始から10か月以内)までに会社を解散・清算してしまうと、小規模宅地等の特例が使えなくなったり、本来もっと有利に整理できたはずの会社を安値で手放すことになったりするケースが少なくありません。
本記事では、経営者の相続が発生した際に会社をどう整理していくか、その考え方の全体像と、実務上とくに見落とされやすいポイントを解説します。
まず確認すべきこと ―「相続財産」と「会社財産」を分ける
被相続人が会社を経営されていた場合、最初に確認すべき事項は次のとおりです。
- 被相続人が所有していた会社の株式
- 被相続人の会社に対する貸付金(会社側では役員借入金)
- 会社からの借入金、および個人保証の有無
- 会社が所有する預金、不動産、車両、有価証券等
- 会社が契約している生命保険
- 未払の役員報酬・経費等
- 死亡退職金や弔慰金の支給予定
- 従業員、取引先、許認可、営業上の強みなど、事業としての価値
これらを、個人の相続財産となるものと、会社の財産となるものとに区分して整理することが出発点になります。
第1段階:そもそも相続を受けるかどうか
会社の借入金について被相続人が個人保証をしている場合や、被相続人個人にも多額の債務がある場合、また会社が債務超過で会社への貸付金の回収が困難な場合には、相続そのものを受けるかどうかから慎重に検討する必要があります。選択肢は次の3つです。
| 選択肢 | 内容 | メリット | 主な留意点 |
|---|---|---|---|
| 相続(単純承認) | プラス・マイナスの財産をすべて引き継ぐ | 会社株式を含め、被相続人個人の財産を承継できる | 借入金や個人保証も引き継ぐ |
| 相続放棄 | 相続そのものを受けない | 借入金・保証債務を一切引き継がない | プラスの財産も一切承継できない、3か月以内の申述が必要 |
| 限定承認 | プラスの財産の範囲内で債務を引き継ぐ | 債務超過のリスクを負わずに済む | 相続人全員の合意が必要、手続が煩雑、3か月以内の申述が必要 |
相続放棄・限定承認は、相続の開始があったことを知った時から3か月以内(熟慮期間内)に家庭裁判所へ申述する必要があります。期限が短いため、会社の借入金・個人保証の状況は早い段階で確認しておくべきです。
第2段階:相続を受ける場合、会社をどうするか
相続を受ける前提であれば、まず会社そのものについて次の4つの選択肢を検討します。さらに、相続した株式の整理方法として「自己株式取得」という重要な選択肢があります。
| 選択肢 | 主な前提条件 | メリット | 主な留意点 |
|---|---|---|---|
| ① 継続 | 親族に後継者がいる | 事業・雇用・取引関係をそのまま維持できる | 株式の集中、遺産分割協議との整合 |
| ② 親族・従業員承継 | 親族・従業員に引き継ぐ意思がある | 事業の継続性を保ちながら経営者を交代できる | 株価評価、譲渡・贈与時の税負担 |
| ③ M&A(第三者承継) | 顧客・許認可・技術など事業としての価値が残っている | 事業の価値を対価に変えられる、雇用・取引先を維持しやすい | 譲渡方法の選択、事前の内容確認、申告期限との調整 |
| ④ 解散・清算 | 後継者がなく、事業としての価値も乏しい | 手続がシンプルで完結しやすい | 資産処分時の課税、清算手続の期間・費用 |
M&Aでは、株式譲渡か事業譲渡かで税負担のしくみが大きく異なります。株式譲渡は株主段階での譲渡益への課税のみで済むのに対し、事業譲渡では会社に譲渡益が生じれば法人税等が課税され、課税資産の譲渡には消費税も生じます。その後、売却代金を株主へ分配する際にも課税関係が生じ得ます。同じM&Aでも方法によって手取り額は大きく変わるため、事前の試算が欠かせません。
M&Aを検討する場合は、会社を解散する前に相談することが重要です。解散登記や主要資産の売却を先に行ってしまうと会社の事業価値が下がり、かえって売却しづらくなります。過年度の税務申告、未払税金、社会保険、契約関係、借入金、個人保証、役員貸付金、簿外債務は、売却前に必ず点検しておく必要があります。
相続税の株式評価は「死亡日」の会社の状態で決まる
見落とされがちですが、相続税の株式評価は、その後に会社を整理する予定があるかどうかにかかわらず、原則として相続開始日(お亡くなりになった日)時点の会社の状態に基づいて行います。将来M&Aで売却する、自己株式として買い取ってもらう、解散するといった予定があっても、あらかじめ売却価格や清算価値で評価するわけではありません。国税庁も、取引相場のない株式の課税時期は、相続の場合「被相続人の死亡の日」としています。
同族株主が相続する通常の非上場会社では、原則的評価方式によります。会社の規模等に応じて、概ね次のとおりです。
| 相続開始時の会社の状態 | 原則的な評価方法 |
|---|---|
| 大会社 | 類似業種比準方式(純資産価額方式の選択も可) |
| 中会社 | 類似業種比準方式と純資産価額方式の併用 |
| 小会社 | 原則として純資産価額方式 |
| 土地保有特定会社等 | 原則として純資産価額方式等(特定会社としての評価) |
| 休業中の会社 | 原則として純資産価額方式 |
| 清算中の会社 | 清算分配見込額による評価 |
ポイントは、死亡した時点で会社が通常どおり営業していたのか、それともすでに休業・解散・清算に入っていたのかです。「死亡→相続人が株式を相続→その後に会社を解散」という流れであれば、死亡日時点は通常の会社ですので、通常の非上場株式評価を行います。一方、会社がすでに解散し清算手続中に経営者が亡くなった場合は、死亡日時点で「清算中の会社」となるため、通常の類似業種比準方式ではなく、清算分配見込額による評価になります。
