取引相場のない株式評価の見直し|有識者会議第2回から考える「税務評価」とM&A価格の違い

取引相場のない株式評価の見直し|有識者会議第2回から考える「税務評価」とM&A価格の違い

税理士法人松野茂税理士事務所 松野茂


国税庁は2026年5月11日、「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」の第2回を開催し、資料を公表しました。

財産評価基本通達における非上場株式の評価方式について、昭和39年の通達制定以来、制度全体に関わる本格的な見直しが議論されています。相続・事業承継を専門とする税理士として、この議論を注視しています。

しかし第2回の委員発表を読んで、一つの根本的な疑問が拭えませんでした。

「評価の目的」が異なるのに、その違いを整理しないまま議論が進んでいるのではないか――。

第2回資料を読んで率直に感じたのは、「公平な評価」を検討する会議であるはずが、現時点では、各委員が自らの専門分野から非上場株式評価を論じる研究発表会のようになっているのではないか、という点です。

そもそも、現行の類似業種比準価額方式は、上場会社の株価を基礎として非上場株式を評価する方式です。したがって、M&A価格との乖離だけを根拠に「相続税評価が低すぎる」と論じるのであれば、単に乖離率の大きさを示すだけでは足りません。上場会社株価に比準するという現行方式の中で、どの要素が評価額を大きく押し下げているのかを具体的に検証する必要があります。

税法、会社法、M&A実務という各分野の知見は重要ですが、それぞれの評価目的を整理しないまま議論すると、相続税評価とM&A価格、さらには会社法上の公正価格までが同じ土俵で比較されてしまいます。
その検証を抜きにして、M&A価格との乖離率だけを強調すると、相続税評価とM&A価格という異なる評価目的を混同することになりかねません。

結論からいえば、税務上の評価額、会社法上の公正価格、M&Aにおける交渉価格は、同じ会社の株式であっても一致する必要はありません。むしろ、それぞれの評価目的が異なる以上、価格が異なるのは当然です。問題にすべきなのは、M&A価格との差ではなく、税務評価の内部で恣意的な評価圧縮が可能になっている点だと考えます。

今回は、資料の内容を丁寧に確認しながら、実務家の立場から率直に意見を述べたいと思います。


国税局 資料

第1回有識者会議(令和8年4月20日) 議事要旨(PDF/285KB) 資料(PDF/3,445KB)

第2回有識者会議(令和8年5月11日) 資料(PDF/2,759KB)

目次

実務家から見た非上場株式評価の本質

実務家の税理士は、土地の評価も非上場株式の評価も、基本的には「課税するための評価」として扱っています。特に非上場株式は、上場株式のように市場で自由に売却できるものではありません。同族会社の株式、とりわけ少数株式については、現実には買い手が存在しないことも少なくありません。それでも相続税・贈与税の課税上は財産として評価する必要があるため、評価通達により一定の算式で評価額を求めているのです。

したがって、M&A価格や第三者間の特殊な取引価格と比較して「通達評価額が低い」と論じる場合には注意が必要です。相続税評価は、実際にその価格で売却できることを保証する評価ではなく、課税実務上の公平性と簡便性を確保するための評価だからです。

そのため、非上場株式評価の見直しにあたっては、M&A価格との単純な乖離率ではなく、相続税評価としての公平性・簡便性・実務可能性を踏まえて検討すべきだと考えます。

特に、上場会社に近い規模を有する非上場会社では、評価方式の見直しにより株式評価額が大きく上昇し、相続税・贈与税の負担が数億円、場合によっては数十億円単位で増加する可能性があります。そのため、今回の見直しは、一般的な中小企業だけでなく、いわゆる準上場会社クラスのオーナー企業にとって極めて大きな影響を持つ論点です。


第2回の発表概要

3名の委員がそれぞれの専門領域から発表を行いました。

渋谷雅弘委員(中央大学教授・租税法) は、相続税22条の時価主義を軸に、通達評価額と実際の取引価格との乖離を問題視。令和4年最高裁判決が求める「評価方法の平等」を実現するため、評価通達の内容の合理化が必要と論じました。また「税負担の考慮は、本来は基礎控除・税率・特別措置によるべき」との重要な指摘も行っています。

弥永真生委員(明治大学教授・会社法) は、会社法上の株式価格決定に関する裁判例を分析し、「類似業種比準方式は昭和62年を最後に裁判例から姿を消した」「平成17年以降はDCF法が主流」と指摘。一方で「税法上の評価はコストと時間がより少なく、対審的手続きがなされることは例外的」とも明記しました。

熊谷秀幸委員(日本M&Aセンター・実務) は、M&A仲介の実務における企業価値評価を説明。採用手法やその選定理由、税務評価との差異を具体的に示しました。


渋谷委員発言の問題点――「評価は時価で、配慮は特別措置で」という論理

渋谷委員の発表の中に、見過ごせない一節があります。

「取引相場のない株式については、事業承継の観点から評価額が押さえられてきた。税負担の考慮は、本来は基礎控除、税率や特別措置によるべき。」

一読すると学術的に整合した議論に見えます。しかし、この発言には二つの問題があります。

問題点① 有識者会議の論点を逸脱している

この有識者会議の設置目的は、取引相場のない株式の評価方法を検討することです。

ところが渋谷委員の発言は「基礎控除・税率・特別措置によるべき」という、税額計算や税制設計の話に踏み込んでいます。これは評価方法の議論ではなく、本来であれば税制調査会や税制改正大綱の場で議論すべき論点です。

