~取引相場のない株式の評価に関する有識者会議「事例⑦」を読み解く~
非上場株式の評価実務に長く携わっている税理士として、今回はどうしても取り上げておきたい事例があります。
国税庁が設置した「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」の資料に掲載された**事例⑦「第三者を一時的に介在させて評価額を圧縮するスキーム」**です。
評価額を約60%も圧縮できるとされるこのスキーム、国税側が「租税回避の可能性がある事例」として公式資料に取り上げたという事実そのものが、実務上極めて重い意味を持ちます。今回は、このスキームの仕組みと、なぜ危険なのかを専門家の視点で解説します。
1. 「事例⑦」とはどんなスキームか

概要は次のとおりです。
- フェーズ1:オーナー(甲)が保有する事業会社株式200株(100%)のうち120株を、甲と同族関係にない第三者A・B・C(各40株)へ、配当還元方式による低い評価額で売却する
- 同時に:残りの80株を、原則的評価方式によって甲の子へ贈与する
- フェーズ2:一定期間経過後、A・B・Cが保有する40株ずつを、発行会社へ配当還元方式で売却(自己株式取得)する
この結果、子への贈与時点の評価額は、原則的評価額の2/5(=80株/200株)に圧縮され、贈与税負担が大きく軽減されます。その後の自己株式取得によって甲の子の持株比率は100%に回復し、株式価値もスキーム実行前とほぼ同水準まで戻る、という設計です。
発行会社側では、自己株式の取得は資本取引にあたるため、受贈益等の法人税課税関係は生じないと整理されています。ただし、株式を売却するA・B・C側では、売却対価の設定やみなし配当・譲渡所得の問題が別途生じ得るため、「全体として完全に課税関係がない」という意味ではない点には注意が必要です。理論上は「一石二鳥」に見える、非常によくできたスキームです。
2. なぜ国税が問題視するのか
ポイントは、このスキームが「配当還元方式」という評価方法の適用要件を、形式的にクリアしているだけという点にあります。
配当還元方式は、会社の経営支配権を持たない少数株主(同族株主以外の株主)が保有する株式について、配当期待権としての価値だけを評価する簡便的な方法です。本来は「経営に関与しない、支配力のない株主」であることが前提です。
しかし事例⑦では、A・B・Cは
- なぜその非上場株式をあえて取得するのか、経済合理的な動機が見えにくい
- 取得後、株主として配当を受け取ったり経営に関与したりする実態が乏しい
- あらかじめ決められたタイミングで、発行会社へ売り戻すことが前提になっている
という特徴を持ちます。つまり「同族株主以外の株主」という外形だけを一時的に作り出し、実質的な支配関係は最初から動いていないのではないか、という疑いが生じるわけです。
3. 国税側の否認ロジックを整理する
実務家として、国税がこの種のスキームをどう否認してくるかを整理しておくことは、事業承継対策を提案する上で欠かせません。想定される主なアプローチは次の3つです。
(1)財産評価基本通達6項(総則6項)
令和4年の最高裁判決以降、通達評価額と実勢の時価との間に著しい乖離があり、かつ租税負担の軽減を意図した「特段の事情」が認められる場合には、通達によらない評価(鑑定評価等)が是認されるという枠組みが確立しています。フェーズ1・フェーズ2が当初から一体で計画されている本スキームは、この「特段の事情」の典型例として扱われるリスクが高いと考えられます。
(2)「同意議決権」規定による同族株主の再認定
法人税法施行令4条6項は、個人又は法人の意思と同一の内容の議決権を行使することに同意している者がある場合、その議決権は当該個人又は法人が有するものとみなすと定めています。
もしA・B・Cが甲の意向に従って議決権を行使する旨の契約・合意があったと認定されれば、A・B・Cの議決権は甲の議決権とみなされ、そもそも「同族株主以外の株主」という前提自体が崩れます。この規定は本来、同族会社の判定のためのものですが、財産評価基本通達上の同族株主判定においても、法人税法施行令4条の同族関係者概念が基礎となるため、議決権行使に関する合意や実質的な支配関係が認定されれば、A・B・Cを単純な第三者少数株主として扱えるかが問題になります。
