役員報酬の設定は、法人税の損金算入において極めて重要なテーマです。定期同額給与の要件を満たさなければ、役員報酬が損金不算入となり、思わぬ税負担が発生する可能性があります。
今回は、実務でよく遭遇する定期同額給与に関する疑問について、具体的な事例を交えながら詳しく解説いたします。
定期同額給与とは
定期同額給与とは、その支給時期が1か月以下の一定の期間ごとであり、かつ、その事業年度の各支給時期における支給額が同額である給与のことです(法人税法第34条第1項第1号)。
簡単に言えば、「毎月同じ金額を支給する役員報酬」ということになります。
Q1:期首に遡って減額改定した場合の取扱い
【質問】 3月決算法人が、5月に期首4月に遡って減額改定した場合、どのように扱われますか?
【回答】NG(原則として認められません)
業績の悪化が5月に明らかになって、4月・5月分の給与を会社に返還した場合:
- 会社側:雑収入として経理処理
- 役員側:私財の提供となり、給与を減額したことにはなりません
重要ポイント: 役員報酬の減額は、3月(前事業年度末)または4月(期首)の時点で決定することが必要です。遡及しての減額は税務上認められません。
Q2:期首改定後、再度の改定は可能か
【質問】 期首に増額または減額改定して、5月に再度増額または減額した場合はどうなりますか?
【回答】OK(定時改定の期間内であれば可能)
理由: 事業年度開始の日から3か月以内であれば、複数回の改定が可能です。これは臨時改定事由ではなく、定時改定の期間内における再改定として取り扱われます。
具体例(3月決算法人の場合):
- 4月1日(期首):月額100万円→120万円に増額改定
- 5月中旬:月額120万円→110万円に減額改定
この場合、5月の改定は6月から適用されますが、まだ定時改定期間(4月1日~6月末)内であるため、問題ありません。
ポイント:
- 改定可能期間:事業年度開始の日から3か月以内
- この期間内であれば、何度でも改定可能
- ただし、各改定には株主総会または取締役会の決議が必要
- 3か月を経過した後は、原則として臨時改定事由がない限り改定不可
注意: 3月決算法人の場合、6月末までが定時改定期間です。7月以降に改定する場合は、臨時改定事由が必要となります。
詳しい解説は、前回のブログ記事「定期同額給与の定時改定」をご参照ください。
Q3:定時改定で増額分の差額を一括支給
【質問】 5月または6月の定時株主総会で、期首(4月)から増額することを決定し、4月と5月の増額分の差額をまとめて支払いました。これは認められますか?
【回答】NG(認められません)
理由: 定期同額給与は、毎月定期的に同額を支払うことが要件です。差額の一括支払いは、この要件を満たしません。
正しい対応:
- 増額改定は6月から適用
- 4月・5月は従前の金額を支給
- 6月以降は新しい金額を支給
Q4:将来の改定を事前決定
【質問】 5月の定時株主総会で、10月から増額する決定をしました。これは有効ですか?
【回答】NG(認められません)
理由: 定期同額給与の改定は、原則として以下のタイミングで行う必要があります:
- 期首(事業年度開始の日)から3か月以内の改定(定時改定)
- 臨時改定事由が生じた場合の改定
将来時点での改定を事前に決定する方式は、定期同額給与の要件を満たしません。
Q5:役員の病気による一時的な減額
【質問】 役員が病気で長期入院することになり、入院期間中は減額し、復帰後に元に戻しました。これは問題ありませんか?
【回答】OK(認められます)
根拠: 平成20年の国税庁「役員報酬のQ&A」において、役員の病気による長期入院など、やむを得ない事情による一時的な減額は認められています。
ポイント:
- 病気、怪我など客観的な理由があること
- 一時的な措置であること
- 復帰後の元の金額への戻しも問題なし
Q6:代表者の交代による改定
【質問】 期中に代表取締役が父から長男に変更になりました。役員報酬を改定できますか?
