非上場株式評価「有識者会議」全4回タイムライン|論点はいかにして「濫用対策」に飲み込まれたか

非上場株式評価「有識者会議」全4回タイムライン|論点はいかにして「濫用対策」に飲み込まれたか  アイチャッチ画像を作って
目次

はじめに

令和8(2026)年4月20日に始まった国税庁「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」は、7月3日の第4回会合で一つの節目を迎えました。会計検査院の指摘(類似業種比準方式による評価額の低位固定化)を受けて始まったこの会議は、当初「評価方式の公平性・今日性」を巡る制度論として出発しましたが、回を追うごとに議論の重心が変化してきています。

本稿では、公開されている第1回〜第4回の配布資料・委員提出意見書を時系列で読み解き、この会議で何が起きているのかを実務家の視点から整理します。


第1回(令和8年4月20日)|出発点は「4つの観点」

【配布資料】https://www.nta.go.jp/about/council/nai-hyoka/20260420/pdf/01shiryo_kabukaigi.pdf

初回、国税庁は会計検査院の指摘(評価会社の約8割で類似業種比準価額が純資産価額の0.5倍未満)を踏まえ、見直しの方向性として次の「基本的な4つの観点」を提示しました。

  1. 評価額の恣意性・操作性の排除
  2. 異なる規模区分間の評価の公平性確保
  3. 実務・学術上の進展を踏まえた「今日的観点」からの見直し
  4. 第三者への事業承継等の動向も踏まえた評価

この4本柱は、一見バランスの取れた制度論に見えます。もっとも、この「評価方式の公平性・恣意性の排除」という問題意識は、第4回で「組織再編を用いた富裕層による高度なスキーム」や「種類株式を用いた配当還元方式の濫用」といった具体的なスキーム事例と接続していくことになります。

ポイント:第1回で示された「評価額の恣意性・操作性の排除」という観点は、第4回の「主な論点」(組織再編を用いた富裕層のスキーム、無議決権株式の濫用等)や事例集へと具体的に発展していきます。


第2回(令和8年5月11日)|理論派委員が示した「本来あるべき道筋」

【配布資料】https://www.nta.go.jp/about/council/nai-hyoka/20260511/pdf/02shiryo_kabukaigi.pdf

第2回では、学識委員から理論的な意見が相次いで示されました。特に注目すべきは以下の2名の発言です。

渋谷雅弘委員(中央大学)

税負担の考慮は、本来は基礎控除、税率や特別措置によるべき

弥永真生委員(明治大学・会社法)

取引相場のない株式の評価方法のレベルではなく、たとえば、事業承継税制などで、納税の猶予等の措置を講ずることが筋なのではないか

両委員はいずれも、「事業承継への政策的配慮」は評価方式そのものを歪めるのではなく、税制上の別の措置(基礎控除・猶予制度等)で対応すべきだという立場を明確にしています。相続税法の時価主義、会社法の企業価値理論という異なる専門分野から、同じ結論に至っている点は重要です。

また熊谷委員(M&A実務家)からは、類似業種比準方式は第三者間のM&A取引には不適合だが、同族間の株式移動・相続の場面では一定の合理性を持つという、評価目的に応じた使い分けの視点も示されました。

ポイント:この段階では、会議は「評価論と政策論は別次元」という理論的な整理に向かっているように見えました。


第3回(令和8年6月4日)|実務団体の逆襲、そして無議決権株式問題の初出

【配布資料】https://www.nta.go.jp/about/council/nai-hyoka/20260604/pdf/03shiryo_kabukaigi.pdf 【議事要旨】https://www.nta.go.jp/about/council/nai-hyoka/20260604/pdf/03giji_kabukaigi.pdf

第3回になると、風向きが変わります。商工会議所・日本税理士会連合会という2つの実務団体が、第2回の理論派委員とは異なる方向性の意見を提出しました。

日本税理士会連合会

評価と政策税制は本来は別々の議論であるが、今回、両者の議論は一体不可分の状態にある。限られた時間のなか、評価と税制を一体的に議論し、早期に全体像を提示する必要があるのではないか

商工会議所も同様に、「円滑な事業承継への配慮を切り離した評価方式は導入すべきではない」と、評価方式に政策的配慮を組み込んだままにすることを求めました。

つまり第2回の理論派(渋谷・弥永)が「分離すべき」と主張したのに対し、第3回の実務団体(日税連・商工会議所)は「一体的に扱うべき」と、真っ向から対立する構図が生まれています。

