遺言書の書き方と活用術|自筆証書遺言・遺留分改正・事業承継での自社株対策を税理士が徹底解説

遺言書の書き方と活用術|自筆証書遺言・遺留分改正・事業承継での自社株対策を税理士が徹底解説

~ 法務局保管制度で手軽・安心に。相続トラブル・お家騒動を防ぐ遺言の実践ポイント ~


目次

はじめに

「遺言書を残したいけれど、費用が高そう」「手続きが難しそう」と二の足を踏んでいる方は少なくありません。しかし近年、自筆証書遺言をめぐる制度が大きく改正され、以前よりずっと手軽で安心な選択肢になっています。今回は、税理士法人松野茂税理士事務所のスタッフ・田中が先生に疑問をぶつける形で、わかりやすく解説していただきます。


Q1. 「自筆証書遺言が書きやすくなった」と聞きましたが、具体的に何が変わったのですか?

田中: 先生、「遺言書を書くなら自筆証書遺言が楽になった」とお客さまに言われたのですが、どう変わったのでしょうか?

先生: 大きく二つの改正がありました。一つ目は 2019年(平成31年)1月13日施行 の「財産目録の自書不要化」です。それまでは遺言書の本文だけでなく、財産目録も含めて全文を手書きしなければなりませんでした。改正後は、本文・日付・署名・押印は今も手書きが必要ですが、「財産目録」の部分はパソコンで作成した一覧表でも、登記事項証明書(登記簿謄本)のコピーや通帳のコピーでも添付できるようになりました。

田中: 通帳のコピーを貼り付けてよいということですか?

先生: そうです。例えば預貯金については通帳のコピーを添付し、不動産については登記簿謄本のコピーを添付するだけでOKです。ただし、コピーを添付した財産目録の全ページに、遺言者本人が署名・押印することが必要です。この一点だけ忘れると無効になるので注意してください。

田中: 財産が多い方ほど、手書きの手間が大きく減るのですね。

先生: その通りです。昔は財産目録だけで何ページにもなり、全部手書きするのが大変でした。改正によって「本文だけ自書すればよい」という形になり、遺言作成のハードルがぐっと下がりました。


Q2. 「法務局の保管制度」というものも始まったそうですが、どういう仕組みですか?

田中: もう一つの改正というのは何ですか?

先生: 二つ目が 2020年(令和2年)7月10日スタート の「自筆証書遺言書保管制度」です。自分で書いた遺言書を、法務局(遺言書保管所)に預けることができる制度で、民法の改正とあわせて法務局による遺言書の保管等に関する法律(遺言書保管法)が制定されました。

田中: 法務局に預けると、何がよいのでしょうか?

先生: メリットは主に三つです。

① 紛失・改ざん・隠匿のリスクをゼロに近づけられる 自宅保管だと、遺言書が見つからない、家族に隠された、火事で焼失した、といったトラブルが起きます。法務局に預ければ、原本は遺言者の死後50年間、画像データは150年間保管されます。

② 家庭裁判所の「検認」手続が不要になる 通常、自宅で保管していた自筆証書遺言が見つかったら、相続開始後に家庭裁判所で「検認」という手続を経なければなりません。これを省略できるので、相続手続きがスムーズになります。

③ 法務局が形式面を確認してくれる 保管申請の際に法務局の担当者が書式(日付、署名、押印など)を確認するため、方式不備で遺言が無効になるリスクが大幅に低下します(ただし内容の法律的な有効性までは審査しません)。


Q3. 費用はどのくらいかかりますか?

田中: 公正証書遺言だと費用がかかるイメージがありますが、保管制度を使う場合はどうですか?

先生: 保管申請の手数料は 1件につき3,900円(収入印紙での納付)だけです。継続的な保管料はかかりません。閲覧する場合は別途料金(モニター閲覧1,400円、原本閲覧1,700円など)がかかりますが、公正証書遺言のように財産額に応じて数万円~数十万円の費用がかかることはありません。「費用を抑えながら、安心できる形で遺言を残したい」という方に向いています。


Q4. 利用者はどのくらい増えているのですか?

田中: 先生、実際に使っている人は増えているのでしょうか?

