財産評価基本通達の死角――非上場株式評価制度が抱える構造的矛盾
▶ 参考資料(会計検査院)
- ①令和5年度決算検査報告|第4 相続等により取得した財産のうち取引相場のない株式の評価について会計検査院|report.jbaudit.go.jp(本文・全文)
- ②令和5年度決算検査報告|特定検査対象13「取引相場のない株式の評価」概要資料(PDF)会計検査院|jbaudit.go.jp(サマリーPDF)
会計検査院の問題提起
令和5年度決算検査報告において、会計検査院は令和2・3年分の相続税・贈与税申告から無作為抽出した1,600件を対象に検査を実施しました。その結果、類似業種比準価額と純資産価額の間に著しい乖離があることが明らかになりました。
▶ 純資産価額の中央値を100とした場合の類似業種比準価額(中央値)
純資産価額(中央値)= 100 とすると 類似業種比準価格の評価は27.2%しかない 1/4です
← 72.8%の乖離 →
類似業種比準価額(中央値)と純資産価額(中央値)の評価は
大会社0.32倍純資産価額のわずか3割強しかない
中会社0.50倍純資産価額では半分程度
小会社0.61倍純資産価額の6割程度
会計検査院はこの結果を受け、「会社規模が大きいほど評価額が低くなる傾向は評価の公平性が確保されているとはいえない」と指摘。国税庁に対して評価制度の見直し検討を求めました。しかし、この指摘は実務の現実を大きく見落としています。
本稿では、30年の実務経験をもとに、会計検査院の指摘が見落としている財産評価基本通達の構造的矛盾を明らかにします。類似業種比準価額の問題は「低すぎる」という一言では片づけられない、制度設計そのものの矛盾を内包しています。そして大会社オーナーは、会計検査院が想定しているような「株価対策の恩恵を受けている存在」では決してありません。
1.会計検査院の指摘内容
会計検査院の指摘は大きく2点です。
(1)原則的評価方式における評価額の乖離
類似業種比準価額が純資産価額と比べて相当程度低くなる主な要因として、①評価通達の数次の改正が累積的に類似業種比準価額を引き下げる方向に働いてきたこと、②無配会社(配当金額の比準割合がゼロ)が類似業種比準方式適用会社の約53%を占め、実質2要素の平均で計算されることで評価額がさらに低下すること、の2点を挙げています。
| 規模区分 | 原則評価方式 | 純資産価額対比(中央値) | 評価額の傾向 |
|---|---|---|---|
| 大会社 | 類似業種比準方式(しんしゃく割合0.7) | 0.32倍 | 最も低い |
| 中会社(大) | 併用方式(L=0.9) | ─ | 低い |
| 中会社(中) | 併用方式(L=0.75) | 0.50倍(中会社計) | 中程度 |
| 中会社(小) | 併用方式(L=0.6) | ─ | やや高い |
| 小会社 | 純資産価額方式(原則) | 0.61倍 | 最も高い |
(2)配当還元方式の還元率(10%)の問題
配当還元方式の還元率10%は昭和39年(1964年)の評価通達制定当時の金利等を参考に設定されたものです。その後、長期国債利回りが長期的に低下し続ける中で約60年間見直されておらず、近年の金利水準と比べて相対的に高い率となっているとしています。
▶ 会計検査院の結論
「評価の公平性が必ずしも確保されているとはいえない。社会経済の変化を考慮して、評価制度の在り方をより適切なものとなるよう検討を行っていくことが肝要」
2.実務家が知る「財産評価基本通達の死角」
会計検査院の指摘は統計的な分析としては興味深いものですが、実務の現場が見えていない点が多くあります。
(1)赤字化による株価操作と「3年継続の逆転現象」
類似業種比準価額の計算式において、比準要素の一つである「利益金額」がゼロに近づくほど評価額は下がります。一定規模までの中小法人では、役員報酬の調整や経費計上のタイミング操作によって、意図的に利益をゼロに近づけることが現実的に可能です。
⚠ 実務上の最大の落とし穴
株価引き下げのために赤字を継続した場合、3期連続で3要素がゼロになると「比準要素数0の会社」に該当し、評価方法が純資産価額方式のみに切り替わります。低評価を狙って赤字を続けた結果、逆に株価が大幅に跳ね上がるという「逆転現象」が発生します。
【赤字継続による株価の逆転リスク】赤字継続(株価引き下げ目的) ↓ 3期継続で比準要素数 = 0 に該当 ↓ 評価方法:純資産価額方式のみ(最も高い評価) ↓ 「下げようとしたら、逆に上がった」という事態に
(2)株特・土地特の「一方通行」問題
株式保有特定会社(株特:株式等の保有割合50%以上)および土地保有特定会社(土地特:土地等の保有割合が一定以上)に該当する場合、原則として純資産価額方式のみの評価となります。これは課税逃れ防止を趣旨とした規定ですが、実務上は以下の問題があります。
