【取引相場のない株式評価】無議決権株式を使って「配当還元方式を使える株主」を作り出すスキームとその問題点

【取引相場のない株式評価】無議決権株式を使って「配当還元方式を使える株主」を作り出すスキームとその問題点

国税庁「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議(第4回)」(令和8年7月3日開催)の資料には、非上場株式の評価に関するさまざまな租税回避的スキームの事例が紹介されています。今回は、その中でも特に巧妙な設計となっている**「株式交換による無議決権株式の大量発行」と「孫への世代飛ばし贈与」を組み合わせたスキーム(事例②)**を取り上げ、どこに問題があるのかを整理します。

出典:国税庁「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議(第4回)」資料(別添2・事例②) https://www.nta.go.jp/about/council/nai-hyoka/20260703/pdf/04shiryo_kabukaigi.pdf

目次

1. スキームの全体像

大量の無議決権は図式の発行 一連の流れ

このスキームは4つのフェーズで構成されています。

フェーズ1:資産管理会社(HD)の設立 創業者一族が資産管理会社であるHDを設立します。この時点ではHDは創業者・長男・長女・二男が普通株式のみを保有する、ごく一般的な資産管理会社です。

フェーズ2:株式交換による完全子会社化と無議決権株式の大量発行 株式交換により、収益性の高い事業会社をHDの完全子会社とします。このとき、HDの株式を対価として交付する場面で、無議決権株式を大量に発行します。これにより、

  • 事業会社の収益力・含み益がHDを通じた「間接保有」に転換される
  • 創業者の議決権割合が事実上引き下げられる

という2つの効果が同時に生じます。

フェーズ3:後継者への議決権集約 HDの普通株式の贈与・売買により、後継者である長男に議決権を集約します。この結果、創業者の議決権はゼロになります。

フェーズ4:孫への無議決権株式の贈与 最後に、長女・二男の子(=創業者の孫)に対し、無議決権株式を贈与します。長女・二男という「子」の世代を経由せず、あえて「孫」の世代に直接、財産的価値のある株式を移転している点がポイントです。

この結果、評価額で約19億円、税額で約10億円の圧縮効果が生じているとされています。

2. どこに不自然さがあるのか

(1) 株式交換のタイミングでの無議決権株式の大量発行

株式交換自体は組織再編税制上、事業承継やグループ内再編の手法として広く用いられる適法な手続です。問題は、その対価として交付する株式の設計にあります。

普通株式ではなく無議決権株式を大量に発行することで、事業会社という収益性の高い資産を「間接保有化」すると同時に、議決権割合を実質的に組み替えることが可能になります。株式交換という組織再編行為と、議決権構成の作出が同一のタイミングで一体的に行われている点が、このスキームの起点であり最大のポイントです。

(2) 中心的同族株主の判定・5%未満基準の両方からの意図的な離脱

配当還元方式は、原則的評価方式(類似業種比準方式・純資産価額方式)に比べて評価額が大幅に低くなる(本事例では原則的評価方式の**2.2%**の水準)ため、その適用対象は「会社への支配力を持たない少数株主」に限定されています。本事例で特に問題となるのは、中心的な同族株主に該当するかどうか、また取得後の議決権割合が5%未満かどうかという、配当還元方式の適用可否に大きく影響する判定です。

ここで重要なのは、孫は創業者から見れば直系血族であり、通常の議決権株式を取得していれば、同族グループ内の議決権判定に取り込まれやすい立場にあるということです。中心的同族株主・5%未満基準は、いずれも「議決権割合」を基準に判定されます。そのため、贈与する株式を無議決権株式にしてしまえば、

  • 議決権ベースで判定される中心的同族株主の該当性からそもそも外れる
  • 議決権割合が0%となるため5%未満基準も自動的にクリアする

という形で、一つの操作(無議決権株式化)だけで2つの適用要件を同時に無力化できてしまいます。世代を飛ばして孫に贈与している点も不自然ではありますが、それ以上に本質的なのは、無議決権化によって判定の土俵そのものから外れているという点です。