先生: 急増しています。制度がスタートした2020年下半期に12,631件だった保管申請件数が、2021年17,002件、2022年16,802件、2023年19,336件、2024年23,419件と右肩上がりです。法務省の公表値では、2025年7月時点の累計申請件数が約101,968件と、制度開始から約5年で10万件を超えました。

田中: すごいスピードで増えていますね。なぜ選ばれているのでしょうか?

先生: 「公正証書遺言の安心感は欲しいが、費用を抑えたい」「証人を立てるのが難しい」という方を中心に広がっています。特に地方の高齢者の方など、公証役場への来所が大変な方にも選ばれています。制度の認知度はまだ十分ではないので、今後もさらに伸びると思われます。


Q5. 自筆証書遺言と公正証書遺言、どちらを選べばよいですか?

田中: 結局のところ、どちらを選ぶべきなのでしょうか?

先生: 状況によって違います。以下の比較表を参考にしてください。

項目自筆証書遺言(法務局保管)公正証書遺言
作成方法遺言者が自筆で作成(財産目録はPC可)公証人が内容を聞き取り公正証書として作成
費用イメージ保管申請手数料3,900円程度財産額に応じ数万円~数十万円
証人の要否不要証人2名が必須
検認の要否法務局保管分は不要不要
保管場所法務局(原本・画像データ)公証役場(原本)
方式面の安全性法務局が形式確認。自宅保管より高い公証人が作成。不備リスクは極めて低い
内容チェック形式のみ。内容の法律チェックなし公証人が内容を確認。紛争予防効果大
向いているケース費用を抑えたい一般の方高額資産・自社株・争いが想定される案件

田中: 相続対策が複雑な場合は、やはり公正証書遺言の方がよいのですね。

先生: そうです。不動産や自社株が多い方、相続人の間で意見の食い違いが想定される方、事業承継と絡む相続の場合は、費用をかけても公正証書遺言の方が安心です。一方、「財産はシンプルだが確実に遺しておきたい」という方なら、自筆証書遺言+保管制度は非常にコスパのよい選択肢です。


Q6. 相続が始まったとき、遺言書があるかどうかはどうやって調べますか?

田中: 亡くなった方が遺言を書いていたかどうか、どうやって探せばよいですか?

先生: 二つのルートで調べます。

① 公正証書遺言の場合 → 公証役場で「遺言検索システム」を使う 全国どこの公証役場でも窓口で照会できます(インターネット検索は不可)。被相続人の戸籍や相続人の本人確認書類を持参すれば、「遺言の有無」と「保管先公証役場」を確認できます。

② 自筆証書遺言(法務局保管)の場合 → 法務局(遺言書保管所)に照会する 「遺言書保管事実証明書」を請求すれば有無がわかります。あれば「遺言書情報証明書」(内容の写し)を取得し、金融機関・法務局・税務署等に提出して相続手続を進めます。また、相続人等の誰かが閲覧・証明書交付を受けると、他の関係相続人等にも自動的に通知が届く仕組みになっており、「一部の相続人だけが遺言の存在を独占する」ことを防いでいます。

田中: なるほど。遺言を残す方法と同様に、探す方法も整備されているのですね。


Q7. 遺言書を書き換えたい場合はどうすればよいですか?

田中: 一度書いた遺言書を変更したくなったときはどうすればよいですか?

先生: 遺言はいつでも変更・撤回できます。基本原則は「日付の新しい遺言が優先」です。

法務局に預けた遺言を変更したい場合、法務局に「保管の撤回」手続をして原本の返却を受け、新しい遺言を作成して再申請する流れになります。注意点として、撤回手続だけでは遺言自体は有効なままなので、内容を撤回したいなら返却された遺言書を破棄するか、新しい遺言で明示的に撤回する必要があります。

公正証書遺言の場合も、後から作成した遺言(方式は問わない)の内容が抵触する部分については、新しい遺言が優先されます。公正証書遺言と自筆証書遺言の間に優劣はなく、あくまでも「日付が新しい方が優先」です。


Q8. 遺言と切り離せない「遺留分」。2019年の改正で何が変わったのですか?

田中: 先生、遺言書を書くときに「遺留分」を無視することはできないと聞きました。そもそも遺留分とは何ですか?

先生: 遺留分とは、配偶者や子・父母など一定の法定相続人に法律が保障した「最低限の取り分」です。どれだけ自由な遺言を書いても、この遺留分を侵害することはできません。例えば「全財産を長男に」という遺言があっても、他の相続人は遺留分に相当する金額を請求できます。

田中: それが2019年に大きく変わったのですね?

