生前贈与の失敗事例に学ぶ|暦年贈与と相続時精算課税の違い・債務控除・還付をわかりやすく解説【税理士監修】

生前贈与の失敗事例に学ぶ|暦年贈与と相続時精算課税の違い・債務控除・還付をわかりやすく解説【税理士監修】

職員: 先生、生前贈与には「暦年課税」と「相続時精算課税」の2つがありますよね。相続が発生したとき、相続税の計算上でどのような違いが出てくるのでしょうか?

先生: 両制度とも、贈与した財産が相続税の計算に取り込まれるという点では共通しています。しかし、「どのタイミングで取り込まれるか」、つまり債務控除との関係に大きな違いがあります。ここを正確に理解しておくことが、相続税申告を正しく行う上でとても大切です。


目次

①暦年課税の場合――「債務控除後」の課税価格に加算

職員: まず暦年課税から教えてください。

先生: 暦年課税の場合、相続開始前の一定期間内に被相続人から贈与を受けた財産は、相続税の課税価格に加算されます。根拠は相続税法第19条第1項です。条文はこう定めています。

「相続又は遺贈により財産を取得した者が、被相続人から加算対象期間内に贈与によって財産を取得したことがある場合には、その贈与により取得した財産の価額を相続税の課税価格に加算する」

ここで重要なのは、加算される「場所」です。相続税の課税価格は次のように計算されます。

相続財産の価額
  - 債務・葬式費用(相続税法第13条第1項)
  = 純資産価額(各相続人の課税価格)

  + 暦年課税による生前贈与の価額(相続税法第19条第1項)
  = 相続税の課税価格

つまり、暦年課税の贈与財産は、債務控除が終わった後の純資産価額に上乗せされる形で加算されます。

この点は相続税法第13条第1項の文言からも明らかです。

「相続又は遺贈により財産を取得した者が……当該財産の価額から次に掲げるものの金額のうちその者の負担に属する部分の金額を控除した金額による。一 被相続人の債務で相続開始の際現に存するもの(公租公課を含む。) 二 被相続人に係る葬式費用」

第13条の債務控除は「相続又は遺贈により取得した財産」についての規定です。暦年課税で加算される贈与財産は相続により取得した財産ではないため、この規定の適用外となります。

職員: ということは、債務控除の恩恵は暦年課税の贈与財産には及ばないということでしょうか?

先生: そのとおりです。たとえば、相続財産が1,000万円あっても債務が2,000万円あれば純資産はマイナス1,000万円となり、相続財産だけで見れば課税価格はゼロ(マイナスは切り捨て)です。ところが、暦年課税で加算される生前贈与の2,000万円はそこへさらに乗ります。債務で相続財産がすべて消えてしまっても、贈与財産には債務控除がまったく及ばず、2,000万円がそのまま課税価格に加算されてしまうわけです。

相続財産   1,000万円
- 債務    2,000万円
= 純資産   △1,000万円 → 0円(マイナスは切り捨て)

+ 暦年課税による生前贈与 2,000万円
= 課税価格 2,000万円 ← 債務2,000万円を抱えながらも課税!

一方、相続時精算課税なら精算課税財産も含めた上で債務控除を計算しますので、次のようになります。

相続財産   1,000万円
+ 精算課税財産 2,000万円
- 債務    2,000万円
= 課税価格  1,000万円

職員: 債務超過でも暦年課税の贈与財産には容赦なく課税されるのですね。

先生: そうです。ただし、精算課税は一度選択すると同じ贈与者からの贈与について暦年課税に戻れませんし(相続税法第21条の9第2項:「相続時精算課税の選択をした者は、以後当該届出書を提出した贈与者に係る贈与税について暦年課税を適用することはできない」)、小規模宅地等の特例も使えなくなります。財産の種類や将来の相続税負担も含めた総合的な判断が重要です。

職員: 加算対象期間は何年ですか?

先生: 相続税法第19条第1項および令和5年改正法附則第19条により、令和6年1月1日以後の贈与から順次延長されます。

相続開始日加算対象期間
令和8年12月31日以前相続開始前3年以内
令和9年1月1日以後相続開始前7年以内(ただし3年超7年以内の分は合計100万円まで非加算)

令和6年1月1日以後に贈与された財産から段階的に7年へ延長されていきます(国税庁タックスアンサーNo.4161)。


②相続時精算課税の場合――「相続財産とみなす」から債務控除ができる

職員: 相続時精算課税は、どのように相続税の計算に組み込まれるのですか?

