26回 従業員社宅を建築して消費税の仕入税額控除と特定同族会社の事業用宅地等の特例を両方受ける可否【尼崎の税理士法人の解説】

税理士法人松野茂税理士事務所 従業員社宅を建築して消費税の仕入税額控除と特定同族会社の事業用宅地等の特例を両方受ける可否(尼崎の税理士法人の解説)
目次


免責事項

本記事は事例研究として、個人的に消費税の仕入税額控除と特定同族会社の事業用宅地等の特例(小規模宅地等の特例による80%減額)の両方を受けることの可能性を条文から確認したものです。

個々の事案すべてにおいて同様の効果を保証するものではありません。また、税務署によって取り扱いが異なることもあり、当事務所は一切の責任を負いません。実際の適用に当たっては、必ず税理士等の専門家にご相談ください。


はじめに

同族会社が従業員用の社宅を建築する際、消費税の仕入税額控除と相続税の小規模宅地等の特例を同時に受けることは可能でしょうか。

本記事では、この実務上重要なテーマについて、関連条文を詳しく検証し、両方の特例を受けるための要件と実務上のポイントを解説いたします。


事例の前提条件

  • 土地所有者: 被相続人(個人)
  • 建物建築: 同族会社(被相続人の経営する法人)
  • 用途: 従業員(使用人)への社宅(寄宿舎等)※役員社宅は対象外
  • 土地の賃貸借: 相当の対価(固定資産税の3倍程度の地代)を支払い、無償返還の届出を提出
  • 従業員への貸与: 現物給与として無償または一部負担で提供
  • 厚生施設としての位置づけ: 被相続人の親族(役員等)のみが使用するものではなく、従業員のための福利厚生施設

第1部:消費税の仕入税額控除について

社宅の消費税における課税仕入の取り扱い

従業員社宅の建築費用について、消費税の仕入税額控除を受けることができるかどうかは、「居住用賃貸建物」に該当するか否かがポイントとなります。

消費税法第30条第10項(居住用賃貸建物の取得等に係る仕入税額控除の制限)

この条文が、居住用賃貸建物の仕入税額控除を直接制限する中心的な規定です。

【消費税法第30条(仕入れに係る消費税額の控除)】

第三十条

(1項~9項省略)

10項 事業者が、国内において行う第十項に規定する居住用賃貸建物(以下この項及び第三十五条の二において「居住用賃貸建物」という。)の課税仕入れ等(課税仕入れその他これに類するものとして政令で定めるものをいう。以下この項において同じ。)を行った場合において、当該課税仕入れ等が当該居住用賃貸建物の取得、その他建設これに類するものとして政令で定めるもの(以下この項及び第三十五条の二第一項において「取得等」という。)に該当するときは、当該居住用賃貸建物の取得等に係る課税仕入れ等の税額は、第一項の規定にかかわらず、同項に規定する課税仕入れ等の税額とみなさない。

つまり、「居住用賃貸建物」に該当する場合は、その取得等に係る消費税について仕入税額控除ができないということです。

「居住用賃貸建物」に該当しないための要件

本事例において、仕入税額控除を受けるためには、建築した社宅が「居住用賃貸建物」に該当しないことを証明する必要があります。

対価の支払いがないことを証明する書類

従業員に対して無償または現物給与として提供する場合、以下の書類を整備することで、「居住用賃貸建物」に該当しないことを明確にします。

1. 取締役会の議事録

  • 当該建物を取得し、福利厚生として従業員に無償で提供することを決定した記録

2. 社宅管理規程

  • 家賃を徴収しない旨、または現物給与として提供する旨を明確に規定した社内規程

3. 従業員との契約書

  • 賃貸借契約書など、無償または現物給与での貸与であることを示す契約書

4. 現物給与として源泉所得税・社会保険料の対象とすること

これらの書類を整備し、現物給与として源泉所得税・社会保険料の対象とすることで、居住用賃貸建物に該当しないことが、判例・通達運用および実務事例に基づき認められています。

