社長から会長になっても退職金は認められない?50%減額でも否認された裁決

社長から会長になっても退職金は認められない?50%減額でも否認された裁決

事業承継にあたり、長年経営を担ってきた社長が息子などに代表取締役を譲り、自分は会長として会社に残ることがあります。

このとき、よく問題となるのが役員退職金です。

「社長を辞めて会長になるのだから、退職金を支給できるだろう」

「役員報酬を半分以下に減らせば、税務上も認められるはずだ」

しかし、このような考え方には注意が必要です。

社長から会長に肩書を変更しただけでは、税務上の退職にはなりません。また、役員報酬を50%以上減額しても、退職金が認められるとは限りません。

実際に、代表権を返上し、役員報酬を約55%減額したにもかかわらず、役員退職金が否認された裁決事例があります。

今回は、法人税基本通達9-2-32と国税不服審判所の裁決事例をもとに、事業承継に伴う役員退職金の注意点を解説します。

目次

1.社長から会長への変更は、税務上の退職ではない

役員退職金は、本来、役員が会社を退職したことに伴って支給されるものです。

ところが、事業承継では、代表取締役社長を退任した後も、取締役会長として会社に残ることがよくあります。

この場合、代表取締役を辞任して代表権を失っても、引き続き取締役として在任している以上、それだけで会社を退職したことにはなりません。

ただし、例外があります。

法人税基本通達9-2-32では、役員の分掌変更によって、役員としての地位や職務内容が激変し、実質的に退職したと同様の事情がある場合には、退職給与として取り扱うことができるとしています。

つまり、役員を完全に退任していなくても、実質的な退職が認められる余地はあります。

しかし、それは単に肩書を変更した場合ではありません。

重要なのは、旧社長が実際に経営の第一線から退いているかどうかです。

2.役員報酬を50%減額すれば退職金を支給できる?

法人税基本通達9-2-32では、実質的に退職したと同様の事情がある場合の例として、次のような分掌変更を挙げています。

  1. 常勤役員が非常勤役員になった場合
  2. 取締役が監査役になった場合
  3. 分掌変更後の役員報酬がおおむね50%以上減少した場合

ただし、これらには除外条件があります。

例えば、常勤役員が非常勤役員になっても、引き続き代表権を持っている場合や、実質的に会社経営の主要な地位を占めている場合は対象から除かれます。

また、役員報酬を50%以上減額しても、分掌変更後に経営上主要な地位を占めている場合には、この例示には該当しません。

50%減額は安全基準ではない

例えば、社長時代の月額役員報酬が200万円だったとします。

項目社長時代会長就任後
月額報酬200万円100万円
年額報酬2,400万円1,200万円
減少率―50%

報酬はちょうど半分になっています。

しかし、会長になった後も、重要な設備投資、銀行との交渉、人事、経営方針などを旧社長が決定しているのであれば、実質的に退職したとはいえません。

役員報酬を半分にすれば退職金を支給できる、という理解は誤りです。

3.約55%の報酬減額でも退職金が否認された裁決

ここで、平成29年7月14日の国税不服審判所裁決を紹介します。

事案の概要

ある会社の代表取締役が社長を退任し、代表権のない取締役会長になりました。

会社は、その分掌変更に伴って退職慰労金を支給しました。

分掌変更の前後では、次のような変化がありました。

  • 代表取締役を辞任し、代表権のない取締役会長になった。
  • 金融機関に対する個人保証から外れた。
  • 取引価格の決定、金融機関との交渉、人事などの権限を徐々に移譲した。
  • 勤務時間が相当程度減少した。
  • 役員報酬が約55%減少した。

形式的には、かなり大きな変更が行われています。

役員報酬の減額率も、法人税基本通達に例示されている50%を超えています。

それでも国税不服審判所は、退職給与としての取扱いを認めませんでした。

なぜ否認されたのか?