先生: そうです。2019年(令和元年)7月1日施行の改正民法で、遺留分の制度が根本から改められました。改正の核心は**「現物返還から金銭債権へ」**という転換です。

改正前は「遺留分減殺請求」といって、遺留分を侵害された相続人が請求すると、受け取った財産そのもの(現物)の一部を返さなければなりませんでした。不動産や株式が遺贈されていた場合、返還によって共有状態が生まれ、経営や不動産管理に深刻な支障が出るケースが多かったのです。

田中: それは事業承継にとっては大問題ですね。

先生: まさにそこが問題でした。改正後は「遺留分侵害額請求権(民法1046条)」に改められ、遺留分権利者は金銭の支払を請求する権利に変わりました。つまり、受遺者(財産を受け取った側)は事業用資産や自社株の所有権をそのまま維持しながら、遺留分相当額の金銭を支払うことで解決できるようになったのです。

田中: 具体的にはどのような場面で重要になりますか?

先生: 大きく二つのケースです。

① 事業承継・自社株の承継 改正前は、後継者に自社株を全部遺贈しても、他の相続人の減殺請求で株式が共有になり、経営権が揺らぐリスクがありました。改正後は株式の共有化が原則として生じなくなり、後継者が経営支配権を維持しながら、他の相続人には金銭で調整する形が取れます。

② 不動産の共有問題 自宅や収益不動産を特定の相続人に承継させる遺言でも、以前は遺留分減殺で共有が生まれ、売却も管理もできない状態に陥ることがありました。改正後はこのリスクが解消されています。

③ 小規模宅地等の特例への影響がなくなった これは見落とされがちですが、実務上非常に重要な改正効果です。

改正前は、遺留分減殺請求によって不動産の一部が現物で返還されると、特定の相続人が適用を受けていた小規模宅地等の特例(最大80%の評価減)が事後的に取り消されるリスクがありました。例えば、自宅を配偶者に相続させる遺言を書いて配偶者が小規模宅地の特例を適用して相続税を申告した後に、他の相続人から遺留分減殺請求があり現物返還が確定すると、自宅の持分が変わったことで特例の適用要件が崩れ、修正申告・追徴課税が発生するという事態が生じていました。

改正後は遺留分が金銭債権に一本化されたため、不動産の所有権・持分そのものが動くことがなくなりました。その結果、小規模宅地等の特例を適用して申告した後に遺留分請求があっても、不動産の帰属は変わらず、特例の取り消しリスクがなくなりました

田中: つまり、相続税の申告後に小規模宅地の特例が崩れる心配がなくなったということですね。

先生: そうです。改正前は「遺言書を書いて小規模宅地の特例を使って申告しても、後から遺留分減殺請求で特例が取り消されるかもしれない」という不安が常につきまとっていました。改正後はその心配がなくなり、遺言書と相続税の節税プランニングを安心して組み合わせられるようになりました。自宅を配偶者や同居の子に確実に承継させる遺言を書いて小規模宅地等の特例を最大限活用する、という設計が格段にやりやすくなっています。

田中: では、遺留分の計算自体も変わったのですか?

先生: ここが非常に重要な改正点です。遺留分の算定基礎に算入する贈与の範囲が、改正後は相続開始前10年以内の贈与に限定されるのが原則になりました(民法1044条3項。ただし当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って行った贈与は10年を超えても算入されます)。

改正前は、何十年も前に行った贈与であっても遺留分の計算に取り込まれる可能性があり、過去の贈与が突然「遺留分侵害」として蒸し返されるリスクがありました。改正後はこの遡及期間が原則10年に限定され、長期計画での財産移転の予見可能性が飛躍的に高まりました

田中: この「10年ルール」は、遺言の書き方にも影響するのですか?

