不動産所得の事業的規模:実質判定が認められるための意見書作成術

不動産所得の事業的規模:実質判定が認められるための意見書作成術

税理士として30年の実務経験の中で、不動産所得の事業的規模判定は最も慎重な検討を要する論点の一つです。今回は、平成19年12月4日裁決が示した「実質判定7要素」に基づく意見書の実践的な書き方をご紹介します。

目次

前提:実質判定が必要となるケース

形式基準(5棟10室基準)を満たさない場合でも、実質的に事業と認められる場合があります。ただし、そのハードルは極めて高く、客観的証拠に基づく丁寧な立証が不可欠です。

重要な注意点: 意見書はあくまで税理士としての専門的見解を示すものであり、最終的な判断は税務署が行います。意見書の作成により事業的規模が自動的に認められるわけではなく、税務調査等において税務署の判断が示されることになります。

平成19年12月4日裁決が示した7つの判定要素

この重要裁決は、事業的規模の実質判定について以下の7要素を示しました:

  1. 営利性・有償性の有無
  2. 継続性・反復性の有無
  3. 自己の危険と計算における事業遂行性
  4. 取引に費やした精神的・肉体的労力の程度
  5. 人的・物的設備の有無
  6. 取引の目的
  7. 事業を営む者の職歴・社会的地位・生活状況

意見書作成の実践例

以下、実際の事例を参考にした意見書作成例をご紹介します。


意見書サンプル

不動産所得 事業的規模 実質判定 意見書

作成者:税理士法人松野茂税理士事務所
税理士 松野 茂

【本意見書の位置づけ】 本意見書は、所得税法施行令第26条に規定する「社会通念上事業と称するに至る程度の規模」(事業的規模)の該当性について、平成19年12月4日裁決が示した判断枠組みに基づき、税理士としての専門的見解を述べるものです。

ただし、事業的規模の該当性に関する最終的な判断権限は税務署にあり、本意見書の作成をもって事業的規模該当性が確定するものではありません。税務調査等において税務署が異なる判断を示す可能性があることを申し添えます。

実質判定7要素への本件あてはめ
(平成19年12月4日裁決・裁決事例集No.74の判断枠組みに基づく)


① 営利性・有償性の有無 ― ◎

認定事実: 年間賃貸料収入は数百万円規模であり、固定資産税・管理費・減価償却費等の所要経費を償ってなお相当の利益が生じている。賃貸料は市場相場に基づく適正な対価として設定されており、営利性・有償性は明らかである。

先例との比較: 昭和52年裁決で認容されたケースでも「所要の経費を償ってなお相当の利益が生じる程度の金額によって契約」していた点が評価されている。本件も同様の状況にある。


② 継続性・反復性の有無 ― ◎

認定事実: 複数室の賃貸を継続的・反復的に行っており、入退去に伴う新規賃借人の募集、契約締結を繰り返し行っている。一時的・偶発的な貸付けではなく、恒常的な不動産賃貸業として営まれている。

先例との比較: 否認例(平成19年裁決)でも継続性・反復性自体は認められており、本要素は通常争点にならない。


③ 自己の危険と計算における事業遂行性の有無 ― ◎

認定事実: 近年、大規模な修繕を実施しており(年間賃貸料収入に匹敵する規模)、貸主として極めて大きな経済的危険を負担している。空室リスク、滞納リスク、修繕リスクのすべてを自己の計算において引き受けている。

否認例との決定的相違点: 否認例では同族会社への専属貸付であり「会社の業績に応じて賃貸料が減額される」など、実質的な経済的危険負担が少ないと評価された。本件では独立した第三者への貸付であり、多額の修繕費用負担という事実が自己のリスクで事業を遂行していることを如実に示している。


④ 取引に費やした精神的・肉体的労力の程度 ― ◎

認定事実:

  • 家族を含めた管理体制を構築し、賃借人からの苦情・クレーム処理に対応
  • 大規模修繕に伴う業者選定・見積徴取・工事立会い・完了確認等の業務を実施
  • 入退去管理、賃料集金、契約更新手続き等の日常的管理業務に相当の精神的・肉体的労力を投入

