相続時精算課税制度は「贈与税がかからない」という印象だけで選ばれることがあります。しかし、一度選択すると取り消しができない制度です。選ぶ前に、暦年贈与との違いをしっかり理解していただく必要があります。今回は事務所内の勉強会形式で解説します。
相続時精算課税制度を選ぶ前に確認すべきこと――暦年贈与との違い16のポイント
先生:税理士歴30年のベテラン税理士
A:入所3年目のスタッフ
A:先生、最近「精算課税制度を使いたい」というお客様が増えていますが、選択する前にどんな説明が必要ですか?
先生:いい質問だね。精算課税制度は「何年後になり選択の結果が出る制度」だから、その間にさまざまな事柄が起こりうる。だから選ぶ前に、メリット・デメリットを十分に説明した上で、納得してもらうことが大前提なんだ。説明すべきポイントは大きく16あるから、順に整理しよう。
① 相続時に贈与額が相続財産に加算される
A:まず、精算課税制度を選ぶと、贈与した財産はどうなるんですか?
先生:贈与者が亡くなった相続時に、贈与額を相続財産に加算して相続税を計算することになる。ただし、令和6年以降は年110万円以下の贈与については加算不要になった(基礎控除分)。その際、加算する金額は贈与時の課税価格がベースになる点に注意が必要だ。
A:つまり、贈与した財産の価値が相続時に変わっていても、贈与時の価格で計算されるわけですね。
先生:そうだ。これが後のポイントにもつながってくる。
② 暦年贈与との併用はできない
A:精算課税制度を選んだ後も、暦年贈与は使えますか?
先生:それが大きな制約だね。同じ特定贈与者(原則として60歳以上の父母・祖父母)からの贈与については、精算課税制度を選んだ後は暦年贈与を選ぶことができなくなる。
A:別の人からの贈与はどうなりますか?
先生:特定贈与者以外の人からの贈与については、引き続き暦年贈与が選択できる。ただし、特定贈与者からの贈与が暦年課税に戻ることはないので、誰から贈与を受けるかを整理して説明することが大事だ。
③ 一度選択したら撤回できない
A:「やっぱりやめたい」となったら、取り消せますか?
先生:できない。 これが最大の注意点の一つだ。一度精算課税制度を選択すると、その選択届出書を撤回することはできない。だからこそ、選択前に十分な説明と検討が必要なんだ。
④ 贈与財産の価額が上昇するとメリットがある
A:ではメリットはどういう場合に出ますか?
先生:贈与財産の価額が、贈与時よりも相続時に上昇している場合だ。相続税の計算に使うのは贈与時の価格だから、値上がり分には相続税がかからないことになる。将来値上がりが見込まれる財産を贈与するのに向いている制度と言える。
⑤ 価額が下落しても贈与時の価格で持ち戻し
A:逆に価値が下がった場合はどうなりますか?
先生:ここが落とし穴だ。贈与財産の価額が下落して、仮に無価値になってしまっても、相続財産への加算は贈与時点の課税価格で行われる。値下がりのリスクをそのままクライアントが負うことになる。
A:例外はありますか?
先生:土地・建物が災害によって価値が下落した場合は例外として、相続時の価額による再計算が認められている(令和6年改正)。ただし、それ以外の一般的な価値下落は例外にならないから要注意だ。
⑥ 相続税制の変更による不利が生じることがある
A:将来の税制改正も影響しますか?
先生:そう。例えば相続税の基礎控除が引き下げられたような場合、精算課税を選んだ時点では課税されないと思っていたのに、相続時に課税されるケースが出てくる可能性がある。将来の税制変更による不利益を完全には排除できないことも伝えるべきポイントだ。
⑦ 贈与財産の全体像が不明だと有利不利の判断ができない
A:精算課税と暦年贈与、どちらが得かはどう判断するんですか?
先生:そこが難しいところで、贈与財産の全体像が把握できていないと、有利・不利の比較ができないんだ。将来どれくらいの財産を贈与するのか、相続財産の総額はどうなるのか、あわせて整理してから選択することが大切だ。
⑧ 受贈者が特定贈与者より先に死亡すると二重課税のリスクがある
A:子が親より先に亡くなった場合はどうなりますか?
先生:受贈者(子など)が特定贈与者(親など)より先に死亡すると、精算課税制度に係る権利義務が相続人(孫など)に引き継がれる。その相続人が改めて相続税の申告をするケースがあり、二重課税になるリスクがある。長期にわたる制度だからこそ、世代間のリスクも意識する必要がある。
⑨ 110万円以下でも「選択届出書」の提出が必要
A:年110万円以下の贈与なら贈与税の申告は不要ですよね?