評価を議論する場で、税制設計まで論点を広げることには慎重であるべきです。「評価を時価に引き上げ、その代わりに特別措置で対応せよ」という方向性は、評価通達の改正だけでは実現できず、税制全体の改革を前提とした議論です。それを有識者会議の場で示唆することは、改正の範囲と影響を見誤らせるリスクがあります。

問題点② 「特別措置で手当て」は実務的に機能しない

この論旨を整理すると、「評価通達で株価を低く抑えるのではなく、株価は時価(実勢に近い高い評価)で正しく評価すべきであり、事業承継への政策的配慮は、事業承継税制(納税猶予・免除)など特別措置で別途行えばよい」ということになります。

しかし、事業承継税制(特例措置)には後継者要件・雇用維持要件・申告手続・取消リスクなど多くの制約があります。特例措置の適用を受けられる企業は限られており、評価を上げてから特別措置で救済するという発想は、特例に乗れない多くの中小企業経営者を切り捨てることになりかねません。

また事業承継税制は納税の「猶予」であり、一定の条件が崩れれば猶予税額が一括して復活します。評価が高くなれば、そのリスクも相応に大きくなります。「まず高く評価し、後で特例で救済」という設計は、現行の制度を根底から変える話であり、評価方法の見直しとは別次元の政策判断が必要です。


三委員の中で最も注目すべきは、実務家である熊谷委員の発表です。そこには、今回の議論の核心を突く記述が含まれています。

M&A実務では「類似業種比準方式」を使わない――その理由

熊谷委員の資料には、各評価手法を採用しなかった理由が明記されています。

類似業種比準方式について:

「類似業種比準法は、相続対策や同族間での株式の移動を検討する際に適した計算方法ですが、独立した第三者間の取引価格を計算する際に利用することは適当ではありません。」

これは非常に重要な指摘です。M&A実務の立場から見ても、類似業種比準方式は、独立第三者間のM&A価格を直接算定する方法ではなく、相続対策や同族間での株式移動を検討する場面に適した計算方法と整理されているのです。

DCF法についても:

「収益還元法及びDCF法による株価計算のためには、信頼性の高い利益あるいはキャッシュフローの計画値が必要となります。そのため、詳細な事業計画がなければ採用が難しく、これらの株価計算方法は採用しません。」

M&A実務の第一線にいる委員が、DCF法を採用できない理由を率直に述べています。

では、日本M&Aセンターが実際に使う手法は何か。「時価純資産+営業権法」です。時価で評価した純資産に、超過収益力である営業権(のれん)を加算するものです。熊谷委員の資料では、この方法は「中堅中小企業のM&Aにおける株式価値計算において最も多く採用されている」と説明されています。DCF法ではない点が重要です。

3つの価格が並存する具体例

熊谷委員の資料には、次の具体例が示されています。

価格・評価額の種類金額
従業員・取引先への過去の譲渡単価(配当還元価格等)@50,000円
税務株価評価額(原則的評価)@500,000円
M&A想定譲渡金額@800,000円

同じ会社の株式に、目的の異なる3つの価格が存在しています。これを「乖離」と呼んで問題視するのか、それとも「それぞれの目的に応じた価格が形成されている」と理解するのか――そこに今回の議論の本質があります。


「乖離」は問題ではなく、当然の結果である

委員発表に共通するのは、「通達評価額とM&A価格・裁判所の決定価格が乖離している」ことを問題の出発点としている点です。

しかし、この乖離は当然ではないでしょうか。

評価の目的が根本的に異なるからです。

① 税務上の評価(財産評価基本通達)の目的

相続税・贈与税の課税標準を画一的・統一的に決定すること

全国で毎年数十万件にのぼる申告において、納税者が自ら計算できる簡素性と、誰が計算しても同じ結果になる統一性が不可欠です。税務調査でも検証可能な客観性が求められます。評価通達は特定の当事者間の「いくらで売れるか」を算定するためのものではありません。

② 会社法上の評価(裁判所の価格決定)の目的

特定の株主の権利を保護するために、個別事情を踏まえて公正な価格を決めること

弥永委員自身が明記しているように、「両当事者が裁判所において主張を行うことが前提とされ、鑑定書などを提出することも少なくない(コストと時間をある程度かけることができる)」場面です。DCF法が主流なのは、こうした対審的手続きが前提にあるからです。

③ M&Aにおける評価の目的

交渉の発射台(叩き台)として、取引当事者がディールを円滑に進めるための価格を決めること

熊谷委員の資料に明記されています。「譲渡企業と譲受企業のシナジーは評価に織り込まない」という前提のもとで算定される価格であり、そのため、相続税・贈与税の課税標準を画一的に決めるための「税務上の時価」とは、評価目的が異なります。


