自己株取得とみなし配当課税|措法9の7の適用可否と配偶者特例の落とし穴

自己株取得とみなし配当課税|措法9の7の適用可否と配偶者特例の落とし穴
目次

はじめに

非上場会社のオーナー株主が、自分の会社(発行会社)に株式を売却するケースが増えています。

事業承継、相続人からの株式集約、退職オーナーからの買い戻し――その背景はさまざまですが、いずれの場合も税務上の取り扱いは通常の株式譲渡とは大きく異なります


⚠️ はじめに必ずお読みください

「会社が相続人から株を買い取るのだから、譲渡所得課税で20%程度の税金だろう」と思っていませんか?

これは大きな誤解です。

個人が発行会社(自社)に株式を売却する場合、原則としてみなし配当課税が適用されます。みなし配当は配当所得として総合課税の対象となり、他の所得と合算されて最高55%の税率が課される可能性があります。

「会社に株を売れば譲渡所得で済む」と聞いていたのに、後から高額の配当課税が発生したと気づく――このようなケースを防ぐために、この記事をぜひ最後までお読みください。


この記事では、個人株主が発行会社に非上場株式を売却した場合の課税関係を、原則と特例に分けて解説します。


【論点マップ】本記事の全体像

本論点は次の3つに整理されます。

① 自己株取得時の課税構造
  みなし配当(総合課税・最高55%)vs 譲渡所得(申告分離20.315%)
  → 原則はみなし配当。「譲渡所得で済む」は誤解。

② 措法9の7の適用可否(最大の分岐点)
  相続人に「納付すべき相続税額」があるか?
  → YES:みなし配当を排除し全額譲渡所得へ転換
  → NO :原則どおりみなし配当(総合課税)

③ 時価からの乖離による別課税
  適正時価での取引を前提とした①②に加え、
  価格設定を誤ると高額譲渡・低額譲渡・株主間贈与等の
  別論点が発生する

【最大の分岐】措法9の7が使えるかの判断

相続人に「納付すべき相続税額」があるか?
         │
     ┌──────┴──────┐
    YES         NO
     ↓         ↓
 措法9の7の     原則どおり
 適用可能性あり   みなし配当課税
 (全額・譲渡所得) (総合課税・最高55%)
     ↓
 さらに要件確認
 ・申告期限から3年以内か
 ・届出書を発行会社へ提出したか
 ・対象株式が課税価格に算入されているか

⚠️ 配偶者の税額軽減で相続税がゼロになった配偶者は「NO」に該当します。多額の財産を相続していても特例は使えません。


法人が株主へ資産を交付する場面では、その交付額を2つの部分に分けて考えます。

部分内容課税
資本金等の額に対応する部分出資した元本の返還株式の譲渡収入として処理
それを超える部分法人が蓄積した利益の分配みなし配当として課税

つまり、株主が受け取る対価のうち、「自分が出資した元本(資本金等の額)に対応する部分を超えた金額」=みなし配当となります。

会社が長年かけて蓄積してきた利益積立金が株主へ流れ出る部分を、「配当と実質的に同じ」とみなして課税するのです。


2. 原則:みなし配当課税の計算方法

計算の流れ

個人株主が発行会社に株式を売却した場合、対価は次のように分解されます。

受取対価(例:1株10,000円)
  │
  ├── 資本金等の額に対応する部分(例:1株7,000円)
  │        └→ 【譲渡収入】として扱う
  │
  └── それを超える部分(例:1株3,000円)
           └→ 【みなし配当】として配当課税

具体的な計算例

以下の条件で考えてみます。

  • 1株当たりの譲渡価額:10,000円
  • 1株当たりの資本金等の額:7,000円
  • 1株当たりの取得価額(帳簿価額):3,000円

① みなし配当(配当所得)

10,000円 - 7,000円 = 3,000円

② 譲渡所得

(10,000円 - 3,000円)- 3,000円 = 4,000円

※みなし配当部分(3,000円)を除いた7,000円が譲渡収入となり、そこから取得価額(3,000円)を差し引きます。

各所得の課税方法

みなし配当部分(3,000円)

非上場株式のみなし配当は総合課税のみが適用され、申告分離課税は選べません。

他の所得と合算されるため、給与所得などが多い方は最高税率55%(所得税45%+住民税10%)が適用される可能性があります。

なお、発行法人は20.42%の源泉徴収を行い、翌月10日までに納付する義務があります。配当控除の適用はあります。

譲渡所得部分(4,000円)

