取引相場のない株式の評価において、「株式等保有特定会社」や「土地保有特定会社」に該当すると、純資産価額方式での評価が強制され、株価が高くなる傾向があります。
そこで、課税時期(相続開始日・贈与日)の直前に意図的に資産を入れ替えて、特定の評価会社への該当を「外す」というスキームが考えられます。しかし、財産評価基本通達189の柱書は、こうした行為に対して明確なアンチアボイダンス規定を設けています。
· 外しは「形式上は可能」
· ただし 通達189+総則6項で否認リスク極めて高い
· 実務では「合理性の証明ゲーム」
よくある誤解
- 3年前なら安全 → ❌(期間制限なし)
- 大会社なら比準OK → ❌
- 形式整えればOK → ❌
“外し”はできるかではなく、“税務署に否認されないか”で判断すべき論点です
1.設例:マンション購入で株式等保有割合を50%未満にした場合
株式等保有特定会社に該当していた会社が、課税時期直前に代表者から多額の資金を借り入れ、投資用のマンション1棟を購入した。この結果、同社の株式等保有割合が50%未満となった。同社は大会社に該当することから、その株式を類似業種比準方式により評価することはできるか。
株式等保有特定会社とは、課税時期における株式等の価額が総資産価額の50%以上を占める会社をいいます(財産評価基本通達189(2))。大会社であっても類似業種比準方式は使えず、純資産価額方式(またはS1+S2方式)が適用されます。
国税庁はこの取扱いについて「合理的な理由の有無が重要なポイント」と明確に示しています。
2.財産評価基本通達189柱書のアンチアボイダンス規定
189柱書「なお書き」の内容
- 評価会社が(2)株式等保有特定会社又は(3)土地保有特定会社に該当するかどうかの判定を行う際、
- 課税時期前において合理的な理由もなく、評価会社の資産構成に変動があり、
- その変動が、(2)又は(3)の特定会社と判定されることを免れるためのものと認められるときは、
- その変動は「なかったもの」として判定を行う。
平たく言うと、
「課税前に土地や株式を動かして持株割合・土地割合を落とし、株式等保有特定会社や土地保有特定会社から外そうとするスキームは、合理的理由がなければ否認して、変動前の資産構成で特定会社該当性を判定する」という規定です。
「課税時期前において合理的な理由もなく評価会社の資産構成に変動があり、その変動が(2)又は(3)に該当する評価会社と判定されることを免れるためのものと認められるときは、その変動はなかったものとして当該判定を行うものとする。」(財産評価基本通達189 柱書)
| 要件 | 内容 | |
| ① | 課税時期前に | 相続開始日・贈与日より前の行為が対象 |
| ② | 合理的な理由もなく | 租税回避目的以外の合理的理由がない場合 |
| ③ | 判定を免れるため | (2)(3)への該当回避が目的と客観的に認められること |
3つの要件をすべて満たす場合、変動前の資産構成に引き戻して株式等保有割合を計算します。
3.「合理的な理由」があれば適用されない
・老朽化した工場を銀行借り入れで建て替えた(土地保有割合が低下)
・遊休土地を売却し、譲渡代金を借入金返済に充てた
・M&Aや組織再編に伴う資産移転
・事業縮小・資金繰り対応のための資産売却
重要なのは、これらが「評価会社の中長期的な経営戦略や財務体質の強化の一環として行われたもの」と認められるかどうかです。
4.遡及期間の問題:「3年以内」という限定はない
通達189のアンチアボイダンス規定には期間の限定がありません。3年以上前の資産構成の変動であっても、判定を免れる目的と認められれば適用されます。
5.実務上の対応策と証拠書類の整備
| 書類・記録 | 内容 |
| 中長期事業計画書 | 資産取得・売却が経営戦略の一環であることを示す計画書 |
| 取締役会議事録・稟議書 | 会社内部での意思決定プロセスの記録 |
| 金融機関との協議記録 | 借入交渉・資金計画に関する銀行との面談記録・提案書 |
| 顧問税理士等の意見書 | 取引の合理性を裏付ける専門家意見 |
なお、通達189の柱書をクリアしても総則6項(財産評価基本通達6項)による評価否認リスクが残ります。形式上のクリアだけでは安心できません。
6.財産評価基本通達189の柱書 まとめ
| 論点 | ポイント |
| 対象となる特定評価会社 | 株式等保有特定会社(2)・土地保有特定会社(3)のみ |
