はじめに
非上場株式を純資産価額方式で評価するとき、会社が課税時期前3年以内に取得した土地や建物は、路線価ではなく通常の取引価額で評価します。財産評価基本通達185のかっこ書の定めです。
この定めは、旧租税特別措置法69条の4との関係で語られることが多く、旧措置法69条の4が廃止された後も残っていることから、その位置づけが議論されてきました。
本稿では、通達の内容、判決、公表裁決といった公開されている情報をもとに、かっこ書の位置づけを整理します。この論点は以前から議論されており、平成24年の公表裁決でも争われています。近畿税理士会の研修でも取り上げられ、講師の小寺新一先生が、この通達の制定経緯に着目し、現在も適用し続けることの合理性について問題を提起されています。
かっこ書は何を定めているか
185のかっこ書は、評価会社が課税時期前3年以内に取得または新築した土地等と家屋等について、通常の取引価額で評価するよう定めています。
純資産価額方式では、評価会社の各資産を、財産評価基本通達に定める方法で評価します。土地は路線価など、家屋は固定資産税評価額が基になります。かっこ書は、この原則に対する例外です。
- 対象:課税時期前3年以内に取得または新築した、土地、土地の上に存する権利、家屋、その附属設備、構築物
- 評価額:課税時期における通常の取引価額に相当する金額
- 例外:帳簿価額が通常の取引価額に相当すると認められる場合は、帳簿価額に相当する金額で評価できる
条文の文言は「通常の取引価額」であり、路線価より高くなる場合だけを想定した定めではありません。
旧措置法69条の4の廃止
かっこ書は、旧措置法69条の4が存在していた時期(平成2年の通達改正)に設けられた定めで、同条はその後、廃止されています。
旧措置法69条の4は、相続開始前3年以内に被相続人が取得した土地等について、その取得価額を相続税の課税価格に算入すべき価額とする特例でした。
この規定をめぐっては、大阪地裁平成7年10月17日判決(平成6年(行ウ)第79号)があります。裁判所は、相続税額が相続開始時の実勢価格をも上回る結果になる事案で、旧措置法69条の4を適用した更正処分を違法としました。理由として、同条は地価の急騰期に実勢価格と路線価の開きを利用した租税回避を防ぐ目的の規定であり、地価が急激かつ著しく下落して不合理な結果になる場合にまでは、適用が予定されていないと述べています。
なお、この判決は、旧措置法69条の4の適用を一般的に違法としたものではありません。地価の著しい下落という事情のある個別の事案についての判断です。
その後、旧措置法69条の4は、平成8年法律第17号による租税特別措置法の改正で廃止されました(平成8年4月1日施行)。
国税不服審判所は、かっこ書の根拠をどう見たか
旧措置法69条の4が廃止されても、かっこ書が根拠を失うわけではないというのが、国税不服審判所の平成24年10月9日裁決の判断です。
この事案では、請求人らが、評価通達189-4と185のかっこ書は、旧措置法69条の4の廃止によって根拠法を失い、租税法律主義に反すると主張しました。
審判所は、この主張を認めませんでした。その理由は、次の2点に整理できます。
- 旧措置法69条の4は、相続税法22条の時価にかかわらず、取得価額によるとした規定である。かっこ書とは、趣旨も根拠も異なる。
- かっこ書は、評価会社の純資産価額の計算で、土地等や家屋等の時価を算定する方法を定めたものである。個人の土地を念頭に置いた路線価等による評価だけが唯一の方法とはいえず、通常の取引価額によることは時価の算定方法として合理的である。
裁決は、個別の事案に対する審判所の判断であり、裁判所を拘束するものではありません。ただし、現行の評価通達の合理性について、国税不服審判所がどのように判断しているかを知るうえで、実務上重要な裁決です。
二つの見方:作られた経緯から見るか、今の時価の算定方法として見るか
かっこ書をめぐる議論は、通達を「作られた経緯」から評価するか、「現在の時価の算定方法」として評価するかで、結論が分かれます。
沿革を重視する見方
近畿税理士会の研修において、小寺新一先生は、財産評価基本通達185のかっこ書が設けられた経緯に着目し、旧措置法69条の4が廃止された後も、この取扱いを維持することの合理性について問題を提起されています。
現在の時価の算定方法として見る見方
国税不服審判所は、かっこ書を、相続税法22条の時価を求める方法のひとつとして捉えています。旧措置法69条の4の廃止とは別に、通常の取引価額による評価が合理的かどうかを判断する立場です。
どこに論点があるか
両者の違いは、旧措置法69条の4が廃止されたかどうかよりも、かっこ書の合理性を何で測るかにあります。前者は作られた理由を、後者は今の時価の算定方法としての妥当性を基準にしています。
