長年勤務してきた従業員が、取締役や専務取締役に昇格することがあります。
このとき、会社を辞めるわけではありませんが、それまでの従業員としての勤続期間に対して退職金を支給できるのでしょうか。
結論からいうと、従業員が役員に昇格した場合には、一定の要件を満たせば、使用人期間に対応する退職金を支給して会社の損金に算入できます。
ただし、注意すべき点があります。
- 退職給与規程に基づいて計算すること
- 実際に退職金を支給すること
- 未払金に計上した場合は損金算入できないこと
- 使用人兼務役員から専任役員への昇格では、別の取扱いになること
今回は、国税庁タックスアンサーNo.5203をもとに、役員昇格時の退職金について具体例を使って解説します。
1.従業員が取締役に昇格した場合
例えば、次のようなケースを考えてみましょう。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 入社 | 平成18年4月 |
| 役員就任 | 令和8年10月 |
| 従業員としての勤続期間 | 20年6か月 |
| 退職給与規程に基づく退職金 | 800万円 |
この従業員が令和8年10月に取締役へ昇格した場合、会社は従業員として勤務した20年6か月分の退職金800万円を支給することができます。
国税庁は、従業員が役員に昇格した際に、退職給与規程に基づいて従業員期間の退職金を計算し、支給した場合には、その支給事業年度の損金に算入することを認めています。
つまり、会社との関係が継続していても、従業員としての勤務期間を役員就任時に精算することができるのです。
ただし、金額は会社の退職給与規程に基づく必要があります。
役員になったからといって、会社が自由に退職金の額を決めてよいわけではありません。
2.未払金に計上した退職金は損金算入できない
ここは実務上、特に注意が必要です。
従業員から役員への昇格に伴う退職金は、未払金に計上した場合には損金算入できません。
例えば、3月決算の会社が、令和9年3月に従業員を取締役へ昇格させたとします。
退職金800万円を計算して、次の仕訳を行いました。
退職金 800万円 / 未払金 800万円
この場合、退職給与規程に基づいて金額が確定していたとしても、未払金に計上した800万円をその事業年度の損金に算入することはできません。
国税庁タックスアンサーNo.5203でも、未払金等に計上した場合は損金算入できないことが明記されています。
実際に退職金を支給した事業年度に損金算入する取扱いです。
なお、実際に退職する役員に対する通常の役員退職金は、原則として金額が具体的に確定した事業年度に損金算入する取扱いです。
通常の役員退職金と、役員昇格時に使用人期間を精算する退職金では、未払計上の取扱いが異なります。
3.従業員から使用人兼務役員になった場合
従業員が取締役に昇格しても、それまでの職務を引き続き担当する場合があります。
例えば、営業部長が取締役営業部長になるケースです。
このように、役員でありながら従業員としての職務も担当する役員を「使用人兼務役員」といいます。
税務上の使用人兼務役員に該当する場合でも、従業員から役員に昇格した時点で、それまでの従業員期間に対応する退職金を支給することができます。
ただし、使用人兼務役員に該当するかどうかは、肩書だけでは判断できません。
代表取締役、副社長、専務取締役、常務取締役などは、原則として使用人兼務役員には該当しません。
また、同族会社では株主関係などによって使用人兼務役員になれない場合があります。
4.使用人兼務役員から専務取締役になった場合はどうなる?