重要な注意点

ただし、消費税法の改正には注意してください。

税制は常に改正される可能性がありますので、実際に適用される際は最新の法令を確認する必要があります。


第2部:土地の賃貸借契約について

同族会社が被相続人から土地を借りて社宅を建築する場合、土地の賃貸借契約を適切に設定する必要があります。

被相続人から土地を借りる際の要件

1. 相当の対価を支払うこと

固定資産税の3倍程度の地代を支払うことが一般的です。

相当の地代を支払うことで、借地権の認定課税を回避することができます。

2. 借地権問題をクリアにするために無償返還の条項を賃貸契約書に織り込む

土地の賃貸借契約書に、「契約終了時に土地を無償で返還する」旨の条項を明記します。

3. 税務署に無償返還の届出を提出

**「土地の無償返還に関する届出書」**を、土地所有者(被相続人)と借地人(同族会社)の連署により、双方の所轄税務署に提出します。

提出時期: 土地の賃貸借を開始した日の属する事業年度の確定申告書の提出期限まで

①から④に代えて、相当の地代を支払い自然発生借地権も可能

なお、無償返還届を提出する代わりに、相当の地代(固定資産税の6倍程度、または土地の更地価格の6%程度)を支払うことで、借地権を自然発生させる方法もあります。

ただし、本事例では無償返還届を提出する方法を前提としています。


第3部:特定同族会社の事業用宅地等(厚生施設として80%減額)

根拠条文

従業員の社宅(寄宿舎等)の敷地について、相続税の小規模宅地等の特例が適用できるかどうかは、以下の通達が根拠となります。

【租税特別措置法通達69の4-6(使用人の寄宿舎等の敷地)】

69の4-6 被相続人等の営む事業に従事する使用人の寄宿舎等(被相続人等の親族のみが使用していたものを除く。)の敷地の用に供されていた宅地等は、被相続人等の当該事業に係る事業用宅地等に当たるものとする。

(平22課資2-14、課審6-17、徴管5-10改正)

通達の解釈

寄宿舎等には社宅が含まれます。

これは被相続人の事業に関係しているので、貸付事業用宅地等として取り扱うよりも被相続人の事業用宅地等として取り扱う方が合理的であると考えられるからです。

(使用人の寄宿舎等の敷地)の通達は被相続人の事業用宅地等の取り扱いを明らかにしたものですが、特定同族会社の事業用宅地等も同様の取り扱いになるものと思われます。

重要な留意点:役員社宅は該当しない

本特例における「使用人の寄宿舎等」とは、従業員(使用人)のための厚生施設を意味します。

通達69の4-6においても「被相続人等の親族のみが使用していたものを除く。」と明記されており、役員(特に同族役員)の社宅は厚生施設に該当しません。

したがって、本事例研究は以下の場合に適用可能です:

  • 適用可: 従業員(使用人)のための社宅
  • 適用不可: 役員社宅(特に同族役員の社宅)
  • 適用不可: 被相続人の親族のみが使用する社宅

実務上は、従業員と役員の両方が使用する社宅の場合、従業員が主として使用している実態があれば適用が認められる可能性がありますが、慎重な判断が必要です。

特定同族会社の事業用宅地等の特例

同族会社が従業員の社宅として使用している土地は、被相続人が所有している場合でも、特定同族会社の事業用宅地等として、以下の特例を受けることができます。

適用要件(租税特別措置法第69条の4第3項第3号):

  • 相続開始の直前において、被相続人等の同族会社の事業の用に供されていた宅地等であること
  • その宅地等を相続税の申告期限まで有していること
  • その法人の事業の用に供されていること

特例の内容:

  • 適用面積: 400㎡まで
  • 減額割合: 80%

重要な特徴:3年縛りの適用がない

特定同族会社の事業用宅地等の特例には、貸付事業用宅地等のような「相続開始前3年以内に貸付事業の用に供された宅地等」の制限(いわゆる3年縛り)がありません。

したがって、相続開始直前に社宅を建築した場合でも、要件を満たせば特例の適用が可能です。

厚生施設として認められない場合のリスク

ただし、税務署が厚生施設(使用人の寄宿舎等)として認めない場合には、以下のリスクがあります。

貸付事業用宅地等への区分変更のリスク:

  • 厚生施設として認められない場合 → 貸付事業用宅地等として取り扱われる
  • 貸付事業用宅地等の特例:
    • 適用面積: 200㎡まで(400㎡より狭い)
    • 減額割合: 50%(80%より低い)
    • 3年縛りの適用: 相続開始前3年以内に貸付事業の用に供された宅地等は原則適用不可

厚生施設として認められないケース:

  • 役員や被相続人の親族のみが使用している場合
  • 従業員の使用実態がない場合
  • 実質的に不動産賃貸事業として運営されている場合
  • 社宅管理規程等が整備されておらず、福利厚生目的が不明確な場合

このため、厚生施設としての実態を確保し、適切な書類整備を行うことが極めて重要です。


土地の評価方法

本事例における土地の相続税評価額は、以下のように計算されます。

相続税評価における土地の評価

自用地評価 × (1 – 20%) × (1 – 80%) = 自用地評価 × 16%

計算の内訳

  1. 自用地評価: 土地の更地としての評価額
  2. (1 – 20%): 無償返還届出を提出している場合の減額(貸宅地としての評価)= 80%
  3. (1 – 80%): 特定同族会社の事業用宅地等の特例による減額 = 20%
  4. 最終評価: 80% × 20% = 16%(自用地評価額の84%減)

取引相場のない株式の純資産価額評価における取扱い

同族会社が所有する取引相場のない株式を評価する際、純資産価額方式を適用する場合には、以下の点に注意が必要です。

財産評価基本通達186-2(純資産価額の計算)

純資産価額の計算において、土地等については相続税評価額に基づいて評価しますが、無償返還届出を提出している借地については、自用地評価額の20%を加算する必要があります。

評価方法:

  • 貸宅地(無償返還届出あり)の評価: 自用地評価額 × 80%
  • 借地権(無償返還届出あり)の評価: 自用地評価額 × 20%

同族会社の純資産価額を計算する際には、借地権相当額(自用地評価額の20%)を資産として計上する必要があります。

これにより、株式評価額が上昇することになりますので、事業承継時の株式移転等を検討する際には、この点を考慮する必要があります。


消費税の仕入税額控除について

社宅建築による消費税の仕入税額控除

居住用賃貸建物に該当しない場合、建築費用について消費税の仕入税額控除が可能となります。

従業員への社宅を現物給与として提供する本事例では、適切な書類整備と実態を確保することで、仕入税額控除の適用が可能となります。


実務上の手続きの流れ

【事前準備】

  1. 土地の相続税評価額の試算
  2. 社宅建築費用の見積もり取得
  3. 節税効果のシミュレーション
  4. 資金計画の策定

【契約段階】

  1. 土地賃貸借契約書の作成
    • 地代の設定(固定資産税の3倍程度)
    • 無償返還条項の記載
  2. 無償返還届の作成・提出
    • 土地所有者と同族会社の連署
    • 双方の所轄税務署に提出
  3. 取締役会議事録の作成
    • 社宅建築の決議
    • 福利厚生としての無償提供の決定
  4. 社宅管理規程の整備
    • 現物給与としての取り扱い
    • 使用料の定め(無償または一部負担)

【建築段階】

  1. 建築請負契約の締結
  2. 消費税の仕入税額控除の適用を受けるための帳簿書類の整備
  3. 建物完成・引渡し
  4. 固定資産台帳への登録

【運用段階】

  1. 従業員との社宅使用契約の締結
  2. 給与計算における現物給与の処理
    • 給与明細への記載
    • 源泉所得税の徴収
  3. 社会保険料の適正な算定
    • 現物給与を含めた標準報酬月額の決定
  4. 地代の支払い
    • 毎月または毎年の地代支払い
    • 支払証跡の保管

【相続時】

  1. 特定同族会社事業用宅地等の特例の適用申請
  2. 相続税申告書の作成・提出
  3. 申告期限までの継続要件の確認
    • 土地を引き続き所有していること
    • 同族会社が事業を継続していること
    • 土地が同族会社の事業の用に供されていること

実務上の注意点

1. 現物給与としての適正処理

従業員への社宅貸付が現物給与として認められるためには、以下の処理が必要です。

  • 給与明細への記載: 現物給与として金額を明記
  • 源泉所得税の徴収: 現物給与を含めた給与総額から源泉徴収
  • 社会保険料の算定: 現物給与を含めた標準報酬月額の決定
  • 労働保険の適用: 現物給与を賃金総額に含める

