はじめに:なぜこの特例があるのか
相続によって、長年営んできた事業や生活の基盤を失うことがないよう、税制面から支援するのが「小規模宅地等の特例」です。
この特例を適用すれば、事業用宅地は400㎡まで評価額を80%減額できます。例えば、評価額5,000万円の土地であれば4,000万円の減額となり、相続税額で数百万円から千万円単位の節税につながることも珍しくありません。
しかし、適用要件は複雑で、少しの違いで適用できなくなることも。今回は、「特定事業用宅地等」について、実務でよくある疑問を設問形式でご紹介します。ぜひ、まずはご自身で考えてから答えを確認してみてください。
💡 制度の種類について
事業用宅地の特例には、「特定事業用宅地等」(個人事業)と「特定同族会社事業用宅地等」(法人事業)があります。本記事では主に個人事業を前提とした「特定事業用宅地等」を解説しますが、設問10で法人との関係にも触れています。
設問1:相続開始前3年以内の事業用宅地
【問題】
被相続人は、相続開始前3年以内に取得した土地で事業を営んでいました。この土地について、小規模特定事業用宅地等の特例は適用できるでしょうか? <details> <summary>▼ 答えを見る</summary>
【答え】
原則として適用できません(いわゆる「3年縛り」)
ただし、重要な例外があります。
例外として適用できるケース:
- その事業用の宅地等が、相続開始時点で被相続人の事業用資産の15%以上を占めている場合
なお、相続開始前3年を経過した宅地等については、事業規模の大小を問わず適用可能です。
実務のポイント:
平成31年度税制改正により導入された「3年縛り」は、相続直前の駆け込み的な節税対策を防止することが目的です。ただし、本格的な事業拡大による土地取得の場合は、15%要件という救済措置があります。
**注意:**この15%要件は、貸付事業用宅地等(不動産賃貸業)には適用されず、事業用宅地(小売業、製造業、飲食業など)のみに適用されます。 </details>
設問2:使用貸借の建物での事業
【問題】
被相続人甲が所有する土地の上に、生計を別にする長男が建物を建てました。その建物で、甲が鍼灸院を経営しています(長男からの無償での使用貸借)。この土地に特例は適用できるでしょうか? <details> <summary>▼ 答えを見る</summary>
【答え】
適用できます(OK)
親族が所有する建物を無償で借りて(使用貸借)、被相続人が事業を行っている場合でも、土地は被相続人の所有であれば特例の適用が可能です。
ポイント:
重要なのは**「土地の所有者=被相続人」かつ「事業の主体=被相続人」**という点です。建物の所有者は問われません。 </details>
設問3:使用貸借で親族が事業
【問題】
設問2と似た状況ですが、今度は長男が鍼灸院を経営しており、土地は被相続人甲から使用貸借で借りています。この土地に特例は適用できるでしょうか? <details> <summary>▼ 答えを見る</summary>
【答え】
適用できません(NG)
設問2との違いは**「事業の主体」**です。土地の所有者(被相続人)と事業を営んでいる者(長男)が異なるため、特例は適用できません。
比較整理:
| 設問 | 土地所有者 | 事業主体 | 判定 |
|---|---|---|---|
| 設問2 | 被相続人 | 被相続人 | ✅ OK |
| 設問3 | 被相続人 | 長男 | ❌ NG |
この違いは実務上、非常に重要です。土地所有者と事業主体の一致が鍵となります。 </details>
設問4:従業員の寄宿舎等(社宅)として利用
【問題】
被相続人が所有する土地・建物を従業員の寄宿舎等として利用しています。一部の部屋には親族も居住していますが、特例は適用できるでしょうか? <details> <summary>▼ 答えを見る</summary>
【答え】
適用できます(OK)
従業員の福利厚生目的で使用する寄宿舎等は、事業用宅地として認められます。一部に親族が居住していても、従業員用社宅としての性格が失われない限り、問題ありません。
実務上の注意点:
ただし、次の設問5との違いに注意が必要です。 </details>
(使用人の寄宿舎等の敷地)
(使用人の寄宿舎等の敷地)
69の4-6 被相続人等の営む事業に従事する使用人の寄宿舎等(被相続人等の親族のみが使用していたものを除く。)の敷地の用に供されていた宅地等は、被相続人等の当該事業に係る事業用宅地等に当たるものとする。(平22課資2-14、課審6-17、徴管5-10改正)
寄宿舎等には社宅が含まれます。これは被相続人の事業に関係しているので貸付事業用宅地等として取り扱うよりも被相続人の事業用宅地等として取り扱う方が合理的であると考えられるからです。
合理性 社宅の建設費の回収は賃料収入では回収できません。本業の収益から投資回収できるためです。
通達の見つけました
(法人の社宅等の敷地)
(法人の社宅等の敷地)
69の4-24
