5回 役員の定期同額給与と現物給与の関係 ~福利厚生費との境界を明確に~

税理士法人松野茂税理士事務所 5回 役員の定期同額給与と現物給与の関係 ~福利厚生費との境界を明確に~

税理士法人松野茂税理士事務所の松野です。今回は、役員給与の税務処理において特に注意が必要な「定期同額給与と現物給与の関係」、そして「福利厚生費との境界」について、条文に基づいて税理士事務所スタッフ向けに詳しく解説します。

目次

1. 現物給与と定期同額給与の関係

現物給与の意義

所得税法第36条第1項では、収入金額には「金銭以外の物又は権利その他経済的な利益」も含まれることが明記されています。

所得税基本通達36-15では、経済的利益として次のようなものが例示されています。

  1. 物品その他の資産の譲渡を無償又は低い対価で受けた場合の利益
  2. 土地、家屋その他の資産の貸与を無償又は低い対価で受けた場合の利益
  3. 金銭の貸付けを無利息又は通常の利率より低い利率で受けた場合の利益
  4. その他用役の無償又は低い対価で提供を受けた場合の利益
  5. 債務免除益

現物給与は源泉徴収の対象

役員や従業員が現物給与を受けた場合、その経済的利益の額は給与所得として源泉徴収の対象となります(所法183条)。会社は、現物給与の価額を評価し、源泉所得税を徴収する義務があります。

現物給与と定期同額給与の重要な関係

ここが最も重要なポイントです。

法人税基本通達9-2-11において、「継続的に供与される経済的な利益のうち、その供与される利益の額が毎月おおむね一定であるもの」は定期同額給与に該当することが明記されています。

具体的には次のものが該当します。

  1. 9-2-9の(1)、(2)又は(8)に掲げる金額でその額が毎月おおむね一定しているもの
  2. 9-2-9の(6)又は(7)に掲げる金額(その額が毎月著しく変動するものを除く)
  3. 9-2-9の(9)に掲げる金額で毎月定額により支給される渡切交際費に係るもの
  4. 9-2-9の(10)に掲げる金額で毎月負担する住宅の光熱費、家事使用人給料等(その額が毎月著しく変動するものを除く)

つまり、現物給与であっても、毎月おおむね一定額であれば定期同額給与となり、法人税法上損金算入が可能です。しかし、所得税法上は源泉徴収が必要となります。

このため、現物給与が供与されると、毎月おおむね一定額であっても源泉徴収が必要となるため、実質的に定期同額給与から外れることになるのが原則です。

なぜなら、源泉徴収をすることで実際の現金給与額が変動するためです。例えば、役員報酬月額100万円の場合、現物給与10万円を供与すると、源泉徴収税額が変わり、手取額が変動してしまいます。

2. 福利厚生費と現物給与の境界

福利厚生費として認められる要件

福利厚生費として認められ、給与課税されないためには、次の要件を満たす必要があります。

①全従業員を対象としていること

役員のみを対象とするものは、原則として給与(現物給与)となります。

②社会通念上相当な金額であること

著しく多額なものは、給与として課税されます。

③換金性がないこと

金銭や金券など換金性の高いものは、給与として課税されます。

具体的な事例と判断基準

以下、ご提供いただいた文書の16項目について、条文と通達に基づいて判断基準を整理します。

1. 永年勤続者への記念品

福利厚生費となる要件(所基通36-22)

以下の要件をすべて満たす場合、課税されません。

  • 利益の額が、役員又は使用人の勤続期間等に照らし、社会通念上相当と認められること
  • 表彰が、おおむね10年以上の勤続年数の者を対象とし、かつ、2回以上表彰を受ける者については、おおむね5年以上の間隔をおいて行われるものであること