ここが今回の記事で最も重要な部分です。
次のようなケースを考えてみましょう。
| 期間 | 役職 |
|---|---|
| 平成18年~平成28年 | 従業員 |
| 平成28年~令和8年 | 取締役営業部長(使用人兼務役員) |
| 令和8年10月~ | 専務取締役 |
この人は、平成28年に従業員から取締役営業部長になり、令和8年には専務取締役に昇格しました。
専務取締役になると、税務上の使用人兼務役員には該当しなくなります。
それでは、この時点で使用人兼務役員期間に対応する退職金を支給できるのでしょうか。
国税庁は、使用人兼務役員から専任役員になった際に支給する使用人兼務役員期間の退職金は、原則として退職給与ではなく、役員に対する通常の給与として取り扱うとしています。
したがって、役員給与の損金算入要件を満たさなければ、会社の損金に算入することはできません。
ただし、一定の例外があります。
5.専務取締役への昇格時に退職金として認められる例外
国税庁は、次の要件をすべて満たす場合には、使用人としての退職金として取り扱うことを認めています。
① 従業員から使用人兼務役員に昇格したとき、退職金を支給していないこと
過去に相当の期間、従業員として勤務していた人が使用人兼務役員に昇格し、その際に従業員期間の退職金を受け取っていないことが必要です。
② 従業員期間と使用人兼務役員期間を通算して計算すること
退職給与規程に基づき、両方の期間を通算して、使用人としての職務に対応する退職金を計算する必要があります。
③ 退職金の額が相当であること
支給する金額が、使用人としての退職給与として相当な額でなければなりません。
具体例
先ほどの事例で、平成28年に取締役営業部長へ昇格したときには、退職金を支給していなかったとします。
この場合、令和8年に専務取締役となった時点で、平成18年から令和8年までの使用人としての職務に対応する退職金を計算し、前記の要件をすべて満たして支給すれば、使用人としての退職給与として取り扱われます。
一方、平成28年の取締役営業部長への昇格時に、すでに従業員期間の退職金を支給していた場合には、この例外規定は適用できません。
つまり、最初に役員へ昇格したときに退職金を支給していたかどうかが、後の税務処理に大きく影響するのです。
6.退職給与規程を後から作った場合は?
中小企業では、退職給与規程を設けていない会社もあります。
そこで、役員昇格後に退職給与規程を制定し、過去の使用人期間に対する退職金を支給する場合も考えられます。
国税庁は、退職給与規程の制定または改正に伴い、すでに役員に昇格している人へ使用人期間の退職金を支給する場合についても、一定の要件を満たせば損金算入を認めています。
主な要件は次のとおりです。
- 対象となる役員全員に支給すること
- 過去に使用人期間の退職金を支給していないこと
- 役員昇格直前の給与額を基礎とし、その後の昇給状況等も考慮した相当な金額であること
ただし、過去に一部の役員だけ退職金を支給していた場合などは、取扱いに注意する必要があります。
退職給与規程を新たに作れば、過去の退職金を自由に支給できるというわけではありません。
7.役員昇格時の退職金で確認したい事項
実際に退職金を支給する場合には、次の事項を確認しておくことが重要です。
- 従業員から役員に昇格した日
- 使用人兼務役員に該当するかどうか
- 過去の退職金の支給履歴
- 使用人退職給与規程の内容
- 退職金計算の対象となる勤続期間
- 退職金の計算根拠と支給金額
- 実際の退職金支給日
また、取締役会や株主総会などの決議が必要となる場合には、会社法上の手続きも確認しておきます。
特に、過去に精算済みの勤続期間を、将来の退職金計算で重複して算入しないように管理する必要があります。
8.まとめ
従業員が役員に昇格した場合には、退職給与規程に基づいて、従業員期間に対応する退職金を支給できます。
ただし、重要なのは次の点です。
従業員から役員への昇格時
従業員期間に対応する退職金を実際に支給した場合には、その支給事業年度に損金算入できます。未払金に計上した場合は損金算入できません。
使用人兼務役員から専任役員への昇格時
原則として、使用人兼務役員期間に対応する退職金は役員に対する通常の給与として取り扱われます。ただし、一定の要件を満たせば使用人としての退職給与として認められます。
役員昇格時の退職金は、単に退職金の額だけでなく、過去の役職、勤続期間、支給履歴などによって税務上の取扱いが変わります。
従業員から取締役へ、さらに専務取締役などへ昇格する予定がある場合には、退職金の支給時期も含めて事前に検討することが大切です。
参考資料
根拠法令等:法人税法第34条、法人税基本通達9-2-35、9-2-36、9-2-37、9-2-38
※令和8年4月1日現在の法令等に基づく解説です。