申告分離課税で、税率は20.315%(所得税15.315%+住民税5%)です。


2-1低額譲渡のみなし配当計算 

低額譲渡の場合のみなし配当の計算事例

❶ 低額譲渡とは

発行法人が個人株主から**自己株式を取得する際の対価が「著しく低い価額」**である場合、通常の譲渡とは異なる課税上の取扱いが適用されます。

「著しく低い価額」かどうかの判定は、所得税基本通達59-3に基づき、当該自己株式等の時価の2分の1未満の対価による譲渡がこれに該当します。


❷ 適用される規定の概要

所得税法第59条第1項第2号は、贈与等の場合の譲渡所得等の特例を定めており、著しく低い価額で資産を譲渡した場合に、時価で譲渡したものとみなして課税所得を計算します。

ただし、発行法人への自己株式の低額譲渡の場合は、措置法第37条の10第3項第5号により、まずみなし配当額を控除した金額が一般株式等または上場株式等に係る譲渡所得等の収入金額とみなされます(通達37の10・37の11共-22)。


❸ 計算の手順

【前提】

項目金額
当該自己株式等の時価220万円
譲渡価格(実際の対価)100万円
資本等の額(1株対応分)70万円

【STEP 1】 低額譲渡の判定

時価 220万円 × 1/2 = 110万円 譲渡価格 100万円 < 110万円

→ 著しく低い価額に該当するため、所税59条1項2号が適用されます。


【STEP 2】 みなし配当額の計算

みなし配当は、実際の譲渡価格から資本等の額を控除した金額です。

みなし配当額 = 譲渡価格 100万円 ー 資本等の額 70万円 = 30万円

この30万円は、配当所得(または総合課税の雑所得等)として課税されます。


【STEP 3】 譲渡所得等の収入金額の計算

所税59条1項2号が適用されるため、時価を基準に収入金額を計算しますが、みなし配当額を控除します。

収入金額 = 時価 220万円 ー みなし配当額 30万円 = 190万円

この190万円の内訳は次のとおりです。

区分金額内容
A(みなし譲渡部分)120万円時価220万円 ー 譲渡価格100万円
B(実際の譲渡部分)70万円資本等の額相当
合計(収入金額)190万円A + B

【STEP 4】 譲渡所得の課税計算

譲渡所得 = 収入金額 190万円 ー 取得費・譲渡費用


❹ 留意点

低額譲渡該当の判定は譲渡時点の時価が基準となるため、評価額の算定時期に注意が必要です。

「当該自己株式等の時価」は、**所基通59-6《株式等を贈与等した場合の「その時における価値」》**により算定します。取引相場のない株式の場合は財産評価基本通達に準じた評価額となります。

みなし配当部分(30万円)は源泉徴収の対象となり、発行法人には支払調書の提出義務があります。

3. みなし配当課税の問題点

非上場株式のみなし配当課税には、大きな落とし穴があります。

上場株式の場合、みなし配当も含めて申告分離課税(20.315%)が選択できます。しかし非上場株式は総合課税一択であるため、課税される税率がまったく異なります。

仮に会社の純資産が大きく積み上がった場合、みなし配当額が数千万円規模になることもあります。その全額が総合課税となれば、55%近い税率が適用されてしまいます。

長年かけて法人税を支払った後の利益が株主に還流する際に、さらに55%の税金がかかるのは、相当な負担と言えます。

こうした問題を解決するのが、次の「相続後3年以内の特例」です。


4. 特例:相続後3年以内の譲渡所得課税(措法9の7)

特例の概要

租税特別措置法9条の7では、一定の要件を満たす場合に、みなし配当課税を排除して全額を譲渡所得として扱う特例が設けられています。

適用要件

要件内容
対象者相続税の負担がある相続人(相続税額がゼロの方は対象外)
対象株式相続税の課税対象となった非上場株式
譲渡先その株式の発行会社であること
期間相続税の申告期限から3年以内
手続き「みなし配当課税の特例に関する届出書」の提出

特例適用後の課税

先ほどの計算例で比較すると、違いは一目瞭然です。

原則(みなし配当課税あり)特例(措法9の7)
みなし配当部分 3,000円総合課税(最高55%)譲渡所得へ転換
譲渡所得部分 4,000円申告分離20.315%申告分離20.315%
合計利益7,000円二段階の課税20.315%一本

