(税理士と担当スタッフの会話形式でお届けします)
今回の相談事例
スタッフ: 先生、具体的な事例でご相談です。亡くなられたご主人が遺したのはアパートのみで、相続人は高齢の配偶者(妻)と子ども2人の合計3人です。財産内容はこのようになっています。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| アパート(時価) | 2億円 |
| アパート(相続税評価額) | 1億円 |
| アパートの借入金 | ▲1億5,000万円 |
| 課税価格(評価額-借入金) | ▲5,000万円 |
税理士: 課税価格がマイナス5,000万円、つまり債務超過の案件ですね。相続税の基礎控除額を確認しましょう。
3,000万円 + 600万円 × 3人(妻・子A・子B)= 4,800万円
課税価格はマイナス5,000万円ですから、基礎控除額4,800万円を大幅に下回ります。一次相続では相続税の申告義務はありません。
スタッフ: 奥様はご高齢で認知症の疑いもあります。遺産分割をしようとすると成年後見人が必要と聞きましたが、報酬が月8万円かかると言われたそうです。どうすればよいでしょうか?
成年後見人をつけると何が起きるか
税理士: まず、成年後見人をつけた場合の問題点を整理しましょう。
成年後見人の報酬は家庭裁判所が決定しますが、今回のように不動産(アパート)の管理があり相続手続き中となれば、月8万円というのは十分あり得る水準です。
問題はコストだけではありません。後見人には「本人(妻)の利益を最大化する義務」があります。そのため、妻の相続分を子どもに寄せるような分割は家庭裁判所が認めず、**ほぼ法定相続分(妻1/2・子A1/4・子B1/4)**に固定されてしまいます。
スタッフ: 自由な設計ができなくなるうえ、コストも相当かかりますね。
税理士: そのとおりです。仮に後見人が5年間続いたとすれば…
月8万円 × 12か月 × 5年 = 約480万円
今回の案件は相続税がゼロで申告義務もありません。成年後見人を立てて遺産分割しても税務上のメリットは何もない。むしろコストと自由度の喪失だけが残ります。
解決策:未分割のまま、二次相続を待つ
スタッフ: では、どうすればよいのでしょうか?
税理士: 遺産分割をしないまま(未分割のまま)の状態を維持し、二次相続(妻の死亡)を待つという方法を取ります。
今回は相続税の申告義務自体がありませんので、税務署への手続きは一切不要です。成年後見人も不要、申告書の提出も不要。一次相続の段階では何もしなくてよいというのが実務上の結論です。
さらに見落とされがちなメリットがあります。不動産の登記費用も1回で済むという点です。
通常であれば一次相続で一度登記、二次相続でまた登記と2回分の登記費用が発生します。未分割のまま維持しておけば、二次相続後にまとめて1回登記するだけで完結しますので、登記費用を大幅に節約できます。 今回のようにアパートという不動産を含む案件では、この節約効果は決して小さくありません。

【参考】課税財産がある場合の「未分割申告」と「分割見込書」
スタッフ: 今回は申告不要ですが、相続税の申告が必要なケースで遺産分割が間に合わない場合はどうすればよいのですか?
税理士: 課税価格が基礎控除を超えて申告が必要なケースでは、遺産分割が未完了のまま申告期限(死亡から10か月以内)を迎えることがあります。その場合は次の対応が必要です。
- 各相続人が法定相続分で取得したと仮定して計算・申告・納税する
- 申告書に**「申告期限後3年以内の分割見込書」**を添付する
この書類を添付しておくことで、後日分割が成立した際に配偶者の税額軽減・小規模宅地等の特例を遡って適用し、更正の請求ができます。今回の事例には該当しませんが、実務上きわめて重要な手続きです。

なぜ子ども2人だけで一次相続のアパートも相続できるのか ― 法的根拠
スタッフ: 整理すると、最終的には子A・子Bの2人だけで一次相続のアパートも含めてすべて相続できるということですか?