現物に代えて金銭を支給する場合

金銭や換金性の高い旅行券等を支給する場合は、給与として源泉徴収が必要となります。

実際に旅行に行ったことを証する資料(旅行会社の領収書、写真等)がある場合のみ、非課税とすることができます。

2. 無利息貸付

経済的利益の供与(所基通36-28)

役員または使用人に無利息または低利で金銭を貸し付けた場合、通常収受すべき利息との差額が経済的利益として給与課税されます。

ただし、次の場合は課税されません。

  • 災害、疾病等により臨時的に多額の生活資金が必要となった者に対し、合理的な返済条件で貸し付けた場合
  • 貸付金額が一定額以下で、利息相当額が少額(年間5,000円以下)の場合

毎月おおむね一定の経済的利益が供与される場合は、定期同額給与となります。

ただし、源泉徴収が必要となるため、実質的には定期同額給与の要件を満たさなくなる点に注意が必要です。

3. 慰安旅行

福利厚生費となる要件(所基通36-30)

以下の要件をすべて満たす場合、給与課税されません。

  • 旅行の期間が4泊5日以内であること
  • 旅行に参加した従業員等の数が全従業員の50%以上であること

不参加者への金銭の支出

業務以外の理由で参加しなかった者に対して、参加に代えて金銭を支給する場合は、参加者・不参加者全員に対して給与課税されます。

役員のみの旅行

役員だけを対象として費用を負担する場合は、全員に現物給与として課税されます。

4. 会社のサークル活動

福利厚生費となる要件(所基通36-30)

使用者が役員または使用人のレクリエーションのために社会通念上一般的に行われていると認められる会食、旅行、演芸会、運動会等の行事の費用を負担することにより、役員または使用人が受ける経済的利益については、原則として課税されません。

備品などの購入は原則OKですが、個人的なもの(換金性のあるもの、個人が専有するもの)は給与認定されます。

5. 外国語研修

福利厚生費となる要件(所基通36-29)

使用者が役員または使用人の職務に直接必要な技能または知識を習得させるための費用を負担することにより、これらの者が受ける経済的利益については、原則として課税されません。

ただし、次の場合は給与課税されます。

  • 役員または使用人の自己啓発のための費用(業務との直接的関連性がない)
  • 役員のみを対象とするもの

6. 昼食代

福利厚生費(非課税)となる要件(所基通36-38)

以下の要件をすべて満たす場合、給与課税されません。

  • 役員または使用人が食事の価額の半分以上を負担していること
  • 次の金額が1か月当たり3,500円(税抜)以下であること (食事の価額)-(役員又は使用人が負担している金額)

いずれかの要件を満たさない場合は、会社負担額の全額が給与として課税されます。

7. 残業夜食

福利厚生費(非課税)となる要件(所基通36-24)

残業または宿日直をした者に対し、これらの勤務をすることにより支給する食事については、課税されません。

ただし、金銭を支給する場合は、1食あたり300円(税抜)以下の場合に限り非課税となります。

8. 業務中の損害賠償金

原則:給与課税

会社が役員または使用人の業務中の損害を賠償する場合、原則として給与として課税されます。

ただし、会社の業務遂行上の責任が明確であり、会社が負担すべき損害である場合は、福利厚生費として処理できる場合があります。

9. ゴルフクラブへの入会金など

原則:給与課税

個人が入会権を取得し、個人名義で利用する場合は、給与(現物給与)として課税されます。

ただし、次の場合は福利厚生費として処理できます。

  • 会社名義で入会し、会社の業務のために使用する
  • 特定の役員のみが利用するものではない

10. 人間ドック

福利厚生費となる要件(所基通36-29)

次の要件を満たす場合、給与課税されません。

  • 全従業員を対象としていること
  • 社会通念上相当な金額であること(一般的には年間10万円程度まで)

