出典:国税庁「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議(第6回)」資料(2026年9月16日)
はじめに
国税庁の「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」は、2026年9月16日に第6回会議を開催しました。第1回から第5回までの議論を通じ、類似業種比準方式に代えて残余利益モデルをベースとする方向性と、その基本的な計算構造が具体化してきました。今回の第6回では、残余利益方式を実際の制度として動かすための「各論」——つまり実務上の細かい調整ルール——が中心的なテーマとなりました。
見直しの時期については、第6回資料自体には具体的な適用開始時期の記載はなく、今後のとりまとめや税制改正、通達改正等を経て確定する見込みです。事業承継・相続を控えるオーナー経営者にとっては、近い将来に自社株の評価方法が根本から変わる可能性がある、という状況です。
本稿では、第6回資料で示された会社規模別のシミュレーション結果を中心に、各論の実務的な意味、さらに同時並行で進んでいる事業承継税制の抜本改正の動きまで、できるだけ具体的に解説します。
残余利益方式とは何か(おさらい)
残余利益方式は、会社の評価額を次の算式で計算する考え方です(第6回資料p.8)。
評価額={直前期末の簿価純資産価額+5年間の割引残余利益の合計}×しんしゃく率
ポイントは、しんしゃく率が「残余利益の部分」だけでなく、簿価純資産価額を含めた評価額全体に掛かる点です。
残余利益は、過去5年間の年平均利益を基礎として、各期の簿価純資産に還元率を乗じた「株主が通常期待する収益」を控除して算定します。純資産については、過去5年間の平均利益と平均配当を用いて各期末残高を推計していく構造です。簡単に言えば、「その会社が持っている純資産に対して、資本コスト(還元率)を上回る利益をどれだけ稼いでいるか」を測り、その超過収益力を5年分足し合わせたうえで、簿価純資産とあわせてしんしゃく率を掛けて評価額に反映させる方式です。
現行の類似業種比準方式が「上場している同業他社の株価と比較する」という間接的な手法であるのに対し、残余利益方式は評価対象会社自身の収益力を直接反映させる点で、理論的な裏付けが強い方式とされています。使用する帳簿は法人税申告書ベース、加算期間は5年、ターミナルバリュー(6年目以降の価値)は簡便性を優先して加算しない、という設計です。
最大の注目点:会社規模別シミュレーション結果
第6回資料の核心は、令和2年分から5年分の相続税・贈与税の申告データ(類似業種比準方式と純資産価額方式の両方を算出している1,378社)を使った実データ試算です。以下は還元率8%・しんしゃく率0.7〜1.0を仮定した試算結果です。表中の数値(例:63.8)は純資産価額を100とした場合の評価水準の中央値、括弧内の増減率は現行申告評価額の中央値と比較した増減です。
| 区分 | 現行 | 斟酌率1.0 | 斟酌率0.9 | 斟酌率0.8 | 斟酌率0.7 |
|---|---|---|---|---|---|
| 全体(n=1,378) | 58.2 | 71.6(+28.1%) | 64.4(+15.2%) | 57.3(+2.3%) | 50.1(▲10.4%) |
| 大会社(n=128、ROE中央値3.9%) | 38.2 | 79.8(+114.7%) | 71.8(+93.2%) | 63.8(+71.7%) | 55.8(+50.3%) |
| 中会社(n=820、ROE中央値2.1%) | 53.4 | 74.0(+40.2%) | 66.5(+26.1%) | 59.2(+12.1%) | 51.7(▲1.9%) |
| 小会社(n=430、ROE中央値0.6%) | 63.8 | 63.2(▲1.9%) | 56.8(▲12.0%) | 50.5(▲21.8%) | 44.2(▲31.6%) |
※表中の本体の数値は純資産価額を100とした場合の評価水準(中央値)、括弧内の増減率は現行申告評価額の中央値との比較です。
さらに、現行の申告評価額以下に評価額が低下する会社の割合を見ると、規模による差はより鮮明です。
| 区分 | 斟酌率1.0 | 斟酌率0.9 | 斟酌率0.8 | 斟酌率0.7 |
|---|---|---|---|---|
