スタッフ:先生、国税庁の有識者会議、第4回まで資料が出そろいましたね。会計検査院の指摘から始まって、悪質なスキーム事例まで、かなり踏み込んだ内容になってきました。
先生:そうですね。ただ、資料を追えば追うほど、違和感が強くなってきました。国税庁は「公平性」を掲げてこの議論を進めていますが、私が日々向き合っている相続の現場とは、まったく違う景色が見えているんです。今日は、その違和感を整理してお話ししたいと思います。
1. 有識者会議が描く「不公平」の構図
スタッフ:まず、国税庁がこの議論を始めたきっかけを振り返っておきましょうか。
先生:発端は会計検査院の令和6年11月の検査結果です。無作為抽出した1,600件の申告のうち、類似業種比準価額と純資産価額の両方が算定されていた延べ616社を分析したところ、類似業種比準価額の中央値は純資産価額の中央値のわずか27.2%にとどまっていることが分かりました。さらに、会社規模が大きくなるほど、純資産価額に対する申告評価額の割合が低くなる傾向も確認されています。大会社で0.32倍、中会社で0.50倍、小会社で0.61倍というデータでした。
国税庁自身も令和4年分・5年分のデータで独自に検証を行い、類似業種比準価額の中央値は純資産価額の中央値の約26.1%にとどまるという、会計検査院とほぼ同じ結果を得ています。そして国税庁は、この乖離の要因について、類似業種比準価額が下がる方向で評価通達が改正されてきたことや、評価通達の計算式が評価会社の業績等の実態を踏まえて株式を評価する方法として適切に機能していないおそれがあると分析しています。
スタッフ:つまり「類似業種比準方式が甘すぎる」という話が出発点なんですね。
先生:そこに、8つの租税回避スキーム事例が重ねられます。子会社を経由した会社規模操作で評価額を100億円圧縮した事例、グループ法人税制を悪用した循環貸付で親会社株価を圧縮した事例、無議決権株式と世代飛ばしを組み合わせて配当還元方式の適用対象を作り出した事例など、いずれも高度に設計された、金額の大きいスキームです。こうした事例を並べることで、「類似業種比準方式は不公平に安く、しかもそれが意図的に悪用されている」という印象を有識者会議に強く訴えかけている、というのが私の見立てです。
2. 国税庁の論理は、実は一枚岩ではない
スタッフ:類似業種比準方式が問題だから純資産価額方式に一本化する、という単純な結論に向かっているわけではないんですよね。
先生:そこが今回の議論で一番興味深いところです。有識者会議の議事要旨を丁寧に追っていくと、国税庁側には次のような論理構造が見えてきます。
- 類似業種比準方式は算式に理論的・実証的な裏付けが乏しく、機能不全を起こしているのではないか。
- では純資産価額方式に寄せればよいかというと、これは清算価値に基づく評価であり、事業を継続する前提の企業に適用するには評価額が高くなりすぎる。
- だから純資産価額方式についても、在庫等の換価コストを反映した評価減や、退職給付引当金・賞与引当金等の計上を認めることで、評価額を引き下げる方向の見直しを検討する。
実際、第3回の議事要旨では、委員から「退職給付債務や換価コストを反映しない現行の純資産価額方式は、会社の実態を反映するために引下げ方向の見直しが必要と理解してよいか」という質問に対し、事務局が「まさにそのとおり」と明確に肯定する場面があります。つまり国税庁は、類似業種比準方式を批判しながらも、その受け皿となるはずの純資産価額方式についても「高すぎる」という認識を持っており、両方式ともに見直しの俎上に載せているんです。
スタッフ:類似業種比準方式は低く出すぎる。一方で、純資産価額方式は高く出すぎる。しかも悪質なスキームは許さない。そう考えると、かなり複雑な議論ですね。
先生:まさにそういう構図です。会計検査院・国税庁・多くの学識委員が共有しているのは、「恣意的な評価額圧縮スキームを制度上放置してはならない」という強い問題意識です。これ自体は、業界内でも大きく意見が割れる話ではないと思います。問題は、その問題意識で組み立てられた制度改正が、悪質な納税者以外の、圧倒的多数の一般的な相続案件にまで影響を及ぼしてしまう、という点にあります。