理由は、会長就任後も会社の重要な経営判断に関与していたからです。

裁決では、次のような事実が認定されています。

① 会社の重要な支払を独自に決定していた

事業所周辺の住民とのトラブルを解決するため、代表取締役などに相談することなく、多額の支払を決定していました。

② 営業活動に関与していた

取引価格の評価について助言し、重要な取引先の幹部に対する接待なども行っていました。

③ 金融機関との交渉に関与していた

新しい経営陣が金融機関と交渉する場に同席し、自ら意見を述べることがありました。

④ 重要な人事や設備投資の決定に参加していた

代表取締役の選定、役員報酬の変更、数千万円から1億円を超える事業用資産の購入、従業員の解雇などに関与していました。

このような事情から、審判所は、会長就任後も会社の経営上主要な地位を占めていたと判断しました。

その結果、役員としての地位や職務内容が激変したとは認められず、実質的な退職には当たらないとされたのです。

この裁決から分かること

この事例では、単に社長から会長になっただけではありません。

代表権を返上し、個人保証も解除され、勤務時間が減少し、役員報酬も約55%減額されています。

それでも否認されました。

役員退職金を認めるかどうかは、報酬の減少割合ではなく、実際に経営上の主要な地位から退いたかどうかが重要なのです。

参考:国税不服審判所・平成29年7月14日裁決

4.非常勤役員になれば退職金は認められる?

法人税基本通達には、常勤役員が非常勤役員になった場合が例示されています。

しかし、ここでも注意が必要です。

例えば、次のような状態では、非常勤という肩書を付けても実質的な退職が認められない可能性があります。

  • 会長就任後も毎日会社に出社している。
  • 大口取引先との交渉を引き続き担当している。
  • 新社長が重要な経営判断をする前に会長の承認を求めている。
  • 銀行との重要な交渉を会長が主導している。
  • 設備投資や役員人事の最終決定権を会長が持っている。

反対に、実際に非常勤となり、後継者が経営判断を行い、旧社長は必要に応じて限定的な助言を行う程度であれば、実質的な退職を認める方向の事情になります。

もちろん、非常勤になれば無条件に退職金が認められるわけではありません。

非常勤という肩書ではなく、実際の勤務状況と経営への関与が問題になります。

5.会長就任後の役員報酬は、できるだけ低くすべき?

