相続税対策をお考えの経営者の皆様にとって、「特定同族会社事業用宅地等の特例」は非常に重要な制度です。この特例を適用できれば、相続税評価額を最大80%減額できる可能性があります。今回は、この特例の要件について、条文を参照しながら詳しく解説いたします。
特定同族会社事業用宅地等とは
特定同族会社事業用宅地等の特例は、小規模宅地等の特例の一つです。被相続人が所有していた土地を、同族会社に事業用として貸し付けていた場合に適用が検討できる制度で、400㎡を限度として評価額を80%減額できます。
この特例は、被相続人自身が事業を営んでいたわけではなく、被相続人等が設立した同族会社がその土地上で事業を営んでいる、という点が特徴です。同じく事業用の土地を対象とする「特定事業用宅地等」や、一般的な不動産賃貸を対象とする「貸付事業用宅地等」とは異なる要件が定められています。
法人要件:特定同族会社に該当すること
50%超の出資要件
租税特別措置法施行令第40条の2第18項第5号により、特定同族会社とは、相続開始の直前において、被相続人およびその親族その他被相続人と特別の関係がある者が、法人の発行済株式総数または出資総額の50%超を保有している法人を指します。
重要なポイントは以下の通りです。
- 判定時期:相続開始直前の状況で判定します(遺産分割後ではありません)
- 被相続人の保有は不要:被相続人自身が株式を保有していなくても、親族等が50%超保有していれば要件を満たします
- 親族等の範囲:配偶者、6親等内の血族、3親等内の姻族が含まれます
事業内容の制限
租税特別措置法第69条の4第3項第4号により、対象となる法人が営む事業には制限があります。以下の事業を主として営んでいる場合は、特例の適用を受けることができません。
- 不動産貸付業
- 駐車場業
- 自転車駐車場業
- 準事業(事業と称するに至らない不動産の貸付け等)
つまり、製造業、小売業、サービス業など、実体のある事業を営んでいる法人である必要があります。
法人の状態
相続税の申告期限において、清算中の法人は対象外となります。事業を継続している法人であることが前提条件です。
役員要件:取得者が役員であること
申告期限時点での役員就任
租税特別措置法第69条の4第3項第4号により、宅地等を取得した相続人は、相続税の申告期限において、その特定同族会社の役員であることが必要です。
ここでのポイントは以下の通りです。
- 相続開始時の役員就任は不要:相続開始時点では役員でなくても、申告期限(相続開始から10ヶ月)までに就任すれば要件を満たします
- 株式保有は不要:宅地を取得した親族が、その法人の株式を保有している必要はありません
役員の範囲
法人税法第2条第15号に規定される役員が対象となります。具体的には、以下の役職が含まれます。
- 取締役
- 執行役
- 会計参与
- 監査役
- 理事
- 監事
ただし、清算人は除かれますのでご注意ください。
保有継続要件:申告期限までの継続保有
取得者の保有継続
租税特別措置法第69条の4第3項第4号により、宅地等を相続した親族は、相続開始時から相続税の申告期限まで、その宅地等を継続して所有している必要があります。
申告期限前に売却したり、他者に贈与したりすると、特例の適用を受けられなくなります。
法人の事業継続
租税特別措置法第69条の4第1項により、特定同族会社は、相続開始時から相続税の申告期限まで、その宅地等を継続して事業の用に供している必要があります。
つまり、法人が宅地を借りて事業を営んでいる状態を、申告期限まで維持しなければなりません。
まとめ:3つの要件を全て満たすことが必須
特定同族会社事業用宅地等の特例の適用を受けるためには、以下の3つの要件を全て同時に満たす必要があります。
- 法人要件:相続開始直前に親族等で50%超保有し、事業実態のある法人であること
- 役員要件:申告期限時点で取得者が役員であること
- 保有継続要件:申告期限まで取得者が宅地を所有し、法人が事業を継続すること
