貸付用不動産「5年ルール」と非上場株式評価改正 有識者会議資料 | 事例⑧の意義

貸付用不動産「5年ルール」と非上場株式評価改正 有識者会議資料 | 事例⑧の意義
目次

― 有識者会議「事例⑧」が示す185の3年ルール見直し ―

国税庁 事例⑧ 法人が貸付用不動産購入の3年経過後に株式を移転

令和7年12月19日、令和8年度与党税制改正大綱が公表されました。相続税・贈与税の分野で最大の注目点は、貸付用不動産の評価方法の見直しです。本稿では、この改正の内容を整理したうえで、「なぜ今このタイミングで個人の不動産評価が見直されたのか」「法人の非上場株式評価(純資産価額方式)はどうなるのか」という、実務上見落とされがちな論点まで踏み込んで解説します。

1. 令和8年度改正の内容:貸付用不動産に「5年ルール」

被相続人等が相続開始または贈与前5年以内に、対価を伴う取引により取得または新築した一定の貸付用不動産については、路線価・固定資産税評価額による通達評価ではなく、課税時期における通常の取引価額に相当する金額で評価することとされました。

ただし課税上の弊害がない限り、取得価額を基に地価の変動等を考慮して計算した価額の100分の80に相当する金額で評価することができます。実務上は、課税上の弊害がない限り、「取得価額×地価変動等を反映した調整×80%」による評価が認められる場面が中心になると考えられます。

  • 施行時期:令和9年1月1日以後に相続等により取得する財産の評価に適用(大綱の公表は令和8年度ですが、施行は1年後ろ倒しです)
  • 経過措置:改正を通達に定める日までに、その日の5年前から所有している土地に新築した家屋(建築中を含む)は、従前どおりの評価が維持されます

あわせて、不動産特定共同事業契約や信託受益権型の不動産小口化商品については、取得時期を問わず時価評価とされる方向であり、現物不動産よりもさらに厳しい扱いが予定されています。任意組合型などは相続税評価額の圧縮効果が7〜9割に達していたため、この節税手法は事実上封じられる見込みです。

2. なぜ今なのか ― 個人の評価規制には「空白の30年」があった

実は、個人の相続税評価にも、かつて明文の期間制限規定が存在しました。昭和63年制定の旧租税特別措置法69条の4です。相続開始3年以内に取得した土地等は取得価額で評価する、という規定で、内容的には今回復活する仕組みとほぼ同じ発想でした。

ところがバブル崩壊後、地価が急落する局面で「取得価額=時価」という形式評価が裏目に出て、相続税額が相続財産の時価を上回るという事態を招き、大阪地裁平成7年・大阪高裁平成10年・最高裁平成11年の一連の判決を経て、平成8年にこの規定は廃止されました。

以来、個人の行き過ぎた不動産節税策には、明文規定ではなく**財産評価基本通達6項(総則6項)**という一般条項で個別に対応するほかありませんでした。令和4年4月19日最高裁判決(いわゆる「タワマン最高裁判決」)はその代表例です。銀行借入で購入した不動産2棟(取得価額合計約13.8億円)を通達評価で約3.3億円と申告し、相続税額をゼロとした事案について、最高裁は総則6項の適用を認めています。

国税庁が令和7年11月13日に政府税制調査会へ提出した資料によれば、総則6項の適用件数は平成27年度から令和6年度までの10年間で27件、その内訳は不動産13件・株式14件でした。この資料では、令和4年最高裁判決のほか、相続開始の約2年8か月前に主宰法人から22億円を借り入れて一棟賃貸マンションを購入し、相続税額を7.9億円圧縮した事例なども具体的に紹介されており、いずれも「相続開始直前の駆け込み取得」が典型パターンとされています。

日本税理士会連合会・日本公認会計士協会の建議書・意見書も、総則6項の適用場面が納税者にとって不明確であり、予見可能性を欠くとして、通達によるルールの明確化を求めていました。令和8年度改正はこうした声に応える形で、個別否認(総則6項)から明文ルール化へという流れの一環と位置づけられます。この流れは、令和6年1月1日から施行された「マンション通達」(居住用の区分所有財産の評価方法の見直し)でも既に見られたものです。

3. 一方、法人の非上場株式評価はどうか

ここで実務上見落とされがちなのが、法人の非上場株式評価(純資産価額方式)には、個人よりずっと以前から明文の期間制限規定が存在しているという点です。

財産評価基本通達185(純資産価額)のかっこ書は、評価会社が課税時期前3年以内に取得又は新築した土地等・家屋等について、路線価や固定資産税評価額ではなく、課税時期における通常の取引価額に相当する金額で評価すると定めています。この規定は昭和の時代から存続しており、個人版の旧措置法69条の4とほぼ同時期に生まれた「きょうだい規定」といえます。