先生: 大きく影響します。具体的には次の三つの点で、遺言の設計が変わってきます。

① 生前贈与との役割分担が明確になった 以前は、いつ行った贈与も遺留分計算に影響するため、贈与と遺言の組み合わせ設計が難しい面がありました。改正後は「10年より前の贈与は遺留分に影響しない(原則)」とはっきりしたため、10年以上前に済ませた贈与は遺留分問題を切り離して考えられます。例えば事業用資産を10年超前に後継者に贈与済みであれば、その財産は遺留分の計算から外れるため、遺言書でその点を意識した記載をする必要がなくなります。

② 「遺言だけで解決しようとせず、早期の生前贈与を組み合わせる」戦略が有効に 改正前は長期間前の贈与も遺留分計算に引き込まれるため、生前贈与の効果が薄い面がありました。改正後は、今から10年以上かけて計画的に財産を移転しておくことで、将来の遺留分リスクを段階的に下げていく戦略が明確に機能します。遺言書は「残りの財産をどう分けるか」という最終調整の役割に集中させることができます。

③ 遺留分を意識した遺言の文言設計が重要になった 10年以内の贈与が遺留分計算に算入される以上、相続開始時点で10年以内に行った贈与の内容・金額・受贈者を把握したうえで、遺言書の内容を設計する必要があります。例えば、特定の相続人に多額の生前贈与をしている場合は、遺言書で他の相続人への手当を厚くする、あるいは遺留分侵害が生じないよう財産配分を調整するといった工夫が求められます。

田中: つまり、遺言書は単独で考えるのではなく、生前贈与の履歴まで踏まえて設計しなければならないのですね。

先生: その通りです。相続対策において「遺言書・生前贈与・生命保険」はセットで考えるのが基本です。特に自社株や事業用不動産の承継が絡む場合は、10年ルールを意識したタイムラインで財産移転を計画し、最終的に遺言書で締めくくるという長期的な視点が不可欠です。遺留分侵害額請求権の時効は相続開始と侵害を知った時から1年、相続開始から10年ですが、紛争になってからでは手遅れです。元気なうちに、早めに専門家へ相談することを強くお勧めします。

ポイントまとめ

  • 2019年改正で遺留分は「現物返還→金銭支払(遺留分侵害額請求権)」に変わった
  • 自社株・事業用不動産の共有化リスクが解消され、事業承継の障害が大幅に緩和された
  • 贈与の遡及期間が**原則「相続開始前10年以内」**に限定され、遺言の設計に直結する
  • 10年ルールを活かし「早期の生前贈与+遺言」を組み合わせた長期戦略が有効
  • 遺言書は生前贈与の履歴を踏まえて文言・財産配分を設計することが重要

Q9. 事業承継で自社株を早期に生前贈与しておくと、なぜ遺言と組み合わせることが重要なのですか?

田中: 先生、事業承継の場面では「自社株を早めに後継者へ贈与して、遺言も書いておく」ことが特に重要だとお聞きしました。なぜこの二つをセットで行う必要があるのでしょうか?

先生: 事業承継において、自社株の問題は遺言だけで完結させようとすると大きなリスクが残ります。理由を順番に説明します。

田中: まず「早期の生前贈与」が重要な理由から教えてください。

先生: 先ほど説明した遺留分の10年ルールが直接関係します。自社株を後継者に贈与してから**10年が経過すると、その株式の贈与は遺留分の計算基礎から除外される(原則)**ことになります。逆にいえば、相続開始の直前に贈与した株式は10年以内ですから遺留分計算に算入され、後継者が他の相続人から遺留分侵害額請求を受けるリスクが高まります。

経営者が60歳になったときに後継者への株式贈与を始めれば、70歳を超えた時点では贈与済み株式が遺留分の外に出ていきます。**「早く始めるほど、将来の遺留分リスクが下がる」**という構造です。

田中: では遺言書はどのような役割を果たすのですか?

先生: 生前贈与だけでは手当できない部分を遺言書で補完する、という役割です。具体的には次の三点が重要です。

① 残存株式・議決権の帰属を明確にする 生前贈与で後継者に株式の大部分を移転しても、相続開始時点でまだ手元に株式が残っているケースがあります。その残存株式を遺言書で後継者に「相続させる」と明記しておかないと、残りの株式が法定相続分に従って分散してしまい、後継者の議決権が過半数を割るリスクが生じます。**「生前贈与で大半を移転+遺言書で残りを後継者に集中」**という設計が基本です。

② 株式以外の財産で他の相続人を手当する 後継者に自社株を集中させると、他の相続人(後継者でない子や配偶者)の取り分が相対的に少なくなります。その不公平感が遺留分侵害額請求や相続争いの原因になります。遺言書で自宅不動産・預貯金・生命保険金の受取人指定などを他の相続人に配分し、バランスを取る設計をしておくことが紛争予防の要です。

③ 遺言執行者を指定して株式の名義変更をスムーズにする 自社株の相続が発生した際、名義変更手続を円滑に進めるためには遺言執行者の存在が不可欠です。後継者本人や信頼できる専門家(税理士・弁護士)を遺言執行者として遺言書に明記しておくことで、相続人間の対立に関わらず手続を進めることができます。

田中: 生前贈与と遺言書を組み合わせないと、どういう事態になりますか?

