「銀行やコンサル会社から、航空機のオペレーティングリースを使えば自社株の評価額を大きく下げられると提案された」——事業承継を控えたオーナー経営者様から、こうした話を半分冗談交じりにご相談いただくことがあります。
実はこの手法、国税庁「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議(第4回、令和8年7月3日開催)」の配布資料の事例⑤として掲載されています。
結論から申し上げます。このスキームは、**国税庁の有識者会議資料に、問題となり得る具体的スキームの一つとして掲載されている「現在進行形の課題」**であり、税務リスクに加えて、金利・為替という税務とは別次元のリスクも抱えています。派手な節税商品に飛びつく前に、まず知っておいていただきたいポイントを整理します。
1. どんな仕組みなのか

会社が金融機関から数十億円規模の借入を行い、中古の航空機を購入。税務上の中古資産の耐用年数の簡便法(本件では4年に短縮)と定率法を組み合わせることで、購入翌期に多額の減価償却費(損失)を計上します。これにより会社の利益・純資産が大きく圧縮され、自社株の評価額(類似業種比準価額・純資産価額の双方)が一時的に大きく下がります。その「谷」のタイミングで後継者へ株式を贈与し、リース終了後に航空機を売却して評価額を元に戻す——という設計です。
似た仕組みに、匿名組合を通じて出資する航空機リース商品がありますが、法人が特定組合員等に該当する場合には、租税特別措置法67条の12により、一定の組合損失について損金算入が制限されます。今回取り上げる「会社が借入れにより中古航空機を取得し、自社で減価償却費を計上する」タイプは、この法的な歯止めを受けにくいため、より強力かつ露骨に評価額を動かせる分、国税当局からも着目されやすい手法です。
2. なぜ国税庁が問題視しているのか
国税庁は令和8年4月、「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」を設置し、非上場株式の評価ルールの抜本的な見直しに着手しました。その資料の中で、意図的な損失計上により株価を圧縮するスキームの具体例として、まさにこの航空機オペレーティングリースを活用した手法が取り上げられています。
現行の財産評価基本通達には、この手法を名指しで否認する個別規定はまだありません。使えるのは、通達の”最後の砦”である総則6項(評価通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる場合の包括的な否認規定)のみです。最高裁令和4年4月19日判決は、この総則6項の適用要件として「評価額と実質的な時価との著しい乖離」と「その乖離を作出した租税回避の意図」の2つを示しており、損失計上と株式移転のタイミングが近接しているほど、この要件に当てはまりやすくなります。
有識者会議では、こうした個別否認への依存が「納税者の予測可能性を損なう」として問題視されており、今後、通達本文レベルでの明文規制が検討される見通しです。つまり、このスキームは「単なるグレーゾーンの節税策」ではなく、今後の評価通達見直しの中で、正面から検討対象になっている類型だとご理解いただく必要があります。
3. 「借入を伴う節税商品」は、原則NGと考えるべきです
ここで強調しておきたいのは、今回の航空機オペレーティングリースに限った話ではないということです。**金融商品への投資に、多額の借入を組み合わせて損失・費用を人為的に拡大させる節税手法は、原則として実行すべきではありません。**これは税理士業界の研修でも繰り返し指摘されている共通認識です。
理由は明快です。
- 自己資金の範囲内での節税と異なり、借入によって損失規模を何倍にも拡大できてしまうこと自体が「租税回避の意図」を強く推認させる材料になる
- 借入によって評価額の圧縮幅が大きくなるほど、通達評価額と実質的な時価との「著しい乖離」も同時に拡大し、総則6項の適用要件を二重に満たしやすくなる
- 事業運営上の資金需要とは無関係な借入は、税負担軽減以外の目的を説明することが極めて困難