さらに見逃せないのが、商工会議所の資料に含まれていた次の論点です。

無議決権株式を用いた配当還元方式の濫用(潜在的支配力を残したまま議決権のみ分離する手法)への対応

この論点は、第4回で提示される「事例②」の原型そのものです。つまり第4回の事例集は国税庁が一方的に持ち込んだものではなく、第3回で委員自身(商工会議所)が提起した論点を、国税庁が「租税回避スキーム」として再構成したものだったことが分かります。

ポイント:会議内部で「分離派(理論家)」と「一体化派(実務団体)」の対立が表面化。同時に、次回の事例集の種がここで蒔かれた。


第4回(令和8年7月3日)|事例集による「抜本見直し」の正当化

【配布資料】https://www.nta.go.jp/about/council/nai-hyoka/20260703/pdf/04shiryo_kabukaigi.pdf 【委員提出意見書(商工会議所)】https://www.nta.go.jp/about/council/nai-hyoka/20260703/pdf/04ikensyo_kabukaigi.pdf

第4回資料の構成は、次のようになっています。

  1. 各委員の意見整理(時価の意義、評価方式の一本化、類似業種比準方式・純資産価額方式・配当還元方式それぞれの見直し論)
  2. 「当局として御意見いただきたい事項」(インカムアプローチへの一本化、評価方式の一本化、配当還元方式の対象株主範囲見直し等、抜本的な制度改正を示唆する6項目)
  3. 別添2:8つの租税回避スキーム事例(事例①〜⑧)

この構成自体が、「抜本的な制度改正の提案」の直後に「その必要性を裏付ける濫用事例」を配置するという、説得の設計になっています。事例②(配当還元方式の対象株主の人為的作出)や事例⑥(株主構成操作による評価額約98%減)は確かに際どいスキームですが、これらへの処方箋は「配当還元方式の対象株主範囲の整理」で足りるはずであり、類似業種比準方式の存廃や評価方式全体の一本化にまで議論を広げる必然性は乏しいと言えます。なお「富裕層による高度なスキーム」として挙げられているのは、主に組織再編(会社分割・株式交換等)を用いて評価額を圧縮する手法であり、これも本来は個別の濫用パターンとして対処すべき論点です。

一方、この回では商工会議所から次の意見書も提出されました。

非上場株式の評価方法の大幅改正となれば、影響は広範囲にわたる。足元で経済情勢が大きく変化する中で、拙速な議論は行うべきではない

商工会議所は、国税庁が令和4年分・5年分という古いデータのまま議論を進めている点についても、会計検査院と同じ条件での再調査を求めています。技術的には、既存の申告事案の比準要素(利益・配当・純資産)を維持したまま、適用する類似業種株価だけを現在の数値に差し替えて試算することは十分可能であり、あえて古いデータのまま議論が進む状況には疑問が残ります。

商工会議所の意見は、単なる反対論ではありません。評価方法の大幅改正を否定しているのではなく、まず直近の株価上昇を踏まえた再検証を行い、そのうえで影響範囲を確認すべきだという、手続面からの強い異議です。

ポイント:8つの濫用事例と、評価方式全体の抜本見直し提案が、資料上「同じ根拠」として並べられている。しかし処方箋の射程と問題の悪質性は本来釣り合っていない。


4回を通して見えてきた対立構造

主な出来事立場
第1回「4つの観点」提示(恣意性・操作性の排除を含む)国税庁:4つの観点を並置
第2回渋谷・弥永委員が理論的分離論理論派:評価論と政策論は別次元
第3回商工会議所・日税連が一体化論、無議決権株式問題の初出実務団体:評価論と政策論は不可分
第4回事例集による抜本見直しの正当化、商工会議所の拙速批判国税庁:事例で正当化/実務団体:手続き批判

この構図から見えてくるのは、対立軸が「国税庁 対 実務家」という単純なものではないということです。むしろ、

  • 理論派委員(学者):時価主義・会社法理論の観点から、評価は技術的整合性を保ち、政策配慮は税制の別措置で対応すべき
  • 実務団体(商工会議所・日税連):評価と政策を一体的に扱い、事業承継への配慮を評価方式に残すべき
  • 国税庁事務局:理論派の議論を踏まえつつ、濫用事例も示しながら抜本見直しの必要性を提示

という三者三様の力学が働いています。


論点はどこまで枝分かれしたか

4回分を並べてみると、この会議の論点は、性質の異なる4つの系統に枝分かれしていることが分かります。

① 制度論の枝(評価方式そのものの技術的な設計)

  • 評価方式の一本化 vs 存置
  • インカムアプローチ導入(DCF・残余利益モデル)
  • 類似業種比準方式の存廃・改定
  • 純資産価額方式の位置づけ
  • 特定の評価会社の判定基準