先生: よくある失敗のパターンを二つ挙げます。

【失敗例①】遺言書だけに頼って生前贈与をしなかった場合 相続開始時に自社株が全て遺産に含まれるため、遺留分侵害額請求の対象となる金額が大きくなります。後継者が遺留分相当の現金を用意できなければ、最悪の場合、株式の一部を売却して資金調達しなければならなくなり、経営権が揺らぐ事態も起こりえます。

【失敗例②】生前贈与したが遺言書を書かなかった場合 自社株の大部分は移転できていても、残存株式の行方が不明確なまま相続が発生します。法定相続分に従って残存株式が複数の相続人に分散すると、株主総会での意思決定が困難になり、経営に支障が出ます。また、贈与の経緯や他の財産の分配について遺言書による「経営者の意思」が示されていないため、相続人間の感情的な対立が生じやすくなります。

田中: 自社株の贈与には、贈与税の問題もありますよね?

先生: そうです。ここでは事業承継税制(納税猶予)を使わないケース、つまり贈与税を普通に納付しながら自社株を後継者へ移転する場合の話をしています。

納税猶予を受けない場合の主な贈与の方法は二つあります。

① 暦年贈与で毎年少しずつ移転する 贈与税の基礎控除(年110万円)を活用しながら、毎年少しずつ株式を後継者へ贈与していく方法です。贈与税の負担を抑えながら長期間かけて株式を移転できるため、株価が比較的安定している会社に向いています。ただし、10年以上かけて計画的に行わないと遺留分の10年ルールの恩恵が十分に得られないため、できるだけ早く始めることが大前提です。

② 相続時精算課税制度を使って株価が低いときに一括贈与する 相続時精算課税制度は、60歳以上の父母・祖父母から18歳以上の子・孫への贈与について、累計2,500万円まで贈与税が非課税(超過分は一律20%)となる制度です(令和6年以降は年110万円の基礎控除も追加)。この制度の最大のメリットは、贈与時の価額で将来の相続税が計算される点です。

つまり、自社株の評価額が低い時期(業績が落ち込んだ時期・株価が低く算定された時期)に相続時精算課税を使って一括贈与しておけば、その低い株価が相続税の計算にも固定されます。その後に会社の業績が上がり株価が上昇しても、相続税の課税価格は贈与時の低い評価額のままです。**「株価が低いうちに贈与して、将来の相続税も抑える」**という大きな節税効果が期待できます。

ここで一つ重要な点があります。相続時精算課税で贈与した財産は、相続税の計算上は何年前の贈与であっても相続財産に持ち戻して課税されます(元戻し)。しかし、遺留分の計算上はまったく別の扱いになります。遺留分の算定基礎に算入する贈与は「相続開始前10年以内」が原則です。相続時精算課税で贈与した株式であっても、贈与から10年を超えていれば遺留分の計算には算入されません。

田中: つまり、相続時精算課税で10年以上前に贈与した株式は、相続税では持ち戻されるけれど、遺留分の争いには使われない、ということですか?

先生: その通りです。整理すると次のようになります。

相続税の計算遺留分の計算
相続時精算課税による贈与(10年超前)持ち戻して課税(贈与時の評価額で加算)算入されない(10年ルール適用)
相続時精算課税による贈与(10年以内)持ち戻して課税算入される
暦年贈与(10年超前)相続税に加算されない算入されない
暦年贈与(7年以内)相続税に加算される※算入される

※令和6年以降、相続開始前7年以内の暦年贈与は相続税の課税価格に加算。

田中: 相続税と遺留分でルールが違うのは面白いですね。

先生: 実務上は非常に重要な違いです。相続時精算課税は「相続税では持ち戻されるが遺留分には影響しない」という特性を意識したうえで活用すると、節税と遺留分リスク軽減を同時に狙える強力な手法になります。株価が低い時期に相続時精算課税で一括贈与し、10年を超えれば遺留分の問題は解消される。その間に暦年贈与も併用して残りの株式を分散移転する、という組み合わせが事業承継の王道の一つといえます。

田中: 二つの方法はどう使い分けるのですか?