(3) 経済的実質と評価方式の乖離

無議決権株式であっても、配当請求権や残余財産分配請求権が普通株式と同等に設計されている場合には、議決権がないだけで、財産的価値そのものは大きく損なわれません。にもかかわらず、議決権の有無という一点のみによって評価方式がまったく別物(原則的評価方式か配当還元方式か)になってしまう。この事例は、経済的支配権(長男への集約)と財産的価値(孫への移転)を意図的に切り離すことで、評価制度の形式的な判定基準を突いた設計になっていると言えます。

3. 一連の行為としての一体性

このスキームの租税回避性を考える上で重要なのは、無議決権株式の発行そのものを単体で評価するのではなく、

  1. 株式交換のタイミングでの大量発行
  2. 直後の普通株式の後継者への集約
  3. 無議決権株式のみを狙って孫へ贈与

という一連の行為が時期的に近接し、目的が一貫していることです。無議決権株式化それ自体は会社法上適法な資本政策であり、後継者への議決権集約という事業承継目的を掲げることも可能です。しかし、その副次的効果として、評価額を大幅に圧縮できる株主を意図的に作出している構造が見て取れます。

4. なぜ、これだけの問題がありながら否認事例が多くないのか

無議決権株式の評価上の濫用リスクは、実務家の間では以前から指摘されてきた論点です。しかし、実際に財産評価基本通達6項(総則6項)などによって否認された公表裁決・判決事例は、決して多くありません。理由として、次のような点が考えられます。

  • 形式基準への忠実性:財産評価基本通達は議決権割合を明文の基準としており、納税者は通達の定めるとおりに従っているにすぎない、という反論が成り立ちやすい
  • 租税回避目的の立証の難しさ:総則6項の適用には、当該行為が「著しく公平を害する」ものであることの立証が必要ですが、一連の行為が専ら租税回避目的であることを客観的に示すのは容易ではありません
  • 事業承継目的との併存:後継者への議決権集約という正当な事業承継目的を掲げられると、株式評価上の効果だけを取り出して個別に否認することが難しくなります

つまり、現行の通達(議決権割合という形式基準)を前提とする限り、個別事案ごとの事後的な否認には限界があるということです。

5. 有識者会議での議論との関係

このような事例が国税庁の有識者会議の資料に取り上げられているということは、個別否認では対応しきれない構造的な問題として、通達の基準そのもの(中心的同族株主の判定方法・5%未満基準のあり方)を見直す方向性が検討されていることを示唆していると考えられます。議決権割合という単一の形式基準に依存した現行の判定方法を、実質的な支配関係や取得の経緯なども踏まえた基準に見直す議論が進む可能性があります。

実務上、議決権の一部を無議決権化する設計は、後継者への意思決定権集約を目的とした穏当な資本政策として広く行われています。本事例が問題視されるのは、無議決権株式の発行規模や、その後の贈与対象・タイミングが、通常の事業承継設計の範囲を超えて評価額圧縮に偏っているように見える点にあります。

6. まとめ

本事例のポイントを整理すると、以下のとおりです。

  • 株式交換のタイミングで無議決権株式を大量発行し、議決権割合を実質的に組み替えたこと
  • 中心的同族株主・5%未満基準がいずれも議決権割合で判定されるため、無議決権株式化によって両方の要件から同時に離脱できてしまうこと
  • 世代を飛ばして孫へ贈与することで、経済的支配権と財産的価値の帰属を意図的に分離していること
  • 一方で、こうした無議決権株式の濫用は以前から指摘されながらも、実際の否認事例は少なく、個別対応の限界が制度改正の議論につながっていると考えられること

もっとも、このような大胆な租税回避スキームを参考にして、無議決権株式に対する評価方法全般が一律に見直されることには懸念もあります。実務上は、少数株主の意思決定関与を整理する目的で無議決権株式を発行し、原則的評価方式の負担の重さに苦しんでいる株主も少なくありません。本事例のような極端なケースへの対応と、穏当な事業承継設計を行っている大多数のケースとを区別した制度設計が望まれます。

参考資料


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