先生: こちらは構造が根本的に異なります。相続税法第21条の15第1項はこう定めています。

「相続時精算課税適用者が……相続時精算課税の適用を受ける財産(相続時精算課税適用財産)については……当該特定贈与者から相続又は遺贈により取得したものとみなして第1節の規定を適用する」

また、特定贈与者から相続・遺贈により財産を取得しなかった相続時精算課税適用者についても、相続税法第21条の16第1項に同様の規定があります。

「特定贈与者から相続又は遺贈により財産を取得しなかった相続時精算課税適用者については、当該特定贈与者からの贈与により取得した財産で第21条の9第3項の規定の適用を受けるものを当該特定贈与者から相続(当該相続時精算課税適用者が当該特定贈与者の相続人以外の者である場合には、遺贈)により取得したものとみなして第1節の規定を適用する」

みなして第1節の規定を適用する」という文言がポイントです。第1節には**第13条(債務控除)**が含まれますので、精算課税財産にも債務控除の規定が及ぶことになります。

相続財産の価額
  + 相続時精算課税適用財産の価額(贈与時の価額)
    ※令和6年1月1日以後の贈与は110万円の基礎控除後の残額
    (相続税法第21条の15第1項・相続税法第21条の11の2)
  - 債務・葬式費用(相続税法第13条)
  = 相続税の課税価格

職員: 実際に第13条がそのまま適用されるということは、通達でも確認できるのですか?

先生: はい。相続税法基本通達13-9に明確に定められています。

「相続時精算課税適用者に係る法第13条第1項及び第2項の規定の適用については、当該相続時精算課税適用者の相続又は遺贈による財産の取得の有無に応じて、それぞれ次のとおりとなる。 (1) 相続又は遺贈により財産を取得した相続時精算課税適用者(法第21条の15第1項に該当する者) 無制限納税義務者である場合には第13条第1項の規定、制限納税義務者である場合には同条第2項の規定が適用される。 (2) 相続又は遺贈により財産を取得しなかった相続時精算課税適用者(法第21条の16第1項に該当する者) ……法第13条第1項の規定……が適用される。」

つまり、相続財産を取得した場合もしなかった場合も、精算課税適用者が相続人である限り、第13条の債務控除が制限なく適用されます。暦年課税の加算財産とは根本的に異なる取り扱いです。


③贈与税額の控除と「還付の有無」――ここが最大の相違点

職員: 生前に贈与税を払っていた場合、相続税の計算でどのように扱われますか?

先生: 両制度ともに「払い済みの贈与税を相続税から控除する」仕組みがありますが、控除しきれなかったときの扱いがまったく異なります

暦年課税の場合――還付なし

相続税法第19条第1項は加算と同時に控除についても定めています。

「加算される贈与財産について課せられた贈与税の額があるときは、その相続税額から当該贈与税の額に相当する金額を控除する」

ただし、控除しきれない場合の還付規定は設けられていません。暦年課税の贈与税はあくまで「その年の贈与に対する税」であり、相続税の前払いという性格ではないため、相続税額がゼロになっても超過分は消滅します。

具体例: 相続税額が50万円、加算された贈与財産に係る贈与税額が200万円の場合

  • 控除:50万円(相続税がゼロになる)
  • 残余150万円は切り捨て(還付されない)

相続時精算課税の場合――還付あり

精算課税の贈与税は「前払いの相続税」という性格を持ちます。相続税法第21条の15第3項はこう定めています。

「相続時精算課税適用財産につき課せられた贈与税があるときは、相続税額から当該贈与税の税額に相当する金額を控除する」

そして、控除しきれない場合は相続税法第33条の2により還付されます。

「相続時精算課税に係る贈与税……の額が……相続税の額を超える場合において、その超える部分の金額は……還付する」

国税庁タックスアンサーNo.4301でも次のように明示されています。

「相続税の申告の必要がない場合でも、相続時精算課税適用財産について既に納めた贈与税がある場合には、相続税の申告をすることにより還付を受けることができます。この還付を受けるための申告書は、相続開始の日の翌日から起算して5年を経過する日まで提出することができます。」