先生: 状況によって判断が変わりますが、大まかな目安は次の通りです。

暦年贈与相続時精算課税
向いているケース株価が安定・毎年少量ずつ移転したい株価が低い時期に一気に移転したい
贈与税の扱い年110万円超は累進税率で課税累計2,500万円まで非課税(超過は20%)
相続税への影響相続開始前7年以内の贈与は加算される※贈与時の価額で相続税を計算(価値上昇分は非課税)
遺留分との関係10年超の贈与は遺留分計算から除外(原則)同左
注意点時間がかかる。途中で経営者が急逝するリスク一度選択すると暦年贈与に戻れない

※令和6年以降、暦年贈与の相続税加算期間が3年から7年に延長されています。

田中: どちらを選ぶかは、株価の水準と経営者の年齢がポイントになりそうですね。

先生: まさにその通りです。若い経営者で株価が高く安定している場合は暦年贈与で長期間かけて移転する。一方、経営者が高齢で「株価が今は低い」というタイミングがあれば、相続時精算課税で一気に移転してしまうほうが有利なケースが多いです。いずれの方法でも、株価算定を正確に行ったうえで贈与のタイミングと数量を設計し、遺言書の内容と整合させることが欠かせません。

納税猶予を敢えて使わない経営者の方も少なくありません。納税猶予は継続要件が複雑で、要件を外れると猶予税額に利子税まで加算されて一括納付を求められるリスクがあります。「贈与税を払ってでも早めに株を移しておきたい」という判断は合理的な選択です。いずれの方法をとるにしても、株価算定・贈与のタイミング・遺言書の内容設計を一体で計画し、早めに専門家に相談されることをお勧めします。

田中: もし遺言書を書かなかった場合、自社株はどうなってしまうのですか?

先生: これが最も避けなければならない事態です。経営者が遺言書を残さずに亡くなると、自社株を含む全ての遺産は**「未分割」の状態**になります。未分割とは、相続人全員の合意(遺産分割協議)が成立するまで、遺産が相続人の「共有」になった状態です。

田中: 会社の株式が相続人全員の共有になるということですか?

先生: そうです。例えば後継者である長男以外に、会社経営に関与していない次男・長女が相続人にいる場合、遺言書がなければ自社株も法定相続分に従って全員の共有財産になります。未分割の間は株主総会の議決権は相続人全員が共同して行使することになり、後継者単独では会社の意思決定ができません。役員報酬の決定、重要な契約、設備投資……あらゆる経営判断が相続人全員の同意なしには動かせなくなります。

田中: それはまさに「お家騒動」ですね。

先生: 現実に多くの中小企業で起きている問題です。遺産分割協議がまとまらなければ未分割状態が何年も続くことがあります。その間に相続人間の感情的な対立が深まり、会社経営が事実上麻痺する。取引先・金融機関・従業員にも不安が広がり、会社の信用力が低下する。最悪の場合、後継者以外の相続人が株式の買取りや会社清算を求めて訴訟になるケースもあります。

また、相続税の申告においても未分割のままでは配偶者の税額軽減・小規模宅地等の特例など有利な特例が原則として適用できないという深刻な税務上の不利益も生じます。

田中: 遺言書一枚で、これだけの問題が防げるのですね。

先生: そうです。後継者に自社株を「相続させる」または「遺贈する」と明記した遺言書があれば、相続開始と同時に株式の帰属が確定し、遺産分割協議を待たずに後継者が株主として経営を継続できます。遺言執行者を指定しておけば名義変更手続もスムーズに進みます。生前に株式の大部分を贈与済みであっても、残存株式の処理を遺言書で明確にしておくことは必須です。