② 政策論の枝(事業承継への配慮をどこで手当てするか)

  • 事業承継への配慮を評価方式に残すか、税制の別措置に切り出すか(渋谷・弥永委員 vs 商工会議所・日税連)
  • 「円滑な事業承継に資する評価」という第5の観点(日税連が第3回で提起)

③ 濫用対策の枝(意図的な租税回避スキームへの対応)

  • 無議決権株式を用いた配当還元方式の濫用
  • 組織再編を用いた評価額圧縮
  • 会社規模操作
  • 超過収益力の社外流出

④ 手続論の枝(議論の前提となるデータ・進め方)

  • 実態把握データの検証時期・調査条件(商工会議所の「拙速」批判)

本来この会議は、会計検査院の指摘(類似業種比準方式による評価額の低位固定化という実態把握)という一点から出発したはずです。しかし第2回以降、学者委員の理論的関心(①)、実務団体の政策的要求(②)、国税庁の濫用対策(③)、そして手続きそのものへの異議(④)という、性質の異なる要求がそれぞれ別々の理由で議論に合流し、結果として「今回はこの論点を決める」という収束点が見えにくい状態になっています。

これは記事の枠組みの弱点というより、むしろこの会議そのものへの実務的な懸念点だと考えます。①〜④は、検討すべき時間軸も、必要な専門知識も、影響を受ける納税者層も異なります。①③は評価方式・通達の技術的な改正で対応でき、②は税制上の政策措置の話であり、④は会議の運営方法の問題です。これらを一つの「取りまとめ」で同時に決着させようとすれば、いずれかの論点が十分な検討を経ないまま押し流される懸念があります。夏から秋にかけて予定される論点整理が、この4系統をどう整理し直すのか(あるいは整理し切れないまま「抜本見直し」という一つの結論に収斂させてしまうのか)が、今後の最大の注視点になります。


会計検査院の指摘、すなわち類似業種比準方式によって評価額が構造的に低く抑えられてきたという実態把握そのものは、正当な問題提起です。しかし、その是正と、事業承継への政策的配慮、そして意図的な租税回避スキームへの対応は、本来別次元の問題であり、一つの通達改正・評価方式一本化論で一括処理すべきではありません。

濫用パターン(無議決権株式を用いた配当還元方式の適用範囲操作等)は、最高裁判例(令和4年4月19日第三小法廷判決)の判断枠組みを踏まえ、通達本文にピンポイントの歯止め規定を設ければ十分対応可能です。総則6項による個別否認に頼らざるを得ない現状は納税者の予見可能性の観点から問題がありますが、これも評価方式の骨格を維持したまま解消できる話です。

一方、事業承継への配慮が必要であれば、評価方式そのものを歪めるのではなく、事業承継税制の猶予・免除制度の拡充といった政策税制の側で対応するのが筋です。この点は、渋谷・弥永両委員の理論的整理とも一致します。


今後の注視ポイント

  • 第4回の議事要旨が公開された際、国税庁・他委員が商工会議所の「拙速」批判にどう応答するか
  • 理論派(渋谷・弥永)と実務団体(商工会議所・日税連)の対立が、今後の会合でどちらの方向に収斂していくか
  • 夏から秋にかけて予定される論点整理・とりまとめで、「実態把握のやり直し」要求がどこまで反映されるか
  • 令和9年度税制改正大綱、パブリックコメントを経て、早ければ令和10年1月からの新ルール適用に向けたスケジュール感

非上場株式評価の見直しは、単なる通達改正にとどまらず、中小企業の事業承継、相続税負担、M&A、親族内承継の判断にまで影響する大きな論点です。今後も会議の動向を継続的に注視し、実務への影響を随時お伝えしていきます。


参考資料一覧(国税庁公表資料)

  • 第1回配布資料:https://www.nta.go.jp/about/council/nai-hyoka/20260420/pdf/01shiryo_kabukaigi.pdf
  • 第2回配布資料:https://www.nta.go.jp/about/council/nai-hyoka/20260511/pdf/02shiryo_kabukaigi.pdf
  • 第3回配布資料:https://www.nta.go.jp/about/council/nai-hyoka/20260604/pdf/03shiryo_kabukaigi.pdf
  • 第3回議事要旨:https://www.nta.go.jp/about/council/nai-hyoka/20260604/pdf/03giji_kabukaigi.pdf
  • 第4回配布資料:https://www.nta.go.jp/about/council/nai-hyoka/20260703/pdf/04shiryo_kabukaigi.pdf
  • 第4回委員提出意見書(商工会議所):https://www.nta.go.jp/about/council/nai-hyoka/20260703/pdf/04ikensyo_kabukaigi.pdf

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