非上場株式の評価額を65億円圧縮?循環貸付・現金寄附スキームの否認リスク

非上場株式の評価額を65億円圧縮?循環貸付・現金寄附スキームの否認リスク

~国税庁「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」事例④を読み解く~

目次

はじめに

非上場株式の評価を巡っては、令和4年4月19日の最高裁判決以降、評価通達に基づく形式的な評価額と実勢価格との乖離が大きく、租税負担軽減の意図や相続・贈与等に近接した時期の一連の行為が認められるような場合には、評価通達6項(いわゆる総則6項)により通達評価そのものが否認されるリスクが、実務上大きな論点となっています。

前回、会社規模操作による株価圧縮スキーム(事例③)を取り上げましたが、今回はさらに踏み込んだ内容として、子会社との循環貸付・現金寄附を組み合わせて親会社の株価を圧縮する事例④をご紹介します。

なお、本稿で取り上げる事例④は、令和8年7月3日に開催された「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議(第4回)」の配布資料に掲載されているものです。原資料は以下からご確認いただけます。

【取引相場のない株式の評価に関する有識者会議(第4回)配布資料】 https://www.nta.go.jp/about/council/nai-hyoka/20260703/pdf/04shiryo_kabukaigi.pdf (事例④「子会社(類似)からの循環貸付により親会社(純資)の株価を圧縮」は資料35ページに掲載)

この事例で特に問題となるのは、経済合理性を説明しにくい行為を一度だけでなく、何度も繰り返している点です。HD法人から子会社への現金寄附、子会社からHD法人への貸付、さらに孫会社への債権寄附という一連の流れは、それぞれ単独で見れば法令上の処理を説明できる余地があるかもしれません。

しかし、これらの行為が反復され、しかも最終的な効果がHD法人株式の評価額を下げる方向に集中している場合、全体としては「株価圧縮のために組み立てられた取引」と見られやすくなります。経済合理性の乏しい行為を積み重ねることは、節税効果を積み上げているようでいて、実際には租税回避目的を示す材料を自ら積み上げている面があります。いわば、精巧に設計したつもりのスキームが、かえって否認リスクの証拠を増やし、墓穴を掘っているともいえます。

スキームの概要

循環貸付+グルプ法人への寄付 株価引下げ 事例

事例④は、大きく次のような流れで構成されています。

  1. 株式交換によるホールディングス化と個人資産の移転  被相続人一族が、多額の個人資産(約75億円相当)をHD法人へ移転するとともに、株式交換によりA法人・B法人を子会社化する。
  2. 子会社への現金寄附と子会社からの借入の反復  HD法人は、子会社(A・B法人)へ現金を寄附する一方、子会社からの借入も繰り返し行い、HD法人の負債を大幅に膨らませる。グループ法人税制の下では、完全支配関係内の現金寄附について課税関係が抑えられるため、グループ外への実質的な資金流出を伴わないまま、HD法人側の債務を大きく見せる構造が作られている。
  3. 純資産価額方式による評価額の圧縮  純資産価額方式で評価されるHD法人の株式評価額は、膨れ上がった負債により大幅に圧縮される。
  4. 子会社側での評価差額の作出  子会社は併用方式で評価されるため、HD法人に対する多額の債権があっても、その債権額は子会社株価に適正に反映されない構造になっている。
  5. 孫会社(ペーパーカンパニー)への債権寄附  子会社はさらに、新たに設立・購入したペーパーカンパニーへ債権を寄附する。子会社から孫会社への寄附自体は理論上子会社の株価に影響を与えないが、法人税法上、子会社は寄附相当額だけHD法人株式の帳簿価額を減額する必要が生じる(法令9条1項七、119条の3第9項)。これにより簿価と時価の差額(評価差額)が創出され、その評価差額に対する法人税相当額(38%相当)分だけHD法人株式の評価がさらに圧縮される。