税理士: そうです。ここが今回の戦略の最大のポイントです。
一次相続で未分割のまま維持しておけば、二次相続後に子A・子Bの2人だけで、一次相続のアパートと借入金も含めたすべての遺産分割協議を完結させることができます。
成年後見人は不要、家庭裁判所の関与もなし、子どもたち2人の話し合いだけで自由に分割内容を設計できます。これが未分割戦略の核心です。
その法的根拠を民法の条文と判例で順を追って説明しましょう。
根拠① 民法898条(共同相続と遺産の準共有)
民法898条1項 「相続人が数人あるときは、相続財産は、その共有に属する。」
一次相続が発生した時点で、アパート(および借入金)は法律上、妻・子A・子Bの3人の準共有財産になります。遺産分割協議が成立していなくても、妻はすでに法定相続分1/2の持分権を法律上取得しているのです。
根拠② 民法896条(相続による包括承継)
民法896条 「相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する。」
妻が一次相続で取得した「未分割遺産に対する1/2の持分権」は、妻自身の固有の財産です。妻が亡くなれば、この持分権もまた相続財産として子どもたちに承継されます。
根拠③ 数次相続の法理(最高裁昭和38年2月22日判決)
この状況を実務では**「数次相続(すうじそうぞく)」**と呼びます。最高裁判例(昭和38年2月22日)でも、未分割の遺産は相続人の共有状態が続き、後の相続人がその持分を承継して遺産分割協議に参加できることが認められています。
つまり、子A・子Bは次の2つの立場を兼ねて遺産分割協議に参加できます。
| 立場 | 内容 |
|---|---|
| 一次相続の相続人として | 自分自身の法定相続分(各1/4)を持つ当事者 |
| 妻の二次相続人として | 妻の持分(1/2)を承継した当事者 |
結果として、子A・子Bの2人だけで、一次相続のアパートと借入金を含むすべての遺産について分割協議を行う権限が生じます。 成年後見人は不要です。
根拠④ 税務上の整理
スタッフ: 税務署から「配偶者の相続分をゼロにした」として否認されませんか?
税理士: 否認されません。ただし、言い方と構造の整理が重要です。
❌「妻の相続分をゼロにした」→ この表現は構造として不正確
⭕「妻が未分割のまま取得していた持分を、二次相続人である子どもたちが適法に承継したうえで分割した」→ これが正確な構造
税務署が分割割合を否認できるのは、仮装・隠蔽・不自然な第三者移転がある場合です。今回は当事者間(子A・子B)で完結しており、そもそも相続税もゼロです。税務上の危険性はほぼありません。
今回の案件の比較整理
| 比較項目 | 成年後見人をつけた場合 | 未分割で引っ張る場合 |
|---|---|---|
| 相続税申告 | 不要(変わらず) | 不要 |
| 後見人コスト | 月8万円(5年で約480万円) | ゼロ |
| 分割の自由度 | 法定相続分に固定 | 子2人で自由に設計 |
| アパートの承継 | 法定相続分での分割に固定 | 子2人で全部取得可能 |
| 不動産登記費用 | 一次・二次で2回発生 | 二次相続後の1回で完結 |
| 家庭裁判所の関与 | あり(管理下に置かれる) | なし |
| 法的リスク | 低 | 低(民法・判例で確立) |
スタッフ: 今回は成年後見人を立てるメリットが何もなく、コストと不自由さだけが残るということですね。
税理士: そのとおりです。課税価格がマイナスで相続税申告も不要、配偶者控除も小規模宅地等の特例も使う場面がない。であれば未分割のまま、二次相続でまとめて整理するという戦略が合理的です。
ただし、二次相続後の遺産分割協議書の文言を丁寧に整え、一次相続が未分割であったという事実の記録をきちんと残しておくことが実務上の重要なポイントです。
まとめ
- 未分割戦略の最大のメリットは、二次相続後に子A・子Bの2人だけで一次相続のアパートも含めたすべての遺産分割を完結できる点にある
- 債務超過のアパート案件では課税価格がマイナスとなり、基礎控除以下のため相続税の申告義務が発生しないケースがある
- 申告不要であれば成年後見人を立てても税務上のメリットはなく、コストと分割の不自由さだけが残る
- 未分割のまま維持し、二次相続(配偶者の死亡)後に子どもたちがまとめて遺産分割協議を行う
- その法的根拠は民法898条・896条および**数次相続の法理(最高裁昭和38年2月22日判決)**に明確に示されている
- 「配偶者の持分を承継して分割した」という構造を維持すれば、税務上も否認リスクはほぼない
- 不動産の登記を一次・二次まとめて1回で完結できるため、登記費用も節約できる
- 課税財産がある場合は「未分割申告+分割見込書の添付」が別途必要になるため、案件ごとの確認が必要
アパートを相続した場合の対応は、借入金の有無・評価額・相続人構成によって最適な戦略が大きく変わります。早めのご相談が大切です。
なお、本記事は一般的な情報提供を目的としたものです。実際の適用にあたっては、個別の事情により結論が変わる場合があります。具体的なご判断は、必ず専門家にご相談のうえお進めください。
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