3. 総則6項が、実務家をとっくに律している
スタッフ:でも先生、日頃から「危険な評価スキームはやらない」とおっしゃっていますよね。
先生:それが今日一番強調したいポイントです。最判令和4年4月19日で総則6項の適用を巡る課税庁の主張が認められて以降、6項の適用件数は大幅に増加しています。国税庁の資料によれば、直近10事務年度における株式への総則6項の適用件数は14件ですが、そのうち令和4事務年度と令和5事務年度だけで9件にのぼっています。
この判決以降、私たち税理士業界には強烈な抑止力が働いています。もし提案した評価スキームが総則6項で否認されれば、依頼者は追徴税額に加えて延滞税・過少申告加算税まで背負うことになります。そして税理士は、そのスキームを提案・実行した専門家として、損害賠償請求のリスクに直結します。案件の規模によっては、税理士職業賠償責任保険では到底カバーしきれず、事務所の存続そのものが危うくなります。
ですから、通常の税理士は、境界線がグレーな圧縮スキームには近づきません。書面添付制度を徹底している実務家であれば、なおさらです。
スタッフ:では、国税庁が問題視している8つのスキーム事例は、誰が実行しているんでしょうか。
先生:金額の規模を見れば分かります。評価額を数十億円単位で圧縮するような組織再編・循環貸付・種類株式の設計は、大手M&Aブティックやコンサルティングファームが関与する大口案件、あるいは十分な法務・財務リソースを自前で持つ大企業オーナーの世界の話です。町の税理士が日常的に扱う、中小企業オーナーの相続案件とは、そもそも母集団が違います。
つまり、6項という強力な抑止力は、通常の相続案件にはすでに十分機能している。にもかかわらず、通達改正による規制強化は、スキームを実行する一部の大口案件だけでなく、全ての納税者・全ての評価事案に一律に適用されます。取り締まるべき対象と、実際に規制の効果が及ぶ範囲が、大きくずれているのではないか、というのが私の懸念です。
4. 相続の現場で本当に起きていること
スタッフ:先生が日々直面されている問題は、有識者会議の議論とは違う場所にあるんですよね。
先生:はい。財産評価基本通達188では、同族株主のいる会社について、株主グループの議決権割合合計が15%以上であっても、個々の株主が議決権割合5%未満で、中心的な同族株主に該当せず、法人の役員でもなければ、配当還元方式が適用されるという例外規定があります。これは「単に配当を期待するにとどまる株主」への配慮として、制度上は存在しているんです。
ところが、実際の相続現場ではこの5%という基準が大きな壁になります。例えば、祖父の代から受け継いだ株式を、経営には一切関与していない孫が相続するケースで、その持分が25%程度あったとします。この場合、5%基準を大きく超えているため、経営への関与がまったくなくても、機械的に原則的評価方式が適用されてしまいます。大会社であれば類似業種比準方式、あるいは併用方式です。
スタッフ:経営権もなく、実質的な発言力も乏しいのに、評価額だけは高くなる。
先生:しかもこの株式は、上場株式のような市場がありません。換金しようにも、会社側(実質的には経営を担う多数派の同族株主)に買い取る資力や意思がなければ、事実上、売る手段がないんです。相続税は原則として金銭一括納付が求められますから、こういう少数株主は、納税資金のためだけに借金を検討せざるを得なくなります。
これは何億円単位の話になることもあります。経営に関わらず、配当をわずかにもらうだけの立場の人が、祖父の遺産を受け継いだというだけの理由で、数千万円、時には億単位の借金を背負う。これは制度の理論上の当否を超えた、現場でしか見えてこない痛みです。
5. 「公平な評価」が生む逆説
スタッフ:先生は「公平な評価であればあるほど、買い取ってもらえなくなる」ともおっしゃっていましたね。