具体例: 相続税額が50万円、精算課税に係る贈与税相当額が200万円の場合

  • 控除:50万円(相続税がゼロ)
  • 残余150万円は税務署から還付

④まとめ――両制度の比較表

項目暦年課税相続時精算課税
根拠条文相続税法第19条相続税法第21条の15・16
課税価格への取込み債務控除の純資産価額に加算相続財産とみなし、債務控除に合算
債務控除の適用贈与財産には適用なし相続人の場合は第13条が適用あり(通達13-9)
加算期間相続開始前3年(順次7年へ)(附則19条)制度選択後の全期間(110万円以下は加算除外)
贈与税の控除第19条により控除(しきれない分は消滅第33条の2により控除(しきれない分は還付

⑤実務上の留意点

職員: 具体的にどのような場面でこの違いが問題になりますか?

先生: たとえば、次のケースです。

〔ケース1〕債務が多い場合 被相続人に多額の借入があり相続財産を上回るような場合、精算課税財産も含めた上で相続税法第13条の債務控除が適用されますので、課税価格の圧縮に働きます。暦年課税なら第13条の適用外のため、贈与財産がそのまま課税価格に乗ります。

〔ケース2〕贈与税を多く納めていた場合 精算課税で多額の贈与税を払い、その後の相続税が少額となった場合、差額は相続税法第33条の2により還付されます。申告期限は相続開始翌日から5年以内(相続税法第27条・第33条の2参照)。暦年課税には還付規定がありませんので、精算課税では必ず申告して還付を受けることが重要です。

〔ケース3〕精算課税と小規模宅地等の特例の関係 精算課税で贈与された土地については、租税特別措置法第69条の4の小規模宅地等の特例が適用できません。同条の「相続又は遺贈により取得した宅地等」には精算課税のみなし取得財産は含まれないと解されているためです。自宅や事業用地の贈与を検討する際は、精算課税の選択が必ずしも有利とは限らず、慎重な試算が必要です。


職員: 整理すると、暦年課税は「後付けの加算」、精算課税は「相続財産と一体化」という理解でよいでしょうか?

先生: よくまとまっています。正確には「課税価格に組み込まれるタイミング」と「贈与税の性格(前払いか否か)」の2点が核心です。特に還付の有無(相続税法第33条の2)は実務で見落とされやすいポイントです。精算課税を選択した方の相続では、たとえ相続税がゼロでも必ず申告の要否を検討するようにしてください。


⑥【実例で考える】暦年贈与の落とし穴――払った贈与税が還付されなかったケース

職員: 先生、暦年課税で生前贈与を続けていたのに、相続税の計算で損をしてしまったという事例があると聞きました。具体的にどういうことが起きたのでしょうか?

先生: これは実務でも見落とされやすい、とても重要な失敗事例です。「相続対策をしっかりやってきたつもりが、贈与税が丸ごと無駄になった」というケースです。順を追って説明しましょう。


【事例の前提】

被相続人(父)は相続対策として次の2つを実施していました。

〔対策①〕暦年贈与の継続 長男に毎年500万円を10年間贈与(暦年課税)

各年の贈与税(特例税率・直系尊属からの贈与、相続税法第21条の5・措法第70条の2の5):

(500万円 - 110万円)× 15% - 10万円 = 48.5万円/年

10年間の贈与税合計:485万円

〔対策②〕相続税評価額の圧縮目的で賃貸マンション取得

  • 取得価額:3億円(全額借入)
  • 相続税評価額(貸家建付地+建物):約1億2,000万円 (路線価・固定資産税評価額ベースで大幅圧縮を見込む)

【相続発生時の状況】

相続開始日:贈与開始から11年目

【相続財産の内訳】
賃貸マンション(相続税評価額)   1億2,000万円
預貯金               2,000万円
           計      1億4,000万円

【債務(相続税法第13条第1項第1号)】
マンション取得借入金(残債)    2億8,000万円
その他債務               500万円
           計      2億8,500万円

純資産(相続財産 ー 債務)   △1億4,500万円 → 0円

相続財産は完全な債務超過。相続人(長男)の課税価格はゼロ。


【暦年課税の加算と贈与税額控除の計算】

相続税法第19条第1項により相続開始前3年以内の暦年贈与が加算対象(本事例の相続開始日は令和8年12月31日以前と仮定)。

加算される贈与財産(直近3年分):
 500万円 × 3年 = 1,500万円

相続税の課税価格:
 純資産     0円(債務超過のためマイナスは切り捨て)
 + 暦年贈与加算 1,500万円 (相続税法第19条第1項)
 = 課税価格  1,500万円

相続税額の計算(基礎控除:3,600万円=3,000万円+600万円×1人)
                 (相続税法第15条)
 課税価格1,500万円 < 基礎控除3,600万円
 → 相続税額 ゼロ

職員: 相続税はゼロになりましたね。それなら贈与税額控除はどうなりますか?

