参考資料: 国税庁「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」第6回資料/ 中小企業庁「親族内承継に係る施策の効果検証と今後の検討の方向性について」(2025年8月13日)
はじめに
令和9年度税制改正に向け、非上場株式の評価方法と法人版事業承継税制の見直しが同時に進んでいます。
国税庁の「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」では、類似業種比準方式に代えて残余利益方式を導入する方向で、具体的な計算方法の検討が進められています。
一方、中小企業庁の「中小企業の親族内承継に関する検討会」では、令和9年12月31日に適用期限を迎える事業承継税制の特例措置について、単純に期限を延長するのではなく、制度そのものを再構築する方向性が示されています。この検討会が2025年8月13日に公表した資料「親族内承継に係る施策の効果検証と今後の検討の方向性について」は、確定法案ではないものの、以後の税制改正議論の土台となる政策設計の論点整理として重要です。
まだ制度の最終形は決まっていません。しかし、二つの検討を合わせて見ると、国が目指している方向が少しずつ見えてきました。
それは、
株価を人為的に引き下げる節税対策は認めない。その代わり、実際に事業を承継し、成長させる会社には正面から税負担を軽減する
という方向です。
本記事では、公表資料を基礎としながら、新しい事業承継税制がどのような制度になるのかを予想します。
1.非上場株式の評価見直しは国税庁主導で進む可能性が高い
非上場株式の評価見直しについては、すでに制度設計の細部にまで議論が進んでいます。
令和8年9月16日の第6回有識者会議では、残余利益方式について、次のような具体案が示されました。
- 法人税申告書の数値を基礎にする
- 過去5年間の正常利益から将来利益を算定する
- 残余利益の加算期間を5年程度とする
- オペレーティングリース等を利用した利益調整に対応する
- 過大な役員報酬等による社外流出を調整する
- 組織再編直後の会社の取扱いを見直す
- 土地保有特定会社と株式等保有特定会社を資産管理会社として整理する
単に類似業種比準方式の計算式を変更するだけではありません。
会社規模の変更、組織再編、資産の入替え、利益の圧縮などを利用して株価を引き下げる方法について、幅広く封じ込めようとしていることが分かります。
まだ正式決定ではありませんが、議論はすでに「見直すかどうか」ではなく、「どのような計算方法にするか」という段階に入っています。
そのため、非上場株式評価の抜本的な見直しは、国税庁側の方針どおり進む可能性が高いと考えられます。
国税庁「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」第6回資料
2.これまでの株価対策が難しくなる
これまでの事業承継では、事業承継税制を利用する前に、まず株価を引き下げる方法が検討されることが一般的でした。
事業承継税制は税負担を大きく軽減できる一方で、認定、申告、継続届出などの手続きが煩雑です。また、あくまで納税猶予であるため、後継者は将来の納税リスクを長期間抱えることになります。
そのため実務では、次のような対策によって株価を引き下げ、通常の贈与や相続によって株式を移転する方法も多く利用されてきました。
- 役員退職金の支給
- 高額な設備投資
- 不動産や金融資産の取得
- 持株会社の設立
- 合併、会社分割、株式交換などの組織再編
- 会社規模区分や特定評価会社の判定を意識した資産構成の変更
もちろん、これらの取引には本来の経営目的があります。しかし、株価引下げだけを目的として形式的に行われるケースが問題視されてきました。
今後、残余利益方式と新しい特定評価会社の判定が導入されれば、従来型の株価対策は評価額に反映されにくくなるか、資産管理会社等として純資産価額方式の適用を受ける可能性が高くなります。新しい評価ルールで効果がなくなることと、租税回避として否認されることは別問題です。
国税庁「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」第6回資料
3.8月資料が示した制度見直しの背景
なぜ国はここまで踏み込んで制度を見直そうとしているのでしょうか。中小企業庁の8月資料は、その背景として次のようなデータを示しています。
- 2024年の休廃業・解散は62,695件に増加しており、そのうち黒字での休廃業・解散が62.6%を占める