特例を適用すると、みなし配当の概念がなくなり、譲渡収入全体から取得費を控除した金額が一律20.315%の申告分離課税となります。


5. 措法39条(相続税額の取得費加算)との組み合わせ

措法9の7の特例と組み合わせることで、さらなる節税効果が得られます。

取得費加算の仕組み

相続で取得した財産を売却すると、相続税と譲渡所得税の二重課税が生じます。そこで支払った相続税のうち売却した財産に対応する部分を取得費に加算できる制度が措法39条です。

加算できる相続税額の計算式:

加算額 = その者の相続税額 × 譲渡資産の相続税評価額
                              ─────────────────────────────────
                              その者の相続税課税価格 + 債務控除額

計算例(両特例の組み合わせ)

項目金額
譲渡収入10,000万円
取得費(相続税評価額)△3,000万円
取得費加算額(措法39条)△600万円
課税される譲渡所得6,400万円
税率20.315%

みなし配当課税(総合課税・最高55%)を回避しつつ、さらに取得費加算で課税所得を圧縮するという二段階の節税が実現します。


6. 適用期間の確認(混同注意)

両特例とも「申告期限から3年以内」ですが、細部が異なります。

特例起算点期限
措法9の7(みなし配当排除)相続税の申告期限3年以内
措法39条(取得費加算)相続税の申告期限の翌日3年以内

相続税の申告期限は相続開始から10ヶ月です。たとえば令和6年4月に被相続人が亡くなった場合、申告期限は令和7年2月となり、特例の適用期限は令和10年2月(または翌日起算)となります。


7. 実務上の重要チェックポイント

発行法人(買主)側の義務

発行法人には次の義務が生じます。

  • みなし配当額に対して20.42%の源泉徴収を行い、翌月10日までに納付
  • 「配当等とみなす金額に関する支払調書」を翌年1月31日までに税務署へ提出

届出書の提出を忘れずに

措法9の7の特例を適用するためには、「みなし配当課税の特例に関する届出書」の提出が必須です。

手続きの流れ:

① 売主(相続人)が届出書に必要事項を記載
  ↓
② 発行会社(株式を買い取った会社)に提出
  ↓
③ 発行会社が自社の所轄税務署へ提出
  (株式を譲り受けた年の翌年1月31日まで)

届出書は売主が税務署へ直接提出するのではなく、発行会社へ渡すのが基本です。その後の税務署への提出は発行会社が行います。届出書を期限内に提出しないと特例は適用されず、原則どおりのみなし配当課税に戻ってしまいます。

相続税の負担がない方は対象外

相続財産が基礎控除内に収まり、相続税額がゼロの相続人は、この特例を使えません。原則どおりの課税(みなし配当+譲渡所得)となります。

なお、配偶者の税額軽減(相法19の2)の適用によって相続税額がゼロとなった配偶者も、この特例の対象外となります。多額の財産を相続した配偶者であっても、税額軽減の結果として納付すべき相続税額がなくなれば、措法9の7は適用できません。

配偶者が非上場株式を相続し、発行会社への売却を検討している場合は、税額軽減前の相続税額がどうなっているかを事前に必ず確認する必要があります。


7-2. 実務で起きているミス事例:「相続後に会社が買い取る」話が招く落とし穴

よくある場面

相続が発生した後、会社(発行会社)のオーナーや後継者から相続人へこのような話が持ちかけられることがあります。

「お父さんの株、会社で買い取りますよ。譲渡所得で税金も20%程度で済みますから」

一見、相続人にとってありがたい提案に聞こえます。しかし、この説明のまま手続きを進めると、深刻な課税ミスが発生するケースが実務上報告されています


ミスが起きる典型的なパターン

前提となるケース

  • 被相続人(父)が非上場会社の株式を保有
  • 相続人は配偶者(母)と子
  • 配偶者の税額軽減により、母の相続税額はゼロ
  • 子は相続税を一定額納付

会社が母から株式を買い取った場合

母(配偶者) → 発行会社へ株式売却

 ↓

「措法9の7の特例が使える」と思っていたが…

 ↓

母の相続税額=ゼロ(配偶者の税額軽減)
 → 特例の要件「納付すべき相続税額のある者」を満たさない

 ↓

特例は適用不可
 → 原則どおりみなし配当課税(総合課税・最高55%)が発生!