結果として、資料上は、評価額で約65億円、税額で約35億円の圧縮効果が示されています。

どこに問題があるのか

① グループ外への資金流出を伴わない「循環」構造

このスキームの最大の特徴は、HD法人と子会社の間で、現金寄附と借入というお金の動きが同じグループ内をぐるぐると循環しているだけで、外部との実際の資金需要や事業目的が見当たらない点です。通常、企業間の資金移動は設備投資や運転資金など具体的な事業上の必要性に基づいて行われますが、本事例では「HD法人の純資産を圧縮する」という結果以外に、この循環取引を必要とする事業上の理由を見出すことが困難です。④・⑤の行為が「数回繰り返される」という点も、単発の資金取引とは異なる不自然さを際立たせています。

② ペーパーカンパニーへの債権寄附という技巧性

子会社から孫会社(ペーパーカンパニー)への債権寄附は、子会社の株価には理論上影響しないとされながら、HD法人株式の帳簿価額を減額させ、評価差額に対する法人税相当額分の圧縮効果を生じさせる仕組みになっています。実体のない受け皿会社を経由させてまで評価差額を作出している点は、事業再編というより、通達上の計算構造そのものを利用した株価圧縮策という色彩が強く出ています。

③ 評価方式の非対称性を利用した構造

事例④は、事例③(会社規模操作)とは異なり、会社規模区分そのものを変更しているわけではありません。HD法人はあくまで純資産価額方式で評価される会社であり、子会社からの借入を増やし、子会社への現金寄附を繰り返すことで、その純資産価額そのものを直接圧縮しています。

一方、貸付を行った子会社側では、HD法人に対する債権(貸付金)を保有していますが、子会社は併用方式で評価されるため、この債権の増加が子会社株価にそのまま反映されるとは限りません。つまり、HD法人側では借入債務が額面で効いて純資産価額を押し下げる一方、子会社側ではその反対側にある貸付債権が、評価方式の仕組みにより同じだけ株価を押し上げるとは限らない、という非対称性を利用しているわけです。

④ 寄附修正の規定を利用した評価差額の意図的な創出

孫会社(ペーパーカンパニー)への債権寄附は、単に子会社の資産を移転させる行為にとどまりません。本事例では、子会社が孫会社へ債権を寄附することにより、法人税法上、HD法人が保有する子会社株式について帳簿価額の減額調整、いわゆる「寄附修正」が問題となります(法人税法施行令9条1項七、119条の3第9項)。

国税庁資料でも、子会社から孫会社への寄附は、理論上、子会社の株価に影響しない一方で、法人税法上、子会社が孫会社へ寄附を行うと、HD法人は子会社株式の金額を減額する必要があると説明されています。これにより、HD法人が保有する子会社株式について簿価と時価との差額が作出され、評価差額に対する法人税相当額(38%相当)分だけ、HD法人株式の評価額をさらに圧縮する効果が生じます。

本来、純資産価額方式における評価差額に対する法人税相当額の控除は、資産を実際に売却・清算した場合に生じる含み益への課税負担を織り込むための調整項目です。ところが本事例では、実質的な資産価値の変動を伴わないグループ内の債権寄附と寄附修正を利用して、計算上の評価差額を作出しています。

このような処理は、事業上の必要性に基づく資産移転というより、通達上の計算構造そのものを標的とした操作といえます。事例④の中でも、単なる循環貸付・現金寄附にとどまらず、法人税法上の寄附修正と純資産価額方式の法人税相当額控除を組み合わせた、特に技巧性の高い部分です。

通常の実務感覚では、子会社が有する親会社向け債権を、事業上の必要性もなく孫会社やペーパーカンパニーへ寄附する場面はほとんど想定しにくいところです。本事例の債権寄附は、資金繰りや事業再編上の必要性というより、寄附修正によって帳簿価額を引き下げ、純資産価額方式における評価差額と法人税相当額控除を作り出すための計算上の操作と見る方が自然です。

単なる「手順ミス」ではなく、全体設計の問題

この事例で重要なのは、どこか一つの行為だけが問題なのではないという点です。株式交換、現金寄附、借入、債権寄附という各行為は、それぞれ単独で見れば会社法・税法上の手段として成立し得るものです。しかし、これらが繰り返し組み合わされ、最終的にHD法人の株式評価額だけを圧縮する方向にのみ作用している場合、全体として「評価額を下げるための一連の行為」と見られやすくなります。

