はじめに
相続した空き家を売却する際、譲渡所得から最大3,000万円を控除できる「被相続人の居住用財産(空き家)に係る譲渡所得の特別控除の特例」(以下「空き家特例」)は、非常に有効な節税策です。
しかし、この特例には多くの要件があり、特に**「誰に売るか」という譲渡先の要件**でつまずくケースが少なくありません。良かれと思って親族に売却した結果、特例が適用できず多額の税金が発生してしまった、という事態は避けたいものです。
今回は、空き家特例の適用除外となる「特別な関係がある者」とは具体的に誰を指すのか、関連する条文を参照しながら、よくある疑問をQ&A形式で詳しく解説します。
空き家特例の根拠条文
空き家特例は、租税特別措置法第35条第3項に規定されています。この規定により、相続または遺贈により取得した被相続人居住用家屋または被相続人居住用家屋の敷地等を、平成28年4月1日から令和9年12月31日までの間に売却し、一定の要件に当てはまるときは、譲渡所得の金額から最高3,000万円まで控除することができます。
適用除外となる「特別な関係がある者」の定義
空き家特例は、売主から見て**「特別な関係がある者」への譲渡については、適用が認められていません**。これは、親族間などで形式的な売買を行い、不当に税負担を免れることを防ぐためのルールです。
国税庁の確定申告書等作成コーナーでは、居住用財産の譲渡所得の特別控除(措置法第35条第1項)の解説において、以下のように定められています。
特別な関係がある者の範囲
(1)配偶者および直系血族
- 配偶者(夫または妻)
- 直系血族(父母、祖父母、子、孫など)
(2)生計を一にする親族
- 売主と同じ財布で生活を営んでいる親族
(3)売却後に同居することになる親族
- 家屋を売った後、その売った家屋で同居する親族
(4)その他
- 売主と内縁関係にある者
- 内縁関係にある者と生計を一にする親族
- 売主が役員を務める同族会社など特殊な関係にある法人
条文上の重要なポイント
直系血族と傍系血族の違い
民法において、血族は「直系血族」と「傍系血族」に分類されます。
- 直系血族:父母、祖父母、子、孫など、自分を中心に縦の血縁でつながる親族
- 傍系血族:兄弟姉妹、おじ・おば、甥・姪など、共通の祖先から枝分かれした親族
空き家特例の適用除外となるのは**「配偶者および直系血族」**であり、傍系血族はこれに含まれません。
生計を一にする親族の判定
所得税基本通達2-47によれば、「生計を一にする」とは、必ずしも同一の家屋に起居していることを要しません。
勤務の都合などで別居していても、常に生活費や学費、療養費などの送金が行われているような場合は「生計を一にする」とみなされることがあります。判定は、経済的な扶養関係の実態で行われます。
Q&A:こんな場合はどうなる?
それでは、具体的なケースについて見ていきましょう。
Q1. 親族への譲渡は、すべて特例の対象外になりますか?
A1. いいえ、すべての親族への譲渡が対象外になるわけではありません。
「特別な関係がある者」に該当しない親族への譲渡であれば、特例の対象となり得ます。例えば、売主と別生計で、同居もしていない兄弟姉妹への譲渡であれば、特別な関係には該当せず、特例の適用が可能です。
理由: 兄弟姉妹は「傍系血族」であり、「直系血族」ではありません。また、別生計で同居もしていないため、「生計を一にする親族」にも「売却後に同居する親族」にも該当しないためです。
Q2. 別居している娘婿(姻族)への譲渡は適用対象になりますか?
A2. はい、原則として適用対象になります。
娘婿は「姻族」であり、売主の「直系血族」ではありません。売主と生計を別にし、同居もしていないのであれば「特別な関係がある者」には該当しないため、特例の適用が可能です。
補足説明:
- 直系姻族とは、配偶者の直系血族(配偶者の父母、祖父母など)や、直系血族の配偶者(子や孫の配偶者)のことです
- しかし、条文上の適用除外は「配偶者および直系血族」であり、「直系姻族」は明示的には含まれていません
- したがって、娘婿は直系姻族ではありますが、売主の直系血族ではないため、生計が別で同居もしていなければ適用対象となります
Q3. しばらく別居している娘婿への譲渡で、「生計を一にする」はどのように判定されますか?