先生:ここが、今日の議論で一番伝えたい逆説です。少数株主が自社株式を会社や同族グループに買い取ってもらう場合、その価格は税務上の「公平な評価額」に基づかなければ、みなし贈与や低額譲渡の問題が発生してしまいます。つまり、少数株主が換金したいと思っても、買い手側は評価額と同水準の現金を用意しなければならない。
評価額が「公平」であればあるほど、買い手側の資金負担は重くなり、買取りそのものが成立しにくくなります。結果として、税務上の「公平な評価」を追求すればするほど、少数株主に流動性を提供するどころか、むしろ流動性を奪う方向に作用してしまうんです。
個人が借金をして納税するか、会社が借金をして買い取るか。どちらに転んでも、手元に潤沢な現金を持たない同族企業の中では、結局、誰かが借金をしなければ株式を現金化できない、という構造そのものは変わりません。
6. 納税猶予は「永遠の節税」ではない
スタッフ:事業承継税制の納税猶予があるじゃないか、という見方もできそうですが。
先生:よく誤解されるのですが、納税猶予は免除ではありません。5年間の雇用維持要件、代表者継続要件など、複数の要件を満たし続けなければならず、途中でこれらの要件を満たせなくなれば、猶予されていた税額に利子税を付して一括で納付を求められます。M&Aによる会社売却や、事業の大幅な転換など、経営判断の自由度を長期間縛る、いわば足かせになる制度です。
つまり、猶予はあくまでリスクを将来に先送りしているだけであって、「これさえ使えば一生税金を払わなくていい」というものでは決してありません。ところが有識者会議の資料を見る限り、この猶予制度の限界そのものへの言及は薄く、「事業承継への配慮は税制側ですでに対応済み」という前提で評価方式の議論だけが進んでいるように見えます。
7. まとめ ―― 見落とされている論点
スタッフ:今日の話をまとめると、どういう主張になりますか。
先生:3つの柱にまとめられると思います。
第一に、スキーム規制と一般納税者への影響のズレです。総則6項という強力な抑止力が、すでに大多数の実務家・大多数の相続案件を律しています。国税庁が本来取り締まるべきは、6項を恐れない一部の悪質な大口案件であるはずなのに、通達改正という一律の手段を使えば、その効果は、堅実に評価を行ってきた圧倒的多数の納税者にも等しく及んでしまいます。
第二に、少数株主の実質的救済の欠如です。同族株主の判定が、実質的な経営関与ではなく議決権割合という数値だけで機械的に線引きされているため、経営に一切関与しない相続人が、高額な評価に基づく重い税負担を強いられます。5%という配当還元方式の適用閾値は、こうした実態を拾いきれていません。
第三に、「公平な評価」の逆説です。評価額を実態に近づけ、公平性を高めようとすればするほど、買い手側の資金負担が重くなり、少数株主が自社株を換金する手段はむしろ狭まっていきます。評価の公平性と、当事者の資金繰りの現実は、単純にトレードオフの関係にあるのです。
スタッフ:「税金が払えるなら、そもそもスキームを組む必要がない」という言葉が今日、印象に残りました。
先生:本質を突いていると思います。国税庁の問題意識は、本来「担税力に乏しい人をどう救うか」に向かうべきであるはずなのに、実際の有識者会議の議論は「圧縮する人をどう取り締まるか」に偏っている。悪質な租税回避への対応は必要ですが、それと同時に、あるいはそれ以上に、経営に関与しない少数株主のための、小規模宅地等の特例のような、実質的支配力と流動性の欠如に着目した個別の軽減措置の検討こそが必要ではないでしょうか。
なお、第4回資料では、スキームに対処できる方策を講じる一方で、スキーム対策を行っていない者に大きな影響が出ないようにする視点も必要であると整理されています。まさにこの視点こそ、相続の現場から見た今回の見直し議論で最も重要な論点だと考えます。この視点が、今後の有識者会議の議論に実際に反映されるかどうかを、注意深く見守っていきたいと思います。
税理士法人松野茂税理士事務所(尼崎市御園町24 尼崎第一ビル7F/阪神尼崎駅徒歩1分)では、相続税・事業承継・組織再編・M&Aに関するご相談を承っております。取引相場のない株式の評価に関する有識者会議の動向についても、随時ブログで解説してまいります。