| 大会社 | 16.4% | 21.1% | 24.2% | 28.1% |
| 中会社 | 26.5% | 33.5% | 42.2% | 50.9% |
| 小会社 | 50.7% | 58.6% | 67.9% | 78.4% |
どの斟酌率を見ても、大会社は評価額が上昇する会社が多数派、小会社は低下する会社が多数派という傾向が一貫しています。特に大会社は、斟酌率が0.7でも大半の会社(72〜84%)で評価額が上昇または横ばいとなっており、影響はかなり大きいと見るべきです。
なぜこれほど規模によって差が出るのか
資料自体がこの点に自覚的です。p.9の枠内コメントでは、次のように整理されています。
- 斟酌率0.8のとき、大会社の新評価水準(63.8)は「現行の小会社の評価水準(対純資産価額比=63.8)」とほぼ同じ
- 斟酌率0.7のとき、大会社の新評価水準(55.8)は「現行の中会社の評価水準(対純資産価額比=53.4)」とほぼ同じ
つまり現行制度では、大会社は対純資産比でわずか38.2、小会社は63.8と、会社の規模区分によって評価水準そのものが大きく異なる「規模間格差」が存在しており、残余利益方式はこの格差を是正する狙いがある、というのが会議の建て付けです。
ただし、ここには見落とせない論点があります。斟酌率は会社規模ごとに個別設定されるパラメータではなく、全国一律の単一の数値として検討されています。それにもかかわらず、同じ斟酌率を当てはめた結果が規模によって大きく異なるのは、母集団のROE中央値が大会社3.9%・中会社2.1%・小会社0.6%と、収益力そのものが規模と強く相関しているためです。一律の斟酌率を掛けても、結果としての評価水準の変動幅は規模によって全く違うものになります。
言い換えれば、「会社規模というカテゴリーで機械的に評価方法を変える」という現行制度の格差は解消される方向にある一方で、「単一の斟酌率をどこに設定するか」という新たな一つのレバーが、実質的にどの規模の会社を優遇するかを左右する構図になっています。小会社の急落を抑えようとして斟酌率を1.0に近づければ大会社の評価は倍近くに跳ね上がりますし、大会社の急騰を抑えようと0.7まで下げれば中小会社は軒並み下落方向に振れる。「規模によらず中立な斟酌率」は存在しない設計だという点は、還元率が本格的に議論される第7回以降でも同じ構図が繰り返される可能性が高く、注視すべきポイントです。
各論8項目の実務的な意味
第6回資料では、残余利益方式を実務に落とし込むための調整ルールとして、以下の8項目が整理されています。
使用する帳簿等 法人税申告書ベースの数値を基礎とすることが提案されています。課税の公平性の観点からのルール化です。
加算期間 予測の精度を確保できる現実的な期間として、5年程度が提案されています。
多額含み損資産の減損処理 会計基準上、客観的に減損の発生が担保されていること、かつ簿価が相続税評価額を上回る部分に限ることの2要件を満たす場合のみ、減損を評価額に反映します。資料自身も「含み益を考慮しない一方で含み損だけ考慮することの妥当性は、さらに整理・検討が必要」としており、理論的な一貫性については今後も議論が続く見込みです。
オペレーティングリース対応 課税時期にリース契約が存在しなかった状態に決算を修正した上で評価します。M&Aの企業価値評価実務との整合を意識したもので、利益だけでなく純資産についても修正対象になります。
過大役員報酬等対応 親族役員への報酬のうち、経営の対価として合理的な水準を上回る部分について、一定割合を損金から控除して正常利益を算定する方向です。ただし具体的な割合基準は今後の検討課題とされており、「適正な役員報酬額を一律に決定することの妥当性については慎重な検討が必要」という留保も付されています。ここは実務上、最も紛争の種になりやすい論点の一つです。
子会社株式修正の範囲 完全支配関係にある子会社株式に限定して、簿価から適正価額への修正を行います。持分法適用会社や連結対象子会社まで範囲を広げる案も比較検討されたうえで、今回は完全支配関係にある子会社株式を最低限の修正対象とする方向が示されています。