なぜミスが起きるのか

誤った思い込み正しい理解
相続で取得した株を会社に売れば譲渡所得原則はみなし配当課税(総合課税)
相続人なら誰でも措法9の7が使える納付すべき相続税額がある者のみ
配偶者は多額の財産を相続したから当然対象税額軽減でゼロになれば対象外
「会社に売る」話をした時点で安心届出書の提出手続きが必須

このミスが与えるダメージ

仮に株式の買取価額が5,000万円、資本金等の額が500万円だった場合:

みなし配当 = 5,000万円 - 500万円 = 4,500万円

総合課税(最高税率55%)で課税
 → 税額 約2,475万円

特例が使えていれば…
 → 譲渡所得20.315% 約915万円

差額 約1,560万円 の追加課税

「会社に売れば大丈夫」という説明を信じて手続きを進めた結果、想定外の税負担が発生し、納税資金の準備すら間に合わないという深刻な事態になりかねません。


防ぐためのチェックポイント

自己株取得の話が出た時点で、必ず以下を確認してください。

  • [ ] 売主(相続人)に納付すべき相続税額があるか
  • [ ] 配偶者の税額軽減・未成年者控除等の適用後も税額が残っているか
  • [ ] 相続税の申告期限から3年以内
  • [ ] 譲渡する株式が相続税の課税価格に算入されているか
  • [ ] 届出書を発行会社へ提出する手続きを行ったか

相続人が複数いる場合、同じ相続でも特例が使える人・使えない人が混在することがある点も見落としがちです。


7-3. 適正時価からはずれた場合の課税問題:高額譲渡・低額譲渡

以上①②は適正時価での取引を前提とした整理である。実務上は、価格設定を誤ると別論点(高額譲渡・低額譲渡・株主間贈与等)が発生するため、以下で整理する。

自己株の買取価額が適正な時価と大きくかけ離れている場合、みなし配当課税とは別の課税問題が発生します。


① 高額譲渡(時価より高く売った場合)

売主(個人株主)への課税

発行会社が時価を大きく超える価格で自己株を取得
 ↓
超過部分は「法人からの経済的利益の供与」とみなされる
 ↓
 ・一般の個人株主 → 一時所得(法人からの贈与として)
 ・役員・従業員  → 給与所得
 ・退職する役員  → 退職所得

発行会社への課税

超過部分の性格
 ・一般の株主への供与 → 寄附金(損金算入制限あり)
 ・従業員への供与   → 給与(損金算入可)
 ・役員への供与    → 役員賞与(損金不算入)

実務上の急所: 役員が株主である場合に高額で買い取ると、発行会社では役員賞与=損金不算入となり、売主・会社の双方で課税のダブルパンチになります。


② 低額譲渡(時価より安く売った場合)

売主(個人株主)への課税

所得税法59条・同施行令169条により、次のルールが適用されます。

譲渡価額課税される金額
時価の1/2以上実際の譲渡価額で課税
時価の1/2未満時価で譲渡したものとみなして課税

さらに、同族会社への低額譲渡の場合は注意が必要です。

【所法157条・所基通59-3】
同族会社の行為または計算の否認に該当する場合
 → 時価の1/2以上であっても時価課税が行われる

ただし、所法157条(行為計算の否認)には発動要件があります。単に時価より低い価額で売ったというだけで自動的に否認されるわけではなく、「同族会社の行為または計算が、これを容認した場合に法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるとき」という要件を満たす必要があります。

【所法157条の発動要件のイメージ】

同族会社への低額譲渡
 ↓
① 同族会社の行為・計算であること
② その行為・計算を容認すると
  税負担が不当に減少する結果となること
 ↓
両方の要件を満たして初めて否認が発動

この要件の充足・不充足は個別の事情によって判断が異なり、一律に「同族会社だから否認される」とはなりません。

⚠️ 所法157条の行為計算の否認が適用されるかどうかは、取引の経緯・目的・価格の合理性など個別の事実関係を総合的に判断する必要があります。自己株の低額譲渡を検討する場合は、この点も含めて事前に専門家へご相談されることをお勧めします。


