〜 登記簿調査から「引継取得費整理簿」閲覧まで、実務の対処法 〜
税理士法人松野茂税理士事務所
| 「相続で土地を取得したが、取得費を示す資料が何もない……」これは土地の譲渡申告を依頼された際によく直面する悩みです。今回は、登記簿謄本の調査から税務署の永久保存書類まで活用した実際の対応事例をご紹介します。 |
目次
1.相談の内容
| 👤 職員 所長、相続で取得した土地の売却申告を依頼されたのですが、取得費の資料が何もないとのことで……どうすればよいでしょうか? |
| 👨💼 所長(税理士) よくある相談ですね。まず焦らず、順を追って調査しましょう。 取得費が不明な場合、最終手段として「概算取得費(譲渡収入の5%)」を使う方法もありますが、それでは税負担が非常に重くなることが多い。 まず登記簿謄本(登記事項証明書)を取り寄せることから始めましょう。登記の履歴を見ると、取得の経緯が判明することがあります。 |
2.登記簿謄本を取り寄せると「交換」の記載が!
| 👤 職員 早速、登記簿謄本を取り寄せたところ……所有権移転の原因に「交換」と記載がありました!これはどういう意味でしょうか? |
| 👨💼 所長(税理士) それは重要な発見です!「交換」とは、所得税法第58条の「固定資産の交換の特例」が適用された可能性があることを意味します。 この特例は、一定の要件を満たした固定資産同士の交換について、譲渡がなかったものとみなして課税を繰り延べる制度です。 特例が適用されていた場合、譲渡した旧資産の取得費・取得時期をそのまま引き継ぐ仕組みになっています。 そして、この特例を適用した際に、税務署には「引継取得費整理簿」という書類が永久保存されているのです! |
| 【参考】所得税法第58条・固定資産の交換の特例とは? ■ 要件:同種の固定資産(土地と土地など)を1年以上保有した上で交換 ■ 時価差額が大きい方の時価の20%以内であること ■ 効果:交換した部分は「譲渡なし」とみなされ課税が繰り延べられる ■ 取得費・取得時期:交換した旧資産のものをそのまま引き継ぐ ■ 記録:特例適用時に「引継取得費整理簿」が税務署に永久保存される |
3.税務署へ「引継取得費整理簿」の閲覧請求
| 👤 職員 「引継取得費整理簿」というものが税務署にあるのですね!ではどのように閲覧請求するのですか? |
| 👨💼 所長(税理士) 閲覧請求に必要な情報は主に次の3つです。 ① 交換した土地の所在地 ② 現在の譲渡者(今回の依頼人)の氏名 ③ 被相続人(土地を交換した時の所有者)の氏名 これを管轄の税務署に伝えて閲覧申請を行います。 今回は申請の翌日に閲覧ができました。税務署の対応は比較的スムーズです。 |
| 👤 職員 翌日に閲覧できたのですね。で、整理簿は見つかりましたか? |
| 👨💼 所長(税理士) 残念ながら、今回は「引継取得費整理簿は発見されません」という結果でした。 これは重要な意味を持ちます。 整理簿が存在しないということは、交換の特例が適用されなかった=交換時に譲渡として課税されたと考えられます。 つまり、交換によって取得した土地の取得費は「交換時の時価」ということになるのです。 |
4.取得費の推定 〜バブル期の時価をどう計算するか〜
| 👤 職員 交換時の時価が取得費になるとのことですが、交換は平成2年だったということで……バブル絶頂期ですね。当時の時価をどうやって調べればよいでしょうか? |
| 👨💼 所長(税理士) 当時の資料はありませんから、複数の公的データを組み合わせて合理的に推定します。 私が使った資料は主に次の3つです。 ① 市街地価格指数(日本不動産研究所):地域・用途別の地価推移指数。現在の時価から逆算して平成2年の時価を推定できます。 ② 地価公示(国土交通省):当該地付近の基準地の公示価格の推移を確認します。 ③ 路線価(国税庁):贈与・相続税評価の基礎となる路線価(時価の約80%が目安)。 これらを組み合わせて、平成2年当時の土地の推定時価を算出しました。 今回は推定取得費を約5億円と計算した結果、譲渡所得はマイナス(赤字)となりました。 |
| 【取得費推定の手順まとめ】 Step 1:現在の土地の時価を路線価・近隣取引事例等で把握 Step 2:市街地価格指数で現在→取得時の指数変動率を算出 Step 3:現在の時価 ÷ 変動率 = 平成2年当時の推定時価 Step 4:地価公示・路線価でクロスチェックし合理性を確認 |