A3. 「生計を一にする」かどうかの判定は、単に同居しているか否かだけでなく、経済的な扶養関係の実態で判断されます。
税法上、「生計を一にする」とは、必ずしも同居を要件とするものではありません。例えば、勤務の都合などで別居していても、常に生活費や学費、療養費などの送金が行われているような場合は「生計を一にする」とみなされることがあります。
判定のポイント:
- 別居していても定期的に生活費を送金している → 生計を一にする可能性あり
- 完全に経済的に独立している → 生計を一にしない
娘婿の場合、通常は独立した世帯を営んでいると考えられますので、売主から経済的支援を受けていない限り、「生計を一にする親族」には該当しないでしょう。
Q4. 相続人が自身の兄弟に譲渡する場合、特例は適用できますか?
A4. はい、適用対象となる可能性が高いです。
兄弟姉妹は「直系血族」ではなく「傍系血族」です。そのため、売主であるあなたと生計を別に立て、譲渡後も同居しないのであれば、「特別な関係がある者」には該当しません。したがって、この特例の適用は可能です。
注意点:
- 同居している兄弟姉妹に譲渡する場合は、「生計を一にする親族」に該当する可能性があります
- 譲渡後に同居する予定がある場合も、適用除外となる可能性があります
Q5. 被相続人の家屋を取り壊して土地だけにし、それを自分の兄弟に売却しました。その後、その土地に兄弟が新築した家屋に同居する場合、特例は適用できますか?
A5. はい、そのケースでは特例の適用対象となると考えられます。
適用除外となるのは「その売った家屋に一緒に住むこととなる親族」への譲渡です。
ご質問のケースでは、被相続人の家屋はすでに取り壊されており、譲渡の対象は土地のみです。買主である兄弟がその土地に新たに建築した家屋に同居する形になるため、条文が定める「譲渡した家屋に同居する」という要件には直接該当しません。
法的根拠: 国税庁の確定申告書等作成コーナーの記載では、「売手と買手が、親子や夫婦など特別な関係でないこと。特別な関係には、このほか生計を一にする親族、家屋を売った後その売った家屋で同居する親族、内縁関係にある人、特殊な関係にある法人なども含まれます。」とされています。
つまり、適用除外となるのは「売った家屋」に同居する場合であり、新築した別の家屋に同居する場合は含まれないと解釈できます。したがって、この譲渡は適用除外には当たらず、特例の適用は可能と判断するのが妥当です。
譲渡先以外にも注意!空き家特例の主な適用要件
最後に、譲渡先の要件以外にも確認しておくべき主な適用要件を簡単にご紹介します。
主な適用要件
(1)譲渡価額の要件
- 譲渡価額が1億円以下であること
- 複数の相続人が譲渡する場合は、合計額で判定します
(2)譲渡時期の要件
- 相続開始日から3年を経過する年の12月31日までに売却すること
- 例:令和2年5月1日に相続開始 → 令和5年12月31日までに譲渡
(3)家屋の要件
- 昭和56年5月31日以前に建築された家屋であること(旧耐震基準)
- マンションなどの区分所有建物でないこと
(4)利用状況の要件
- 相続から譲渡まで事業用、貸付用、居住用に使われていないこと
- 空き家のまま保管されている必要があります
(5)被相続人の要件
- 相続開始直前において、被相続人が一人で居住していたこと
- 老人ホーム等に入所していた場合は、一定の要件を満たせば適用可能
(6)耐震基準または除却の要件
- 家屋を譲渡する場合:耐震基準に適合させる改修を行うこと
- または、家屋を取り壊して土地のみを譲渡すること
これらの要件をすべて満たして初めて、3,000万円の特別控除を受けることができます。
まとめ
空き家特例は非常に有利な制度ですが、その適用要件は複雑です。特に、譲渡先の要件は誤解しやすく、安易な判断は禁物です。
重要なポイント
- 「特別な関係がある者」の定義を正確に理解する
- 配偶者および直系血族
- 生計を一にする親族
- 売却後に同居する親族
- 兄弟姉妹は傍系血族であり、直系血族ではない
- 別生計・別居であれば、原則として適用可能
- 「生計を一にする」は同居とは異なる
- 経済的扶養関係の実態で判定される
- 条文の文言を正確に読む
- 「その売った家屋に同居」→新築家屋への同居は含まれない
親族間での売買を検討している場合はもちろん、少しでも不安な点があれば、必ず事前に税理士などの専門家に相談し、特例が確実に適用できるかどうかを確認することをお勧めします。
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