【回答】OK(臨時改定事由に該当)
根拠: 法人税法施行令第69条第1項第2号に定める「役員の職制上の地位の変更」に該当します。
具体例:
- 取締役 → 代表取締役
- 代表取締役 → 会長
- 代表取締役 → 取締役
注意点:
- 職務内容の実質的な変化が必要
- 形式的な地位変更だけでは不十分な場合も
- 改定金額は職務内容の変化に見合った合理的な範囲内
Q7:業績悪化による期中減額
【質問】 半期(Q2)での会社の業績が悪く、役員の給与を10月から減額しました。これは認められますか?
【回答】原則NG(認められません)
理由: 単なる業績の未達成は、「経営状況の著しい悪化」とは認められません。
「経営状況の著しい悪化」の判断基準:
- 倒産の危機に瀕している
- 債務超過の状態
- 2期連続の大幅赤字
- 資金繰りが極度に悪化
単に予算未達や売上減少程度では、臨時改定事由には該当しません。
Q8:法令違反による行政処分と減額
【質問】 法令違反により行政処分を受け、経営が悪化した場合、役員給与の減額は認められますか?
【回答】OK(認められます)
理由: 予測できない偶発的な事情であり、経営責任を取るための役員給与の減額は、臨時改定事由に該当します。
具体例:
- 行政処分による営業停止
- 重大なコンプライアンス違反
- 予測不能な外部要因による経営悪化
Q9:自主的な給与返納
【質問】 Q8のような場合に、取締役会の決議なしで、役員が自主的に給与の一部を返納しました。これは減額として認められますか?
【回答】NG(役員給与の減額とはなりません)
理由: 役員報酬の改定は、必ず会社の正式な意思決定機関(株主総会または取締役会)の決議が必要です。
正しい手続き:
- 株主総会または取締役会で減額を決議
- 減額後の金額を支給
- 議事録を作成・保管
自主返納は、税務上「私財の提供」として扱われ、損金算入できません。
Q10:合併に伴う業務変更と増額
【質問】 合併により業務が急激に増加し、役員給与を増額しました。これは認められますか?
【回答】OK(臨時改定事由に該当)
理由: 組織再編(合併、会社分割、事業譲渡など)により、役員の職務内容が重大に変更された場合は、臨時改定事由に該当します。
M&Aに伴う改定のポイント:
- 職務範囲の拡大・縮小
- 管理責任の増大
- 事業規模の変化
- これらに見合った合理的な改定幅
Q11:単身赴任手当の支給
【質問】 役員を単身赴任させることになり、単身赴任手当5万円を増額支給します。問題ありませんか?
【回答】OK(認められます)
理由: 業務上の必要性に基づく合理的な手当の支給は、定期同額給与として認められます。
認められる手当の例:
- 単身赴任手当
- 通勤手当(実費相当額)
- 資格手当(業務に必要な資格)
注意点:
- 金額が社会通念上相当であること
- 実態を伴っていること
Q12:第三者からの要請による減額
【質問】 半期(Q2)の決算内容が悪く、株主から10月に臨時株主総会の開催を要求され、役員報酬を減額しました。これは認められますか?
【回答】OK(認められます)
理由: 第三者(株主、債権者である銀行、取引先など)からの役員給与減額要請がある場合は、臨時改定事由として認められます。
該当する第三者:
- 株主(特に筆頭株主、過半数株主)
- 主要取引銀行
- 主要取引先
重要なポイント:
- 第三者からの要請である客観的な証拠が必要
- 議事録などの書面による記録が重要
Q13:複数回の減額要請
【質問】 業績悪化により銀行から役員給与の減額を要請され、一度減額しました。その後、再度2回目の減額要請がありました。これも認められますか?
【回答】OK(認められます)
理由: 経営状況の著しい悪化が継続しており、金融機関からの複数回にわたる要請がある場合は、それぞれの改定が臨時改定事由に該当します。
実務上の注意:
- 各回の要請内容を記録
- 経営状況の悪化が継続していることを示す資料
- 銀行との交渉経緯の記録
Q14:資金繰りによる一時的な未払い
【質問】 業績の変動が激しく、一時的に定期同額給与が未払いとなってしまいます。これは問題ありませんか?
