個人が法人に対して非上場株式を著しく低い価額で譲渡した場合、その法人の他の株主にみなし贈与課税が生じる可能性があります。根拠は相続税法基本通達9-2です。本稿では「増加額」の具体的な計算方法、特に類似業種比準価額方式における修正の手順を詳説します。
・自分の会社に株式を安く移した
・後継者の会社に株式を移した
・持株会社にまとめた
この場合、「他の株主に贈与税が課税される」可能性があります(相基通9-2)。
■ 結論
・低額譲渡 → 他の株主に贈与税の可能性
・増加額=株価の差額
・類似業種比準 → Dのみ修正
・大会社 → 影響小
・小会社 → 影響大
このような低額譲渡や株主間贈与に該当する可能性がある場合、
税務リスクが高いため専門家の判断が必要です。
非上場株式の低額譲渡・株主間贈与でお悩みの方は、
尼崎の税理士法人松野茂税理士事務所までご相談ください。
1 相基通9-2とは|株主間贈与の仕組み
課税の構造
個人が同族会社に財産を無償または低額で提供した場合、その会社の株式価値が増加します。この増加益は、既存株主が間接的に贈与を受けたものとして贈与税の課税対象となります(相法9条・相基通9-2)。
| 場面 | 課税の方向 |
| 個人→法人への低額譲渡 | 既存株主へのみなし贈与 |
| 個人→法人への無償提供 | 既存株主へのみなし贈与 |
| 法人への低額資産譲受 | 同上 |
課税の要件
- 相基通9-2が適用されるのは、対象法人が同族会社であること
- 財産の提供等により株式の価額が増加したこと
- その増加額が「著しく多額」であること
2 「増加額」とは何か
課税の対象となる「増加額」は次のように算定します(平成20年5月30日裁決・裁決事例集No.75参照)。
| 増加額(1株当たり)= 低額譲渡直後の株式価額 − 低額譲渡直前の株式価額 |
3 評価方法別の計算手順
増加額の算定に用いる株式評価は、財産評価基本通達178〜189-7の取引相場のない株式の評価方法によります。
⑴ 純資産価額方式の場合 → 数値の入れ替えのみ
会社が低額譲受により得た利益(法人税等控除後)を純資産に加算した上で、1株当たり純資産価額を再計算します。
| 修正後の1株当たり純資産価額=(修正前の純資産 + 低額譲受益(法人税等控除後))÷ 直前期末現在の発行済株式数 |
⑵ 類似業種比準価額方式の場合 → Dのみ修正・B・Cは修正しない
ここが実務上最も注意を要するポイントです。比準要素の修正方法は以下のとおりです。
| 比準要素 | 内容 | 修正の要否 |
| B 1株当たり配当金額 | 直前期末の配当実績 | 修正しない |
| C 1株当たり利益金額 | 直前期末の課税所得等 | 修正しない |
| D 1株当たり純資産価額(簿価) | 直前期末の帳簿価額ベース純資産 | 修正する |
B・Cを修正しない理由
配当金額(B)と利益金額(C)は、直前期末までの実績を基礎とします。当期中に生じた低額譲渡による利益は翌期以降の決算に反映されるものであり、直前期末の数値には影響しません。
Dを修正する理由と計算式
純資産価額(D)は帳簿価額ベースの数値であり、低額譲受により会社が得た利益は直接帳簿上の純資産を増加させるものとして扱います(東京国税局・資産課税審理研修資料・平成27年7月参照)。
| D修正後 = D修正前 + 低額譲受益(法人税等控除後)÷ 直前期末現在の発行済株式数 増加額 = 類似業種比準価額① (D修正後) - 類似業種比準価額②(D修正前) |
B・Cが変わらないため、増加額はDの変化分のみから生じます。
4 大会社への影響が小さい理由
大会社の評価方法の構造
評基通179によれば、大会社の株式は原則として類似業種比準価額方式のみで評価します(しんしゃく割合0.7)。純資産価額方式は選択制です。
影響が小さくなる3つのメカニズム
① 類似業種比準価額方式のDの比重が低い
B・C・Dの3要素が等ウェイト(各1/3)で比準されます。Dの修正が増加額に与える影響は3要素のうちの1/3に限定されます。
② 発行済株式数による希薄化効果
大会社は一般に発行済株式数が多いため、低額譲受益を株式数で除して計算するD修正額(1株当たり)が小さくなります。
③ しんしゃく割合による圧縮
大会社のしんしゃく割合は0.7です。類似業種比準価額全体に0.7を乗じる構造上、Dの修正効果も0.7倍に圧縮されます。
