国税庁に設置された「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」が、令和8年4月から6月にかけて第3回まで開催されました。昭和39年の財産評価基本通達制定以来、大きな見直しにつながる可能性があるとして、実務上も注目されています。
3回の会議資料をもとに、何が問題で、どう変わりそうかを実務家の視点から整理します。
3回の会議資料をもとに、何が問題で、どう変わりそうかを実務家の視点から整理します。
目次
📋有識者会議の概要
| 回 | 開催日 | 主な内容 | 配布資料 |
|---|---|---|---|
| 第1回 | 令和8年4月20日 | 現行制度の実態把握・評価額圧縮スキームの問題・見直しの方向性 | 📄 資料(PDF) |
| 第2回 | 令和8年5月11日 | 学識委員(渋谷・弥永)による租税法・会社法の観点からの意見 | 📄 資料(PDF) |
| 第3回 | 令和8年6月4日 | 日本商工会議所による中小企業側の意見提出 | 📄 資料(PDF) |
🔍そもそも、なぜ今見直しなのか
きっかけは令和6年11月に公表された会計検査院「令和5年度決算検査報告」です。令和2・3両年分の申告から無作為抽出した1,600件を検査した結果、以下の問題が明らかになりました。
- 類似業種比準価額の中央値は純資産価額のわずか27.2%(約4分の1)にとどまり、評価方式間で著しいかい離が存在
- 純資産価額に対する申告評価額の中央値は大会社0.32倍・中会社0.50倍・小会社0.61倍と、規模が大きい会社ほど低く評価される不均衡が存在
- 配当還元方式の還元率10%は昭和39年当時の金利水準を基に設定されており、その後の金利低下の中で一切見直されていない
この報告を受け、国税庁は令和8年4月20日に有識者会議を設置しました。座長は慶應義塾大学大学院の佐藤英明教授(租税法)が務め、学識経験者7名のほか日本商工会議所・日本税理士会連合会・M&A実務関係者が委員として参画。中小企業庁・全国商工会連合会がオブザーバーとして参加しています。
📌第1回会議(令和8年4月20日):問題の全体像を把握
📄 第1回 配布資料(PDF・国税庁)評価方式間のかい離の2つの原因
国税庁自身が令和4・5年分の申告データ(700社)を独自に分析したところ、類似業種比準価額の中央値が純資産価額の約26.1%と、会計検査院の指摘と同様の状況が確認されました。かい離の原因として、国税庁は2点を挙げています。
原因① 配当が比準要素として機能不全に陥っている
分析対象700社のうち577社(82.4%)が評価直前2期において全く配当を支払っていませんでした。配当金額(Ⓑ)がゼロの場合、比準要素の係数が実質的に2/3倍となります。利益・純資産が類似業種平均と同水準でも、大会社は平均株価の約0.47倍、小会社は約0.33倍という低い評価額に帰結します。
原因② 累次の通達改正による引き下げの累積
昭和47年のしんしゃく率導入と平成12年の改正により、類似業種比準価額が引き下げられてきた結果、純資産価額との乖離が段階的に拡大してきたことが分析から確認されました。
通達改正の変遷
- 小会社に類似業種比準方式との併用(0.5:0.5)を選択可能に。事業承継への配慮として評価額を引き下げる方向の改正
- 日経平均の急騰を背景に比準要素の「利益」ウエイトを3から1に引き下げ。利益率の高い企業の評価上昇を抑制
これらはいずれも「中小企業の円滑な事業承継」への配慮として行われた改正です。
🎓第2回会議(令和8年5月11日):租税法・会社法の学術的観点
📄 第2回 配布資料(PDF・国税庁)渋谷委員(中央大学教授)の指摘:「評価方法の平等」と「評価水準の平等」は別物
- 令和4年最高裁判決が述べた平等原則は「同じ評価方法を用いる」という評価方法の平等であって、時価に対する評価割合を統一する評価水準の平等ではない
- 評価水準の平等を達成するためには評価通達の内容そのものの合理化が必要
- M&Aによる買収額に対して通達評価額が約8%にとどまる東京高裁の事案を引用し、乖離の著しい実態を提示
- 税負担の考慮は本来、基礎控除・税率・特別措置によるべきものと整理
弥永委員(明治大学教授)の指摘:会社法上は純資産価額が「下支え」
- 会社法の裁判例では昭和62年を最後として類似業種比準方式による価格決定はみあたらず、現在はDCF法(割引現在価値法)が主流
- 純資産価額方式による評価額は企業価値の下限(下支え)として位置づけられている
- 類似業種比準方式が使われなくなった理由:しんしゃく割合に理論的根拠・実証的裏付けがなく、適切な比準対象となる上場会社の選定が実際上困難
