はじめに
現在、国税庁では「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」が開催されており、非上場株式の相続税評価の在り方について、抜本的な見直しも視野に入れた議論が進められています。その背景には、会計検査院から「類似業種比準方式による評価額は純資産価額方式に比べて相当程度低い水準にとどまっており、評価方式間で著しいかい離が生じている」との指摘があったことが挙げられます。
この会議の資料では、実際に問題視されている評価額圧縮スキームがいくつも紹介されていますが、今回はその中でも特に象徴的な「事例①:子会社の会社規模操作による株価圧縮」を取り上げ、何が問題とされているのかを専門家の視点から解説します。
評価額圧縮効果は▲100億円、税額にして▲55億円という、極めて大掛かりなスキームです。
なお、今回取り上げる事例は、令和8年7月3日開催の第4回有識者会議で配布された資料に掲載されているものです。原資料は以下のリンクからご確認いただけます。
取引相場のない株式の評価に関する有識者会議(第4回)資料|国税庁

スキームの概要
図解の流れを整理すると、次のようになります。
- 被相続人(甲)が、自身が保有する上場株式(A社株式)を現物出資し、X社を設立する
- Y社の株主であるA社の創業家一族(相続人・乙)が、事業を行う実体のあるZ社をM&Aで買収し、Y社の完全子会社とする
- X社とY社が株式交換を実施し、X社がY社を完全子会社とする
- Z社からY社へ従業員数十名を転籍させ、Y社の会社規模区分を「中会社(併用方式)」から「大会社(類似業種比準方式)」へ変更する
- X社が保有するA社株式を、類似業種比準方式が適用されるY社へ現物寄附、つまり無償で移転する(グループ法人税制下のため、この寄附には課税されない)
一つひとつの行為は、現物出資、M&A、株式交換、従業員の転籍、グループ内の現物寄附と、いずれも税法上は適法な手続きです。しかし、これらを組み合わせることで、本来あるべき評価額を大幅に圧縮する仕組みが完成しています。
なぜこのスキームは問題なのか
① 会社規模区分の形式性を利用した評価方式の選択
会社規模の判定は、従業員数などの外形基準によって決まります。Z社からY社へ従業員を転籍させるだけで会社規模区分が変わり、評価方式が純資産価額方式との併用から、より評価額の低くなる類似業種比準方式(大会社)へと切り替わります。
もっとも、事業再編や組織統合の過程で従業員数が変動し、結果として会社規模区分が動くこと自体は、合併などの正当な事業承継スキームでも生じ得ることです。この部分単独を捉えて否認するのは難しいというのが実務的な見立てです。
② 個人が保有していた上場株式を、あえて「株式保有特定会社(株特)」を回避できる器に移し替えている点
ここが本事例の本質です。
このスキームの問題は、類似業種比準方式そのものを利用した点ではなく、上場株式という時価の明確な資産を、株特の安全弁をすり抜ける形で、評価通達上の低い評価方式に流し込んだ点にあります。
甲が保有していたA社株式は、時価が明確な上場株式です。これをそのまま個人で保有していれば、相続税評価額はその時価に基づいて算定されます。
これを法人(X社)に現物出資してしまえば良いかというと、そう単純ではありません。財産評価基本通達には「株式保有特定会社(株特)」という規定があり、資産の大部分を株式等が占める会社は、会社規模にかかわらず原則として純資産価額方式で評価されます。つまり、株特の規定こそが「有価証券を法人に押し込んで評価を下げる」行為を封じるために設けられた安全弁です。
本事例では、X社を作っただけではこの株特に該当してしまうため、相続開始前にA社株式をX社からY社(従業員転籍によって類似業種比準方式が適用される状態となった会社)へ現物寄附、つまり無償で移転し、評価の高くなる場所から低くなる場所へ資産をあらかじめ移し替えています。
事業承継そのものに、上場株式を保有し続ける必然性はありません。この一連の設計の唯一の目的は、「相続財産としての上場株式の時価を、評価通達上の計算式によって見えなくすること」に尽きると考えられます。