先生: ここが問題です。相続税法第19条第1項の後段は「課せられた贈与税の額があるときは、その相続税額から……控除する」と定めています。相続税額がゼロでは、控除する相手がありません。

控除できる贈与税額(直近3年分):
 48.5万円 × 3年 = 145.5万円

相続税額      0円
- 贈与税額控除 145.5万円 (相続税法第19条)
= 控除しきれない額 145.5万円 → 還付なし

相続税法には暦年課税の控除しきれない贈与税を還付する規定がありません(第33条の2は精算課税専用)。直近3年分の贈与税145.5万円が丸ごと消滅してしまいます。さらに3年より前の贈与税(340万円超)は加算すらされないため控除の対象にもなりません。10年間で納付した贈与税485万円は、一円も戻ってこないことになります。


【この事例から学ぶ教訓】

先生: この失敗事例には、見落とされがちなポイントが3つあります。

〔教訓1〕借入による相続財産の圧縮と暦年贈与の組み合わせは危険

借入でマンションを取得して相続財産を圧縮する対策は有効ですが、それによって課税価格がゼロまたは基礎控除(相続税法第15条)以下になると、暦年贈与で払い続けた贈与税が「消滅」します。対策の組み合わせを総合的に検討することが不可欠です。

〔教訓2〕暦年課税の贈与税は「前払い」ではない

相続税法第19条の贈与税控除はあくまで相続税の範囲内での控除です。第33条の2(還付規定)は相続時精算課税に限定された規定であり、暦年課税には還付が認められていません。

〔教訓3〕相続対策は「単体」ではなく「全体」で評価する

生前贈与・借入・不動産取得などの各対策を個別に有効と判断しても、組み合わせることで想定外の結果が生じることがあります。相続発生時のシミュレーションを複数パターンで行い、贈与税の取り扱いまで含めた検証が必要です。

職員: 税理士に相談せず自己判断で進めると、こういった落とし穴にはまりやすいですね。

先生: そうです。特に贈与税の「還付の有無」は制度の性格の違いから生じるものですが、一般の方にはなかなか気づきにくい点です。生前対策は早い段階から専門家と連携し、全体像を見据えて進めることが何より大切です。


⑦【取り扱いが異なる主要ポイント一覧】国税庁条文・タックスアンサーで確認する

職員: 先生、債務控除や還付以外にも、両制度で取り扱いが異なる項目があると聞きました。実務上おさえておくべき点を整理していただけますか?

先生: 実務家として両制度を使いこなすためには、個々の税目・特例との関係を正確に把握しておくことが不可欠です。以下、国税庁の条文・タックスアンサーを根拠に整理します。


【比較一覧表】

項  目暦年課税相続時精算課税
①相続税の債務控除(相法13①)暦年贈与の加算財産からは控除不可制限なく控除可能
②贈与税額の控除・還付還付まではできない(相法19)還付あり(相法33の2)
③相続税の物納(相法41②)相続財産を物納の対象として利用可能精算課税適用財産は物納不可
④小規模宅地等の特例(措法69の4)加算財産には適用不可適用不可
⑤災害による価額の減額(措法70の3の3)再計算不可被災価額を控除した減額再計算可能
⑥相続株式の自己株式取得のみなし配当不適用(措法9の7)適用可能適用可能
⑦相続税の取得費加算(措法39)適用可能適用可能

【各項目の解説】


①債務控除(相法13条①)――すでに詳述

本記事の①②で解説のとおりです。相続税法第13条第1項の債務控除は「相続又は遺贈により取得した財産」に適用されるものですが、精算課税財産は第21条の15・16により「みなして第1節の規定を適用」するため控除が及びます。暦年贈与の加算財産はこの「みなし」がなく、通達13-9も精算課税適用者に限定して第13条の適用を認めています。


②贈与税額の控除・還付(相法19条・33条の2)――すでに詳述

本記事の③で解説のとおりです。相続税法第33条の2は精算課税の贈与税の還付を明示的に規定しており、暦年課税にはこれに相当する規定がありません。


③相続税の物納(相法41条2項)

職員: 物納にも違いがあるのですか?

