はじめに
相続により土地と建物を別々の相続人が取得するケースは実務上よく見受けられます。今回は、お母様が土地を、長男様が家屋を相続され、共同でアパート経営を行っている場合の「特定の事業用資産の買換え特例」の適用について解説いたします。
ご相談内容
【ケーススタディ】
お父様から相続により、お母様が土地を、長男様が家屋を取得されました。現在、この土地建物でアパート経営を営んでおり、お母様と長男様は同居かつ生計を一にしていらっしゃいます。
このような状況で、将来的に買換えを検討される際、「特定の事業用資産の買換え特例」の適用は可能でしょうか?
特定の事業用資産の買換え特例とは
この特例は、個人が事業用資産を譲渡し、一定期間内に新たな事業用資産を取得して事業に供した場合、譲渡益の課税を繰り延べることができる制度です(措置法37条)。
通常、不動産を売却して利益が出た場合、その年に譲渡所得税が課税されますが、この特例を適用することで、税負担を将来に繰り延べることが可能となります。
本ケースにおける特例適用のポイント
1. 所有期間の要件(10年超)
特例の適用には、譲渡資産の所有期間が10年を超えることが必要です。相続により取得した資産については、被相続人(お父様)の所有期間を引き継ぐことができます。したがって、お父様の所有期間を含めて10年を超えていれば、この要件を満たします。
2. お母様(土地所有者)の場合
お母様が所有する土地については、以下の要件を満たすことで特例の適用が可能です:
- 面積要件:買換え資産(土地)の面積が、譲渡資産(土地)の面積の5倍以内
- 最低面積要件:300㎡以上の土地であること
- 事業供用要件:生計を一にする親族(長男様)の事業用に供されている場合も、本人の事業用として取り扱われます
3. 長男様(家屋所有者)の場合
長男様が所有する家屋についても買換え特例の適用は可能ですが、重要な注意点があります:
- 家屋部分のみ:長男様は家屋の所有者であるため、家屋の買換えについてのみ特例を適用できます
- 土地は特例対象外:長男様は土地を所有していないため、買換え資産として土地を購入しても、その土地について買換え特例を受けることはできません
- 実務上の注意:長男様が買換えを行う場合は、家屋(建物)対家屋(建物)の買換えに限定されます
生計を一にする親族の事業用資産の取扱い
国税庁の通達(措置法通達37-22)により、譲渡資産または買換え資産が「生計を一にする親族」の事業に使用されている場合でも、所有者本人の事業用資産として取り扱われます。
これにより、お母様の土地を長男様のアパート経営に使用している場合でも、お母様自身の事業用資産として特例の適用が可能となります。
実務上の留意点
1. 使用貸借関係の明確化
土地と建物の所有者が異なる場合、使用貸借関係を明確にしておくことが重要です。無償で土地を使用させている場合でも、その旨を書面化しておくことをお勧めします。
2. 生計一の証明
税務署への申告時には、生計を一にしていることを証明する必要があります。住民票の提出や、生活費の負担状況などを説明できるよう準備しておきましょう。
3. 買換え資産の選定
特例の適用を受けるためには、買換え資産も事業用でなければなりません。新たに取得する不動産が確実に事業用に供されることを確認してください。
買換え資産の取得パターン別の特例適用
パターン1:母が土地、長男が家屋を取得する場合
譲渡資産と同じ構成で買換え資産を取得するケースです:
お母様の場合
- 土地の譲渡 → 土地の取得
- 新たに取得した土地を長男様(生計一親族)の事業用に供することで特例適用可能
- 面積要件(5倍以内かつ300㎡以上)を満たす必要あり
長男様の場合
- 家屋の譲渡 → 家屋の取得
- 新たに取得した家屋を自身の事業用に供することで特例適用可能
- お母様の土地上に家屋を建築する場合も、家屋部分について特例適用可能
パターン2:同族会社が家屋を取得する場合
買換え資産として、同族会社が家屋を取得するケースです:
重要なポイント
- 個人(長男様)が譲渡し、同族会社が買換え資産を取得する場合、買換え特例の適用は不可
- 特定の事業用資産の買換え特例は「個人」の特例であり、個人から法人への資産移転には適用されません
代替策の検討
- 長男様個人で家屋を取得し、同族会社に賃貸する
- この場合、賃貸用不動産として特例適用の可能性あり
- ただし、事業供用要件を満たすか個別検討が必要
- 同族会社への譲渡として別の税務戦略を検討
- 譲渡所得の分離課税(約20%)での課税
- 同族会社側で減価償却による節税効果を期待
実務上の選択のポイント
買換え資産の取得方法を決定する際は、以下の点を総合的に検討する必要があります:
- 税負担の比較:買換え特例による課税繰延べ vs 通常譲渡の税負担
- 将来の事業計画:個人事業継続か法人への移行か
- 相続対策:次世代への承継を見据えた所有形態の選択
- 資金調達:個人での借入れか法人での借入れか
まとめ
相続により土地と建物を別々に取得した場合でも、生計を一にする親族間であれば、特定の事業用資産の買換え特例の適用は可能です。ただし、それぞれの所有資産に応じた適用範囲となり、個人から法人(同族会社)への買換えには適用されないことに注意が必要です。
買換えをご検討の際は、事前に税理士にご相談いただき、特例の適用要件を満たしているか、また最適な買換え計画となっているかを確認されることをお勧めいたします。
特定資産の買換え特例における土地と建物の所得者が異なる場合の重要な解釈について(法人税・所得税共通)

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