先生:申告義務は不要だが、初年度に精算課税選択届出書を提出する必要があるのは変わらない。これを出し忘れると、自動的に暦年課税として扱われてしまう。手続きの漏れがないよう注意が必要だ。
⑩ 無申告でも相続時に全額加算される
A:万が一、贈与税の申告を忘れたらどうなりますか?
先生:無申告であっても、また贈与税の時効が成立していたとしても、相続時には本来申告すべきであった贈与額が全額相続財産に加算される。時効で逃げ切れると思ったら大間違いだ。贈与の事実は確実に記録しておく必要がある。
⑪ 相続税申告に小規模宅地等の特例が適用できない
A:精算課税で贈与を受けた宅地に、相続時に小規模宅地等の特例は使えますか?
先生:使えない。精算課税制度による贈与財産には、小規模宅地等の特例(最大80%評価減)を適用することができない。これは大きなデメリットになりうる。自宅や事業用土地の承継を考えている場合は、特に慎重に判断する必要がある。
⑫ 精算課税の贈与財産は物納できない
A:相続税が現金で払えない場合に物納はできますか?
先生:精算課税制度により取得した財産は物納に充てることができない。一方、暦年贈与の7年加算分の財産は物納できる。相続税の納税資金確保の観点からも、流動性のない財産(不動産など)を贈与する場合は注意が必要だ。
⑬ 不動産の登録免許税が高くなる
A:精算課税で不動産を贈与すると、登録免許税はどうなりますか?
先生:相続で取得した場合の登録免許税は土地・建物ともに**0.4%だが、生前贈与(精算課税を含む)で取得した場合は建物が2.0%**と大幅に高くなる。登記コストの違いも事前に説明しておくべきポイントだ。
⑭ 不動産取得税が課税される
A:相続で取得した場合と贈与で取得した場合では、不動産取得税も違いますか?
先生:相続による取得は不動産取得税が非課税だが、精算課税による贈与で取得した場合は課税対象となる。税率は宅地の場合 1/2 × 3%(建物の場合は4%)だ。登録免許税と合わせると、不動産を贈与する際のコスト面での違いは小さくない。
⑮ 特別受益・遺留分の取り扱いについて弁護士と連携して説明を
A:民法上の問題もありますか?
先生:ある。精算課税による贈与は相続の前渡し的な性格を持つため、民法上の特別受益や遺留分の問題とも絡んでくる。税務的な有利・不利だけでなく、相続人間の公平感や遺留分侵害の問題も生じうるため、場合によっては弁護士と連携して説明することが望ましい。推定相続人全員への説明も視野に入れてほしい。遺留分は10年以内の贈与に限定されるので遺言を書く場合には遺留分にも注意
⑯ 申告不要制度により贈与額が他の相続人に知られる
A:最後のポイントは何ですか?
先生:令和6年以降、年110万円以下の贈与については精算課税の申告不要制度(措法49条)が使えるようになった。ただし、この制度を適用しても相続時には110万円を超える場合には精算課税の適用財産として相続財産に加算され、他の相続人にも贈与額が明らかになる。また、加算対象となる3年以内(令和6年分からは7年以内、経過措置あり)の暦年贈与も同様だ。「こっそり贈与」はできないことも伝えておく必要がある。
まとめ
A:ポイントが多いですね……。精算課税制度は決して「お得な制度」ではなく、向き不向きがある制度なんですね。
先生:そう。簡単に言うと、精算課税制度が向いているのは次のようなケースだ。
| 向いているケース | 向いていないケース |
|---|---|
| 将来値上がりが見込まれる財産の移転 | 自宅・事業用地など小規模宅地特例を使いたい土地 |
| 収益不動産など早期に収益を移転したい | 物納が必要になる可能性がある財産 |
| 相続財産が基礎控除内に収まる見込み | 贈与財産の価値下落リスクが高い財産 |
先生:選択は一生モノの決断だ。クライアントが十分に理解・納得した上で選んでもらえるよう、これら16のポイントを丁寧に説明することが、私たちの大切な役割だよ。
当事務所へのご相談
相続時精算課税制度の選択は、将来の相続対策全体の設計と切り離して考えることはできません。お客様の財産状況・ご家族の状況に応じた最適なプランニングについて、税理士法人松野茂税理士事務所ではご相談をお受けしております。
税理士法人 松野茂税理士事務所
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