この特例は、最大80%の評価減という大きな節税効果がある一方で、要件が複雑です。適用を検討される場合は、事前に専門家にご相談されることをお勧めいたします。
実務上の重要な留意点
1. 他の小規模宅地等の特例との併用制限
小規模宅地等の特例は複数の種類がありますが、どの宅地を選択するかによって適用できる面積や組み合わせが異なります。特に特定同族会社事業用宅地等には重要な選択ルールがあります。
特定事業用宅地等との併用
「特定同族会社事業用宅地等」と「特定事業用宅地等」は併用可能ですが、両方を合わせて400㎡が限度となります。
例:特定同族会社事業用宅地等200㎡と特定事業用宅地等150㎡を併用する場合、合計350㎡まで適用できます
特定居住用宅地等との完全併用
平成27年1月1日以降の相続から、「特定居住用宅地等(330㎡)」と「特定事業用宅地等・特定同族会社事業用宅地等(合計400㎡)」は完全併用が可能となりました。
例:特定居住用宅地等330㎡と特定同族会社事業用宅地等400㎡を併用する場合、合計で最大730㎡の土地について特例を適用できます
貸付事業用宅地等を含める場合の調整計算【重要】
貸付事業用宅地等(200㎡、減額割合50%)を含める場合は、以下の調整計算式が適用されます:
特定居住用宅地等の面積 × 200/330 +
特定事業用・特定同族会社事業用宅地等の面積 × 200/400 +
貸付事業用宅地等の面積 ≦ 200㎡
重要な注意点:この計算式は「適用できる宅地の合計面積が200㎡になる」という意味ではありません。これは、限度面積や減額効果が異なる土地を共通の物差し(加重値)で評価し、全体の適用上限を判定するためのものです。
この計算が複雑であるため、どの土地をどの面積だけ適用させるかの有利不利選択が、納税額に極めて大きな影響を与えます。最も有利な選択をシミュレーションすることが不可欠です。
2. 「無償返還の届出書」の提出の有無
被相続人が同族会社に土地を貸し付ける際、「土地の無償返還に関する届出書」を税務署に提出していたかどうかは、相続税評価に大きく影響します。
届出書を提出している場合
- 土地の相続税評価額:自用地評価額の**80%**で評価(20%減額)
- 同族会社の株式評価:純資産価額方式の場合、借地権として自用地評価額の20%を計上
- 個人と法人を通じて土地の評価額が合計100%となり、課税の公平が保たれます
届出書を提出していない場合
- 借地権の認定課税リスクが発生します
- 土地は底地評価(自用地評価額×(1-借地権割合))となり、大幅に評価が下がります
- ただし、借地権設定から7年以上経過していれば時効により認定課税は行われません
実務上の重要ポイント
- 届出書の提出により、相続税評価額を20%減額できます
- 特定同族会社事業用宅地等の特例を適用する場合、賃貸借契約(固定資産税の2~3倍以上の地代)であることが必要です
- 使用貸借(無償または固定資産税相当額以下の地代)の場合は、届出書があっても自用地評価となり、特例の適用も受けられません
3. 「相当の対価」による地代の授受【必須要件】
特定同族会社事業用宅地等の特例は、土地が「相当の対価」で継続的に貸し付けられていることが必須の要件です。
相当の対価とは
一般的に固定資産税の2~3倍程度の地代が目安とされています。
重要な注意点
- 固定資産税相当額以下の地代や無償での貸与は「使用貸借」と判断され、特例の適用は受けられません
- 特例の要件である「貸し付けられていた」とは、法律上「賃貸借契約」を意味し、「使用貸借」とは明確に区別されます
- 必ず賃貸借契約を締結し、実際に相当の対価による地代の授受を行っておく必要があります
4. 相続開始前3年以内の貸付開始の制限
平成30年の税制改正により、相続開始前3年以内に新たに事業の用に供された宅地等は、原則として特例の対象外となりました。
- 特定同族会社事業用宅地等についても、この「3年縛り」が適用されるため、相続対策として直前に貸付を開始しても特例を受けられない可能性があります
