相続や贈与で株式評価を行う際、
「課税時期が決算期末の直後にある場合、直後期末の数値を使ってよいのか?」
という疑問は実務上よく問題になります。
結論としては
・純資産価額方式 → 条件付きで使用可
・類似業種比準方式 → 使用不可
と扱いが分かれます。
本記事は、税理士・相続実務担当者向けに解説しています。
―純資産価額方式と類似業種比準方式の取扱いの違い―
取引相場のない株式を評価する際、課税時期(相続開始日・贈与日など)が決算期末の直後に近接している場合、直後期末の数値を使って評価計算を行えるかどうかは実務上しばしば問題になります。
結論から言えば、純資産価額方式と類似業種比準方式とでは、直後期末の取扱いが異なります。本記事では、それぞれの方式における取扱いとその根拠を整理します。
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1 そもそも「直後期末」とは何か
取引相場のない株式の評価では、課税時期(例:相続開始日)を基準として評価を行います。評価計算の基礎となる財務数値については、課税時期の直前に到来した決算期末(直前期末)の資産・負債を用いることが原則です。
これに対して、直後期末とは、課税時期の直後に到来する決算期末をいいます。たとえば、9月25日が課税時期で決算日が9月30日であれば、9月30日が直後期末となります。
課税時期が直後期末にきわめて近接している場合、「直前期末よりも直後期末の数値の方が課税時期に近いのだから、直後期末の数値を使ってよいのではないか」という疑問が生じます。この点について、純資産価額方式と類似業種比準方式とで扱いが分かれます。
2 純資産価額方式における直後期末の取扱い
(1)直前期末を使う場合のルール
評価会社が課税時期において仮決算を行っていないため課税時期における資産・負債の金額が明確でない場合には、直前期末から課税時期までの間に資産・負債について著しく増減がないと認められるときに限り、直前期末の資産・負債の数値によって計算して差し支えないとされています(平成2年12月27日直評23ほか通達)。
(2)直後期末を使うことの可否
直後期末の資産・負債による純資産価額の計算については、財産評価基本通達や国税庁が公表している質疑応答事例では明確にされていません。しかし、実務上は次の要件をいずれも満たす場合に限り、限定的に許容されているものと解されています。
- 課税時期が直後期末に非常に近接していること
- 課税時期から直後期末までの間に、資産・負債の金額について著しい増減がないと認められること
- 財産・債務について経理操作を行っているなど、課税上の弊害がないこと
この実務上の取扱いは、東京国税局課税第一部資産評価官の職員が執筆した書籍においても個人的見解として紹介されています(木村夕香編「株式・公社債評価の実務(令和7年版)」大蔵財務協会262頁。同書では課税時期が令和6年5月25日、直後期末が同年5月31日の事例を掲げています)。
(3)注意点―「課税時期の資産・負債とほぼ同一視できる」ことが前提
重要なのは、直後期末の数値を使うことが認められる理由は、あくまでも「直後期末の資産・負債が課税時期の資産・負債とほぼ同じである」と認められるからであり、直後期末を独立した評価基準日として用いることを認めるものではないという点です。
両者に差異がないと認められない場合には、この取扱いは認められません。また、含み損のある資産を直後期末直前に売却して純資産を圧縮するなどの経理操作があれば、「課税上の弊害がある場合」として否認されるリスクがあります。
【まとめ】純資産価額方式
課税時期が直後期末にきわめて近く、かつ課税上の弊害がなく資産・負債に著しい増減がない場合には、直後期末の資産・負債を課税時期の資産・負債とみなして純資産価額を計算することが、実務上限定的に許容されている。
3 類似業種比準方式における直後期末の取扱い
(1)直後期末基準は認められない
類似業種比準方式の適用においては、課税時期が直後期末にきわめて近い場合であっても、直後期末を基準に各比準要素(1株当たりの配当金額・利益金額・純資産価額)の数値を算定することは認められません(国税庁ホームページ・質疑応答事例「直後期末の方が課税時期に近い場合」)。
(2)その理由
