はじめに:仲介会社を使わない又はネットでのM&A紹介の場合
最近、顧問先様から「取引先の下請け工場の社長が高齢で会社を閉めるので、その会社を引き継いでほしいと言われた」というご相談が増えています。このような案件は、M&A仲介会社の手数料の関係もあり、表に出てくることはほとんどありませんが、実は水面下では無数に存在しているのが実情です。またネットでの格安のM&Aも存在します。
今回は、仲介会社を使わずに自社でM&Aを実行する場合の実践的なポイントについて、実際のご相談事例を交えながら詳しくご説明いたします。
M&A市場の現実と買主側の意思決定基準
一般的なM&A価格の算定方法とその問題点
中小零細企業のM&A市場では、一般的に【修正簿価純資産+3年分の利益】程度で取引されることが多いです。しかし、この計算式はM&A専門の仲介会社の経験から生まれたもので、実は理論的な根拠はありません。
では、買主側として本当に重要な判断基準は何でしょうか?
社長の意思決定の核心:投資回収期間10年の法則
買主側でM&Aを成立させる意思決定において、最も重要なのは【投資金額が何年で回収できるのか】という点です。
一般的に:
- 投資金額が10年以内で回収可能 → 買いの意思決定
- 投資金額の回収が10年を超える → 見送り
これが実務上の判断基準となっています。
EBITDA(エビター)を使った投資判断の実際
EBITDAとは何か
EBITDA(Earnings Before Interest, Taxes, Depreciation, and Amortization)は、「利払前・税引前・減価償却前利益」を指します。一般的に「イービットディーエー」「エビーダ」などと呼ばれますが、「エビター」という読み方も存在します。
なぜEBITDAが重要なのか
損益計算書でEBITDAの数字を把握する方法は簡単です。
営業利益 + 減価償却費 = EBITDA
営業利益に減価償却費をプラスする理由は、減価償却費が現金の支出を伴わない費用だからです。つまり、実際のキャッシュフローをより正確に表す指標となります。
投資判断の具体的な計算例
M&Aでの投資判断は以下の式で行います:
投資金額 ÷ EBITDA = 回収年数
具体例を見てみましょう:
- 投資金額:1億円
- EBITDA:1,500万円
- 回収年数:1億円 ÷ 1,500万円 = 6.6年
この場合、10年以内での回収が可能なため、投資判断としては「買い」となります。
不動産投資の利回り計算で考えると: EBITDA 1,500万円 ÷ 投資金額 1億円 = 15%の利回り
投資金額の修正ポイント
実際の投資金額を算定する際は、以下の点を考慮して修正する必要があります:
- 役員退職金の招請
- M&A価格から役員退職金を調整した金額で計算
- 役員報酬の調整
- 例:役員報酬が2,000万円計上されている場合は、必要な役員報酬との差額を加算
- 経費の妥当性チェック
- 必要経費(広告宣伝費等)が過少計上されていないか
- 私的経費が含まれている場合は利益を修正
EBITDAを正しく把握するための販管費精査のポイント
役員報酬の適正性がEBITDAを大きく左右する
EBITDAの算定において、最も注意すべきは役員報酬の金額です。
例えば、現在の損益計算書で役員報酬が年間3,000万円計上されているケースを考えてみましょう。中小企業の実態として、これほどの役員報酬を買収後も支払い続けることは現実的ではありません。
具体例:
- 現オーナーの役員報酬:3,000万円
- 買収後の想定役員報酬:1,000万円
- 差額:2,000万円
この差額2,000万円は、実質的にEBITDAに加算できる金額となります。つまり、表面的なEBITDAが1,500万円でも、実質的には3,500万円として投資回収期間を計算すべきなのです。
売上維持に必要な販管費の見極め
1. 広告宣伝費の適正性チェック
広告宣伝費は売上に大きく影響を及ぼす重要な販管費です。M&A前の会社では、以下のような問題が潜んでいることがあります:
過少計上のリスク:
- 売上を良く見せるために広告宣伝費を削っている
- 買収後、売上維持のために追加投資が必要になる
- 実質的なEBITDAは表面上の数字より低くなる
チェックポイント:
- 同業他社の売上高広告宣伝費率との比較
- 過去3年間の広告宣伝費の推移
- 売上との相関関係の分析
2. 地代家賃の将来リスク
地代家賃についても、以下の点を必ず確認する必要があります:
確認すべき事項:
- 現在の賃料が相場と比較して適正か
- 賃貸借契約の残存期間
- 更新時の値上げ条項の有無
- オーナーとの特別な関係(親族間取引など)による優遇賃料でないか
実例: あるM&A案件で、売主の親族が所有する物件を相場の半額で借りていたケースがありました。M&A後、相場通りの賃料になったため、年間600万円のコスト増となり、投資回収期間が当初想定より3年も延びてしまいました。
3. その他の要注意販管費
人件費関連:
- 家族従業員への過大な給与支払い
- 実態のない役員への報酬
- 退職金規程の有無と将来負担
その他の経費:
- 交際費の中身(私的な支出の混入)
- 車両費(社長の個人的な高級車リース等)
- 旅費交通費(私的な旅行の混入)
実質EBITDAの算定例
実際の案件を想定して、表面的なEBITDAから実質EBITDAを算定してみましょう:
表面的な損益計算書:
- 売上高:1億円
- 売上原価:6,000万円
- 販管費:3,500万円(うち役員報酬3,000万円)
- 営業利益:500万円
- 減価償却費:300万円
- 表面的EBITDA:800万円
販管費の精査結果:
- 役員報酬の適正化:3,000万円→1,000万円(+2,000万円)
- 広告宣伝費の追加必要額:▲300万円
- 地代家賃の値上げ見込み:▲200万円
- その他私的経費の除外:+200万円
実質EBITDA: 800万円 + 2,000万円 – 300万円 – 200万円 + 200万円 = 2,500万円
このように、表面的には800万円のEBITDAが、精査後は2,500万円となり、投資判断が大きく変わることがあります。
実際の相談事例:なぜ事業譲渡が最適解なのか
ある顧問先様からの相談内容
先日、顧問先の社長様から以下のようなご相談をいただきました。
顧問先社長: 「先生、M&Aで会社を買います。取引先の下請け工場の社長が高齢で会社を閉めるので、その会社を引き継いでほしいそうです。先方は、退職金で預金を引き出した後、株式をいくらでも良いので買い取ってほしいと言っています。」
私: 「財務状態はどんな感じですか?借入金が多くて赤字であれば、完全な赤字会社になるので投資対象にはなりませんよ。」
顧問先社長: 「40年の社歴のある古い会社です。借入金はなく無借金ですが、工場を整理するより機械装置などまだ動くので引き継いでほしいと言っています。私のところの製品を作ってもらっているので、その工場を閉鎖されると非常に困ります。500万円位で株を買い取ろうと思いますが、先生はどう思いますか?」
株式譲渡のリスクと事業譲渡のメリット
私: 「M&Aの譲渡対価が小さい場合は、仲介手数料の関係などでM&Aの対象とはなりません。工場の社長は、自分の人生をかけた会社を整理したくない気持ちもあり、知り合いに会社を譲るケースは表には出てこないですが、実は無数にあります。」
「ただし、この場合は一般的には株式での取引は行いません。」
なぜ株式譲渡を避けるべきなのか
株式で譲渡した場合、会社をそのまま引き継ぐことになるため、以下のリスクがあります:
- 簿外債務のリスク – 最大のトラブル要因
- どんなリスクが潜在しているか判らない
- 後から予想外の債務が発覚する可能性
- 顕在化していない簿外債務は、どんなに詳細なデューデリジェンスをしても発見できない
- 実際のトラブル事例ケース1:未払残業代の請求
- M&A実行3ヶ月後、過去2年分の未払残業代2,000万円を従業員から請求された
- タイムカードの管理が杜撰で、証拠を否定できず支払わざるを得なかった
- 買収1年後、3年前の製品不良による損害賠償請求が発生
- 前オーナー時代の口約束による保証が存在していた
- 請求額3,000万円で、投資回収計画が完全に狂った
- 買収2年後の税務調査で、過去の売上計上漏れが発覚
- 重加算税を含め5,000万円の追徴
- 前オーナーは「知らなかった」の一点張りで責任追及困難
- 工場の土壌汚染が買収3年後に発覚
- 浄化費用1億円超
- 買収時の調査では発見できなかった深層部の汚染
- 労務リスク
- 社長が交代した瞬間に未払残業代を請求する社員が出てくる
- 既存の労働条件をすべて引き継ぐ必要がある
- パワハラ・セクハラ問題が後から表面化することも
- なぜ簿外債務は発見できないのか
- 口約束や覚書など、帳簿に載らない約束事
- 従業員との暗黙の了解事項
- 長年の商慣習による隠れた義務
- 前オーナーすら認識していない債務の存在
顧問先社長: 「従業員は10名程度いますが、若手の5人だけ残して、後は退職してもらおうと思っています。」
事業譲渡の具体的な進め方
私: 「それなら事業譲渡の一択ですね。」
事業譲渡の最大のメリット:デューデリジェンスが実質不要、簿外債務リスクゼロ
事業譲渡を選択する最大のメリットは、引き継ぐ財産だけを確認すればよいため、実質的にデューデリジェンス(財務調査)が不要になり、何より簿外債務を一切引き継がないことです。
株式譲渡なら必要な調査(それでも簿外債務は発見できない):
- 過去数年分の決算書の詳細分析
- 簿外債務の有無の確認(しかし顕在化していないものは発見不可能)
- 訴訟リスクの調査
- 労務問題の洗い出し
- 取引先との契約内容の確認 → 専門業者に依頼すると数百万円のコストと1-2ヶ月の期間が必要 → それでも顕在化していない簿外債務は発見できず、後でトラブルになることが多い
事業譲渡なら:
- 引き継ぐ機械装置の動作確認
