スタッフとの会話で分かる!貸借対照表から危ない会社を見分ける技術
スタッフA:「所長、前回のお話で粉飾決算の怖さは分かりました。でも実際に決算書を見て、粉飾を見抜くことはできるんですか?」
所長:「良い質問だ。実は粉飾決算には明確な痕跡が残るんだよ」
スタッフB:「痕跡ですか?」
所長:「そう。特に危機的な会社の粉飾決算には、はっきりとしたパターンがある。今日は粉飾決算の見抜き方を教えよう」
粉飾決算の2つの基本パターン
所長:「危機的な会社の粉飾決算は、大きく分けて2種類しかないんだ」
粉飾の2大手法
手法1:売上を仮装する
- 架空の売上を計上
- 売上の計上時期を前倒し
- 架空取引の創出
手法2:棚卸資産を仮装する
- 在庫を水増し計上
- 架空の在庫を作る
- 不良在庫を正常在庫として評価
スタッフA:「この2つだけなんですか?」
所長:「基本はこの2つ。他にも細かい手法はあるけど、大きな粉飾はこの2つのどちらか、または両方を使っているんだ」
粉飾決算は貸借対照表に現れる
スタッフB:「でも、どうやって見抜くんですか?」
所長:「ポイントは貸借対照表なんだ。粉飾決算の痕跡は、貸借対照表の資産が増加することで確認できる」
スタッフA:「資産が増加する?」
所長:「そう。順を追って説明しよう」
売上仮装の痕跡
所長:「架空の売上を計上すると、まず売掛金が増える。でもその売掛金は実際には入金されないよね」
スタッフB:「そうですね、架空ですから」
所長:「だから、毎年売掛金が増加していく。そして社長は、その増加した売掛金を隠すために、いろんな勘定科目に振替えていくんだ」
売掛金の変化:
- 売掛金(最初はここ)
- → 受取手形
- → 現金
- → 仮払金
- → 役員貸付金
- → 固定資産
所長:「こうして粉飾の金額が、いろんな資産勘定に分散されて増額していくんだ」
棚卸資産仮装の痕跡
所長:「在庫の水増しは、もっと単純だ。商品が毎年増額していく」
スタッフA:「売上が減っているのに在庫が増える、みたいな?」
所長:「その通り。これは非常に分かりやすい兆候なんだ」
貸借対照表のチェックポイント
所長:「じゃあ、具体的にどの科目をチェックすればいいか教えよう」
粉飾の痕跡が残る勘定科目
スタッフB:「どこを見ればいいんですか?」
所長:「こういう視点でチェックするんだ」
【見つけやすい科目】
1. 現金(架空の現金として計上)
- 💡 非常に見つけやすい
- 現金が数百万円以上ある → 要注意
- 実際の現金残高と合わない
2. 仮払金
- 💡 見つけやすい
- 異常に金額が大きい
- 年度末に急増している
- 内容が不明瞭
3. 役員貸付金
- 💡 見つけやすい
- 毎年増加している
- 社長個人に返済能力があるか疑問
- 実際は架空
4. 固定資産
- 💡 比較的見つけやすい
- 架空資産になる
- 支払先を確認することで判明
- 実在しない設備や車両
【見つけにくい科目】
5. 売上債権(売掛金・受取手形)
- ⚠️ 見つけにくい
- 一見すると正常に見える
- 回転日数で異常が分かる
6. 棚卸資産
- ⚠️ 見つけにくい
- 実地棚卸しないと確認困難
- 回転日数で異常が分かる
スタッフA:「現金や仮払金は見つけやすいけど、売掛金や在庫は難しいんですね」
所長:「そう。だから複数年の推移を見ることが重要なんだ」
複数年比較で粉飾を見抜く
所長:「売上債権の増加や棚卸資産の増加は、1年目は分かりにくい。でも2年目、3年目と同じことが繰り返されるから、数年の金額を比較すると見つけることができるんだ」
スタッフB:「具体例で教えてください」
所長:「よし、実際の数字で見てみよう」
