本稿は税理士法人松野茂税理士事務所の公式見解ではなく、代表税理士・松野茂の個人的な見解です。
はじめに
非上場株式(取引相場のない株式)の相続税評価をめぐり、国税庁が現行の「類似業種比準方式」の見直しを検討しているという報道が相次いでいます。専門誌では、資産は少ないものの高い収益力を持つAI企業やソフトウェア企業、コンサルティング企業などを念頭に、将来の超過利益を評価に取り込む「残余利益モデル」の導入案が論じられ、一方で経済団体からは、拙速な見直しが健全な中小企業の事業承継に悪影響を及ぼしかねないとの異議も出ています。
長年、相続・事業承継、そして組織再編やM&Aといった高度な専門分野に携わってきた立場から、この議論について感じているところを個人的な見解として述べたいと思います。
類似業種比準方式は、それ自体は優れた評価方式である
まず申し上げたいのは、類似業種比準方式そのものは、決して欠陥だらけの制度ではないということです。配当金額・利益金額・純資産価額という3つの要素を、上場会社の実績値と比準して評価額を算定するこの仕組みは、すでに「利益」要素を通じて一定程度の収益性を評価に織り込んでいます。長年にわたり実務に定着し、計算の透明性・再現性という点でも優れた制度であり、大多数の通常の相続・事業承継の場面においては、今後も維持されるべき合理的な方式だと考えています。
問題は「組織再編を利用した租税回避」における評価の下がりすぎ
一方で、近年の組織再編(会社合併、会社分割、株式交換、現物出資など)を利用したスキームにおいては、類似業種比準方式による評価額が、実体的な企業価値に比べて過度に下がりすぎるケースが見受けられます。国税庁がこうした事例に対処する際、これまでは財産評価基本通達の総則6項、いわゆる「伝家の宝刀」に頼らざるを得ませんでした。
しかし総則6項は、「実質的な租税負担の公平に反する看過し難い不均衡」という事後的・評価的な要件に依拠するため、適用されるかどうかの予測が難しく、納税者・課税庁の双方にとって争いの種になりやすいという課題を抱えています。総則6項をめぐっては、令和4年4月19日の最高裁判決においても、不動産の相続税評価をめぐり、その適用の当否が最高裁まで争われました。対象財産は非上場株式ではありませんが、通達評価を上回る価額で課税する場合の予測可能性や租税負担の公平という点で、非上場株式評価の議論にも通じる問題を含んでいます。
提案 ― 「簿価純資産+残余利益」を組織再編場面に限定した下限に
以上を踏まえ、私は次のように考えています。
類似業種比準方式そのものを書き換えたり、残余利益モデルへ全面的に置き換えたりするのではなく、組織再編等の特定の場面に限定して、「簿価純資産価額+将来の残余利益の現在価値」の合計額を評価の下限として明確に制度化してはどうか、という提案です。
このアイデアは、令和6年からの居住用マンションの相続税評価の見直しとよく似た発想です。あの見直しでは、既存の評価体系(路線価方式)自体は維持したまま、実際の取引データから統計的に導いた「評価乖離率」による補正を加えるという、影響範囲を最小限に絞った制度設計が採られました。非上場株式の評価においても、同じように「本体の評価方式は変えず、問題がある場面にだけピンポイントで手当てをする」という発想が有効だと考えます。
具体的には、通常の相続・事業承継においては、これまでどおり類似業種比準方式を用いる一方、組織再編を利用した株式評価の場面に限り、簿価純資産と残余利益モデルによる評価額を「下限」として設定する。こうすることで、租税回避行為への歯止めという政策目的を達成しながら、業歴が長く財務内容が健全な、大多数の通常の中小企業までもが評価額の急騰に巻き込まれる事態を避けられるはずです。
残余利益モデルにも問題があります。将来利益を何年間見込むのか、成長率や資本コストをどう設定するのかによって評価額が大きく変わり得ます。また、通常の中小企業に毎回こうした将来予測を求めれば、納税者・税理士双方の事務負担も相当なものになります。だからこそ、この方式を通常の非上場株式評価の「本体」に据えるのではなく、評価額が実体的な企業価値に比べて著しく低くなる特定の場面における下限として利用する方が、制度として扱いやすいのではないでしょうか。
乖離の大きさこそが「補う措置」の根拠
「評価額が現行方式に比べて数倍に達するケースがある」という試算が、見直し論議の後押しとなっているようです。しかし私は、この乖離の大きさそのものを理由に、類似業種比準方式という優れた制度全体を作り替える必要はないと考えます。むしろこの乖離こそ、組織再編の場面において類似業種比準方式が抱える”欠点”――評価が下がりすぎるという弱点――を補う歯止め措置を講ずべき根拠として位置付けるべきものです。
**方式全体を変えるのではなく、欠点が現れる場面だけに絞って手当てをする。**これが、事業承継の現場を長く見てきた実務家としての率直な感覚です。
おわりに
今回の見直し論議は、今後の事業承継税制の議論とも関わりが深いテーマです。現時点では具体的な制度内容は決まっていません。今後、どのような企業を対象とし、どのような評価方式が示されるのか、国税庁・税制調査会等の議論を注視していきたいと思います。
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