- 備品リストの確認
- 在庫の実地棚卸
- 賃貸借契約の引き継ぎ条件確認 → 自社で1-2週間あれば完了、外部コストもほぼ不要 → 簿外債務は一切引き継がないので、後からトラブルになることがない
事業譲渡の実務手順
- 必要な資産の明細書作成
- 機械装置
- 備品
- 工場の賃貸契約の保証金
- その他必要な資産
- 価格設定の方法
- 相手の工場から減価償却の明細書をもらう
- 簿価より多い金額は「のれん」として計上
- 従業員の選別
- 工場を稼働させるために必要な人材の選定
- 新会社での雇用条件の設定
事業譲渡後の資金計画も忘れずに
私: 「投資した金額がいつまでに回収できるのか、古い機械の維持費はどれくらいか、新しい機械に投資する金額はいくらか、これらをしっかり検討してください。工場を引き継ぐのであれば、後で追加資金も必要になるので、融資も検討してください。」
顧問先社長: 「なんかすっきりしました。初めての経験なので判らないことだらけです。」
仲介会社を使わないM&Aを成功させるポイント
1. 投資回収期間を最優先に考える
仲介会社の提示する「修正簿価純資産+3年分の利益」という算定式に惑わされず、実際のキャッシュフローベースで10年以内に回収可能かを判断することが重要です。
2. EBITDAは必ず実質ベースで算定する
表面的な数字に騙されないよう、特に以下の点を精査してください:
- 役員報酬の適正化:3,000万円の役員報酬なら、実際にそんなに支払うのか?
- 広告宣伝費の妥当性:売上維持に必要な広告費が適正に計上されているか?
- 地代家賃の将来リスク:値上げリスクや特別な優遇条件がないか?
- その他の販管費:私的経費の混入や、逆に必要経費の不足がないか?
3. 事業譲渡を第一選択肢とする
特に小規模な案件や、相手企業の全体像が把握しきれない場合は、株式譲渡ではなく事業譲渡を選択することで、不要なリスクを回避できます。
4. 事業譲渡ならデューデリジェンスも簡素化できる
事業譲渡の大きなメリットの一つは、デューデリジェンス(財務調査)を大幅に簡素化できることです。
株式譲渡の場合:
- 会社全体の財務調査が必要
- 簿外債務の洗い出し
- 過去の取引すべての確認
- 費用:数百万円かかることも
事業譲渡の場合:
- 引き継ぐ財産だけを調査すればよい
- 機械装置、備品、在庫などの現物確認
- 実質的にデューデリジェンスは不要
- 費用:大幅に削減可能
5. それでも専門家のサポートは重要
デューデリジェンスが簡素化できるとはいえ、以下の点については専門家のサポートが必要です:
- 引き継ぐ資産の評価と価格設定
- 販管費の詳細分析と実質EBITDA算定
- 事業譲渡契約書の作成
- 税務上の取り扱い(のれんの計上、消費税など)
- 必要な従業員の選別と雇用条件の設定
おわりに
仲介会社を使わないM&Aは、コストを抑えられる反面、すべて自己責任で進める必要があります。しかし、適切な判断基準(投資回収10年以内)と、リスクを最小化する手法(事業譲渡)を選択することで、成功の確率を大きく高めることができます。
特に事業譲渡を選択することで:
- 顕在化していない簿外債務によるトラブルを完全に回避
- デューデリジェンスが実質不要(引き継ぐ財産の確認だけで済む)
- 必要な資産と人材だけを選別して引き継げる
- M&Aにかかる時間とコストを大幅に削減
株式譲渡では、どんなに詳細なデューデリジェンスを実施しても、顕在化していない簿外債務は発見できません。実際、M&A後のトラブルの大半は、この「見えなかった債務」が原因です。事業譲渡なら、このリスクを100%排除できます。
これらのメリットにより、仲介会社を使わなくても、安全かつ効率的にM&Aを実行することが可能になります。
当事務所では、30年以上の経験と、組織再編・M&Aの専門知識を活かし、仲介会社を使わないM&Aのサポートも積極的に行っております。特に、事業譲渡のスキームを使った小規模M&Aについては、多数の成功事例がございます。簿外債務によるトラブルを回避したい、確実な投資回収を実現したい経営者の皆様を、全力でサポートいたします。
M&Aをご検討中の経営者の皆様、まずは一度ご相談ください。投資判断から実行まで、トータルでサポートさせていただきます。
仲介会社を使わない一人でM&Aする場合の実践的アドバイス ~事業譲渡が最適解である理由~|税理士法人松野茂税理士事務所
仲介会社を使わない一人でM&Aする場合の実践的アドバイス ~事業譲渡が最適解である理由~|税理士法人松野茂税理士事務所(お問い合わせ)
税理士法人松野茂税理士事務所
〒660-0861 尼崎市御園町24 尼崎第一ビル 7F
(阪神尼崎駅徒歩1分)
TEL: 06-6419-5140
FAX: 06-6423-7500
Email: info@tax-ms.jp
本記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の案件については必ず専門家にご相談ください。