先生: 相続税は原則として金銭で納付しますが、延納によっても金銭納付が困難な場合に限り、相続財産を現物で納付する「物納」が認められています(相続税法第41条第1項)。

ここで大きな違いがあります。相続税法第41条第2項はこう定めています。

「物納に充てることができる財産は、納付すべき相続税額に係る課税価格の計算の基礎となった相続財産のうち……に限る。ただし、相続時精算課税の適用を受けた財産……は、物納に充てることができない」

国税庁タックスアンサーNo.4214でも、「相続時精算課税の適用を受けた財産は、物納の対象とすることはできません」と明示されています。

精算課税で贈与された不動産・株式等は、相続税の課税価格に算入されるにもかかわらず、物納の対象財産にはなりません。現金化が難しい財産を精算課税で贈与した場合、相続税の納付資金が不足しても物納で対応できないという点は、実務上の大きなリスクになります。


④小規模宅地等の特例(措法69条の4)

職員: 暦年課税も精算課税も両方「適用不可」となっていますね。

先生: そうです。ただしそれぞれ理由が異なります。

暦年課税の加算財産(宅地): 租税特別措置法第69条の4第1項は「相続又は遺贈により取得した宅地等」を特例の対象と定めています。暦年贈与で加算される宅地は相続開始前の贈与により取得した財産であり、この要件を満たしません。課税価格に加算はされても、特例の適用対象外です。

精算課税適用財産(宅地): 精算課税財産は「相続により取得したものとみなす」(相法21条の15・16)ものの、措法第69条の4の規定上、みなし取得財産は適用対象から除外されています。同条の立法趣旨が相続・遺贈による取得に限定しているためです。

実務上の影響: 自宅(特定居住用宅地等・最大80%減)・事業用地(特定事業用宅地等・最大80%減)・貸付事業用地(最大50%減)を精算課税で贈与すると、相続時にこの特例が使えなくなります。宅地の贈与に精算課税を選択する際は、特例との比較シミュレーションが必須です。


⑤災害による価額の減額再計算(措法70条の3の3)

職員: 精算課税の贈与財産が災害で損害を受けた場合、特別なルールがあるのですか?

先生: これは令和5年度税制改正で新設された制度です(令和6年1月1日以後の災害から適用)。租税特別措置法第70条の3の3第1項はこう定めています。

「相続時精算課税適用者が、特定贈与者から贈与により取得した土地又は建物について……災害によって一定の被害を受けた場合……には、その相続税の課税価格への加算の基礎となるその土地又は建物の価額は、その贈与の時における価額から、その災害による被災価額を控除した残額とすることができる」

国税庁タックスアンサーNo.8006でも確認できます。

「相続時精算課税に係る贈与により取得した土地または建物が……災害によって相当の被害を受けたことなど一定の要件を満たす場合には、その相続税の課税価格に加算されるその土地または建物の価額から、その被害を受けた部分の価額(保険金、損害賠償金等により補てんされた金額を除きます。)を控除することができます」

適用要件(措法70条の3の3第1項・施行令40条の5の3第5項):

  • 被災割合が贈与時の価額の10%以上であること
  • 災害発生日から3年以内に承認申請書(り災証明書等添付)を所轄税務署長に提出し、承認を受けること

暦年課税の場合: 暦年贈与で加算される財産が災害で損害を受けても、加算される価額を減額する規定は相続税法・租税特別措置法のいずれにも存在しません。贈与時の価額がそのまま課税価格に加算されます。


⑥相続株式の自己株式取得のみなし配当不適用(措法9条の7)

職員: これは両制度とも適用可能とのことですが、どういう制度ですか?