措置法第69条の4第3項第3号の要件の判定において、同号に規定する法人の社宅等(被相続人等の親族のみが使用していたものを除く。)の敷地の用に供されていた宅地等は、当該法人の事業の用に供されていた宅地等に当たるものとする。
設問5:親族専用の社宅
【問題】
被相続人が所有する社宅に、親族のみが住んでいる場合はどうでしょうか? <details> <summary>▼ 答えを見る</summary>
【答え】
適用できません(NG)
設問4と5の違いは、従業員が実際に居住しているかどうかです。親族のみの居住では「事業用」とは認められません。
設問4と5の境界線:
- 従業員が実質的に利用している → ✅ OK
- 親族のみの利用 → ❌ NG
形式的な社宅契約だけでなく、実質判断が重要です。 </details>
設問5-2:共有で一部の相続人が事業承継
【問題】
被相続人の事業用宅地を、事業を継続する相続人Aと、事業を引き継がない相続人Bが1/2ずつ共有で相続しました。特例の適用はどうなるでしょうか? <details> <summary>▼ 答えを見る</summary>
【答え】
Aの持ち分については適用できます(A:OK、B:NG)
事業を承継した相続人の持ち分部分については、要件を満たせば特例の適用が可能です。一方、事業を承継しない相続人の持ち分には適用できません。
実務のポイント:
共有の場合、相続人ごとに適用の可否を判定します。遺産分割協議の際に考慮すべき重要なポイントです。 </details>
設問6:相続後に事業を廃止して賃貸
【問題】
相続人が事業用宅地を取得した後、事業を廃止してその土地を第三者に賃貸した場合、特例は適用できるでしょうか? <details> <summary>▼ 答えを見る</summary>
【答え】
適用できません(NG)
特例の要件として、相続人は申告期限まで事業を継続する必要があります。事業を廃止して不動産賃貸に切り替えた場合、「事業の継続」とは認められません。
注意すべきタイミング:
相続開始から申告期限(原則10ヶ月)まで、慎重な取り扱いが必要です。
補足:
そもそも「特定事業用宅地等」は不動産貸付業には適用されません。不動産賃貸業は別途「貸付事業用宅地等」として50%減額の対象となる場合があります(要件が異なります)。 </details>
設問7:土地と建物の取得者が異なる場合
【問題】
被相続人の事業用の土地を配偶者が取得し、建物を長男が取得しました。長男が事業を継続する場合、特例は適用できるでしょうか? <details> <summary>▼ 答えを見る</summary>
【答え】
適用できません(NG)
特例の適用要件として、宅地を取得した者が事業を引き継ぐ必要があります。この事例では、土地を取得したのは配偶者、事業を継続するのは長男と異なるため、適用できません。
遺産分割時の注意点:
特例適用を考える場合、土地取得者と事業承継者を一致させることが重要です。 </details>
設問8:申告期限前の二次相続
【問題】
事業を引き継いだ相続人が、申告期限前に死亡してしまいました。この場合の特例適用はどうなるでしょうか? <details> <summary>▼ 答えを見る</summary>
【答え】
二次相続の相続人が事業を引き継げばOK、引き継がなければNG
最初の相続(一次相続)での特例適用は、最終的に事業が継続されているかどうかで判断されます。
実務上の取り扱い:
- 二次相続人が事業継続 → 一次相続で特例適用 ✅ OK
- 二次相続人が事業廃止 → 一次相続で特例適用 ❌ NG
複雑なケースですが、「事業継続の実質」を重視した判断となります。 </details>
設問9:事業の一部を転業
【問題】
相続後、事業の一部を別の業種に転業しました。特例の適用はどうなるでしょうか? <details> <summary>▼ 答えを見る</summary>
【答え】
適用できます(OK)
事業の一部を転業しても、事業そのものを継続している限り、特例の適用は可能です。
認められる例:
- 飲食店から物販店への転換
- 製造業から卸売業への転換
- サービス業の業種変更
ポイント:
「事業の廃止」ではなく「事業の継続(業種変更含む)」と判断されます。 </details>
設問10:法人成りした場合【重要】
【問題】
相続後、個人事業を法人化(法人成り)しました。特例は適用できるでしょうか? <details> <summary>▼ 答えを見る</summary>
【答え】
「特定事業用宅地等」としては適用できません(NG)
ただし、「特定同族会社事業用宅地等」として適用できる可能性があります
重要な区別
個人事業の廃止と判断される理由:
法人成りによって個人事業は消滅するため、「特定事業用宅地等」(個人事業用)の要件である「事業の継続」は満たせません。
しかし、救済措置があります:
以下の要件を満たせば、「特定同族会社事業用宅地等」として特例適用が可能です。
特定同族会社事業用宅地等の主な要件