- 廃業予定企業のうち、後継者不在に起因するものは28.4%
- 親族内承継の比率は低下傾向にあるものの、2024年にも経営者就任経緯の32.2%を占め、なお最大の承継ルートである
つまり、事業そのものが不採算だから廃業するのではなく、承継できずに退出する黒字企業が相当数あるという問題意識です。そのため今後の制度も、M&Aへの一本化ではなく、親族内・従業員・第三者を含めた多様な承継手段を維持する立場が取られています。
中小企業庁「親族内承継に係る施策の効果検証と今後の検討の方向性について」(2025年8月13日)
4.国が節税対策を封じるだけでは事業承継が止まる
非上場会社の株式は、上場株式のように市場で自由に売却できません。
それにもかかわらず、業績のよい会社では数億円単位の評価額になることがあります。後継者が会社を引き継ぐために株式を取得しただけで、多額の贈与税や相続税が発生します。
しかも、税金を支払うのは会社ではなく、株式を取得した後継者個人です。
株価対策を封じるだけで代わりの制度を用意しなければ、後継者は納税資金を確保するために会社から配当を受けたり、金融機関から借入れを行ったり、最悪の場合には会社や株式を売却したりする必要が生じます。
これでは、国が進める事業承継政策と矛盾します。
したがって、非上場株式評価を厳格化するのであれば、同時に、実際に事業を引き継ぐ後継者に対する税負担の軽減措置が必要になります。
ここに、新しい事業承継税制が重要になる理由があります。
5.予想① 現行特例措置の単純延長ではなく、新制度へ移行する
現行の特例措置は、対象株式数の上限を撤廃し、贈与税・相続税の納税を100%猶予する強力な制度です。
しかし、中小企業庁の検討会は、現行特例をそのまま延長するのではなく、制度を再構築する方向を示しています。8月資料が挙げている主な論点を整理すると、次のようになります。
| 論点 | 8月資料の示した方向性 | 実務上の意味 |
|---|---|---|
| 特例措置の扱い | 単純延長ではなく、効果・公平性も踏まえて再設計 | 2027年末後に同じ特例がそのまま残る前提では動けない |
| 対象株式数 | 一般措置の2/3上限を見直し、株式集約の方向を検討 | 少数株主問題を残さず、後継者の経営支配を安定させる |
| 猶予制度 | 長期・死亡時免除中心の猶予方式を見直す | 将来の打切りリスクと後継者の心理的負担を軽減する可能性 |
| 免除・評価減 | 10年継続後に免除、又は評価減方式の可能性を検討 | 「いつ税負担が確定的に軽くなるか」の予見可能性を高める |
| 雇用要件 | 雇用維持だけでなく賃上げ等も評価 | 人手不足下で頭数維持に偏らない設計へ |
| 成長・ガバナンス | 成長投資、適正経営、公私混同の回避を評価 | 税務だけでなく経営管理・財務規律が重要になる |
| 海外子会社 | 海外子会社株式の対象化を検討 | 成長志向の中小企業・グループ会社への適用拡張の余地 |
| 手続 | 年次報告・添付書類・ワンストップ化を見直し | 税理士・事業者双方の事務負担の軽減が焦点 |
したがって、令和10年以降は、現行特例をそのまま延長した制度ではなく、一般措置と特例措置を整理・統合した「新しい事業承継税制」へ移行する可能性があります。
6.予想② 承継時は100%猶予し、その後の実績によって免除する
公表資料を踏まえ、私が現時点で本命と考えるのは、承継時点では贈与税・相続税を100%猶予し、その後の事業実績に応じて猶予税額を免除する制度です。
8月資料も、現行の納税猶予について、免除までの期間が長いために後継者が将来の不確実性や手続コストを避け、利用を控える可能性を指摘しており、その解決策の一つとして「一定期間、例えば10年間の事業継続を条件に、猶予税額を免除する」案を明示しています。
具体的には、次のような仕組みが考えられます。
- 後継者が株式を取得した時点では、贈与税・相続税を100%猶予する
- その後5年または10年間、事業を継続する
- 設備投資、賃上げ、生産性向上、地域雇用などの要件を確認する
- 要件を満たした場合、猶予税額の全部または一部を免除する
この方式であれば、単なる財産承継ではなく、承継後も会社を成長させた後継者を優遇できます。
一方で、条件を増やしすぎれば、現行制度と同じ問題が繰り返されます。