事業承継で旧社長が非常勤会長となる場合、会長就任後の役員報酬をどの程度にするかも重要です。

社長時代の役員報酬が月額200万円だった場合、会長就任後の報酬を100万円にすれば50%減額になります。

しかし、実際にはほとんど出社せず、限定的な助言を行うだけなのであれば、月額100万円という報酬がその職務に見合っているかという問題が生じます。

そのため、会長就任後の報酬については、単純に半額という基準を使うのではなく、実際の職務内容、勤務日数、経営上の責任などを踏まえて決定する必要があります。

ただし、税法上、月額10万円以下や20万円以下にすれば退職金が認められるという金額基準はありません。

また、報酬を極端に低くしても、実際には会社の経営を続けていれば退職金は認められません。

報酬を低くすることよりも、実際に経営の第一線から退いていることが先決です。

報酬額は、その変更後の実態に見合ったものにする必要があります。

非常勤会長の報酬は月額15万円程度? 裁決事例から考える

平成9年9月29日の国税不服審判所裁決では、非常勤取締役3名に対する役員報酬の適正額が争われました。

この裁決では、類似法人の非常勤取締役の報酬額を比較し、月額換算で約9万7千円から15万円に相当する金額を適正額と判断しています。

このことから、非常勤役員の報酬を考える場合、月額15万円程度という金額も実務上の参考になります。

ただし、これは平成初期の特定の法人についての判断であり、すべての非常勤役員に適用される上限額ではありません。

社長から会長へ変更する場合も、単に報酬を半額にするのではなく、実際の職務内容に見合った金額を設定する必要があります。

また、報酬を15万円以下にしても、会長が実質的な経営者として活動していれば、分掌変更による退職金が認められるとは限りません。

6.実質退職が認められた裁決もある

平成24年3月27日の国税不服審判所裁決では、代表取締役から非常勤取締役となった役員について、実質的に退職したと同様の事情があると判断されました。

この裁決では、代表権を失い、非常勤取締役となり、経営への直接的な関与から離れたことなどが考慮されています。

重要なのは、単に報酬が減額されたことではなく、実際の職務内容や経営への関与が大きく変わっていた点です。

ただし、この事例でも、退職金の支給時期が問題となりました。

実質的な退職自体は認められても、分掌変更時から遅れて支給した退職金については、その支払時期などの事情から税務上の取扱いが否定されています。

つまり、分掌変更による退職金は、実質退職の有無だけでなく、実際の支給時期についても注意が必要です。

7.分掌変更による退職金は、未払金にも注意

法人税基本通達9-2-32では、分掌変更に伴う退職給与について、原則として未払金等に計上した金額は退職給与として支給したものに含まれないとされています。

例えば、会長就任時に3,000万円の退職金を決議しても、資金繰りの都合で支払わず、全額を未払金に計上した場合には注意が必要です。

通常の役員退職金とは異なり、分掌変更に伴う退職金では、実際に支給しているかどうかが特に重要になります。

したがって、退職金を検討する際には、会社の資金繰りや支給時期まで含めて計画する必要があります。

8.退職金が否認された場合の税務上の影響

分掌変更に伴う退職金が否認されると、法人税だけでなく、受給した役員本人の所得税にも影響する可能性があります。

法人側

退職給与と認められなければ、役員に対する臨時的な給与として取り扱われることがあります。

この場合、定期同額給与などの損金算入要件を満たさず、損金不算入となる可能性があります。

役員個人側

退職所得として認められず、給与所得として課税される場合があります。

平成29年7月14日裁決では、実際に退職所得ではなく、給与所得(賞与)に該当すると判断されました。

退職所得控除などの取扱いが受けられなくなるため、役員本人の所得税負担にも大きな影響が及ぶことがあります。

高額な退職金であれば、法人と個人の双方に相当な税負担が生じる可能性があります。

9.事業承継で役員退職金を支給する前に確認すること

社長から会長への変更に伴って退職金を検討する場合には、次の点を確認しておきたいところです。

確認事項内容
代表権旧社長が代表取締役を退任しているか
経営権新社長に実際の経営判断が移っているか
勤務実態旧社長が実際に非常勤となっているか
担当業務旧社長の業務内容が大幅に縮小しているか
役員報酬会長としての職務に見合った金額か
退職金額不相当に高額な部分がないか
支給時期分掌変更に伴って実際に支給しているか
証拠資料経営権の移譲や勤務実態の変化を説明できるか

議事録や登記を整えることも重要ですが、それだけでは不十分です。

実際に誰が経営判断を行っているのか、会長がどの程度会社に関与しているのかを説明できる状態にしておくことが必要です。

なお、分掌変更に伴う退職給与については、通常の退職とは異なる判断が必要となるため、金額が大きい場合には事前の十分な検討が欠かせません。

まとめ|会長という肩書ではなく、実質的な退職が必要

社長から会長になったという理由だけで、役員退職金を支給することはできません。

代表権を外し、役員報酬を50%以上減額していても、引き続き経営上主要な地位を占めているのであれば、実質的な退職とは認められません。

平成29年7月14日の裁決では、役員報酬を約55%減額し、勤務時間も減らしていたにもかかわらず、重要な経営判断に関与していたため退職金が否認されました。

事業承継では、退職金を支給するために会長という肩書へ変更するのではなく、実際に経営の第一線から退くことが必要です。

そして、旧社長が引き続き会社に残るのであれば、その職務内容や勤務実態に見合った報酬を設定しなければなりません。

「社長から会長になった」「報酬を半分にした」という形式だけで退職金を判断することは避けるべきでしょう。


参考資料

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