特に本事例は、事例③と比べても資金移動の反復回数や、ペーパーカンパニーの介在といった技巧性が際立っており、事業上の合理的な説明がしにくい構造になっています。通達評価額と実勢価値との乖離の大きさ(評価額で約65億円)も踏まえると、令和4年最高裁判決以降の実務で重視される、通達評価額と客観的価値との著しい乖離、租税負担軽減の意図、近接した時期に行われた一連の行為といった判断要素に該当し得る事実関係といえます。

なぜ誰も止めなかったのか

これほど大掛かりな設計であれば、通常は税理士だけでなく、司法書士、金融機関、場合によっては弁護士やコンサルタントなど、複数の専門家が関与していた可能性があります。それでも実行に至ったという事実は、個々の行為の適法性チェックだけでは見えてこない問題を示しています。

背景として考えられるのは、次のような構造です。

  • 節税スキームを商品化して提案する業者が、税務リスクの説明を十分に行わないまま実行を主導するケース
  • 依頼者の「評価額を下げたい」という意向が強く、専門家側の懸念が押し切られるケース
  • 株式交換は司法書士、資金移動は金融機関、税務処理は税理士というように役割が分断され、誰も全体を通貫して検証していないケース
  • 個々の行為(貸付、寄附、株式交換)がそれぞれ会社法・税法上適法であるため、「一つひとつは問題ない」という感覚のまま積み重ねてしまうケース

このスキームが示しているのは、個別の行為の適法性チェックだけでは不十分で、一連の行為全体を通貫して見る視点を持つ専門家が関与しているかどうかが結果を分けるということです。相続・組織再編・M&Aを横断的に扱う専門家であれば、株式交換の時点、あるいは貸付・寄附が反復される時点で違和感を持てるはずですが、業務が細分化・分断されていると、そうした俯瞰的なチェックが機能しないリスクがあります。

組織再編や事業承継の相談では、税務・会社法・資金繰りといった各分野の専門知識を個別に検討するだけでなく、それらを横断して「全体として何を目的とした一連の行為なのか」を見極める視点が欠かせません。

顧客への助言のポイント

事業承継やグループ再編のご相談を受ける際、以下の視点を必ずお伝えするようにしています。

  • グループ内での貸付・寄附を組み合わせる場合には、それぞれの資金移動に独立した事業上の必要性を説明できるかを必ず検証すること
  • 同一の取引(貸付・寄附)を反復させる設計は、事業上の必然性が乏しいまま評価額圧縮の効果だけが積み上がるため、特に慎重な検討が必要であること
  • 受け皿としての新設・買収会社(ペーパーカンパニー)を経由させるスキームは、実体を伴わない場合、租税回避目的と評価されやすいこと
  • 近接した時期に複数の資金移動・組織再編行為を実行する場合には、たとえ個々に適法でも総則6項のリスクが高まるため、各行為の必要性、実行時期、事業目的を事前に整理し、文書化しておくことが重要

非上場株式の評価に関する組織再編は、会社法上・税法上の形式を整えるだけでは不十分です。特に、貸付や寄附といった資金移動を反復させる、あるいはペーパーカンパニーを介在させるようなスキームでは、全体として何を目的とした取引なのかが強く問われます。評価額を下げる効果が大きい設計ほど、事業上の必要性と経済合理性を事前に整理しておくことが重要です。

本事例は、単に「節税に失敗した事例」というより、評価通達の計算構造を熟知したうえで、その隙間を突いた高度な設計といえます。しかし、高度であることと安全であることは別問題です。むしろ、技巧的であればあるほど、税務署からは「なぜこの取引を行う必要があったのか」という説明を厳しく求められます。非上場株式の評価対策では、計算上の効果だけでなく、事業上の必要性、資金移動の実態、実行時期、関係者の意思決定過程まで含めて説明できるかが重要になります。

参考資料

  • 国税庁「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議(第4回)」配布資料(令和8年7月3日)  https://www.nta.go.jp/about/council/nai-hyoka/20260703/pdf/04shiryo_kabukaigi.pdf  ※事例④「子会社(類似)からの循環貸付により親会社(純資)の株価を圧縮」は35ページに掲載
  • 国税庁「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」開催状況・配布資料一覧(第1回〜最新回)  https://www.nta.go.jp/about/council/kenkyu.htm#nai-hyoka

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