| 規定発動の3要件 | ①課税時期前、②合理的理由なし、③判定回避目的 |
| 効果 | 変動前の資産構成に引き戻して判定 |
| 遡及期間 | 期間の限定なし(3年以上前でも対象になりうる) |
| 追加リスク | 通達189をクリアしても総則6項の適用リスクあり |
資産構成変更と総則6項の最新裁判例
株式等保有特定会社・土地保有特定会社と財産評価基本通達6項―令和6〜7年の動向―
近年、財産評価基本通達189の柱書アンチアボイダンス規定をくぐり抜けた場合でも、総則6項によって評価が否認される事例が相次いでいます。以下では注目裁判例・裁決を整理し、裁判所の判断枠組みを解説します。
7.資産構成変更と総則6項―最新裁判例―
株式等保有特定会社・土地保有特定会社と財産評価基本通達6項―令和6〜7年の動向―
(1)東京地裁 令和7年1月17日判決 ―納税者勝訴・通達尊重―
相続直前に資産管理会社が大型の第三者割当増資を実行し、新株発行によって株式等の保有割合を50%未満に引き下げ、株式等保有特定会社への該当を回避した事案です。
東京地裁は評価通達6項の適用を否定し、通達どおりの評価を維持すべきと判断。国側の通達によらない評価を「平等原則違反」と指摘しました。
※ 国側が控訴し、控訴審で逆転判決となっています。
(2)東京高裁 令和7年6月19日判決 ―1審逆転・総則6項適用―
上記の控訴審。東京高裁は1審の納税者勝訴部分を取り消し、評価通達6項に基づく純資産価額方式による評価を是認しました。
裁判所は、被相続人と相続人らが減税スキームを連日協議し、株式等保有特定会社該当を外す目的で資産構成を変更した事実を重視。「相続税の負担を減じさせることを知り、これを期待して行った行為」と認定しました。
1審と控訴審で結論が逆転した本件は、総則6項の適用が事実認定に大きく左右されることを示す重要事例です。
(3)松本特定評価会社(株特)回避事件 ―東京高裁判決―
被相続人が保有していた約40億円を資産管理会社への増資に充て、株式等保有特定会社から外れるよう資産構成を変更した事案です。
東京高裁は総則6項の適用を認め純資産価額方式を是認(納税者敗訴)。通達どおりの評価では約40億円の経済価値が適切に評価されない構造を問題視しました。
(4)国税不服審判所 令和6年3月25日裁決(金沢・比準要素数1回避事案)
比準要素数1の会社にならないよう資産構成を変更した事案で、総則6項適用の可否が争われました。審判所は合理的理由の有無・租税回避性を中心に検討しました(通達189の柱書の対象外である比準要素数1への6項適用が争点)。
8.裁判所が見ている主なポイント
| 判断要素 | 内容・着眼点 |
| ① 変更の時期 | 相続直前か。通常の投資判断として十分な期間と経緯があるか。 |
| ② 目的・動機 | 相続税負担の軽減を認識・期待していたか。専門家とスキームを協議していたか。メール・議事録が証拠となりうる。 |
| ③ 経済合理性 | 税負担以外の合理的な経済目的(事業拡大・リスク分散等)で説明できるか。 |
| ④ 著しい不公平の有無 | 通達どおりの評価で、本来評価されるべき経済価値が著しく過小になる構造か。 |
✅ 通達尊重(6項否定):通達の「穴」を突くにとどまり、実質的な経済価値の隠蔽構造がない場合。 ❌ 6項適用:通達の形式を利用して実質価値を大きく隠す構造があり、スキームとしての協議経過が証拠に残っている場合。
9.令和8年4月の有識者会議―評価ルールの抜本見直しへ―
⚠️ 注目:令和8年(2026年)4月20日、国税庁が「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」第1回を開催。昭和39年(1964年)の通達制定以来、最大規模の評価ルール見直しが始動しました。
有識者会議の概要
| 項目 | 内容 |
| 開催日 | 令和8年(2026年)4月20日(第1回) |
| 設置の契機 | 会計検査院の令和5年度決算検査報告における指摘(現行評価方式は「公平性が必ずしも確保されているとはいえない」) |
| 座長 | 佐藤英明 慶応大学大学院教授(租税法専門) |
| メンバー | 会計学・会社法の専門家、日本商工会議所、日本税理士会連合会の関係者等 |
| スケジュール(見通し) | 令和9年度税制改正大綱へ反映 → 令和10年(2028年)1月以降の相続から新ルール適用を目指す |
有識者会議で問題提起された主な論点
· 評価ルールは今後変わる
· スキームは封じられる方向