会社規模別の影響度比較
| 会社規模 | 評価方法 | しんしゃく割合 | Dの影響度 |
| 大会社 | 類似業種比準価額(原則) | 0.7 | 小さい |
| 中会社(大) | 類似業種比準価額×0.9+純資産価額×0.1 | 0.6 | やや小さい |
| 中会社(中) | 類似業種比準価額×0.75+純資産価額×0.25 | 0.6 | 中程度 |
| 中会社(小) | 類似業種比準価額×0.6+純資産価額×0.4 | 0.6 | やや大きい |
| 小会社 | 純資産価額方式(原則) | 0.5 | 大きい |
5 実務上の留意点
① 法人税等控除後の利益を使用すること
低額譲受益は、法人税等に相当する金額を控除した後の金額を使用します。
② 既存株主全員を確認すること
みなし贈与課税は、低額譲渡した者以外の全株主が対象になります。同族株主・少数株主を問わず確認が必要です。
③ 増加額が少額の場合
増加額が著しく少額の場合、実務上課税対象から除外されることもありますが、明確な基準はなく個別判断となります。
④ 事業承継・M&Aとの関係
オーナーが後継者の経営する法人に自社株を低額譲渡するケースでは、既存株主へのみなし贈与課税リスクがあります。スキーム立案の段階で株主構成を精査することが不可欠です。
6 法人株主には相基通9-2の課税は生じないか(私見)
贈与税は個人にのみ課税
相続税法第1条の4は、贈与税の納税義務者を個人と明定しています。相基通9-2は相続税法の解釈通達であり、法人株主には適用の余地がありません。
法人税法上も課税根拠が存在しない
低額譲渡によって法人株主が保有する株式の価値が増加したとしても、それは未実現の含み益に過ぎません。
| 場面 | 法人税法上の取扱い |
| 法人が直接財産を受け取る(受贈益) | 法法22条2項で益金算入 |
| 保有株式の評価益(含み益) | 原則として益金算入なし(実現主義) |
株式価値の増加は「無償による資産の譲受け」(法法22条2項)には直接該当せず、評価益を益金算入する根拠規定がありません。
裁判例・裁決例が存在しない
法人株主に対して相基通9-2相当の課税を行った裁判例・裁決例は見当たりません。これは課税実務においても、法人株主への課税を試みていないことを間接的に示していると考えられます。
実務上の含意(私見)
以上から、株主構成の中に法人株主が含まれる場合、その法人株主については相基通9-2によるみなし贈与課税は生じないものと解されます。
| 【私見】 事業承継スキームの立案において、持株会社等の法人を経由した株主構成の設計が、株主間贈与課税リスクの軽減という観点から有効となる場面も考えられます。ただし、確立した裁判例がなく、あくまで私見です。実際のスキーム立案に際しては、個別事案ごとに慎重な検討が必要です。 |
まとめ
| 論点 | 実務の結論 |
| 課税根拠 | 相法9条・相基通9-2 |
| 増加額の計算 | 低額譲渡直後の株価 − 直前の株価 |
| 純資産価額方式 | 法人税等控除後の利益を純資産に加算して再計算 |
| 類似業種比準方式 | Dのみ修正(B・Cは直前期末実績のまま) |
| 大会社への影響 | 小さい(類似業種比準価額方式中心・D比重1/3・発行済株式数が多い) |
| 小会社への影響 | 大きい(純資産価額方式中心・増加益が直接株価に反映) |
| 法人株主への課税 | 相基通9-2の適用なし・法人税法上も課税根拠なし(私見) |
低額譲渡を伴う事業承継や組織再編においては、譲渡する株主のみなし譲渡所得課税(所法59条)と、個人株主への株主間贈与課税(相基通9-2)の両面から検討することが必要です。
参考
平成20年5月30日裁決(裁決事例集No.75)
平成22年7月26日裁決(東裁(諸)平22-22)
東京国税局資産課税課・資産評価官「資産課税審理研修資料」(平成27年7月)(TAINS評価事例708293)
事務所概要
税理士法人松野茂税理士事務所
代表税理士:松野 茂
社員税理士:山本 由佳
所属税理士:近畿税理士会 尼崎支部
法人登録番号:第6283号
法人番号:4140005027558
適格請求書発行事業者登録番号(インボイス番号):T4140005027558