- ただし、その宅地で営まれる事業が3年を超えて事業的規模で行われている場合など、一定の例外があります
5. 建物の所有関係
特例の対象は「土地」ですが、その土地上の建物の所有者にも注意が必要です。
建物所有者の要件
特定同族会社事業用宅地等の特例が適用できる建物所有者は以下の通りです:
- 特定同族会社が所有している建物
- 被相続人が所有している建物
- 被相続人と生計を一にする親族が所有している建物
これらのいずれかに該当すれば、特例の適用が可能です。
適用できないケース
生計別親族が所有する建物:被相続人と生計を別にする親族が所有する建物の敷地は、特定同族会社事業用宅地等には該当しません
最重要の注意点:土地が使用貸借の場合
この特例で最も重要なのは土地の契約形態です。たとえ建物の所有者要件を満たしていても、肝心の土地が同族会社に使用貸借(無償または固定資産税相当額以下の地代)で貸し付けられている場合は、特例の適用は受けられません。
必ず土地について相当の対価による賃貸借契約を締結してください。
実務上のポイント
建物の所有関係を登記簿謄本等で必ず確認することが重要です。特に2次相続も見据えた遺産分割を行う場合、土地と建物の所有者の組み合わせを慎重に検討する必要があります。
6. 遺産分割の期限との関係
小規模宅地等の特例の適用を受けるためには、相続税の申告期限までに遺産分割が完了していることが原則です。
- 申告期限までに分割が未了の場合、「申告期限後3年以内の分割見込書」を添付して申告し、分割確定後に更正の請求で特例を適用することになります
- 未分割のまま当初申告を行うと、特例は適用されません
7. 複数の相続人がいる場合の按分
宅地等を複数の相続人が共有で取得する場合、共有者全員がそれぞれ要件を満たす必要があります。
例えば、共有者の一人でも申告期限において役員でなければ、その相続人の持分については特例の適用を受けられません
8. 親族以外の者への遺贈
特例の適用対象者は被相続人の親族に限定されています。
- 親族以外の者(内縁の配偶者など)が遺贈により取得した場合は、特例の適用を受けられません
- 養子縁組をしていれば親族として扱われます
9. 申告後の要件違反
申告期限までは要件を満たしていても、その後に以下のような事態が生じた場合の対応:
- 申告期限後に土地を売却しても、既に受けた特例の適用に影響はありません
- ただし、適用要件を満たしていないにもかかわらず適用を受けたなど、虚偽の申告が判明した場合は、修正申告や重加算税の対象となります
10. 特例適用のための必要書類
相続税の申告時には、特例の適用要件を満たすことを証明するために、主に以下の書類の添付が必要です:
- 法人の定款(写し)
- 相続開始直前および申告期限時点の法人の株主名簿または出資者名簿(写し)
- 法人の登記事項証明書(相続開始後、申告期限までに作成されたもの)
- 土地の賃貸借契約書(写し)
- 法人の事業内容を証する書類(会社案内、ウェブサイトの写しなど)
- 遺産分割協議書(写し)
おわりに
特定同族会社事業用宅地等の特例は、適用要件が複雑で、実務上の判断が難しいケースも多くあります。平成30年の税制改正による3年規制の導入など、制度も変更されていますので、最新の税制に基づいた判断が必要です。
特に、土地について相当の対価による賃貸借契約が締結されていることは、この特例の根幹となる要件です。使用貸借では要件を満たさない点は、実務上非常に重要なポイントとなります。
相続開始前の対策段階から専門家のアドバイスを受けることで、特例を最大限に活用した相続税対策が可能となります。
税理士法人松野茂税理士事務所では、30年の経験を活かし、組織再編やM&Aの専門知識を駆使した高度な相続対策のご提案も行っております。同族会社の事業承継と相続税対策を一体的にサポートいたしますので、ぜひお気軽にご相談ください。
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