ただし、この認定には、単に「頼まれて取得した」「関係が緊密である」というだけでは足りず、契約や合意といった議決権拘束の実態の立証が必要とされており、国税側にも一定の立証ハードルがあります。
(3)取引規模による「作為性」の推認
事例⑦では発行済株式の実に60%(120株/200株)が動きます。これほどの規模の株式移動を、無関係な第三者3名が個別の投資判断で行ったとは考えにくく、事前の一体的な計画の存在を強く推認させます。圧縮効果を大きくしようとすればするほど、動かす株式数や第三者の関与度も大きくなり、結果として「不自然さ」の痕跡も濃くなるという、いわば構造的な脆さを抱えたスキームだといえます。
4. 事業承継の現場で私たちが伝えたいこと
有識者会議がこの事例をあえて公式資料で紹介したのは、「圧縮効果の大きさ」と「否認可能性の高さ」が表裏一体であることを示すためだと考えられます。
事業承継や相続対策の場面では、「通達の要件を形式的に満たしているかどうか」だけでなく、
- その取引に、税負担軽減以外の経済合理的な目的を説明できるか
- 一連の行為を実質的に見たときに、支配関係の実態が本当に変動しているか
- 圧縮効果の大きさに見合うだけの、総則6項適用リスクを負う覚悟があるか
を、対策の入り口の段階でしっかりと見極める必要があります。特に、非上場株式の評価圧縮を目的としたスキームは年々巧妙化していますが、その巧妙さが逆に「作為性の証拠」として国税に評価されてしまう、という皮肉な構造があることを、私たちは日々の相談の中でお伝えするようにしています。
【私見】自己株式取得に配当還元方式を使うスキームには、通達改正を待たずに警戒すべき
ここからは、非上場株式評価を含む相続・事業承継の実務に30年携わってきた税理士として私見を述べさせていただきます。
配当還元方式を使った株式の分散自体は、事業承継の現場では古くから知られた手法です。しかし今回の事例⑦で私が特に注意すべきだと感じるのは、「発行会社自身による自己株式取得の場面でも、配当還元方式を機械的に適用できてしまう」という実務上の盲点です。
配当還元方式は、あくまで経営支配力を持たない少数株主の配当期待権を評価するための簡便法です。発行会社が自ら株式を買い戻すという行為は、その株式を発行会社(=実質的には既存の支配株主グループ)の側に引き戻す取引であり、少数株主としての権利を評価するという配当還元方式の趣旨とは、そもそもなじみにくい場面ではないかと考えています。
有識者会議がこの事例をわざわざ取り上げた以上、今後、自己株式取得時の評価方法を切り分ける形での通達改正、あるいは一連の取引としての実質判定基準の明文化が行われる可能性は、決して低くないと見ています。
実務上申し上げたいのは、「通達改正がまだされていないから安全」という考え方は非常に危険だということです。総則6項による否認リスクは、通達改正を待たずに、すでに今この瞬間から存在しています。特に、第三者への売却と自己株式取得が当初からセットで設計されている場合には、たとえ各取引の形式が通達に沿っていたとしても、一連の行為全体として評価されるリスクを無視することはできません。長年のお付き合いのある顧客様から事業承継や株価対策のご相談をいただく機会が増えていますが、株価圧縮系のスキームについては、必ず「圧縮効果の大きさ」と「否認リスクの高さ」を天秤にかけたうえで、慎重にご判断いただくようお伝えしています。
おわりに
非上場株式の評価や事業承継対策は、通達の文言を表面的になぞるだけでは足りず、最高裁判例や国税庁の議論の方向性を踏まえた実質判断が不可欠な分野です。
税理士法人松野茂税理士事務所 〒660-0861 尼崎市御園町24 尼崎第一ビル7F(阪神尼崎駅徒歩1分) TEL:06-6419-5140 FAX:06-6423-7500