類似業種比準方式において直前期末以前の数値によることとされているのは、次の2つの理由によります。
① 標本会社との比較時点の整合性
国税庁が公表する類似業種の株価や比準要素(1株当たりの配当金額等)は、例年6月に公表されますが、部内作業の時間等を考慮すると、標本会社の数値は公表時から相当程度遡った時点までに決算を了した事業年度のものに基づいています。評価対象会社の比準要素も、これと近接した時点の数値を使うことで、より適正な比準価額の算定が可能になると考えられています。
② 意図的な操作の排除
直後期末を基準とすることを認めると、課税時期後における意図的な配当・利益操作などが比準要素に影響を与えてしまいます。このような影響要因、特に意図的な要因を排除することも、直前期末以前の数値によるとされた理由のひとつです。
【まとめ】類似業種比準方式
課税時期が直後期末にきわめて近い場合であっても、類似業種比準価額の比準要素の算定には直後期末の数値を用いることはできない。直前期末の数値によることが通達・質疑応答事例上明確に定められている。
4 両方式の比較―非対称な取扱いの整理
純資産価額方式と類似業種比準方式の取扱いの違いを表で整理すると、以下のとおりです。
| 純資産価額方式 | 類似業種比準方式 | |
| 直後期末の使用 | 限定的に許容 | 不可 |
| 根拠 | 実務慣行(国税局職員著書等) | 通達・質疑応答事例(明文) |
| 要件 | ①課税時期と直後期末が非常に近接 ②著しい増減なし ③課税上の弊害なし | 要件の問題ではなく、一律に不可 |
| 理由 | 課税時期≒直後期末とみなせる場合は実質的に同一 | 標本会社との比較時点の整合性・意図的操作の排除 |
同じ「課税時期が直後期末に近い」というケースであっても、方式によって取扱いが異なる点は、申告実務において見落としやすいポイントです。特に、純資産価額方式では直後期末の数値が使えても、類似業種比準方式の比準要素には直後期末を使えないという非対称な関係に注意が必要です。
なお、純資産価額方式で直後期末を用いることの可否については、通達や質疑応答事例に明文の根拠があるわけではなく、実務慣行・有権解釈に基づく限定的な許容である点も念頭においておく必要があります。
5 実務上の留意点
- 課税時期と直後期末の間隔を確認する 一般的に「非常に近い」と認められる目安は、1週間程度以内といわれています(先述の書籍事例は6日間)。2週間以上離れていれば慎重な判断が必要です。
- 資産・負債の増減を確認する 課税時期から直後期末までの間に、大きな資産の取得・売却、借入れの実行・返済などがないかを確認します。著しい増減があれば、直後期末の数値は使えません。
- 経理操作の有無に注意する 評価額を引き下げるための意図的な経理操作(含み損資産の売却、債務の付け替えなど)があれば「課税上の弊害がある場合」として否認されます。
- 類似業種比準方式では原則どおり直前期末を使う 類似業種比準方式では直後期末の利用は一律不可です。評価方式が混合方式(純資産価額方式と類似業種比準方式の併用)の場合、方式ごとに基準日が異なることになります。
- 根拠を記録として残す 直後期末の数値を使用した場合、その根拠(課税時期と直後期末の近接性・増減のないこと・弊害のないこと)を書面で記録しておくことが、税務調査対応上重要です。
まとめ
取引相場のない株式の評価において、課税時期が直後期末に近接している場合の取扱いは次のとおりです。
- 純資産価額方式:課税時期が直後期末にきわめて近く、資産・負債に著しい増減がなく、課税上の弊害もない場合に限り、直後期末の資産・負債を使って評価することが実務上限定的に許容されている。
- 類似業種比準方式:課税時期が直後期末にきわめて近い場合であっても、直後期末の数値を比準要素の算定に使うことは認められない。
両方式の取扱いが非対称である点は実務上の落とし穴になりやすく、特に両方式を組み合わせた評価を行う場合には注意が必要です。
取引相場のない株式の評価は、評価方式の選択から各比準要素の算定まで、多くの専門的判断が求められる分野です。相続税の申告にあたっては、税理士に早期にご相談されることをお勧めします。
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