決定的に異なるのは、個人版(69条の4)が平成8年に廃止されたのに対し、法人版(185のかっこ書)は一度も廃止されることなく現在まで生き続けているという点です。

この非対称性がもたらした結果は明確です。法人が不動産を取得して株価(純資産価額)を圧縮しようとしても、185の本文が機械的に時価評価へ引き戻すため、そもそも租税回避のスキームとして成立しにくい構造になっています。少なくとも、公表されている主要な裁判例・裁決例・実務解説を見る限り、「法人が不動産を取得し、185の3年経過後に相続税評価額へ落とし込んだこと」それ自体を主たる理由として総則6項が適用された事例は、一般に広く認識されているものではありません。総則6項が伝家の宝刀として抜かれるのは、通達に明文の手当てがなく、時価との乖離が生じてしまう場面に限られるからです。

4. しかし、株式評価そのものへの総則6項適用は14件ある

ここで注意すべきは、「法人の不動産取得ルートでの否認事例がない」ことと、「株式評価そのものが総則6項と無縁である」ことはまったく別だという点です。

前述の国税庁資料が示すとおり、総則6項の適用件数27件のうち14件は株式評価に関するものであり、不動産(13件)を上回っています。ただし、これらの事案を個別に見ていくと、その手口は不動産取得ではなく、次のような評価方式そのものを操作する行為に集中しています。

  • 相続開始直前の増資により、会社の資産構成を変化させ、「株式保有特定会社」や「比準要素数1の会社」への該当を意図的に外す(いわゆる「株特外し」「比準要素数1の会社外し」)
  • 類似業種比準方式と純資産価額方式の併用割合を有利に変える操作
  • 少数株主化など、株主区分を変更して配当還元方式の適用を狙う操作

令和6年8月28日東京高裁判決(新株発行による相続税減少が約49%に及んだ事案)や令和7年6月の東京高裁判決など、近年この種の争いが増加傾向にあります。つまり、185による不動産取得ルートは既に塞がれているため、株価圧縮を狙う租税回避行為は「評価方式の選択」という別のルートに集中してきたというのが実態です。

5. すでに審議のテーブルに乗っている ― 有識者会議「事例⑧」

ここまでは「法人の不動産取得ルートは185で既に手当て済みだから問題ない」という整理でした。しかし、これは過去形の話にすぎません。

国税庁は令和8年4月20日を皮切りに「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」を開催しており、令和8年7月3日には第4回会合が行われています。この第4回資料では、まさに「法人が貸付用不動産購入の3年経過後に株式を移転」する事例⑧として、HD会社が金融機関からの借入れで約10億円の貸付用不動産を購入し、4年6か月経過後(185の3年しばりが外れた後)に、相続税評価額約4.6億円との差額約5.4億円により純資産価額を圧縮したうえで、その株式を評価額0円で子へ贈与するスキームが示されています。税額の軽減効果も3.0億円とされています。

つまり、「法人の不動産取得を理由とした総則6項の否認事例が広く知られていない」という状況は、問題視されていなかったからではなく、有識者会議によっていままさに正面から取り上げられ始めたからだと理解すべきです。185の3年ルールが存在するにもかかわらず、期間経過を待つだけで評価額を大幅に圧縮できてしまう構造そのものが、検討課題として国税庁自身のテーブルに載せられているのです。

第1回会議資料が「評価方式間のかい離を利用した株価対策」を出発点とし、第3回会議(6月4日)では純資産価額方式そのもの(引当金の未認識、営業権の未認識、清算前提評価としての妥当性など)が具体的に議論されていることも踏まえると、この事例⑧は決して唐突な話題ではなく、純資産価額方式の抜本的な見直し議論の一部として提示されたものと考えられます。

不動産(個人)→ マンション通達(令和6年)→ 貸付用不動産の5年ルール(令和9年)とたどってきた「個別否認から明文ルール化へ」という国税庁の一貫した政策は、いま法人の非上場株式評価(185)そのものにも及ぼうとしています。早ければ令和10年1月からの新ルール適用が報じられていますが、これはあくまで現時点での見方であり、今後の議論次第では、185の「3年」という期間や「通常の取引価額」という評価方法自体が、令和8年度改正の「5年・80%」ルールに合わせる形で見直される可能性があります。

6. 実務への示唆

  • 貸付用不動産による相続税対策は、令和9年以降「5年超保有」が前提となる長期戦略への転換が必要です。駆け込み取得の節税効果はゼロにはなりませんが、大幅に縮小します。
  • 不動産小口化商品は取得時期を問わず時価評価となるため、既存保有分についても対策の見直しが急務です。
  • 非上場株式の評価については、185の3年ルールを利用した不動産保有型の圧縮スキーム(事例⑧のようなHD会社スキームを含む)が、有識者会議において具体的な検討対象として既に俎上に載っています。増資や株主区分変更を用いた評価方式操作型のスキームとあわせて、今後1〜2年のうちに185自体が改正される可能性を織り込み、事業承継・M&A計画は前倒しでの検討が望まれます。

いずれの改正も「個別否認(総則6項)から明文ルール化へ」という一貫した国税庁の姿勢の表れです。長期保有・計画的な資産承継の重要性は、今後さらに増していくと考えられます。


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