**「遺言書がないまま経営者が急逝する」**ことが、会社にとって最大のリスクである、という認識を経営者の方にはぜひ持っていただきたいと思います。

事業承継における「早期生前贈与+遺言」の設計ポイント

  • 遺言書がないと自社株が未分割になり、後継者が単独で議決権を行使できなくなる
  • 未分割状態が長引くと相続人間の対立が深まり、経営が事実上麻痺するリスクがある
  • 未分割では配偶者の税額軽減・小規模宅地等の特例が原則として使えない
  • 遺言書で後継者への株式の帰属を確定させ、遺産分割協議なしで経営継続できる体制を作る
  • 自社株の早期贈与で10年ルールを活用し、遺留分リスクを段階的に下げる
  • 暦年贈与(年110万円基礎控除の活用)か相続時精算課税(株価低い時期に一括)かを株価水準・経営者の年齢で判断する
  • 株価算定・贈与のタイミング・遺言書の設計は一体で計画し、早めに専門家に相談する

まとめ:遺言は「書けるうちに」が鉄則

先生: 遺言書は、元気なうちに、意思能力がしっかりある状態で作成することが大切です。認知症などで判断能力が低下してしまうと、遺言の有効性が争われることになりかねません。「財産はそれほど多くないから」と思っていても、不動産が一つあるだけで相続手続きは複雑になります。

制度が整い、費用も抑えられるようになった今こそ、遺言書の作成を検討してみてください。税理士法人松野茂税理士事務所では、遺言書の内容に関わる相続対策・節税プランニング・財産評価について、税務の専門家としてサポートしております。遺言書の作成そのものについては、司法書士・行政書士・公証役場とも連携しながらワンストップでご相談をお受けしています。


【参考】自筆証書遺言 本文サンプル(3名への相続)

実際の遺言本文はどのように書けばよいか、一例をご紹介します(山田太郎さんが妻・長男・長女に相続させる場合)。


令和8年3月29日

私は、次のとおり遺言する。

第1条 本遺言の対象となる私名義の財産は、別紙財産目録記載の各財産とする。

第2条 別紙財産目録記載のうち、次の財産をそれぞれ次の者に相続させる。

1 自宅不動産(別紙財産目録1記載の土地建物)を、妻 山田花子(昭和50年4月1日生)に相続させる。

2 預貯金の合計額の2分の1に相当する金額を、長男 山田一郎(昭和53年5月1日生)に相続させる。

3 前号で長男に相続させる額を除いた預貯金の残額全部を、長女 山田二美(昭和56年6月1日生)に相続させる。

4 有価証券(別紙財産目録3記載の全部)を、長男 山田一郎に相続させる。

第3条 前条に定めるもののほか、一切の財産は妻 山田花子に相続させる。

第4条 本遺言の遺言執行者として、長男 山田一郎を指定する。

住所 兵庫県尼崎市〇〇町一丁目一番一号 遺言者 山田太郎 ㊞

(※本文は全て遺言者の自書+署名押印)


**財産目録はパソコンで作成してOK。**不動産は登記事項証明書のコピー、預貯金は通帳のコピーを添付する方法もありますが、以下のようにパソコンで一覧表を作成することもできます。全ページに署名・押印することで完成です。


【参考】財産目録サンプル(パソコン作成版)

※ 本文とは別紙で作成し、本文中に「別紙財産目録記載のとおり」と記載して添付します。 ※ 全ページに遺言者本人が署名・押印することが必要です(自書不要ですが署名押印は必須)。


別紙 財産目録              遺言者 山田太郎

第1 不動産

(1)土地

項目内容
所在兵庫県尼崎市〇〇町一丁目
地番一番一
地目宅地
地積150.00 平方メートル
備考登記名義人 山田太郎

(2)建物

項目内容
所在兵庫県尼崎市〇〇町一丁目一番地一
家屋番号一番一
種類居宅
構造木造瓦葺2階建
床面積1階 80.00㎡ / 2階 60.00㎡
備考登記名義人 山田太郎

第2 預貯金

番号金融機関名支店名種別口座番号名義人
(1)〇〇銀行尼崎支店普通預金1234567山田太郎
(2)△△信用金庫阪神支店定期預金7654321山田太郎

第3 有価証券

番号証券会社名支店名銘柄数量口座名義人
(1)□□証券梅田支店株式会社ABC 普通株式1,000株山田太郎
(2)同上同上株式会社DEF 普通株式500株山田太郎

令和8年3月29日

遺言者 山田太郎  ㊞

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