会社設立など設立から数か月未払計上している場合などはどうなりますか?
【回答】OK(条件付きで認められます)
条件:
- 資金繰りの都合上、やむを得ず一時的に未払計上
- 後日、必ず支給する予定であること
- 毎月の支給額(未払計上額)は同額であること
会計処理:
(借方)役員報酬 ××× (貸方)未払金 ×××
ポイント:
- 未払計上でも損金算入は可能
- ただし、長期間の未払いは認められない可能性
- 計画的な支給が重要
Q15:期中からの経済的利益の供与
【質問】 期中の途中から社宅を借り上げ、役員に貸与していましたが、税務調査で給与認定されました。この場合、定期同額給与の要件を満たさないことになりますか?
【回答】損金不算入とする必要はありません
理由: 会社からの経済的利益の供与について、受けた経済的利益が同額であれば、期中からでも定期同額として取り扱います。
具体例:
- 社宅の貸与(毎月の賃貸料相当額が同額)
- 社用車の私的使用(毎月の経済的利益が同額)
- その他の現物給与(毎月同額の経済的利益)
重要なポイント: 給与と経済的利益は個別に判定されます。
- 金銭給与部分:期首から毎月同額であれば定期同額給与として損金算入OK
- 経済的利益部分:期中からの供与でも、毎月同額であれば定期同額給与として損金算入OK
つまり、金銭給与が毎月50万円で定期同額であれば、期中から社宅供与(経済的利益月額5万円)が開始されても、それぞれが個別に判定されるため:
- 金銭給与50万円:定期同額給与として全額損金算入
- 経済的利益5万円:毎月同額であれば定期同額給与として全額損金算入
税務調査で経済的利益部分の指摘を受けても、金銭給与部分まで損金不算入とされることはありません。また、経済的利益部分も毎月同額であれば損金算入できますので、ご注意ください。
定期同額給与 改定のタイミング整理
1. 定時改定(原則)
- タイミング:事業年度開始の日から3か月以内
- 手続き:株主総会または取締役会の決議
- 制限:この期間を過ぎると原則改定不可
2. 臨時改定事由による改定(例外)
(1)役員の職制上の地位の変更
- 代表取締役への昇格・降格
- 会長、社長、専務などの役職変更
(2)職務内容の重大な変更
- 組織再編(合併、会社分割、事業譲渡)
- 事業部門の統廃合
- 業務範囲の大幅な拡大・縮小
(3)経営状況の著しい悪化
- 倒産危機レベルの財務状況
- 第三者(株主、銀行等)からの要請
- 法令違反による行政処分
(4)その他やむを得ない事情
- 役員の長期入院
- 不測の事態による経営危機
実務上の注意点とチェックリスト
改定時の必須対応
- ☑ 株主総会または取締役会の決議
- ☑ 議事録の作成・保管
- ☑ 定款の確認(報酬限度額)
- ☑ 改定理由の明確化と証拠資料の保管
臨時改定事由の場合の追加対応
- ☑ 改定事由の客観的証拠
- ☑ 第三者からの要請文書(該当する場合)
- ☑ 職務内容変更の実態資料
- ☑ 経営状況悪化の財務資料
よくある誤り
- ✗ 遡及しての改定
- ✗ 将来日付での改定決定
- ✗ 差額の一括支払い
- ✗ 決議なしの自主返納
- ✗ 単なる業績不振での期中減額
まとめ
定期同額給与は、法人税の損金算入において極めて重要な要件です。実務においては:
- 原則:期首3か月以内の定時改定のみ
- 例外:厳格な要件を満たす臨時改定事由がある場合のみ期中改定可能
- 手続き:必ず正式な決議と議事録の作成
- 証拠:改定理由を裏付ける客観的資料の保管
特に、組織再編やM&Aに伴う役員報酬の改定については、専門的な判断が必要となります。当事務所では、30年の実務経験に基づき、適切なアドバイスを提供しております。
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本記事は2025年11月時点の法令に基づいて作成しています。税制改正等により取扱いが変更される可能性がありますので、実際の適用にあたっては最新の法令をご確認いただくか、専門家にご相談ください。