中小企業にとって、10年間にわたって雇用、賃上げ、設備投資などの要件を管理することは簡単ではありません。景気悪化、災害、取引先の倒産など、後継者の責任ではない事情によって要件を満たせなくなる可能性もあります。
制度を利用しやすくするためには、免除要件を少数に絞り、事業継続を中心に判定する必要があります。
7.予想③ 非上場株式の「評価減方式」も選択肢になる
もう一つ考えられるのが、非上場株式について一定割合を直接評価減する制度です。8月資料も、免除方式と並ぶ選択肢として評価減方式の可能性を追求すると明示しています。
例えば、事業を継続する後継者が取得する株式について、評価額の80%を減額し、残り20%だけを相続税・贈与税の対象とする方法です。
これは、小規模宅地等の特例に近い考え方です。
評価減方式には、次の利点があります。
- 相続・贈与の時点で課税関係が終了する
- 長期間の納税猶予管理が不要になる
- 後継者が将来の納税リスクを抱えない
- 税務署、都道府県、税理士の事務負担も軽減できる
- 制度の内容を経営者が理解しやすい
現行制度が利用されにくい最大の理由は、制度の複雑さと、納税猶予がいつまで続くか分からない不安にあります。
その意味では、評価減方式の方が中小企業の実態に合っています。
ただし、80%評価減については現時点で正式決定されたものではありません。税理士会等から以前から要望されている方式であり、検討会でも論点となってきましたが、具体的な減額割合や適用要件は示されていません。また評価減方式には、承継後に事業を継続しているかを行政が継続確認しにくいこと、非後継相続人にも恩恵が及びうることなど、公平性の課題も指摘されています。したがって、無条件の軽減ではなく、一定の継続・成長・ガバナンス要件を組み合わせた設計になる可能性が高いと考えられます。
中小企業庁「親族内承継に係る施策の効果検証と今後の検討の方向性について」(2025年8月13日)
8.株式集約と賃上げ・成長への評価軸の拡張
8月資料が示すもう一つの重要な視点は、税負担の軽減方法だけでなく、承継のあり方そのものに関わる二つの論点です。
株式集約の重視 一般措置は猶予対象が総議決権株式数の最大2/3です。しかし、残る1/3が親族等に分散すると、後継者が特別決議を単独で通せても、株式買取請求、会計帳簿閲覧請求、代表訴訟、M&A時の障害など、少数株主対応のコストが残ります。8月資料は少数株主の権利に配慮しつつも、安定経営のためには株式を後継者側へ集約する方向が望ましいとしています。このため今後は、株主名簿と実質的な株主関係、名義株・所在不明株主・相続未了株式、親族間の遺留分・代償金・種類株式等を含む分散防止策まで含めて承継設計の初期段階で確認する必要が高まります。
雇用維持から賃上げ・成長への拡張 一般措置導入時と比べて失業率が低下し、人手不足・賃上げが重要な経営課題になったことを踏まえ、雇用人数の維持だけでなく、従業員の賃上げ等の取組も評価すべきとの方向性が示されています。雇用8割要件を直ちに賃上げ要件に置き換えるという結論には至っていませんが、承継前後の従業員数・給与水準の推移、設備投資やDX投資、付加価値額や労働生産性、経営計画と実績の整合性などが、今後の制度適用や免除判定の材料として使われる可能性を念頭に置く必要があります。
これらを踏まえると、事業承継税制は「株価対策のための制度」から「承継後の経営計画を伴う制度」へ近づいていく可能性があります。
9.最終的には二段階または選択制になる可能性もある
新制度は、一つの方式に統一されるとは限りません。
例えば、次のような二段階の制度も考えられます。
一般的な中小企業
一定の事業継続要件を満たすことを条件として、非上場株式を一定割合評価減する。
成長を目指す中堅・中小企業
承継時に100%納税猶予を行い、その後の大規模投資、賃上げ、生産性向上などの実績に応じて猶予税額を免除する。
このようにすれば、小規模企業には簡素な評価減制度を、成長企業にはより大きな優遇措置を適用できます。
すべての中小企業に設備投資や賃上げを求めるのではなく、企業の規模や成長段階に応じて制度を分ける方が現実的です。
10.評価厳格化と事業承継税制はセットで考えるべき
非上場株式評価と事業承継税制は、形式上は別の制度です。
しかし、実務では完全に結び付いています。
株価対策による評価圧縮を国税庁が封じるのであれば、正面から事業を承継する企業に対して、使いやすい税負担軽減措置を設ける必要があります。
逆に、新しい事業承継税制が十分に使いやすい制度になれば、経営者が多額の資金を使って株価対策を行う必要性も小さくなります。