| 【取得費の計算イメージ】 現在の周辺地価:坪単価 ●●万円 市街地価格指数(六大都市・住宅地) = 推定 5億円 譲渡収入 = ●億円 取得費 = 5億円(推定) 譲渡費用 = ●●万円 譲渡所得 = マイナス(申告不要) |
5.申告方針と顧客への説明
| 👤 職員 推定取得費5億円で赤字になったということですね。申告はどうしましたか? |
| 👨💼 所長(税理士) 譲渡所得がマイナスとなったため意見書を添付して赤字で申告しました。 ただし、顧客には次のことを必ず説明しておく必要があります。 ① 今回の取得費は推定であり、将来的に税務調査で問われる可能性があること ② 「引継取得費整理簿が発見されませんでした」という税務署の回答は口頭確認であり、後日整理簿が発見される可能性がゼロではないこと ③ もし整理簿が後日見つかった場合、取得費が変わる可能性があること ④ 登記簿謄本・閲覧記録・推定計算書類は必ず保管しておくこと 推定の根拠となる資料(市街地価格指数・路線価の記録・計算書)を整理して、申告書と一緒に保管しておきましょう。 |
| 👤 職員 整理簿が見つからないことを証明するものは残しておくべきですね。 |
| 👨💼 所長(税理士) そうです。税務署に閲覧請求した日時・担当者・「発見されない」旨の回答内容を記録したメモを作成し、日付を入れておきましょう。 また、市街地価格指数は日本不動産研究所のホームページから無料でダウンロードできます。その数値と計算過程を書面にまとめておくと、後日の説明資料として有効です。 |
6.今回の対応フローまとめ
| STEP 1 | 登記簿謄本を取得 →「交換」による取得を確認 |
| STEP 2 | 所得税法58条の特例適用の可能性を判断 |
| STEP 3 | 税務署に「引継取得費整理簿」の閲覧請求(土地所在地・譲渡者氏名・被相続人氏名を伝達) |
| STEP 4 | 整理簿「発見されず」→ 交換時課税済みと判断 → 交換時時価が取得費 |
| STEP 5 | 市街地価格指数・地価公示・路線価で平成2年当時の取得費を推定 → 約5億円 |
| STEP 6 | 譲渡所得がマイナス(赤字)のため申告不要と判断。根拠書類を整理・保管 |
7.この事例のポイント
| ① 登記簿謄本は必ず調査する 取得費不明の相談を受けたとき、まず登記簿謄本で取得経緯を確認することが鉄則です。 「売買」「贈与」「相続」「交換」など取得原因により、取得費の調査ルートが全く異なります。 |
| ② 「引継取得費整理簿」は税務署が永久保存 所得税法第58条(固定資産の交換の特例)が適用されている場合、取得費の引継ぎ情報が税務署に永久保存されています。 閲覧請求に必要な情報:土地の所在地、現在の譲渡者氏名、被相続人氏名 整理簿が見つかれば、引継取得費(旧資産の取得費)+交換差金+登録免許税等が取得費となります。 |
| ③ 整理簿が見つからない場合 → 交換時時価が取得費 整理簿がないということは、交換時に特例を適用せず課税されたことを意味します。 この場合、「交換によって取得した時の時価=取得費」となります。 バブル期など地価が高かった時期の交換であれば、推定取得費が現在の売却価格を上回ることもあります。 |
| ④ 過去の時価推定には複数の公的資料を活用 ・市街地価格指数(日本不動産研究所):地域別・用途別の指数変動で時価推計が可能 ・地価公示(国土交通省):過去の基準地公示価格の推移 ・路線価(国税庁):時価の約80%を目安として逆算 複数の資料を組み合わせて根拠を補強することが重要です。 |
まとめ
| 土地の取得費が全く不明なケースでも、「諦めて概算取得費(5%)でいい」とは絶対になりません。 今回の事例では、 ①登記簿の調査 → ②引継取得費整理簿の閲覧請求 → ③整理簿不存在による交換時時価の採用 → ④公的資料による推定 というプロセスを経ることで、依頼人に最善の結果をもたらすことができました。 「資料がない」という状況こそ、税理士の調査力・判断力が問われる場面です。 |
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