⑥ 価格交渉が決裂した場合:裁判所による価格決定

当事者間の価格交渉がまとまらない場合、最終的な解決手段として裁判所による売買価格の決定という制度があります。

譲渡制限株式について発行会社等による買取請求がなされた場合、売買価格の協議が不調に終わったときは、裁判所に対して売買価格決定の申立てを行い、裁判所が価格を決定します(会社法144条)。

当事者間の価格交渉
 ↓
協議不調
 ↓
裁判所へ売買価格決定の申立て
 ↓
裁判所が公平・中立な立場で価格を決定

税務上の意義

裁判所が決定した価格は、第三者である裁判所が公平・中立な立場で算定したものです。当事者間の恣意性が介入する余地がないため、税務上も適正時価として認められると考えられます

同族会社間の取引で価格の合理性が問われやすい場面において、裁判所の決定価格という客観的な根拠は、税務上の安全性という観点からも有効な選択肢となりえます。

ただし、裁判所への申立ては時間・費用・労力を要する手続きです。実務上はまず当事者間での適正な価格交渉・合意を目指し、交渉記録を残すことが優先されます。裁判所による価格決定はあくまで最終手段として位置づけられます。

発行会社への課税

自己株の取得は資本等取引に該当するため、発行法人への直接課税は原則ありません


③ 残存株主への課税(株主間贈与として整理する)

低額での自己株取得における残存株主への課税問題は、「発行会社から残存株主への贈与」ではなく、**「売主株主から残存株主への株主間贈与」**として理論的に整理するのが正確です。


課税の順序:個人の譲渡課税が先・贈与課税は後

この論点を理解するうえで、課税の発生順序を正確に押さえておくことが重要です。

【個人(売主)の課税】 ← 先に発生
 低額譲渡の時点で
 売主にみなし譲渡課税(所法59条)
   ↓
【残存株主へのみなし贈与課税】 ← 後に発生
 同じ譲渡の時点を起因として
 残存株主に贈与税課税(相法9条)

この順序は通達にも明示されています(相基通9-2の贈与の取得時期:「財産の譲渡があった時」)。売主の譲渡課税が先行し、それと同じ時点を起因として残存株主へのみなし贈与が発生するという構造です。税理士試験においても当然の前提として扱われる基本的な理解です。

法人株主の場合も同様の順序で理解しますが、法人については通達に明文の定めはなく、解釈上、個人の場合と同様の取り扱いとされています。


同族株主の判定タイミング:「税金を払う側で判定する」

譲渡・贈与・相続それぞれで同族株主の判定タイミングが異なります。これを正確に覚えるための実務的な考え方があります。

「税金を払う側の立場・タイミングで判定する」

課税の種類税金を払う者判定タイミング
譲渡所得課税(みなし譲渡・所法59条)売主(譲渡人)譲渡前の売主の持株割合で判定
贈与税(みなし贈与・相法9条)受贈者受贈後の受贈者の立場で判定
相続税相続人相続後の相続人の立場で判定
【譲渡所得】
 売主が税金を払う
  ↓
 売主の立場で判定
  ↓
 譲渡前の持株割合で同族株主かどうかを判断
 (タキゲン事件・最高裁R2で確立)

【贈与税・相続税】
 受贈者・相続人が税金を払う
  ↓
 受け取る側の立場で判定
  ↓
 受贈後・相続後の持株割合で判断

この考え方を使えば、「譲渡後は持株割合が下がるから少数株主として配当還元価額で売れる」というスキームがなぜ否定されるのかも明快に理解できます。

譲渡所得課税 → 売主が税金を払う → 譲渡前の売主の立場で判定
 ↓
譲渡前の持株割合が支配株主水準(22.79%)
 ↓
原則評価が時価 → 低額譲渡に該当
 ↓
「譲渡後に15%以下になる」は無関係

売主(個人)が低額で発行会社へ譲渡
 ↓
売主が手放した経済的価値が
残存株主の株式価値増加として帰属
 ↓
実質的に「売主→残存株主」への経済的利益の移転
 ↓
【株主間贈与】の問題

残存株主が個人の場合

株主間贈与(相法9条の適用問題)
 ↓
残存株主の株式価値増加分について
みなし贈与課税の可能性(相基通9-2)

ただし、令和4年東京地裁判決は、自己株取得では発行会社の純資産が増加しないため、相基通9-2の前提(会社純資産の増加)を満たさず、みなし贈与課税の適用は困難と判示しています。