今後の政策は、
裏口となる株価圧縮策を閉じる代わりに、正面玄関となる事業承継税制を広げる
という方向に進むのではないでしょうか。
11.現行特例との関係で今すぐ押さえておくべきスケジュール
制度改正の行方を見守る一方で、今すぐ確認すべきなのは現行特例の選択肢を消さないことです。
法人版特例措置については、令和8年度税制改正により、特例承継計画の提出期限は2027年9月30日、贈与・相続等の適用期限は2027年12月31日とされています。
なお、8月資料の時点では計画期限が2026年3月末と記載されていましたが、その後の令和8年度改正で法人版は2027年9月末まで延長されています。8月資料を読む際には、この点を現行の期限と混同しないよう注意が必要です。
したがって、顧問先には次の二層構造で説明するのが実務的です。
- 既存特例の利用可能性を先に確保する。 株価、会社要件、先代・後継者要件、資産保有型・資産運用型該当性、従業員数、議決権構成、承継時期を確認し、必要なら特例承継計画を期限までに提出する。
- 実行時期は将来改正を見ながら決める。 計画提出と贈与・相続の実行は別問題です。令和9年度改正で制度の出口、免除時期、成長要件、一般措置との接続などが具体化する可能性があるため、計画提出で選択肢を確保したうえで、株価・後継者育成・資金需要・他の相続人との調整を踏まえ実行時期を判断します。
中小企業庁「中小企業の親族内承継に関する検討会」資料(第4回)
12.顧問先への実務対応
税理士法人としては、今後「事業承継税制を使うか」だけでなく、承継後の成長・統治・株主整理まで含めた診断サービスに進化させる好機だと考えられます。直ちに着手できる棚卸しの例は次のとおりです。
- 60歳以上のオーナー、特に70歳以上の顧問先を抽出する
- 親族内承継、従業員承継、第三者承継、廃業の意向を明確にする
- 後継者候補の有無、役員就任状況、代表権移行の時期を確認する
- 株価の概算、議決権構成、少数株主、名義株、所在不明株主、株式の相続手続が未了となっているケースの有無を調べる
- 特例承継計画の未提出先を管理し、2027年9月30日を社内の最終管理期限に置く
- 自社株以外の相続財産、納税資金、遺留分、代償分割、生命保険、種類株式・持株会社活用の必要性を併せて検討する
顧問先への説明としては、例えば次のような整理が分かりやすいでしょう。
現行の特例は、承継時の税負担を大幅に抑える強力な制度ですが、基本は「猶予」であり、長期の管理と一定の制約が残ります。国は今後、単なる猶予ではなく、早期承継、株式集約、賃上げ、設備投資、成長、適正な経営管理を後押しする制度へ見直す方向で検討しています。したがって、今は特例承継計画で選択肢を確保しつつ、承継後にどのような会社にするかという経営計画まで作ることが重要です。
まとめ
非上場株式評価の見直しは、国税庁主導で具体化が進んでおり、従来型の株価圧縮策は今後難しくなる可能性があります。
一方、株価対策を封じるだけでは、中小企業の事業承継そのものが止まりかねません。休廃業・解散の6割以上が黒字であり、後継者不在が廃業理由の3割近くを占めるという8月資料のデータは、この問題の切実さを裏付けています。
そのため、令和9年度税制改正では、現行特例措置の単純延長ではなく、次のいずれかを中心とした新制度が検討されると予想します。
- 承継時の100%納税猶予と、事業継続・成長投資等に応じた免除
- 非上場株式の一定割合を直接減額する評価減制度
- 小規模企業と成長企業を分けた二段階または選択制
これに加えて、株式集約による安定経営の確保と、雇用維持から賃上げ・成長への評価軸の拡張も、制度設計の重要な柱になると考えられます。
ただし、要件を付けすぎれば、再び「優遇は大きいが誰も使わない制度」になってしまいます。
本当に必要なのは、節税対策をしなければ承継できない現在の状況を改め、通常の事業承継を行う企業が、簡単な手続きで利用できる制度です。事業承継の評価軸は、「相続税の圧縮」から「後継者への経営権集中と、承継後の企業価値・稼ぐ力の向上」へ移りつつあります。
令和9年度税制改正は、非上場株式評価だけでなく、日本の中小企業の事業承継の仕組みそのものを変える改正になる可能性があります。
※本記事のうち、新制度の内容に関する部分は、令和8年9月時点で公表されている国税庁・中小企業庁の資料に基づく予想です。正式な制度内容は、今後公表される令和9年度税制改正大綱、改正法令および財産評価基本通達をご確認ください。