また、審判所は、通達に定められた評価方法に基づいて評価するのが原則で、通達の定めによらないことが正当と認められる特別の事情がある場合に限って例外を認める、という枠組みで判断しています。したがって、かっこ書と異なる評価を主張する場合には、通達の趣旨を論じるだけでなく、そのような特別の事情を具体的に立証できるかが問われることになります。
185のかっこ書に残る3つの疑問
財産評価基本通達185のかっこ書について、平成24年10月9日の国税不服審判所の裁決は、時価の算定方法として合理性があると判断しています。
しかし、現在の取扱いを実務の立場から考えると、なお疑問が残ります。
疑問① 同じ土地なのに、個人と法人で評価額が異なるのはなぜか
例えば、通常の取引価額が1億円、路線価による相続税評価額が8,000万円の土地があるとします。
この土地を個人が所有している場合、原則として路線価方式によって8,000万円で評価します。
一方、法人が取得してから3年以内であれば、非上場株式の純資産価額を計算する際、その土地は通常の取引価額である1億円で評価することになります。
同じ土地であっても、所有者が個人か法人かによって、相続税評価の基礎となる金額が異なります。
もちろん、個人所有の土地そのものと、法人の株式は異なる財産です。株式の評価では負債や法人税額等相当額の控除も関係するため、土地の評価額の差がそのまま株式評価額の差になるわけではありません。
それでも、純資産価額の計算において、同じ土地の評価に異なる基準を用いる理由については、考えておく必要があります。
疑問② なぜ取得から3年が経過すると評価方法が変わるのか
会社が土地を取得して2年11か月で株式の相続が発生すれば、土地は通常の取引価額で評価します。
しかし、取得から3年を経過した後に相続が発生すれば、原則として路線価等による評価に戻ります。
土地の利用状況や市場価格がほとんど変わらなくても、取得時期によって評価方法が変わることになります。
例えば、通常の取引価額が1億円、路線価による評価額が8,000万円の状態が続いている場合、3年という期間を境に、純資産価額の計算における土地の評価額に2,000万円の差が生じる可能性があります。
取得直後の不動産は取引価額を把握しやすいという説明には合理性があります。しかし、3年が経過すると、その合理性が失われるのでしょうか。
一定の期間で取扱いを区切ることは、実務上の明確性や予測可能性につながります。一方、その期間を3年とする理由については、制度の沿革も含めて検討する余地があります。
疑問③ 租税回避を目的としない取得にも、一律に適用する必要があるのか
会社が不動産を取得する理由はさまざまです。
事業所や工場の取得、事業拡大のための用地購入、賃貸事業への投資など、通常の経営判断による取得も少なくありません。
しかし、185のかっこ書は、取得の動機を要件としていません。
相続税を圧縮する目的がなくても、課税時期前3年以内に取得した土地等や家屋等であれば、原則として通常の取引価額による評価が求められます。
この点は、令和8年度の貸付用不動産の評価見直し案にも通じる問題です。新しい通達案も、租税回避の意図を直接の適用要件とはせず、一定期間内の取得という客観的な基準を用いています。
もっとも、客観的な期間要件を採用することには、課税の公平や予測可能性を確保するという利点もあります。
租税回避への対応という制定の背景と、個々の納税者に対する評価方法の合理性を、どのように両立させるべきかが問題になります。
3つの疑問をどう考えるか
これらの疑問があるからといって、185のかっこ書を適用しなくてよいという結論にはなりません。
平成24年10月9日裁決では、評価会社の資産について、通常の取引価額を用いることの合理性が認められています。
ただし、ある評価方法に合理性があることと、その方法が唯一の合理的な評価方法であることは同じではありません。
通達が定める評価方法を実務で適用することと、その制度の合理性を検討することは、分けて考える必要があります。
制定当時の事情を振り返り、現在の取扱いとの整合性を考えることにも、実務家としての意味があると思います。
申告実務で確認したい点
現行の通達は、かっこ書を置いたままで、審判所もその合理性を認めています。申告実務では、まず通達どおりに評価することを前提に、次の点を確認します。
- 3年以内かどうか:評価会社が、課税時期前3年以内に、取得または新築した土地等・家屋等があるかを確認する。売買以外の取得(交換、買換え、現物出資、合併など)は、取得の原因や態様ごとに、取扱いを個別に確認する。
- 帳簿価額で評価できるか:帳簿価額が課税時期の通常の取引価額に相当すると認められる場合は、帳簿価額で評価できる。取得の経緯、取得時期、取引の相手方などを、資料で説明できるようにしておく。