- 法人の株式要件
- 相続人が法人の株式を相当程度保有していること
- 具体的には、相続人とその同族関係者で発行済株式総数の50%超を保有
- 法人の事業継続要件
- 法人が申告期限まで事業を継続していること
- 建物・構築物の使用継続
- 相続人がその土地の上にある建物等で事業を営んでいること
- 土地の保有継続
- 相続人が申告期限まで土地を保有し続けること
実務上の重要ポイント
タイミングの選択肢:
- 申告期限後に法人成り → 個人事業として特例適用(80%減額)
- 相続開始前に法人成り → 法人事業として特例適用を検討(要件を満たせば80%減額)
どちらを選ぶべきか:
事業承継計画全体を考慮し、法人化のメリット・デメリットと相続税対策を総合的に判断する必要があります。
注意:
この判断は非常に専門的で、タイミングを誤ると大きな損失につながります。必ず事前に税理士にご相談ください。 </details>
設問10-2:一部を売却または貸付
【問題】
事業用宅地の一部を売却、または第三者に貸し付けた場合はどうでしょうか? <details> <summary>▼ 答えを見る</summary>
【答え】
一部売却と一部貸付では、取り扱いが異なります
ケース1:一部を売却した場合
残った部分については適用できます(残存部分:✅ OK)
宅地の一部を売却しても、残りの部分で事業を継続していれば、その残存部分については特例の適用が可能です。
ケース2:一部を第三者に貸し付けた場合
より慎重な判断が必要です
事業用宅地の一部を不動産賃貸に転用した場合、以下の問題が生じます:
- 事業用部分の判定
実質的に事業に使用している部分のみが「特定事業用宅地等」として認められます - 貸付事業用宅地等との区分
貸付部分は「貸付事業用宅地等」として、別途50%減額(200㎡まで)の対象となる可能性がありますが、要件が異なります - 全体が貸付事業とみなされるリスク
貸付の規模や実態によっては、土地全体が「貸付事業用宅地等」とみなされ、80%減額が適用できなくなる可能性もあります
設問10との比較
| 状況 | 事業の同一性 | 特例適用 |
|---|---|---|
| 法人成り | 失われる | ❌ 個人事業としてはNG(法人として再検討) |
| 一部売却 | 維持される | ✅ 残存部分はOK |
| 一部貸付 | 要検討 | ⚠️ 実態に応じて判断 |
実務のポイント:
一部の売却・貸付を検討する場合は、特例への影響を事前に税理士に確認することを強くお勧めします。 </details>
設問11:建物の建替え
【問題】
相続開始前、または相続開始後に建物を建て替えた場合、特例は適用できるでしょうか? <details> <summary>▼ 答えを見る</summary>
【答え】
適用できます(OK)
建物の建替えは、土地の継続使用と判断されるため、特例の適用に影響しません。
適用できるケース:
- 相続開始前の建替え → ✅ OK
- 相続開始後、申告期限前の建替え → ✅ OK
実務のポイント:
建替え期間中も「事業の用に供している」と判断されます。ただし、建替え後も事業を継続する意思と実態が必要です。 </details>
まとめ:特例適用の5つのポイント
小規模特定事業用宅地等の特例(400㎡まで80%減額)を正しく適用するため、以下のポイントを押さえましょう。
1. 3年縛りに注意
相続開始前3年以内取得の土地は、原則として適用不可(15%要件の例外あり)
2. 事業主体と土地所有者の一致
被相続人が事業を営み、かつ土地を所有していることが重要
3. 事業承継者と宅地取得者の一致
事業を引き継ぐ人が土地を相続することが原則
4. 申告期限までの事業継続
相続開始から申告期限(10ヶ月)まで、事業を継続する必要がある
5. 法人成りは慎重に検討
申告期限前の法人化は、個人事業の特例は失うが、法人事業の特例(特定同族会社事業用宅地等)の適用を検討できる
「特定事業用宅地等」と「特定同族会社事業用宅地等」の違い
| 項目 | 特定事業用宅地等 | 特定同族会社事業用宅地等 |
|---|---|---|
| 事業形態 | 個人事業 | 法人事業(同族会社) |
| 減額割合 | 80%(400㎡まで) | 80%(400㎡まで) |
| 主な要件 | ・事業継続<br>・土地保有継続 | ・株式保有要件<br>・法人の事業継続<br>・土地保有継続 |
| 適用対象 | 被相続人の個人事業用地 | 同族法人に貸し付けている土地 |
どちらの制度を使うべきかは、事業承継計画全体の中で判断する必要があります。
税理士法人松野茂税理士事務所にご相談ください
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<small>※ この記事は一般的な情報提供を目的としたものです。個別の案件については、税制改正や個別事情により判断が異なる場合がありますので、必ず税理士にご相談ください。</small>