否認例との決定的相違点: 否認例では「維持管理業務は実質的に賃借人が主導」「貸主の負担は軽微」と認定された。本件では自主管理を行い、家族も動員して管理に当たっており、管理業務の負担は質的にも量的にも否認例とは全く異なる。


⑤ 人的・物的設備の有無 ― ○

認定事実: 家族を含めた管理体制を構築し、組織的な対応を行っている。物的設備としても複数の賃貸用物件を所有・維持している。


⑥ 取引の目的 ― ◎

認定事実: 不動産賃貸による賃貸料収入を得ることを目的として行われており、営利目的は明確である。同族会社への便宜供与や節税目的ではなく、純粋な収益事業として営まれている。

否認例との相違点: 否認例では同族会社への貸付であり「汎用性が乏しい」「企画性が希薄」と評価されたが、本件は独立した第三者への貸付であり、市場における通常の不動産賃貸業として営まれている。


⑦ 事業を営む者の職歴・社会的地位・生活状況 ― ◎(最重要要素)

生活状況の認定事実:

  • 他の収入は年金等の限定的な収入のみ
  • 不動産収入が総収入の大部分を占める
  • 家族の生活費を含む家計全体を不動産収入から負担
  • 不動産賃貸業が生計維持の主柱であることは明白

否認例との決定的相違点: 否認例ではすべて「給与所得等の他の収入があり、不動産貸付けによる収入は副次的である」と認定されている。

  • 平成19年裁決:給与所得が年間1,100~1,300万円あり不動産収入が副次的
  • 平成16年裁決:同様に給与所得が主たる収入

本件の特殊性: 給与所得等がなく、不動産収入なくしては生計が成り立たない状況にある。この点が否認例の事実関係と根本的に異なる。


総合判断

要素本件評価否認例との相違
①営利性◎ 相当な収入規模同等以上
②継続性◎ 恒常的賃貸差異なし
③危険負担◎ 大規模修繕の自己負担決定的に異なる
④労力◎ 自主管理+家族動員決定的に異なる
⑤人的設備○ 家族を含む管理体制体制あり
⑥目的◎ 純粋な収益事業同族貸付ではない
⑦生活状況◎ 生計の主柱決定的に異なる

税理士としての意見: 否認例で否認の決め手となった「収入の副次性」「同族会社への専属貸付」「管理の外部委託」という3つの消極要素がいずれも本件には存在しない。特に⑦の生活状況において、不動産収入が生計の主柱である点は、否認例と根本的に異なる事実関係である。

平成19年12月4日裁決が示した判断枠組みに照らせば、本件は所得税法施行令第26条に規定する「社会通念上事業と称するに至る程度の規模」に該当すると考えられる。

**ただし、繰り返しになりますが、事業的規模の該当性に関する最終判断は税務署が行います。**本意見書は税理士としての専門的見解を示すものであり、税務調査等において税務署が異なる判断を示す可能性があることをご承知おきください。


意見書作成のポイント

1. 7要素すべてに言及する

一つでも検討漏れがあると、意見書の説得力が大きく損なわれます。平成19年裁決が示した判断枠組みに従い、すべての要素を検討した上で結論を導き出すことが重要です。

2. 客観的事実を明示する(ただし具体的数値は適度に抽象化)

  • 収入規模の程度(「数百万円規模」など)
  • 具体的な行動(家族を含む管理体制、自主管理の実態)
  • 収入構成の概要(不動産収入が主たる収入であること)

3. 否認例との相違点を明確化する

単に「事業である」と主張するのではなく、なぜ否認例とは異なる結論になるのかを論理的に説明する。

4. 最重要要素を見極める

多くの事例では⑦生活状況が決定的です。給与所得等の他の収入がなく、不動産収入が生計の主柱であるという事実は、否認例の「副業的」という評価と真逆の状況を示します。

5. 証拠書類の添付

  • 賃貸借契約書
  • 収支計算書
  • 修繕の見積書・領収書
  • 管理体制を示す資料
  • 収入証明書類

6. 最終判断権者を明記する

意見書の冒頭と末尾で、最終的な判断は税務署が行うことを明記します。これにより:

  • 税理士の責任範囲を明確化
  • 納税者に対する正確な情報提供
  • 税務署に対する誠実な姿勢の表明

税理士として留意すべき点

実質判定のリスク説明は必須

形式基準を満たさない場合の実質判定は、税務調査で否認されるリスクが常にあります。意見書を作成する際は、クライアントに以下を十分説明することが重要です:

  1. 意見書は税理士の見解であり、税務署の判断を拘束するものではない
  2. 税務調査で異なる判断が示される可能性がある
  3. 否認された場合、修正申告や延滞税等が発生する可能性がある
  4. 青色申告特別控除(65万円)が否認されるリスクがある

代替案の提示

可能であれば、駐車場の追加取得など、形式基準を満たす方向での提案も併せて行うべきでしょう。確実性を重視するなら、形式基準のクリアが最善の選択肢です。

継続的な状況確認

生活状況や管理実態が変われば、事業的規模の判定も変わります。毎年の確定申告時に状況を確認し、必要に応じて意見書を更新することが大切です。

書面での説明と同意

実質判定により事業的規模として申告する場合は、以下を書面で残すことをお勧めします:

  • 実質判定のリスク説明書
  • クライアントの同意書
  • 意見書の写し

実務での活用場面

この意見書作成手法は、以下のような場面で活用できます:

  • 相続で不動産を取得したケース:相続後に不動産賃貸が主たる収入源となる場合
  • 退職後に不動産賃貸に専念するケース:給与収入がなくなり、不動産収入が生計の主柱となる場合
  • 大規模修繕を実施したケース:自己資金で多額の修繕を行い、経済的リスクを負担している場合
  • 自主管理に切り替えたケース:管理会社への委託をやめ、自己管理に移行した場合

いずれの場合も、形式基準(5棟10室)を満たさないが、実質的には事業性が高いと考えられる状況です。


【参考資料】事業的規模に関する重要裁決・裁判例

1. 7要素判断の基準を示した裁決

平成19年12月4日裁決(裁決事例集No.74)

事案の概要:

  • 賃貸アパート2棟8室、月極駐車場4台分
  • 形式基準(5棟10室)を満たさず
  • 請求人が実質的に事業的規模に該当すると主張

審判所の判断: 事業的規模の実質判定について、以下の7要素を総合的に勘案すべきとの判断枠組みを明示:

  1. 営利性・有償性の有無
  2. 継続性・反復性の有無
  3. 自己の危険と計算における事業遂行性
  4. 取引に費やした精神的・肉体的労力の程度
  5. 人的・物的設備の有無
  6. 取引の目的
  7. 事業を営む者の職歴・社会的地位・生活状況

結論: 本件は事業的規模に該当しないと判断(否認)

実務上の重要性: この裁決は、実質判定の具体的な判断枠組みを初めて体系的に示したものとして、実務上の基準となっている。


2. 実質判定が否認された主要裁決事例

(1)平成19年12月4日裁決(上記と同一)

否認の主な理由:

  • 給与所得が年間1,100~1,300万円あり、不動産収入(約400万円)は副次的
  • 同族会社への専属貸付であり、会社の業績に応じて賃料が減額される契約
  • 維持管理業務は実質的に賃借人(同族会社)が主導
  • 貸主の負担は軽微で、自己の危険負担が少ない
  • 汎用性が乏しく、企画性が希薄

ポイント: 「収入の副次性」と「同族会社への便宜的貸付」が決定的な否認理由となった。


(2)平成16年6月29日裁決

事案の概要:

  • 貸家3棟、駐車場(台数不明)
  • 形式基準を満たさず

否認の主な理由:

  • 給与所得が主たる収入源
  • 不動産賃貸は副業的位置づけ
  • 管理は主に配偶者が行い、請求人本人の関与は限定的
  • 管理業務への精神的・肉体的労力の投入が不十分

ポイント: 本業(給与所得)があり、不動産賃貸が副業的である点が重視された。


(3)平成15年2月26日裁決

事案の概要:

  • 貸家2棟、貸地1筆
  • 形式基準を満たさず

否認の主な理由:

  • 請求人は会社員として勤務
  • 不動産所得は給与所得に比して少額
  • 管理は不動産業者に委託
  • 自己の精神的・肉体的労力の投入は極めて限定的

ポイント: 管理の外部委託により、自己の労力投入が認められなかった。


(4)平成9年11月14日裁決

事案の概要:

  • 貸家4棟
  • 形式基準(5棟10室)の5棟には達しないが近接

否認の主な理由:

  • 相続により取得した不動産で、事業拡大の計画性がない
  • 請求人は他に職業を有している
  • 不動産収入は補助的な収入
  • 管理業務への関与が限定的

ポイント: 相続取得であり、計画的な事業展開ではないと評価された。


3. 実質判定が認容された事例(参考)

昭和52年11月1日裁決

事案の概要:

  • 貸家3棟(形式基準未達)
  • しかし、事業的規模と認定

認容の主な理由:

  • 賃貸料は所要の経費を償ってなお相当の利益が生じる程度の金額
  • 継続的・反復的な賃貸
  • 請求人が相当の精神的・肉体的労力を費やして管理
  • 不動産賃貸が主たる生計手段

ポイント: 不動産賃貸が生計の主柱であり、自主管理により相当の労力を投入している点が評価された。この裁決は、実質判定で認容された数少ない事例として重要。


4. 否認事例から読み取れる共通要素

実質判定が否認された事例には、以下の共通点があります:

✗ 否認されやすい要素

  1. 給与所得等の他の収入が主
    • 不動産収入が副次的・補助的
    • 生計の主柱ではない
  2. 同族会社への貸付
    • 便宜的な貸付と評価される
    • 経済的危険負担が少ない
    • 賃料が会社の業績に連動
  3. 管理の外部委託
    • 自己の精神的・肉体的労力投入が少ない
    • 貸主の負担が軽微
  4. 相続・贈与による取得
    • 計画的な事業展開ではない
    • 偶発的な取得
  5. 本業が別にある
    • 会社員、自営業者等
    • 不動産賃貸への専念度が低い

◎ 認容されやすい要素

  1. 不動産収入が生計の主柱
    • 他に収入がない、または年金等の限定的収入のみ
    • 総収入の大部分を占める
  2. 独立した第三者への貸付
    • 市場相場による適正な賃料
    • 真の経済的危険を負担
  3. 自主管理
    • 相当の精神的・肉体的労力を投入
    • 入居者対応、修繕手配等を自己で実施
  4. 大規模な修繕等の実施
    • 自己資金で多額の投資
    • 経済的リスクの負担
  5. 不動産賃貸に専念
    • 他に職業がない
    • 時間的にも不動産業務に専念

5. 税理士が意見書作成時に留意すべき判例のポイント

最重要ポイント

実質判定において最も重視されるのは、**⑦生活状況(不動産収入が生計の主柱か否か)**です。

給与所得等の他の収入が主である場合、他の要素がどれほど充実していても否認される傾向が強いことが、裁決事例から明らかです。

立証のハードル

形式基準を満たさない場合、実質基準での立証は極めて困難です。認容事例は極めて少なく、多くが否認されています。

同族会社への貸付は特に厳しい

同族会社への貸付の場合、真の経済的危険負担があるか、便宜的な貸付ではないかが厳しく審査されます。


まとめ

不動産所得の事業的規模判定は、単なる形式的な基準ではなく、実質的な事業性の有無を問う論点です。平成19年裁決の7要素は、その判断枠組みを明確に示してくれています。

税理士として意見書を作成する際は、この7要素すべてについて丁寧に検討し、客観的証拠に基づいて説得的に論じることが求められます。特に、否認例との相違点を明確にすることで、本件が事業的規模に該当することの合理性を示すことができます。

**しかし、最も重要なのは、最終判断は税務署が行うという事実を、税理士自身が認識し、クライアントにも正確に伝えることです。**意見書はあくまで専門家としての見解であり、確実性を保証するものではありません。

裁決事例が示すように、実質判定での認容は極めて困難です。可能な限り形式基準(5棟10室)を満たす方向で検討することが、最も確実な方法であることを忘れてはなりません。

クライアントの利益を守りながら、適正な税務処理を実現する。そして、リスクを正確に伝え、インフォームド・コンセントを得る。それが私たち税理士の使命です。


税理士法人松野茂税理士事務所
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