もっとも、修正対象を完全支配関係にある子会社株式に限定する場合には、新たな課題も残ります。例えば、持株比率を100%未満とすることで完全支配関係から外した場合や、組織再編によって支配関係を調整した場合まで修正対象外となるのであれば、評価上の取扱いを意識した組織再編が行われる余地が生じます。一方で、対象を単なる支配関係や持分法適用会社まで広げれば、子会社・関連会社の株式評価を連鎖的に行う必要が生じ、実務負担は大幅に増加します。完全支配関係への限定は、租税回避への対応と実務上の簡便性との妥協点と考えられますが、どこまで潜脱防止措置を設けるかは今後の重要な論点になりそうです。
従業員持株会の評価 持株会経由で保有していること、規約等で価額が定められていること、退会時に固定価格で買い取られることなどを要件に、固定価格での評価を認める案です。それ以外の株式は、企業価値総額から持株会株式総額を控除したプロラタ価値で評価します。
純資産価額方式の選択適用 現行制度にある「頭打ち機能」(純資産価額方式の方が低ければそちらを選べる仕組み)を存置するかどうかが論点として挙げられています。
特定評価会社の取扱い
残余利益方式をそもそも適用しない「特定評価会社」として、以下の4類型が整理されています。
- 資産管理会社(資産保有特定会社) 特定資産(有価証券・遊休不動産・ゴルフ会員権等)の帳簿価額が総資産の70%以上、または特定資産の運用収入が総収入の75%以上であることをベースとする案が示されています(運転資金の除外や不動産賃貸業等の取扱いはなお検討が必要とされています)。判定方法についても、現行の時価洗替えから帳簿価額ベースへ簡素化する方向が示されており、実務負担の軽減につながる改善点です。
- 評価が技術上困難な会社 組織再編直後、開業後5年未満、開業前の会社。
- 継続企業前提に疑義がある会社 休業中の会社。
- 継続企業前提を欠いている会社 清算中の会社。
これらは純資産価額方式で評価しますが、その中身も「清算価値」「持分としての純資産」「個人所有との均衡」という3つの位置付けに分かれ、対象会社ごとに退職給付引当金や繰越損失の扱いなど控除項目が異なります。
同時進行する事業承継税制の抜本改正——納税猶予から評価減へ
株式評価の見直しと並行して、事業承継税制そのものの抜本改正も動いています。中小企業庁の検討会が2025年12月12日に公表した「中小企業の親族内承継に関する検討会 中間とりまとめ」では、現行の納税猶予制度について次のような課題が率直に指摘されています。
- 猶予期間が長すぎることから、経営者が将来の不確実性を懸念し、制度が使われにくい実態がある
- 成長するほど納税負担(将来の確定事由発生時の猶予税額)が増すため、事業の成長につながらない株価対策への支出を誘発する構造的な問題がある
- 後継者は将来の確定事由に備えて納税資金の原資を常に気にし続けなければならず、心理的な負担が大きい
- 制度を活用できる潜在層は年間1.1万〜1.2万社程度と推計される一方、実際の利用はその1/4〜1/3程度にとどまっている
こうした課題認識を踏まえ、中間とりまとめは次のように踏み込んだ検討の方向性を示しています。
「過去議論が行われたように、評価減制度の可能性を追求すること、例えば、10年間事業を継続すれば免除となる等の工夫ができないか検討してはどうか」
つまり、税額そのものを猶予(後払い)する現行方式から、一定期間の事業継続を条件に評価額または税額を恒久的に引き下げる方式への転換が、検討会レベルで明確に俎上に載っています。ただしこれには「実効性のある課税逃れ防止措置や上限の設定等」を併せて検討する必要があること、また現行制度が「地域経済の活力維持や雇用確保を目的に、贈与・相続後の事業継続等を要件として納税猶予方式を採用している趣旨」にも留意が必要である、という条件が付されており、まだ制度設計の入り口段階にとどまります。
このほか、猶予対象株式数の上限(現行2/3)の見直し、雇用維持要件から賃上げ・DX・省力化など成長への取組を評価する要件への転換、都道府県・税務署への報告手続きの簡素化なども検討課題として挙げられています。
スケジュール面では、特例措置の特例承継計画の申請期限が令和8年3月31日、特例措置自体の適用期限が令和9年12月末に迫っており、検討会も「これらの期限を認識しつつ、議論を深めていく必要がある」としています。具体的な制度化は令和8年度以降の税制改正大綱で示される見通しです。
重要な留意点として、これはあくまで中間とりまとめが示した「検討の方向性」であり、確定した制度ではありません。評価減や免除の具体的な要件(事業継続年数、対象範囲、上限額など)は今後の議論次第で大きく変わり得ます。