弥永委員の発表で見落とされがちな重要な指摘

弥永委員は「DCF法が会社法では主流」という点を強調しましたが、発表の最後に重要な結論を述べています。

「税法が、理論的に合理的と思われる算定方法によるものも低い企業価値を前提として株式価値を算定することを認めるのであれば、それが政策的に必要と考えられる場合であろう。そうだとすると、取引相場のない株式の評価方法のレベルではなく、たとえば、事業承継税制などで、納税の猶予等の措置を講ずることが筋なのではないか。」

これは実は、税務評価の本質をよく理解した上での提言です。評価方法を変えるのではなく、政策的な措置(事業承継税制等)で対応せよ、ということです。この指摘は正鵠を射ています。


渋谷委員の「評価通達には簡素性・統一性も求められる」

渋谷委員も発表の中で次のように述べています。

「ただし、評価通達には、簡素性、統一性も求められる。納税者が申告をする際に使われている。」

時価主義の徹底を主張しながらも、税務評価固有の制約を認識しているのです。

渋谷委員のもう一つの重要な指摘も見逃せません。「税負担の考慮は、本来は基礎控除、税率や特別措置によるべき」というものです。これもまた、評価方法のレベルで解決を求めるのではなく、制度設計で対応せよという趣旨であり、弥永委員の結論と一致します。


有識者会議が向き合うべき本当の問題

今回の有識者会議の契機は、会計検査院が、評価方式間の乖離や、類似業種比準方式・配当還元方式をめぐる現行制度の問題点を指摘したことにあります。

したがって、通達評価額とM&A価格が一致しないこと自体を問題視するのではなく、税務評価の中で、どのような場合に評価額が不当に低く、または高く算定されるのかを検討すべきです。問題の本質は「通達評価額とM&A価格が違う」ことではなく、税法の内部において次の問題が生じていることです。

① 評価方式間の操作による恣意的な評価圧縮
類似業種比準方式・純資産価額方式・配当還元方式の間で、意図的に低い評価を引き出せる構造が残っています。

② 総則6項の適用基準が不明確で予見可能性がない
当局が「著しく不適当」と判断すれば通達を覆せる一方、その基準が曖昧なため、納税者が事前にリスクを読めません。

③ 現行比準要素が現代の経営実態と乖離している
無配・低配当会社が多数の現在、配当を比準要素とする類似業種比準方式の機能が低下しています。還元率10%という数字も昭和の金利水準を前提にしたものです。

これらは税務評価の枠組みを維持しながら、精度を上げることで解決できる問題です。


税務評価が守らなければならない要件

改革の方向性を議論する前提として、税務評価として守るべき要件を再確認しておく必要があります。

  • 簡素性――納税者や税理士が、通達に従って評価過程を確認できること
  • 統一性――誰が計算しても同じ結果になること
  • 予見可能性――申告前に評価額の見通しが立てられること
  • 大量処理への適合――全国一律のルールで運用できること

DCF法は、会社法上の価格決定やM&Aの検討では有用な場面がありますが、税務評価に求められる簡素性・統一性・予見可能性とは相性がよくありません。将来キャッシュフローの予測と割引率の設定は本質的に主観的・不確実であり、専門家の間でも見解が割れます。熊谷委員が「詳細な事業計画がなければ採用できない」と述べているのは、まさにこの実務的な限界を示しています。


実務家として期待すること

評価通達の見直しは、相続・事業承継の現場に直結する重大な改正です。30年近く非上場株式の評価実務に携わってきた立場から、以下の方向での議論を期待します。

類似業種比準方式については、比準要素のウエイト配分の見直しと無配会社の取扱いの改善。純資産価額方式については、退職給付債務など将来のキャッシュアウトが明確な引当金を負債として認めること。配当還元方式については、還元率10%の根拠を現代の金利水準に照らして再検討すること。そして総則6項については、適用基準の明文化による予見可能性の確保。

熊谷委員が整理しているように、類似業種比準方式は相続対策や同族間での株式移動を検討する場面に適した方法です。この評価を正面から受け止め、「税務評価」としての実効性を高める改革を期待したいと思います。

相続税評価は、M&A価格を追いかけるための制度ではありません。納税者が申告前に評価額を予測でき、税務署も同じルールで検証できることこそ、税務評価において最も重要な機能です。


本稿は2026年5月11日公表の国税庁「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議(第2回)資料」をもとに、筆者の見解を述べたものです。

あわせて読みたい
取引相場のない株式の評価見直し【2026年】国税庁有識者会議の影響を税理士が解説 はじめに 令和8(2026)年4月20日、国税庁は「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」の第1回会合を開催しました。この会議は、中小企業オーナーの相続・事業承...

税理士法人松野茂税理士事務所
〒660-0861 尼崎市御園町24 尼崎第一ビル7F(阪神尼崎駅西口南口徒歩1分)
電話:06-6419-5140 FAX:06-6423-7500

目次