また、残存株主が少数株主である場合は、配当還元価額ベースの評価となるため、自己株取得前後で株価差が生じにくく、実務上みなし贈与課税が発動しないことがほとんどです。

【残存株主が少数株主の場合】
配当還元価額ベース → 取得前後の株価差が小さい
 → みなし贈与課税はほぼ発生しない

残存株主が法人の場合

株主間贈与(経済的利益の移転)
 ↓
法人が保有する株式の価値が増加(含み益の発生)
 ↓
しかし…

法人税法上、有価証券の含み益は
実現するまで課税所得として認識しない
(通達の明文規定はないが、個人と同様の取り扱い)

 ↓
∴ 自己株低額取得の時点では課税なし
 → 株式を売却等した実現時に課税所得に算入

法人株主への課税は「ない」のではなく、課税が繰り延べられるという整理です。


個人・法人の比較

残存株主理論的構成課税タイミング実務上の発生頻度
個人(同族株主)株主間贈与→相法9条取得時点(ただし適用困難との見方も)不確定
個人(少数株主)株主間贈与→相法9条取得時点ほぼ発生しない
法人含み益は非認識(通達規定なし・解釈上同様)売却等の実現時実現まで課税なし

残存株主への課税問題の本質は「発行会社から贈与を受けた」ではなく「売主から株主間贈与を受けた」という構成です。残存株主が法人の場合は、法人税法における有価証券の含み益非認識の原則(通達規定なし・解釈上個人と同様)により、自己株取得の時点では課税問題は生じません。


④ トリプル課税の危険性

みなし配当の課税を抑えようとして意図的に低い価格で取引すると、3つの課税が同時に発生する「トリプル課税」の状態に陥ることがあります。

      低額での自己株取得
          │
  ┌────────┼────────┐
  ↓       ↓       ↓
【売主】   【売主】   【残存株主】
みなし配当  みなし譲渡  みなし贈与
(総合課税) (時価課税) (贈与税)

この状態を避けるための唯一の方法は、適正時価での取引です。


⑤ 時価はどう決まるか(売主と発行会社で評価方法が異なる「一物二価」)

非上場株式の税務上の時価は、売主が誰か・発行会社がどう評価するかによって異なります。同じ株式なのに売主と買主で時価が異なる「一物二価」の状態が生じます。


ケース1:少数株主(支配力のない株主)→ 発行会社

立場評価方法根拠
売主(個人・少数株主)配当還元方式所基通59-6
発行会社(買主)原則評価(類似業種比準等)法基通4-1-6

売主である少数株主の時価は配当還元方式(低い価額)、買主である発行会社の時価は原則評価(高い価額)となります。

【イメージ】
 原則評価  100,000円 ← 発行会社の時価(通達上の読み)
         ↑
        (差)
         ↓
 配当還元   10,000円 ← 売主(少数株主)の時価

ここで重要な実務上のポイントがあります。

法基通4-1-6は通達の文言上は原則法(原則的評価方式)を示しているように読めますが、実際には当事者間で成立した取引価額(市場価格)が是認されます。

少数株主と発行会社との間で価格交渉が行われ、独立当事者間で合意された取引価額であれば、それ自体が客観的な取引実態・市場価格として尊重され、低額譲渡の問題にはなりにくい取り扱いです。

つまり、少数株主→発行会社の場合は次のように整理できます。

原則評価(類似業種比準等) 100,000円 ← 上限
        │
        │ ← ストライクゾーン(取引価額の許容範囲)
        │   当事者間の価格交渉・合意による取引価額が
        │   この範囲内であれば課税問題になりにくい
        │
配当還元方式  10,000円 ← 下限

**配当還元方式による評価額から原則的評価方式による評価額までの範囲がいわば「ストライクゾーン」**となります。当事者間で価格交渉を行い、この範囲内で取引価額が決まっていれば、売主・発行会社の双方で課税問題は起きにくいといえます。

逆に言えば、次のような場合は注意が必要です。

取引価額問題
配当還元額未満売主に低額譲渡課税のリスク
原則評価額売主に高額譲渡(一時所得等)、発行会社に寄附金課税のリスク

少数株主→発行会社の自己株取得では、配当還元評価と原則評価の間のストライクゾーンで取引価額を設定し、当事者間の合意プロセスを明確にしておくことが実務上の鉄則です。