事実、この構造は繰り返し規制対象になってきました。匿名組合を通じた航空機リース投資は平成17年の通達改正で、生命保険の全損・半損商品は令和元年の税制改正で、それぞれ実質的に機能停止に追い込まれています。「金融商品+借入金」という組み合わせは、形を変えて繰り返し登場しては規制されるという歴史をたどっており、今回の航空機オペレーティングリースを活用した株価圧縮スキームも、その延長線上にある事例に過ぎません。借入を伴う節税提案を受けた際は、それだけで一段高い警戒レベルで臨むべきだというのが、専門家としての率直な結論です。
節税効果の大きさは、裏返せば「通常の事業活動では説明しにくい評価差額を作っている」ということでもあります。効果が大きい提案ほど、なぜその効果が出るのかを冷静に疑う必要があります。
4. 税務リスクだけではない——金利・為替という”もう一つのリスク”
見落とされがちですが、このスキームは税務否認リスクとは別に、実物経済のリスクを抱えています。
- 航空機リース案件は国際的な商慣行として米ドル建てが一般的で、借入もドル建て・変動金利であるケースが多く見られます
- 金利上昇局面では、固定されたリース料収入に対して返済負担だけが増加し、資金繰りを圧迫します
- 為替(円安)が同時に進行すれば、円換算での返済負担がさらに膨らみます
- リース終了時の売却価格(残存価値)も金利環境の影響を受けやすく、想定を下回れば借入金の完済自体が難しくなるリスクもあります
つまり、「税務上否認されなければ得、否認されても払うはずだった税金を払うだけ」という説明は正確ではありません。金利・為替リスクだけで、税務メリットを超える実損が発生する可能性があるのです。
5. 事業承継対策は、他にもあります
数十億円規模の非上場株式評価に対しては、こうした「一時的に損失を作って株価を下げる」発想ではなく、株式の権利構造そのものを再設計するアプローチが本来の王道です。
- 持株会社化(株式移転・株式交換)による将来の株価上昇分の遮断
- 無議決権株式など種類株式を活用した議決権と経済的価値の分離
- 法人版事業承継税制(特例措置)による納税猶予の活用
- 会社分割による事業整理・グループ再編。ただし、税負担軽減だけを目的とする形式的な切り出しではなく、事業上の合理性が説明できる設計が前提です
- 複数年にわたる計画的な株式移転
いずれも即効性では劣りますが、税務否認リスク・金利リスク・為替リスクを抱えることなく、着実に資産承継を進められる手法です。
まとめ
事業承継の”前”に、会社をボロボロにしてしまっては本末転倒です。大きな借入と派手な損失計上によって株価を動かす手法は、一見魅力的に映りますが、その裏には「国税庁の有識者会議で問題となり得るスキームとして取り上げられている税務リスク」と「金利・為替という実物経済リスク」が二重に存在し、しかもこの二つは同時に牙をむくことがあります。節税に失敗した上に借入の実損まで被る——事業承継対策のつもりが、肝心の事業そのものの基盤を揺るがしかねません。事業承継の検討を始める際は、目先の効果の大きさだけでなく、こうしたリスクを総合的に踏まえたご判断が必要です。
そもそも、本当にリスクが低く安定して利益が出る商品であれば、大手リース会社や金融機関が自社で保有すればよいはずです。外部の投資家や節税目的の法人に販売されるということは、航空会社の信用リスク、リース終了時の残価リスク、金利・為替リスクなど、一定の不確実性を投資家側が引き受けているという見方もできます。
弊所では、こうしたハイリスクな借入型スキームの実行支援は行っておりませんが、そのリスクを正しくご説明した上で、組織再編・種類株式・持株会社化・事業承継税制など、より確実で制御可能な事業承継対策をご提案しております。事業承継・自社株評価でお悩みの際は、派手な提案に飛びつく前に、ぜひ一度ご相談ください。
参考資料
本記事で取り上げた事例は、国税庁「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議(第4回、令和8年7月3日開催)」の配布資料36ページで紹介されているものです。
取引相場のない株式の評価に関する有識者会議(第4回)資料|国税庁(該当箇所:36ページ「事例⑤【オペレーティングリースを活用した株価の圧縮】」)
税理士法人松野茂税理士事務所 〒660-0861 尼崎市御園町24 尼崎第一ビル7F(阪神尼崎駅徒歩1分) TEL:06-6419-5140 FAX:06-6423-7500