先生: 相続人等が相続または遺贈で取得した株式を、その発行会社に売却(自己株式として取得させる)場合、通常は所得税法第25条のみなし配当課税が生じます。

しかし、租税特別措置法第9条の7により、相続税の申告書提出期限翌日から3年以内に、相続(みなし含む)により取得した株式を発行会社に譲渡した場合には、このみなし配当課税を不適用とする特例が受けられます(国税庁タックスアンサーNo.1477)。

同条は「相続又は遺贈(相続時精算課税に係る贈与を含む)により取得した」と明記しており、暦年課税で加算された株式・精算課税適用の株式のいずれについても適用が可能です。

(相続財産に係る株式をその発行した非上場会社に譲渡した場合のみなし配当課税の特例)

第9条の7 相続又は遺贈(贈与者の死亡により効力を生ずる贈与を含む。以下この項において同じ。)による財産の取得(相続税法又は第70条の7の3若しくは第70条の7の7の規定により相続又は遺贈による財産の取得とみなされるものを含む。)をした個人で当該相続又は遺贈につき同法の規定により納付すべき相続税額があるものが、当該相続の開始があった日の翌日から当該相続に係る同法第27条第1項又は第29条第1項の規定による申告書(…)の提出期限の翌日以後3年を経過する日までの間に当該相続税額に係る課税価格(同法第19条又は第21条の14から第21条の18までの規定の適用がある場合には、これらの規定により当該課税価格とみなされた金額)の計算の基礎に算入された金融商品取引法第二条第十六項に規定する市場において上場されている株式その他の政令で定める株式を発行した株式会社以外の株式会社(以下この項において「非上場会社」という。)の発行した株式をその発行した当該非上場会社に譲渡した場合において、当該譲渡をした個人が当該譲渡の対価として当該非上場会社から交付を受けた金銭の額が当該非上場会社の法人税法第2条第16号に規定する資本金等の額のうちその交付の基因となった株式に係る所得税法第25条第1項に規定する株式に対応する部分の金額を超えるときは、その超える部分の金額については、同項の規定は、適用しない

「当該相続税額に係る課税価格同法第19条又は第21条の14から第21条の18までの規定の適用がある場合には、これらの規定により当該課税価格とみなされた金額)の計算の基礎に算入された…非上場会社の発行した株式を…譲渡した場合」


この括弧書きが決定的です。

規定内容措法9条の7の適用
相続税法19条暦年贈与の相続財産加算✓ 適用あり
相続税法21条の14〜18相続時精算課税✓ 適用あり

通常の自己株式取得(特例なし)

会社から受け取った金銭のうち、資本金等の超過部分は所得税法第25条第1項により、配当をもらったのと同じ扱いになります。みなし配当の額=交付金銭-資本金等に対応する部分みなし配当の額 = 交付金銭 - 資本金等に対応する部分みなし配当の額=交付金銭-資本金等に対応する部分 5,000万円-500万円=4,500万円(配当所得)= 5,000万円 - 500万円 = \textbf{4,500万円(配当所得)}=5,000万円-500万円=4,500万円(配当所得)

総合課税・最高税率55.945%が適用されます。


本特例適用後(措法9条の7)

「同項の規定は、適用しない」→ みなし配当の規定を丸ごと外します。

その結果、交付された金銭5,000万円の全額が譲渡対価として扱われます。譲渡所得=譲渡対価-取得費(+取得費加算)-譲渡費用譲渡所得 = 譲渡対価 - 取得費(+取得費加算) - 譲渡費用譲渡所得=譲渡対価-取得費(+取得費加算)-譲渡費用 5,000万円-(300万円+800万円)=3,900万円(譲渡所得)= 5,000万円 -(300万円 + 800万円)= \textbf{3,900万円(譲渡所得)}=5,000万円-(300万円+800万円)=3,900万円(譲渡所得)

分離課税20.315%が適用されます。



条文の読み方のポイント

「同項の規定は、適用しない

この一文が、みなし配当課税のスイッチをオフにする規定です。スイッチを切ることで、交付金銭の全額が譲渡対価となり、譲渡所得課税に一本化されるという構造です。

納付すべき相続税額があるものが、(条文からわかること)重要論点

①相続税を納付していないとみなし配当の不適用はありません。 例えば 相続で取得した配偶者が税額の軽減を受けた場合など相続税がない場合はみなし配当課税になるので相続税を支払うようにする必要があります。配偶者は少しでも相続税を支払うことで相続により取得した株式をみなし配当から除外できることが条文からは読み取れます。
(制度趣旨とは異なりますのでグレーかもしれません要注意点)

②基礎控除以下で相続税がない場合は納付すべき相続税がないのでみなし配当課税になります。

⑦相続税の取得費加算(措法39条)

職員: 取得費加算も両制度で利用できるのですか?