- 評価額への影響:路線価と通常の取引価額の差が大きい不動産を、取得から3年以内に持つ会社では、株式の評価額への影響が大きい。贈与や相続の時期を決める前に、試算しておく。
- 通達と異なる評価をする場合:否認や更正のリスクがある。通達の定めによらないことが正当と認められる特別の事情を、事実に基づいて整理しておく。書面添付は評価の理由の説明には役立つが、通達と異なる評価の適法性を担保するものではない。
令和8年度の貸付用不動産の評価見直し案との関係
令和8年度の貸付用不動産の評価見直しは、かっこ書と似た発想を含みますが、評価会社の土地等には適用しない案になっています。
令和8年度税制改正大綱では、貸付用不動産の市場価格と相続税評価額の開きを利用した税負担の圧縮に対応するため、評価方法の見直しが示されました。これを受けて、国税庁は「貸付用不動産の評価について」の法令解釈通達案を公表し、意見公募手続が行われています。令和9年1月1日以後に相続、遺贈または贈与により取得した財産の評価から適用する案です。
通達案の主な内容は、次のとおりです。
- 課税時期前5年以内に、対価を伴う取引により取得または新築された貸付用不動産は、課税時期における通常の取引価額で評価する
- 取得価額が取得時の通常の取引価額に相当すると認められる場合は、次の金額の100分の80で評価することができる(土地等は、取得価額に地価変動率を乗じた金額。家屋等は、取得価額から、取得から課税時期までの償却費の額などを控除した金額)
かっこ書と比べると、取得から一定期間内の不動産を通常の取引価額で評価する点は共通しています。一方で、対象が貸付用不動産であること、期間が3年ではなく5年であること、80%評価の特例があることは異なります。
また、通達案の注には、評価基本通達185に定める土地等または家屋等を評価する場合には、この新しい定めの適用がないことに留意する旨が示されています。つまり、評価会社が持つ不動産は、新しい定めではなく、引き続き185によって評価します。課税時期前3年以内に取得したものについては、これまでどおり、かっこ書による評価が問題になります。
通達案は、この見直しの趣旨を、貸家等の市場価格と相続税評価額の乖離の実態を踏まえ、評価の適正化と予測可能性の向上を図るものと説明しています。相続や贈与の直前に不動産を取得して税負担を圧縮する手法への対応と受け止められていますが、通達案の要件は、租税回避の意図の有無ではなく、5年以内の取得であることや貸付用であることといった客観的な事実で決まります。
かっこ書も同じで、取得の動機を問わず、3年以内の取得という客観的な事実で適用されます。取得から一定期間内の不動産を、動機にかかわらず通常の取引価額で評価するという点で、両者には共通の論点があります。
もっとも、令和8年度の通達案では、収用等に伴う代替資産の取得、所得税法58条の固定資産の交換、租税特別措置法37条の特定の事業用資産の買換えなどについて、それぞれ一定の要件を満たす場合には適用除外が設けられています。また、地価の著しい変動などにより、取得価額を基にした評価方法によることが適当でない場合には、個別の事情を考慮することとされています。
一方、かっこ書では、帳簿価額が通常の取引価額に相当すると認められる場合に、その帳簿価額によって評価できます。
両者は異なる仕組みですが、いずれも、通常の取引価額をどのように把握するかが実務上の重要な問題になります。
令和8年度の見直しによって、かっこ書の合理性が直ちに裏付けられるわけではありません。それぞれの定めの対象と趣旨を区別して考える必要があります。通達案は案の段階ですので、最終的な通達で内容を確認してください。
おわりに
185のかっこ書は、旧措置法69条の4が廃止された後も、時価の算定方法として維持されており、国税不服審判所もその合理性を認めています。一方で、作られた経緯に照らして見直しを求める見解もあります。
通達は一度定まると、そのまま使われ続けがちです。取得から一定期間内の不動産を、取得の動機にかかわらず通常の取引価額で評価する仕組みを、個別の事情との関係でどう考えるかは、令和8年度の見直しにも共通する論点です。作られた経緯と、現在の位置づけを分けて考えることが、実務家には求められます。
当事務所では、非上場株式の評価、事業承継、M&Aに関するご相談を承っています。お気軽にご相談ください。
出典
- 大阪地裁平成7年10月17日判決(平成6年(行ウ)第79号)・裁判所ウェブサイト
- 国税不服審判所 平成24年10月9日裁決(争点2)
- 国税庁「貸付用不動産の評価について(案)」・e-Gov意見公募
- 近畿税理士会 本会ビデオ配信研修 税法実務講座「土地評価の心得」第7回「土地の価額に関する評価理論や土地政策の影響下における留意事項」(講師:税理士 小寺新一先生)