· 2028年ルール変更の可能性
第1回会議の公表資料では、以下の問題意識が明確に示されています。
① 総則6項の多用による納税者の予見可能性の低下
「財産評価基本通達6項の具体的な適用場面が納税者にとって明確になっているとは言えず、本来、申告納税方式の下では特に配慮されてしかるべき納税者の予測可能性の確保の点で納税者が不利益を被っている。したがって、通達の形式的適用が『実質的な租税負担の公平に反する』場面を生じさせないために、更に詳細な規定を財産評価通達に設けるべき。」(有識者会議 配布資料より)
総則6項は明確な適用基準がなく、国税当局の裁量に委ねられている点が長年問題視されてきました。有識者会議でもこの点を正面から取り上げ、通達レベルでの明確化が必要とされています。
② 恣意的な評価額圧縮スキームへの制度的対応
「近年、評価通達6項による評価に係る訴訟等が増加傾向にあり、こうした個別の対応について、納税者の予見可能性といった観点からの批判等があり、評価方法の明確化等が要請されている情勢。今般の見直しにおいては、恣意的に評価額を圧縮するスキームについても評価制度の見直しの一環として対応する必要がある。」(有識者会議 配布資料より)
現行では、株式等保有特定会社・土地保有特定会社の「外し」スキームに対して総則6項という個別対応しかできていませんでした。今後は通達自体にスキーム封じ込めの規定が盛り込まれる可能性があります。
③ 評価方式の抜本的見直し(昭和39年以来)
現行の評価通達は昭和39年(1964年)の制定以来、細部の改正はあるものの、類似業種比準方式・純資産価額方式・配当還元方式という基本骨格は変わっていません。
有識者会議では、M&Aにおける非上場株式の評価実務を踏まえた「マーケット・アプローチ」の導入可能性や、米国・諸外国の評価方式との比較も検討事項として示されています。
10.有識者会議が実務に与える影響
(1)令和10年(2028年)から新ルール適用の可能性
令和9年度(2027年)税制改正大綱で方向性が示され、令和10年(2028年)1月以降の相続・贈与から新評価ルールが適用されると見られています。事業承継・相続対策の長期スキームを組んでいる場合、この時期を見越した見直しが必要です。
(2)株式等保有特定会社・土地保有特定会社の「外し」スキームは一段と困難になる可能性
有識者会議が「恣意的な評価額圧縮スキームへの対応」を明示した以上、通達改正によって189条の柱書アンチアボイダンス規定が強化・拡充されるか、または総則6項の適用基準が明文化される可能性が高まっています。
(3)総則6項の明確化は「両刃の剣」
総則6項の適用基準が明確化されれば、納税者の予見可能性は向上します。しかし一方で、これまでは「グレーゾーン」として許容されてきた評価圧縮の手法が、明確に「アウト」と規定されるリスクもあります。改正内容を注視することが不可欠です。
(4)事業承継税制との整合性
有識者会議では、法人版事業承継税制の見直しとも連動した議論が想定されています。事業承継税制を活用している中小企業にとっても、株式評価の変化は直接的な影響があります。
まとめ(裁判例・有識者会議 一覧)
| 裁判例・動向 | 結論 | キーポイント |
| 東京地裁 令和7年1月17日 | 納税者勝訴 | 6項適用否定。平等原則違反と指摘。 |
| 東京高裁 令和7年6月19日 | 国側勝訴(6項適用) | 連日の節税協議・スキーム立案の事実を重視。 |
| 松本株特回避事件(東京高裁) | 国側勝訴(6項適用) | 約40億円の経済価値が通達評価に反映されない構造。 |
| 国税不服審判所 令和6年3月25日 | 比1回避・審理 | 合理的理由・租税回避性を中心に審理。 |
| 有識者会議 令和8年4月20日(第1回) | 評価通達 抜本改正へ | ①総則6項の明確化、②スキーム対応の制度化、③令和10年新ルール適用を目指す |
令和7年の高裁判決に続き、令和8年4月の有識者会議でも資産構成変更スキームへの問題意識が正面から取り上げられました。今後は通達改正によって制度的な「スキーム封じ」が進む可能性が高いと見られます。事業承継・相続対策の計画がある場合は、令和10年の新ルール適用を見越した早めの対応が重要です。“外し”はできるかではなく、否認されないかが重要です
実務で判断が分かれる論点です
・株特判定
・総則6項リスク
・事業承継スキーム
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