先生: 取得費加算とは、相続財産を相続税の申告期限翌日から3年以内に譲渡した場合、その相続財産に対応する相続税額を譲渡所得の取得費に加算できる制度です。租税特別措置法第39条第1項はこう定めています。

「相続又は遺贈(相続時精算課税に係る贈与を含む)により財産を取得した者が……その取得した財産を譲渡した場合……その者が納付した相続税額のうちその財産に対応する部分の金額を……取得費に加算することができる」

条文上「相続時精算課税に係る贈与を含む」と明記されており、精算課税適用財産を譲渡した場合も対応する相続税額を取得費に加算できます。また、暦年贈与の加算財産についても同様に対応する相続税額(加算された贈与財産に割り当てられた相続税額)の加算が可能です。これにより相続税と所得税(譲渡所得税)の二重課税が緩和されます。


みなし配当除外・取得費加算の譲渡の時期


条文上の規定(措法9条の7)

「相続の開始があった日の翌日から当該相続に係る申告書の提出期限の翌日以後3年を経過する日まで


具体的な期間 みなし配当除外・取得費加算の譲渡の時期

相続開始(死亡日)10ヶ月相続税申告期限さらに3年譲渡期限相続開始(死亡日)\rightarrow \underbrace{10ヶ月}_{相続税申告期限} \rightarrow \underbrace{さらに3年}_{譲渡期限}相続開始(死亡日)→相続税申告期限10ヶ月​​→譲渡期限さらに3年​​

合計で相続開始から約3年10ヶ月以内に譲渡することが要件です。

免責事項

本記事は、作成時点の法令・通達等に基づき、一般的な情報提供を目的として作成しております。個別の案件については、適用要件や課税関係が異なる場合がありますので、具体的なご判断は必ず税理士等の専門家にご相談ください。なお、本記事の内容に基づいて生じたいかなる損害についても、当事務所は責任を負いかねます。

【参考条文・根拠】 

  • 相続税法第13条第1項(債務控除)
  • 相続税法第15条(基礎控除)
  • 相続税法第19条第1項(暦年課税による贈与財産の加算・贈与税額控除)
  • 相続税法第21条の9(相続時精算課税の選択・変更不可)
  • 相続税法第21条の11の2(精算課税の基礎控除110万円)
  • 相続税法第21条の15・第21条の16(精算課税に係る相続税額・みなし規定)
  • 相続税法第33条の2(精算課税に係る贈与税の還付)
  • 相続税法第41条第2項(物納の要件・精算課税財産の物納不可)
  • 相続税法基本通達13-9(精算課税適用者の債務控除)
  • 租税特別措置法第9条の7(相続株式の自己株式取得のみなし配当不適用)
  • 租税特別措置法第39条(相続税の取得費加算)
  • 租税特別措置法第69条の4(小規模宅地等の特例)
  • 租税特別措置法第70条の3の3(災害による精算課税財産の価額の特例)
  • 令和5年改正法附則第19条(加算対象期間の経過措置)
  • 国税庁タックスアンサーNo.4161(贈与財産の加算と税額控除・暦年課税)
  • 国税庁タックスアンサーNo.4214(相続税の物納)
  • 国税庁タックスアンサーNo.4301(相続時精算課税の選択と相続税の申告義務)
  • 国税庁タックスアンサーNo.4152(相続税の計算)
  • 国税庁タックスアンサーNo.8006(災害により被害を受けたときの相続税の取扱い)
  • 国税庁タックスアンサーNo.1477(相続により取得した非上場株式をその発行会社に譲渡した場合の課税の特例)

事務所概要

税理士法人松野茂税理士事務所
代表税理士:松野 茂
社員税理士:山本 由佳
所属税理士:近畿税理士会 尼崎支部
法人登録番号:第6283号
法人番号:4140005027558
適格請求書発行事業者登録番号(インボイス番号):T4140005027558
所在地:〒660-0861 兵庫県尼崎市御園町24 尼崎第一ビル7F
TEL:06-6419-5140
営業時間:平日 9:00〜18:00

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