- 取引相場のない株式を低く評価することが政策的に必要なら、評価方法ではなく事業承継税制の納税猶予等の措置を講じることが筋と提言
🏭第3回会議(令和8年6月4日):中小企業側の主張
📄 第3回 配布資料(PDF・国税庁)全国の中小企業経営者の声
雇用を守り、積極的な投資を行って事業を成長させてきた結果、評価額が高くなり、非常に重い税負担を課せられている。これでは成長を目指す中小企業はなくなってしまう。
中小企業の事業承継の本質は「経営の承継」であり、株式の移転は資産の承継ではなく意義ある名義変更に過ぎない。経営を継続する前提にもかかわらず、純資産価額方式のような解散価値で評価するのはおかしい。
普通のサラリーマンで貯金があるわけでもない。納税資金を借金してまで事業承継すべきか、家族が納得してくれるかもわからない。
日商の4つの主張
①現行評価方法がわが国の成長を阻害している現実を直視すべき
企業が成長すればするほど評価額が上がり、事業承継時の税負担が重くなるという逆説的な構造になっています。これは中小企業の「稼ぐ力」の強化という政策目標と真逆の作用をもたらしています。
②財産評価基本通達が担ってきた実質的役割を尊重すべき
類似業種比準方式が持つ客観性・便宜性は税務執行上不可欠です。将来の収益性や資本コストを客観・公平に予測することは不可能であるため、これらを評価算定に用いることには明確に反対しています。
③会計検査院報告への対応は「純資産価額方式の引き下げ」で
かい離の是正は類似業種比準価額を引き上げる方向ではなく、割高となっている純資産価額方式を引き下げる方向で対応すべきとしています。具体策として在庫等の換価コストを加味した評価減、退職給付引当金・賞与引当金の計上容認が提案されています。
また、近年の日経平均株価は、会計検査院の調査対象期間である令和2・3年分と比較して高い水準で推移しており、類似業種比準価額も当時より上昇している可能性があります。そのため、「27.2%」という数値だけを前提に単純に類似業種比準価額を引き上げる議論を進めることには慎重であるべきとも指摘しています。
また、近年の日経平均株価は、会計検査院の調査対象期間である令和2・3年分と比較して高い水準で推移しており、類似業種比準価額も当時より上昇している可能性があります。そのため、「27.2%」という数値だけを前提に単純に類似業種比準価額を引き上げる議論を進めることには慎重であるべきとも指摘しています。
④「株式評価」と「税負担」を一体的に議論すべき
評価方法の見直しだけを切り離した議論には断固反対としています。相続税の基礎控除は引き下げられ、地価上昇・企業成長により評価額は上昇し続けており、課税件数割合は拡大傾向です。事業承継税制の特例措置(令和9年12月31日期限)の恒久化と拡充を、株式評価の議論と一体的に進めるよう訴えています。
⚖️3回の議論を整理する
| 論点 | 国税庁・学識委員側の問題意識 | 日商・中小企業側の主張 |
|---|---|---|
| かい離の是正方向 | 類似業種比準価額が低すぎる | 純資産価額方式を引き下げる方向で対応 |
| 評価方式の見直し | 収益性・資本コストの導入も検討 | 将来収益性の導入は客観性がなく不適切 |
| 配当還元方式 | 10%還元率は現在の金利水準から乖離 | 引き上げは少数株主への負担増 |
| 政策対応 | 評価の合理化が先決 | 評価見直しと税制措置(特例恒久化)を一体で |
💬税理士・松野の視点から
私見②事業を継続させるための「納税資金対策」が最大の課題
取引相場のない株式は、換金性が実質的にありません。評価額がいくら高くても納税のために株式を売却できるわけではなく、後継者は手元資金や借入によって相続税を納めなければなりません。今後、評価方法の見直しで評価額がさらに上昇するリスクもある中で、会社を存続させるための納税資金対策は今すぐ着手すべき経営課題です。
- 生命保険の活用経営者の死亡保険金を納税資金として確保(死亡保険金の非課税枠も活用)
- 事業承継税制(特例措置)の活用令和9年12月31日までの贈与・相続が対象。早期の計画立案が不可欠
- 計画的な自社株の贈与毎年の暦年贈与や相続時精算課税を活用した段階的な移転
- 役員退職金の準備適切な退職金の支給により純資産価額を引き下げながら納税資金を確保
- 持株会社・種類株式の活用議決権と財産権を分離し、経営権を維持しながら株式を移転
⚠️ 事業承継税制の特例措置──残り時間は少ない