ケース2:支配株主(同族株主)→ 発行会社

立場評価方法根拠
売主(個人・支配株主)原則評価所基通59-6
発行会社(買主)原則評価(+市場価格是認)法基通4-1-6

支配株主の場合、売主は原則評価が基準となります。発行会社側は法基通4-1-6により市場価格が是認されますが、支配株主との取引は当事者間の独立性・交渉の対等性が担保されにくいため、市場価格としての合理性が認められにくい場面もあります。

少数株主と異なり、売主・発行会社の双方が原則評価を基準とするため、ストライクゾーンは原則評価の評価額周辺に絞られます。

                   ← 高額譲渡リスク
                   (一時所得・寄附金)
            ─────────
原則評価(類似業種比準等) 100,000円 ← ストライクゾーン(狭い)
            ─────────
                   ← 低額譲渡リスク
                   (みなし課税・同族否認)

少数株主のケースと比較すると、許容される価格の幅が格段に狭くなります。

少数株主→発行会社支配株主→発行会社
ストライクゾーン配当還元額~原則評価額(広い原則評価額の周辺(狭い
価格の自由度相対的に高い相対的に低い
低額譲渡リスク起きにくい直結しやすい
高額譲渡リスク起きにくい直結しやすい

同族株主(支配株主)が発行会社へ自己株を売却する場合、ストライクゾーンは原則評価額の水準にほぼ限定されます。ただし、当事者間で個別に価格交渉を行い、その交渉過程の記録が残っている場合は、原則評価額から多少外れた取引価額であっても市場価格として是認されると解釈されています。

したがって、同族株主が発行会社に自己株を売却する際の実務上のポイントは次のとおりです。

① 事前に原則評価(類似業種比準・純資産価額等)で適正時価を算定
   ↓
② 算定した時価をベースに当事者間で価格交渉を実施
   ↓
③ 交渉の経緯・合意に至るプロセスを書面等で記録
   ↓
④ 記録に基づく取引価額であれば是認されやすい

交渉記録として残しておくべきもの(例)

  • 株式評価報告書(評価の根拠を示す書類)
  • 取締役会議事録・株主総会議事録
  • 価格提示・交渉のやり取りを示すメモ・メール等
  • 株式譲渡契約書(価格決定の経緯を明記)

「適正評価額を算定したうえで交渉した」という事実の記録が、税務調査における最大の防衛策になります。

⚠️ ただし、個別交渉の記録があれば必ず是認されるというものではなく、取引価額の合理性については個別の事情により税務上の判断が異なる場合があります。同族株主が発行会社へ自己株を売却する場面は課税リスクが複合的に絡み合うため、事前に専門家へご相談されることを強くお勧めします。


同族株主かどうかの判定タイミング

同族株主かどうかの判定は株式譲渡前の段階で行います(最高裁令和2年3月24日判決・タキゲン事件)。

「譲渡後は持株割合が下がるから少数株主として配当還元価額で売れる」という考え方は通用しません。譲渡直前の議決権割合で判定されます。


少数株主・支配株主の比較まとめ

少数株主→発行会社支配株主→発行会社
売主の時価配当還元(低)原則評価(高)
発行会社の時価原則評価(高)原則評価(高)
低額譲渡リスク低い(一物二価の差が緩衝)高い(双方同じ基準)
価格交渉の効果適正価格と認められやすい原則評価との乖離が問題に

高額・低額譲渡の課税まとめ

売主(個人)発行会社残存株主
高額譲渡一時所得・給与・退職所得寄附金・給与(役員は賞与=損金不算入)原則なし
適正価格みなし配当+譲渡所得課税なし(資本等取引)課税なし
低額(1/2未満)時価でみなし課税(所法59)課税なしみなし贈与の可能性
低額(同族・157条)1/2以上でも時価課税リスク課税なしみなし贈与の可能性

自己株の取引は、売主・発行会社・残存株主の三者全員の課税関係を事前に検討したうえで、適正時価で行うことが鉄則です。


9. 参考判例:低額譲渡をめぐる重要裁判例

自己株式の低額取得に関連する課税問題は、複数の裁判例によって論点が整理されてきました。


① 最高裁 令和2年3月24日(タキゲン事件)集民263号63頁

結論:時価判定は譲渡前の売主の立場で行う。譲渡後の持株割合変動は考慮しない。

非上場会社の代表取締役が保有株式(議決権15.88%)を配当還元方式(1株75円)で関連会社へ譲渡。課税庁は類似業種比準方式(1株2,505円)が時価として低額譲渡と認定。

