相続時精算課税制度の落とし穴―受贈者が先に亡くなった場合の「二重課税」問題

相続時精算課税制度

スタッフ: 先生、相続時精算課税制度についてお聞きしたいのですが、最近、実務家の間で「受贈者が贈与者より先に亡くなった場合に二重課税になる」という問題が話題になっていると聞きました。どういうことでしょうか?

先生: よいところに気がつきましたね。これは制度の構造上の欠陥とも言える深刻な問題で、実務では見落とされやすい論点です。具体的な事例で説明しましょう。


目次

ケースの設定

まず、次のような家族関係を前提にします。

  • 贈与者:祖父(父)
  • 受贈者:子(長男)
  • :長男の子

祖父が長男に対して相続時精算課税制度を選択して財産を贈与しました。ところが、祖父より先に長男が亡くなってしまった、というケースです。


第一の課税:長男の相続における課税

スタッフ: 長男が先に亡くなった場合、贈与を受けた財産はどうなるのですか?

先生: 長男が亡くなると、相続人である孫が長男の遺産を相続します。このとき、長男が祖父から相続時精算課税で受け取っていた財産も、長男の相続財産の一部として孫に相続されます

つまり、その贈与財産は孫の相続税の課税対象となります。これが「第一の課税」です。

スタッフ: 贈与でもらった財産が、受贈者が死亡したことで相続財産になってしまうわけですね。

先生: そのとおりです。相続時精算課税で取得した財産は、受贈者の手元にある以上、受贈者が死亡すれば当然その相続財産を構成します。これ自体は制度の問題というよりも、財産の承継として自然な結果です。問題はこの後に起きます。


第二の課税:祖父の相続における「持ち戻し」

スタッフ: その後、祖父が亡くなった場合はどうなりますか?

先生: ここが核心部分です。相続時精算課税制度には、贈与者(祖父)が亡くなったときに、それまでの贈与財産を相続財産に「持ち戻し」て相続税を計算するという仕組みがあります(相続税法第21条の15)。

そして、相続税法第21条の17は、相続時精算課税に係る権利義務は、受贈者(長男)の相続人(孫)が承継すると定めています。

スタッフ: つまり孫が、長男が選択していた相続時精算課税の「義務」も引き継ぐということですか?

先生: まさにそういうことです。孫は長男の相続人として、相続時精算課税の権利義務を承継します。したがって、祖父が亡くなったとき、孫はその承継した相続時精算課税の規定に基づき、祖父の相続税計算においても当該贈与財産を持ち戻して課税されることになります。

これが「第二の課税」です。


二重課税の構造を整理する

スタッフ: 整理すると、同じ財産に対して二度課税されるということですか?

先生: そうです。図示すると次のようになります。

タイミング課税の内容納税者
①長男の死亡時長男の相続財産として相続税課税
②祖父の死亡時精算課税の持ち戻しにより相続税課税

孫は、同一の財産について二度相続税を負担するという、極めて不合理な結果が生じるのです。

スタッフ: これは制度として想定されていた結果なのでしょうか?

先生: 少なくとも実務家の目線では、立法の趣旨からすれば明らかに不合理です。相続時精算課税制度は「贈与時の非課税+相続時の精算」という仕組みですが、受贈者が先に死亡するという例外的な事態において、権利義務の承継という規定がこのような不条理な二重課税を引き起こしてしまっています。


なぜ放置されているのか

スタッフ: この問題は改正されないのでしょうか?

先生: 令和5年度の税制改正で相続時精算課税制度は大幅に改正されましたが、この二重課税問題は解消されませんでした。実務家からは問題提起がなされていますが、現時点では法令上の手当てはありません。

ただ、①長男の相続における相続税と②祖父の相続における相続税の双方において、相次相続控除(相続税法第20条)の適用が一定程度緩和要因になり得るケースもあります。しかし、完全な二重課税の排除には至りません。


実務上の留意点

スタッフ: 実務でどのような点に注意すればよいでしょうか?

先生: 相続時精算課税制度を選択する際には、次の点を必ず確認・説明することが重要です。

① 受贈者の健康状態・年齢に十分注意する

受贈者が贈与者より先に亡くなる可能性が高い場合(例:持病がある、年齢差が少ない等)は、精算課税制度の選択を慎重に検討すべきです。

② 孫への直接贈与を検討する

祖父から孫へ直接相続時精算課税(特例贈与)を行うことで、子を介さない贈与スキームが選択肢となります。ただし、孫が代襲相続人でない場合は相続税の2割加算の問題があります。

③ 暦年課税との比較を丁寧に行う

一度選択すると取り消しができない相続時精算課税制度だけに、将来の家族構成の変化なども踏まえた慎重な検討が必要です。

④ 相続発生後の権利義務承継に注意する

相続時精算課税の選択をしていた受贈者が死亡した場合、その相続人は速やかに制度の引き継ぎを把握し、将来の贈与者の相続において適切に申告対応することが求められます。


まとめ

スタッフ: 相続時精算課税制度は節税ツールとして普及していますが、こんな落とし穴があるとは驚きました。

先生: 相続時精算課税制度は上手く活用すれば有効な手段ですが、受贈者が贈与者より先に亡くなるというリスクを軽視してはなりません。特に令和5年改正後、年110万円の基礎控除が設けられたことで制度の利用が広がっています。それだけに、この二重課税問題はより多くの実務家が知っておくべき論点です。

制度選択にあたっては、短期的な節税効果だけでなく、将来の家族の状況変化も含めた総合的な検討が不可欠です。ご不明な点は、当事務所にお気軽にご相談ください。


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