現行の事業承継税制の特例措置は、「特例承継計画」の提出期限が令和9年9月30日、実際の贈与・相続の適用期限が令和9年12月31日とされています。期限までの期間は残されていますが、株価試算、後継者の確認、金融機関・関係者との調整には時間を要するため、早期の検討が不可欠です。日商が強く求めているように、この特例措置の恒久化が実現するかどうかが、今後の見直し議論の最大の焦点の一つとなります。
現行の事業承継税制の特例措置は、「特例承継計画」の提出期限が令和9年9月30日、実際の贈与・相続の適用期限が令和9年12月31日とされています。期限までの期間は残されていますが、株価試算、後継者の確認、金融機関・関係者との調整には時間を要するため、早期の検討が不可欠です。日商が強く求めているように、この特例措置の恒久化が実現するかどうかが、今後の見直し議論の最大の焦点の一つとなります。
🎯実務対応を考えるうえでのポイント
通達改正の内容はまだ確定していませんが、有識者会議の議論の方向性から、クライアントへの説明・提案にあたって今から押さえておくべき視点を整理します。
1
成長投資・賃上げを阻害しない方向への見直しが期待できる
「会社が成長するほど税負担が重くなる」という現行制度の矛盾は、有識者会議でも明確に問題視されています。国・中小企業庁が推進する賃上げ促進や国内投資強化という政策目標とも真逆の構造であるため、少なくともこの矛盾を拡大させる方向の改正には、慎重な議論が必要になると考えられます。成長投資や賃上げに取り組んでいるクライアントには「評価制度が足かせになっている現状は見直される可能性が高い」と前向きに伝えることができます。
2
将来収益性・資本コストの導入で新たな専門的判断領域が生まれる可能性
学識委員からは評価通達6項(個別判断)への依存を縮小する方向性が示唆されている一方、残余利益的な考え方やDCF法的アプローチが導入されると、将来利益の予測・自己資本コストの設定・類似会社の選定など、これまで相続税申告実務にはなかった専門的判断領域が増えます。M&A実務や株式評価意見書の経験が直接生きる領域であり、弊所の専門性をより一層発揮できる場面が増えることが期待されます。
3
「従来型の株価対策スキーム」は慎重な再検討が必要に
類似業種比準方式を前提とした利益圧縮・グループ内株式移転・不動産活用による純資産圧縮といった評価額引き下げスキームは、今回の有識者会議で課題として明示的に俎上に上がっています。将来の通達改正によって、これらの対策については従来より慎重な検討が求められる可能性があります。現在こうした対策を検討・実行中のクライアントには「通達改正後に逆効果になる可能性がある」という点を今のうちに丁寧に説明しておくことが重要です。場当たり的な株価対策ではなく、抜本的な事業承継計画の設計へと議論を移す好機でもあります。
4
「評価制度+事業承継税制+M&A」のトータル設計がいっそう重要に
事業承継税制の特例措置の恒久化・拡充が有識者会議でも強く求められており、評価方法の改正と一体的な制度整備が議論されています。今後の事業承継支援は「自社株の評価を下げる対策」という単一の発想から、評価制度・承継税制・M&Aを組み合わせたトータル設計へと高度化していきます。
- 改正後の評価方式を前提とした複数シナリオでの株価シミュレーション
- 事業承継税制(特例・一般)の適用可否と効果の定量比較
- 第三者へのM&Aを含む出口戦略の選択肢の提示
- 後継者の納税資金調達(生命保険・金融機関との連携)の組み合わせ
まとめ
取引相場のない株式の評価見直しは、単なる通達の数値調整ではなく、「事業承継のあり方」「企業成長と税負担のバランス」という本質的な問題に踏み込んだ議論です。有識者会議の審議は今後も続き、令和9年度税制改正に向けた議論の中で、見直しの方向性がより具体化していくものと考えられます。弊所では引き続き動向をフォローし、通達改正の内容が確定次第、実務への影響を速やかにお伝えします。









日商が指摘するとおり、近年の日経平均株価は、会計検査院の調査対象期間である令和2・3年分と比較して高い水準で推移しており、類似業種比準価額も当時より上昇している可能性があります。類似業種比準方式は上場会社の株価を基準とするため、株価の水準は比準価額に直接連動します。会計検査院が指摘した「27.2%」という数値は株価が比較的低かった時期のデータであり、現時点ではかい離率はすでに相当程度縮小していると考えられます。
したがって、「かい離を是正する」という名目で類似業種比準価額を引き上げるような見直しを行えば、現状をさらに上回る評価額の上昇をもたらしかねません。この点は有識者会議の議論の前提として、常に意識しておく必要があります。