最高裁は「譲渡所得課税の本質は手放した資産の増加益への課税であり、時価の判定は譲渡直前の譲渡人の立場で行う」と判示。譲渡前の議決権割合22.79%(親族含む)で同族株主と判定され、原則評価が時価と確定。

「譲渡後に持株が下がるから配当還元価額で売れる」というスキームを最高裁が明確に否定した判決。


② 東京地裁 令和4年2月14日(三者間低額売買・TAINS Z888-2419)

結論:自己株の低額取得では発行会社の純資産が増加しないため、残存株主へのみなし贈与課税(相法9条)の適用は困難。

父が低額で同族会社に自己株式を譲渡。課税庁は残存株主(長男)へのみなし贈与課税を発動せず、別論点で課税した事案。

裁判所は「相基通9-2のみなし贈与は会社の純資産が増加する場合を前提とする。自己株取得では純資産は増加しない」と整理。自己株の低額取得における残存株主へのみなし贈与課税には理論的障壁があることを示した。

ただし最高裁の判断は未確定。実務上はリスクとして認識すべき論点。


③ 東京地裁 平成19年1月31日(確定)

結論:相法7条のみなし贈与は、親族等の特殊関係・租税回避の意図を問わず、対価と時価の著しい差額があれば適用される。

非上場会社の代表取締役が、特殊関係のない少数株主から著しく低い対価で自社株を取得。相法7条のみなし贈与として贈与税が課された事案。

「第三者間取引だからみなし贈与にならない」は誤り。差額が著しければ適用される。


④ 東京高裁 平成27年4月22日

結論:相法9条は、経済的利益の移転の事実があれば足りる。贈与契約不要・租税回避の意図も不要。

形式を問わず実質的な経済的利益の移転があれば相法9条が発動する原則を確認した判決。


判例一覧

判例結論(太字)
最高裁R2・タキゲン時価判定は譲渡前の立場。配当還元スキームは否定。
東京地裁R4・三者間低額自己株取得では純資産増加なし→残存株主への9条適用困難。
東京地裁H19・確定相法7条は主観・関係性不問。差額が著しければ適用。
東京高裁H27相法9条は経済的利益の移転で足りる。契約不要。

⚠️ いずれの論点も個別の事実関係により判断が左右されます。自己株式の取得を検討する際は、必ず事前に専門家へご相談ください。


10. まとめ

個人株主が発行会社に非上場株式を売却する場合の課税関係を整理すると、次のとおりです。

原則(①みなし配当課税)

  • 対価のうち資本金等の額を超える部分 → 配当所得(総合課税・最高55%)
  • 残りの部分から取得費を差し引いた額 → 譲渡所得(申告分離20.315%)
  • 発行法人は20.42%の源泉徴収義務あり

特例(②措法9の7・相続後3年以内)

  • みなし配当課税を排除し、全額を**譲渡所得(申告分離20.315%)**として課税
  • 措法39条(相続税額の取得費加算)と組み合わせれば課税所得をさらに圧縮可能
  • 届出書を発行会社へ提出することが必要

⚠️ 「譲渡所得で済む」は原則ではありません

改めて強調しておきたい重要な点です。

発行会社が相続人から自己株式を買い取る際、何も手続きをしなければ原則どおりみなし配当課税が適用されます。「会社に売るのだから譲渡所得のはず」という思い込みは危険です。

措法9の7による譲渡所得への転換は、あくまでも一定要件を満たした場合の特例です。要件を確認せずに「譲渡所得で20%程度」と説明してしまうと、後から高額のみなし配当課税が発生し、大きなトラブルになりかねません。

また、配偶者の税額軽減によって相続税がゼロになった配偶者は、この特例を利用できない点にも注意が必要です。


相続税の申告と同時に「この特例が使えるか」を検討することが、相続人の皆さまにとって大きな節税につながります。

自己株式の取得は、適正な株式評価と出口戦略の設計が不可欠です。非上場株式の評価・相続税申告・譲渡に関するご相談は、当事務所までお気軽にどうぞ。


税理士法人松野茂税理士事務所
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