- 事業上の必要から土地・株式を保有しているだけなのに、課税逃れと同列に扱われる
- 地価上昇局面では意図せず特定会社に該当してしまうリスクがある
- 該当すれば税負担が上がるのみで、低評価の恩恵を受ける手段がない一方通行の制度設計
(3)株価対策が有効なのは「中会社」までが限界
会計検査院は「大会社の類似業種比準価額が低すぎる」と問題視していますが、実務的には大会社において株価対策(引き下げ)は事実上不可能です。
| 規模区分 | 利益操作の余地 | 株価対策の有効性 | 主な理由 |
|---|---|---|---|
| 大会社 | ほぼなし | × 困難 | 規模が大きく調整限界、調査リスク大 |
| 中会社(大) | 限定的 | △ 厳しい | L=0.9で類似業種比準の比重が大きい |
| 中会社(中) | ある程度可能 | ○ 有効 | 利益コントロールと併用方式の効果 |
| 中会社(小) | 比較的容易 | ◎ 最も有効 | 規模が小さく利益調整が現実的 |
| 小会社 | 意味が薄い | △ 別途対策が必要 | 原則が純資産価額方式のため |
3.会計検査院が完全に見落としている現実
――大会社オーナーの苦境
なぜ大会社社長は借金してまで自社株を集めるのか
会計検査院は「大会社の類似業種比準価額が低い=不公平」と指摘しますが、その大会社のオーナー社長たちは、実際には多額の借金を抱えて自社株を買い集めているのが現実です。これは節税目的ではなく、事業継続のための防衛的行動です。
- 相続・贈与による株式の分散 → 経営権の不安定化を防ぐ
- 少数株主の発言権増大・経営介入リスクへの防衛
- 金融機関からの信用維持(オーナーの持株比率を求められる)
- 敵対的買収・乗っ取りへの予防措置
相続発生時に生じる「納税不能」の構造
【個人資産】
自社株式(非上場)5億円
預貯金・現金5千万円
生命保険金5百万円
資産合計5億5千五百万円
【個人負債・税負担】
株式買集め借入金3億円
純資産(課税対象)2億五千五百万円
相続税(概算)約8千万円超
手元現金では到底払えない
⚠ 大会社オーナーが陥る相続の罠
①自社株は類似業種比準価額で評価されても絶対額が大きく、対策も不可能
②借入金は債務控除できるが、株式評価額に比べ控除しきれない
③現金が少なく、延納・物納も困難(非上場株式は物納劣後財産)
④自社株を売却すれば納税できるが、それは経営権の喪失を意味する
⑤後継者はさらに借金して相続税を納税し、負債の連鎖が続く
【会計検査院の論理 vs 実務の現実】【会計検査院の論理】 類似業種比準価額 → 純資産価額の0.32倍 → 低すぎる → 是正せよ【実務の現実】 大会社オーナー → 借金して自社株を集める(経営防衛) ↓ 個人資産の大部分が 換金不能な自社株 ↓ 株価対策は大会社では 不可能 ↓ 相続発生 → 納税できない → 株式売却 → 経営権喪失「低い」はずの株価が、大会社オーナーの相続を直撃している
4.今後の評価通達改正で予測されること
(1)類似業種比準価額の引き上げ方向での改正
しんしゃく割合の引き上げや比準要素の計算方法の変更が議論される可能性があります。大会社(現行0.7)が引き上げられた場合、現在でも対策が困難な大会社オーナーへの影響がさらに大きくなります。
(2)配当還元方式の還元率引き下げ
還元率が10%から引き下げられると、少数株主が取得する株式の評価額が大幅に上昇します。従業員持株会や親族間の株式分散スキームに深刻な影響を及ぼし、中小企業の事業承継を複雑にさせるおそれがあります。
まとめ――制度の「表面」と「現実」の乖離
会計検査院の指摘は、評価通達を数字の上で眺めた場合の「公平性の問題」を提示したものです。しかしながら、実務の現場では次の現実があります。
・株価対策が有効なのは中会社(特に中会社の小)までが現実的な限界
・大会社オーナーは借金で経営権を守りながら、対策できないまま高い相続税リスクを抱えている
・赤字継続による3年後の株価急騰、株特・土地特の一方通行など、制度設計そのものに矛盾が内包されている
「類似業種比準価額が低すぎる」という指摘で評価額を引き上げれば解決するような単純な問題ではありません。中小企業の事業継続・円滑な事業承継という政策目標と、課税の公平性という観点を両立させる制度設計こそが求められています。
今後の評価通達改正の動向には引き続き注意が必要です。非上場株式評価や事業承継に関するご相談は、当事務所にお気軽にお問い合わせください。

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