2. 社宅規程の整備

以下の事項を明記した社宅規程を作成します。

  • 対象となる従業員の範囲
  • 社宅の使用条件
  • 使用料の定め(無償または一部負担)
  • 現物給与としての取り扱い
  • 使用期間の制限
  • 禁止事項

3. 無償返還届の確実な提出

  • 提出期限を厳守(賃貸借開始の事業年度の確定申告書提出期限まで)
  • 土地所有者と借地人の双方の所轄税務署に提出
  • 控えを保管し、相続時に提示できるようにする

4. 継続要件の維持

相続税の申告期限まで、以下の要件を満たし続ける必要があります。

  • 土地を相続人が引き続き所有していること
  • その土地が同族会社の事業の用に供されていること
  • 同族会社が事業を継続していること

これらの要件を満たさなくなった場合、特例の適用が受けられなくなり、修正申告が必要となります。

5. 消費税の調整計算

消費税法第33条により、建物の取得後3年間に課税売上割合が著しく変動した場合、仕入税額控除の調整計算が必要となる場合があります。


税務リスクと対応策

想定される税務リスク

  1. 居住用賃貸建物に該当すると認定されるリスク
    • 現物給与としての処理が不十分な場合
    • 社宅規程が整備されていない場合
  2. 特定同族会社事業用宅地等に該当せず、貸付事業用宅地等として取り扱われるリスク
    • 実質的に従業員が使用していない場合
    • 被相続人の親族(役員等)のみが使用している場合
    • 役員社宅として使用されている場合
    • 厚生施設としての実態がない場合
    • 貸付事業用宅地等とされた場合の不利益:
      • 適用面積: 400㎡ → 200㎡に縮小
      • 減額割合: 80% → 50%に低下
      • 3年縛りの適用: 相続開始前3年以内に貸付事業の用に供された場合、原則適用不可
    • 特に相続開始直前に建築した場合、3年縛りにより特例適用自体が不可となる重大なリスク
  3. 無償返還届の手続き不備によるリスク
    • 提出期限を過ぎた場合
    • 記載内容に不備がある場合

対応策

  1. 適切な書類の整備
    • 取締役会議事録
    • 社宅管理規程
    • 従業員との使用契約書
    • 給与明細
    • 源泉徴収票
  2. 実態の確保
    • 実際に従業員(使用人)が居住していることの確認
    • 役員や被相続人の親族が使用していないことの確認
    • 定期的な使用状況の把握
    • 入居者名簿の管理
  3. 専門家への相談
    • 税理士への事前相談
    • 税務調査時の対応準備

まとめ

従業員社宅を建築して、消費税の仕入税額控除と特定同族会社の事業用宅地等の特例(小規模宅地等の特例による80%減額)の両方を受けることは、条文上可能であり、適切な手続きと実態を整えることで実現できます。

成功のポイント

  1. 消費税面: 現物給与としての適正処理により「居住用賃貸建物」に該当しないことを明確にする
  2. 相続税面: 無償返還届の確実な提出と特定同族会社事業用宅地等の要件を満たす
  3. 実務面: 取締役会議事録、社宅規程、従業員との契約書等を整備する
  4. 継続面: 相続税の申告期限まで要件を維持する
  5. 株式評価面: 純資産価額評価における借地権(自用地の20%)の加算に留意する
  6. 厚生施設の実態確保: 従業員の使用実態を確保し、貸付事業用宅地等への区分変更リスクを回避する

考慮すべき事項

  • 消費税: 建築費用について仕入税額控除が可能
  • 相続税: 小規模宅地等の特例により最大80%の評価減が可能
  • 株式評価: 同族会社の純資産価額評価において借地権(自用地の20%)を加算
  • 3年縛りの不適用: 特定同族会社の事業用宅地等には3年縛りがない(相続開始直前の建築でも適用可能)
  • 貸付事業用宅地等とされるリスク: 厚生施設として認められない場合、適用面積200㎡・減額割合50%に低下し、3年縛りの適用により特例自体が不可となる可能性

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