評価の適正化と税負担の軽減は別物
ここで一つ、読者に誤解してほしくない点を整理しておきます。有識者会議が担っているのは、あくまで「非上場株式の適正な時価をどう算定するか」という技術的な課題です。現行の類似業種比準方式や規模別評価制度が抱える理論的な欠陥——規模区分によって評価水準が機械的に大きく変わってしまう不公平や、実証的な裏付けの弱さ——を是正し、実態に近い評価額を導き出すことが会議の使命であり、それ以上でもそれ以下でもありません。
一方、事業承継に伴う税負担をどこまで軽減するかは、まったく別の話です。これは中小企業の事業承継支援、雇用の維持、地域経済の活力維持といった政策目的から、政府がどれだけ税負担を軽くするかを判断する政策判断であり、事業承継税制(納税猶予、そして検討中の評価減・恒久減税)の役割です。
つまり整理すると、「正しい時価を出すこと」は有識者会議の仕事、「その結果生じる税負担をどこまで政策的に緩和するか」は政府・税制改正の仕事、という役割分担になっています。評価額の見直しによって株価が上昇する会社が出てくるのは、評価が「適正化」された結果であって、増税を意図したものではありません。同時に、その負担が事業承継の妨げにならないよう手当てするのが、事業承継税制側の役目です。
この切り分けを意識せずに両者を一体で語ると、「評価の見直し=実質増税」という短絡的な受け止め方をされたり、逆に「事業承継支援のために評価そのものを甘くすべきだ」という、技術的には筋の悪い圧力が評価ルールにかかりかねません。評価の理論的な合理性を追求する議論と、事業承継を政策的にどこまで支援するかという議論は、常に別のテーブルで検討されるべきだというのが、実務家としての一貫した立場です。
実務家としての視点
前述の斟酌率の問題は、この役割分担を意識してもなお残る、評価ルールそのものの設計上の課題です。単一の斟酌率という一つのレバーで、結果的にどの規模の会社を優遇するかが決まってしまう構造は、規模間格差を解消したというより、格差の生じる場所を移動させただけとも言えます。
また、含み損だけを考慮して含み益を考慮しない点、過大役員報酬の判定基準が未確定である点など、理論的な一貫性よりも「税務上の割り切り」を優先せざるを得ない箇所が随所に見られます。資料自身も「非上場株式は容易に時価把握ができないため、公認会計士等による評価義務付けは過度な負担」であるとして、現行制度と同様に一定の割り切りが必要であると認めています。理論的な精緻さを追求しすぎると実務が回らなくなる一方、割り切りすぎると納税者間の公平性が損なわれる——このバランスの取り方こそが、残る回での最大の論点になると見ています。
なお、類似業種比準方式そのものの廃止については、実証的な裏付けの薄さが指摘される一方、簡便性や予測可能性という実務上のメリットも大きく、拙速な全面廃止には慎重であるべきだというのが率直な感想です。
クライアントへの示唆
大会社・上位中会社に該当する会社では、現行評価額と今回の試算条件(還元率8%等を仮定)による残余利益方式の評価額を比較し、影響の方向と大きさを把握しておくことは有用です。ただし、還元率・しんしゃく率・純資産価額方式との関係や適用時期はいずれも未確定であり、現段階で承継時期を決め打ちするのは早いでしょう。
小会社クラスでは評価額が低下する可能性がありますが、事業承継税制側の評価減・恒久減税の制度設計次第でも判断材料は変わってきます。株式評価と事業承継税制という二つの制度改正がほぼ同時期に動いている今は、いずれも未確定であることを前提に、両方の動向を注視しながら対策の選択肢を整理しておく時期と言えるでしょう。
まとめ・次回予告
第6回会議では、残余利益方式の各論と特定評価会社の整理が進みましたが、評価額への影響が最も大きい還元率の議論は第7回以降に持ち越されています。株式評価の見直しと事業承継税制の抜本改正は、ほぼ同じ時期に並行して議論が進んでおり、双方の制度設計が固まるまでは、試算と情報収集を継続していく必要があります。次回以降の動向も、引き続き詳しくお伝えしていきます。
参考資料:国税庁「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議(第6回)」資料(2026年9月16日)