役員のみを対象とする場合は、給与(現物給与)として課税されます。

11. ロータリークラブの入会金

原則:給与課税

個人の社会的地位向上や人脈形成を目的とする入会金は、給与として課税されます。

会社の業務上必要であることが明確であり、会社名義で入会する場合のみ、交際費として処理できる可能性があります。

12. 役員に対する中元・歳暮

給与認定

役員に対する中元・歳暮は、給与(現物給与)として課税されます。

社会通念上相当と認められる少額(概ね5,000円程度)であれば、実務上は課税されない場合もありますが、原則として給与です。

13. 役員の結婚披露宴

原則:交際費または給与

会社が役員の結婚披露宴の費用を負担する場合、次のように区分されます。

  • 取引先等を招待する部分:交際費
  • 役員個人のための部分:給与(現物給与)

社会通念上相当な範囲(概ね10万円程度まで)であれば、福利厚生費として処理できる場合もあります。

14. 役員のみのゴルフコンペ費用

給与認定(所基通36-30)

役員だけを対象として費用を負担する場合は、給与(現物給与)として課税されます。

従業員も含めた全社的な行事として実施し、参加者が全従業員の50%以上であれば、福利厚生費となります。

15. 特定の従業員を接待

給与認定

特定の従業員のみを対象とする接待費用は、給与として課税されます。

福利厚生費として認められるためには、全従業員を対象とする必要があります。

16. 役員の私宅での接待費

原則:給与認定

役員の私宅で接待を行う場合、次のように区分されます。

  • 取引先等のための接待:交際費(ただし、私宅での接待は合理性が問われる)
  • 役員個人のための支出:給与(現物給与)

実務上は、役員の私宅での接待は、役員個人への経済的利益の供与とみなされる可能性が高く、給与認定されるリスクが高いと言えます。

3. 実務上の注意点とまとめ

重要なポイント

①現物給与は原則として源泉徴収が必要

所得税法上、現物給与は給与所得として源泉徴収の対象となります。

②毎月おおむね一定の現物給与は定期同額給与となるが、源泉徴収により実質的に定期同額から外れる

法人税基本通達9-2-11により、継続的に供与される経済的利益で毎月おおむね一定のものは定期同額給与となりますが、源泉徴収をすることで手取額が変動するため、実質的には定期同額給与の要件を満たさなくなります。

③役員のみを対象とするものは原則として給与認定される

福利厚生費として認められるためには、原則として全従業員を対象とする必要があります。所得税基本通達36-29、36-30において、「役員だけを対象として供与される場合」は課税する旨が明記されています。

④金銭や換金性の高いものは給与認定される

永年勤続表彰における旅行券の支給や、慰安旅行の不参加者への金銭支給など、換金性の高いものは給与として課税されます。

実務での対応策

①役員給与は定期同額給与を原則とし、現物給与の供与は避ける

役員に対する経済的利益の供与は、源泉徴収の問題と定期同額給与の問題が生じるため、できる限り避けるべきです。

②福利厚生制度は全従業員を対象とする

役員も含めた全従業員を対象とする福利厚生制度を整備することで、給与認定のリスクを回避できます。

③就業規則・福利厚生規程に明記する

福利厚生制度の内容、対象者、金額の上限等を就業規則または福利厚生規程に明記し、社会通念上相当な範囲内とすることが重要です。

④現物支給ではなく実費精算方式を採用する

可能な限り、現物支給ではなく、従業員が立て替えて実費精算する方式を採用することで、給与課税のリスクを軽減できます。

4. 終わりに

役員給与と現物給与、福利厚生費の区分は、法人税法と所得税法の両面から検討する必要があり、非常に複雑です。

特に、現物給与が供与される場合、所得税法上は源泉徴収が必要となり、法人税法上の定期同額給与の要件を満たさなくなる可能性がある点に注意が必要です。

また、役員のみを対象とする経済的利益の供与は、原則として給与(現物給与)として課税されるため、福利厚生制度を設計する際は、全従業員を対象とすることが重要です。

ご不明な点やご相談がございましたら、お気軽に当事務所までお問い合わせください。


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