また、相続税評価額と、その後の実際の譲渡価額・受取額は別物である点にも注意が必要です。相続税評価額が3,000万円でも、その後M&Aで5,000万円で売却できることもあれば、会社整理の結果、実際の回収額が1,000万円にとどまることもあります。相続税は、あくまで死亡日時点の財産評価基本通達に基づく評価額で計算されます。
見落とされがちな「小規模宅地等の特例」との関係
相続後に会社を整理する案件で、実務上とくに重要なのが**小規模宅地等の特例(特定同族会社事業用宅地等)**との関係です。
被相続人が所有していた土地を同族会社の事業用として使用していた場合には、「特定同族会社事業用宅地等」として小規模宅地等の特例を適用できることがあります。この特例の適用を受けるためには、原則として、対象の宅地が相続開始の直前から相続税の申告期限まで、その同族会社の事業の用に供されていることが必要です。また、宅地を取得した相続人が、申告期限まで宅地を保有するとともに、申告期限時点でその法人の役員であることなどの要件があります。さらに、申告期限時点で法人が「清算中」である場合には、対象となる法人から除かれます。
なお、この特例の対象となる「一定の法人」には、相続開始直前に被相続人およびその親族等が発行済株式等の50%超を有していることなどの要件があります。また、不動産貸付業、駐車場業等は特定同族会社事業用宅地等の対象となる法人の事業から除かれています。「会社の事業用地であれば何でも使える」わけではない点に注意が必要です。
つまり、会社を解散・清算する予定であっても、相続税の申告期限より前に会社整理を進めてしまうと、この特例を受けられなくなることがあるのです。単に登記上会社を残すだけでなく、対象の宅地が実際にその法人の事業用として申告期限まで使用されていることがポイントです。
相続した株式を発行会社へ売却する「自己株式取得」という選択肢
相続人が会社の株式を相続した場合、その株式を発行会社へ売却するという方法もあります。「継続」と「M&A・解散」の中間にあたる、実務上使いやすい選択肢です。
一定の要件を満たす場合には、相続により取得した非上場株式を発行会社へ譲渡した際に、通常の自己株式の取得で生じる「みなし配当課税」を行わず、譲渡所得として取り扱う特例があります。この方法は、次のような場合に検討することがあります。
- 会社を継続する相続人に株式を集中させたい場合
- 事業を承継しない相続人の株式を整理したい場合
- 相続税の納税資金を確保したい場合
この特例には、相続税が課税されていること、相続税の課税対象となった非上場株式であること、相続開始日の翌日から相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日までに発行会社へ譲渡することなどの要件があります。実行前に適用可否を確認しておくべきです。
さらに重要なのが、相続税の取得費加算の特例との関係です。取得費加算の特例にも同様に、相続開始日の翌日から相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日までに譲渡するという期間要件があり、この期間内に譲渡した場合、支払った相続税額のうち一定額を、譲渡所得の計算上の取得費に加算できます。
「相続 → 自己株式として会社へ譲渡 → 譲渡所得課税 → 相続税の取得費加算」という流れまで試算すると、株式を保有し続ける場合や、第三者へ売却する場合との比較がしやすくなります。
相続発生後の会社整理タイムライン
ここまでの内容を、時系列で整理すると次のようになります。
相続発生(死亡日) 被相続人個人の財産・債務、会社の決算内容、借入金・個人保証を確認。この段階で、相続するか、相続放棄・限定承認を検討するかを判断します(検討期限:原則3か月以内)。
↓ 相続する場合
会社について次の事項を確認 非上場株式の相続税評価/会社に対する貸付金/死亡退職金/会社所有財産/会社借入金・個人保証/M&Aの可能性/特定同族会社事業用宅地等の小規模宅地等の特例の適用可能性
↓
小規模宅地等の特例を利用する場合、相続税の申告期限まで会社の事業を継続することが重要です。相続発生直後に会社を解散・清算しないことが大きなポイントになります。
↓
相続税申告期限まで会社・事業を維持 土地の利用状況を維持/取得した相続人の保有要件を確認/会社役員の要件を確認/非上場株式を評価/死亡退職金を検討/遺産分割協議/相続税額を確定
↓
相続税申告・納付(相続開始から10か月以内) 小規模宅地等の特例を適用して相続税申告を行います。
↓
小規模宅地等の特例を利用する場合は、相続税申告期限後に会社整理へ 特定同族会社事業用宅地等の要件を維持する必要がある場合には、申告期限までは会社・事業を維持し、その後に本格的な会社整理を行います。①相続人が会社を継続する/②親族・従業員へ承継する/③M&Aによる第三者承継/④自己株式として会社が相続株式を取得する/⑤解散・清算する。
なお、小規模宅地等の特例を利用しない場合には、株式評価や死亡退職金、M&A、税負担等を確認したうえで、申告期限前に会社整理を進めることもあります。
まとめ:会社を閉じる時期を先に決めないでください
経営者に相続が発生した際の会社整理は、単純に「会社を閉じるかどうか」の相談ではありません。相続放棄の要否 → 小規模宅地等の特例の適用可否 → 株式評価 → 死亡退職金 → 自己株式取得 → M&A → 解散・清算という流れを、順序を間違えずに検討することが核心です。
相続税の小規模宅地等の特例、株式評価、死亡退職金、自己株式取得、M&Aなどを確認したうえで、会社整理の時期と方法を決定することが、結果としてより適切な選択につながります。
税理士法人松野茂税理士事務所では、事業承継・M&A・相続税を専門分野として、経営者様の相続に伴う会社整理のご相談を承っております。「相続をきっかけに会社をどうするか迷っている」という段階でも構いませんので、お早めにご相談ください。
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