③ 資産の来歴から見ても不自然
さらに踏み込んで見ると、A社株式は、もともと個人が長年保有していた上場株式であり、その時価は市場価格によって明確に把握できる資産です。それを相続開始直前になって法人保有に切り替えるという行為は、事業活動上の必然性を説明しにくいものです。このような都合の良い使い分けは、経済的合理性の説明が極めて困難です。
財産評価基本通達6項(総則6項)の発動リスク
このようなケースで問題となるのが、財産評価基本通達6項、いわゆる「著しく不適当な評価額」に対する国税庁長官の指示による評価の是正です。
令和4年最高裁判決が示した枠組みに照らすと、次の3点が重要な判断要素となります。
- 評価額の際立った乖離があるか
- 租税回避の意図が認められるか
- 一連の行為に不自然さがあるか
本事例は、まさにこの3要素がそろっています。上場株式という時価の明確な資産を、事業承継上の必然性なく、株特を回避できる器へと計画的に移し替えている以上、「相続税評価の圧縮以外に合理的な経済目的を説明することが困難」と判断される可能性が高いスキームだと言えます。
もし否認された場合、圧縮効果が失われるだけでなく、過少申告加算税の対象となる可能性があります。さらに、事実関係の仮装・隠蔽が認定されるような場合には、重加算税の対象となるリスクもあります。スキーム組成にかけたコストも含め、結果的に大きな損失を招きかねません。
個々の行為ではなく「一連の組み合わせ」が問われる
本事例のもう一つの重要なポイントは、現物出資、M&A、株式交換、従業員の転籍、現物寄附という5つの行為が、それぞれ単独では違法でも異常でもない点です。だからこそ見落とされやすいのですが、租税回避の否認を検討する際には、個々の行為の適法性ではなく、一連の行為全体を総合的に考察するという視点が重要になります。
令和4年最高裁判決においても、個別には適法な経済活動(不動産の購入・借入・相続・売却)が、近接した時期に一連の流れとして計画的に実行されたという事実関係が、租税回避の意図を推認する重要な材料として位置づけられました。
本事例も同様の構造です。5つの行為それぞれに個別の説明を用意することは可能かもしれません。しかし、
- なぜこの順序で
- なぜこの組み合わせで
- なぜ相続開始が近づいた時期にまとめて
実行する必要があったのかという問いに対しては、相続税評価の圧縮以外の合理的な理由を説明することが極めて困難です。個々の行為の適法性を積み重ねても、その組み合わせとタイミングにまで経済的合理性を説明できなければ、一連の行為全体として否認の対象となり得るという点が、このスキームの本質的な脆弱性だと言えます。
本来あるべき事業承継の姿
事業承継で税務上の説明力を高めるためには、後継者自身が受け皿となる会社を設立し、そこに段階的に資産や事業を集約していく「後継者主導型」の設計が有効です。後継者が経営に主体的に関与し、自らの意思で資産を取得していくプロセスにこそ、事業承継本来の合理性があります。
これに対して本事例のように、被相続人側で複雑な器を作り込み、後継者は最後に相続で株式を受け取るだけという受動的な立場に終始する設計は、事業承継としての実質を欠いていると言わざるを得ません。税務調査の場面でも、後継者の経営関与の痕跡が乏しいことは、租税回避目的の推認を補強する材料になり得ます。
まとめ
有識者会議では、こうした会社規模の操作や資産の付け替えによる評価額圧縮スキームの排除が、見直しの基本的な観点として明確に掲げられています。今後の税制改正大綱や通達改正の議論を経て、早ければ数年内に新たな評価ルールが導入されることも考えられます。特に、会社規模判定の基準見直しや、資産異動を伴う圧縮スキームへの対応強化が大きな論点になると考えられます。
事業承継や相続対策は、目先の評価額を下げることが目的化してしまうと、かえって大きなリスクを抱え込むことになりかねません。本来の目的である「円滑な経営権の移転」に立ち返り、後継者の経営関与を軸に据えた、税務調査にも耐えうる設計を行うことが何より重要です。
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