【ケーススタディ:売上仮装の発見方法】
会社の基本情報:
- 年商:1億2000万円(月商1000万円)
- 毎年300万円の架空売上を計上
- 正常な売上債権:3000万円
売上債権の推移:
年度 | 売上債権(万円) | 前年比増加 |
---|---|---|
仮装前 | 3,000 | – |
1年目 | 3,300 | +300 |
2年目 | 3,600 | +300 |
3年目 | 3,900 | +300 |
4年目 | 4,200 | +300 |
スタッフA:「売上が一定なのに、売上債権が毎年増えていますね」
所長:「そう。これが最大の疑問点なんだ。売上が変わらないのに、なぜ売掛金が増え続けるのか?」
売上債権回転日数で見抜く
所長:「ここで使うのが売上債権回転日数という指標なんだ」
売上債権回転日数の計算式
計算式:
売上債権回転日数 = (売掛金 + 受取手形) ÷ (売上高 ÷ 365)
スタッフB:「どういう意味ですか?」
所長:「簡単に言うと、売掛金が何日分たまっているかを示す数字だね。通常は30日〜90日程度が正常なんだ」
具体的な計算
年商1億2000万円の会社の場合:
1日の売上:
- 1億2000万円 ÷ 365日 = 328,767円
正常時の回転日数:
- 3000万円 ÷ 328,767円 = 91日
粉飾後の回転日数の変化:
年度 | 売上債権(万円) | 回転日数 |
---|---|---|
仮装前 | 3,000 | 91日 |
1年目 | 3,300 | 100日 |
2年目 | 3,600 | 109日 |
3年目 | 3,900 | 118日 |
4年目 | 4,200 | 127日 |
所長:「見てごらん。仮装1年目は100日だったのが、4年目には127日になっている。これは明らかに異常なんだ」
スタッフA:「4ヶ月以上も売掛金が回収されていない…」
所長:「そう。これだけ回転日数が長くなると、もう隠すことができない。粉飾だと判断できるんだ」
棚卸資産回転日数でも同じ
スタッフB:「在庫の水増しも、同じように見抜けるんですか?」
所長:「もちろん。棚卸資産の回転日数を計算すれば、仮装経理と判断できる」
棚卸資産回転日数の計算式
計算式:
棚卸資産回転日数 = 棚卸資産 ÷ (売上原価 ÷ 365)
正常な範囲:
- 小売業:30〜60日
- 卸売業:60〜90日
- 製造業:90〜180日
異常なパターン:
- 毎年増加している
- 業種平均を大きく超える
- 売上が減っているのに在庫が増える
所長:「在庫の水増しは、この回転日数を見れば一目瞭然なんだ」
実務での粉飾チェックリスト
スタッフA:「所長、実際に決算書をチェックする時の手順を教えてください」
所長:「よし、実務で使えるチェックリストを作ろう」
【粉飾決算発見チェックリスト】
ステップ1:異常値の確認(見つけやすい科目)
- [ ] 現金が100万円以上ある
- [ ] 仮払金が売上の3%以上
- [ ] 役員貸付金が毎年増加
- [ ] 固定資産が不自然に増加
ステップ2:複数年比較(見つけにくい科目)
- [ ] 売上債権が3年連続増加
- [ ] 棚卸資産が3年連続増加
- [ ] 売上が減っているのに資産が増加
- [ ] 資産合計が毎年増加(利益以上に)
ステップ3:回転日数の計算
- [ ] 売上債権回転日数が100日超
- [ ] 売上債権回転日数が毎年増加
- [ ] 棚卸資産回転日数が業種平均の1.5倍超
- [ ] 棚卸資産回転日数が毎年増加
ステップ4:利益と税金の確認
- [ ] 利益が出ているのに法人税が少ない
- [ ] 繰越欠損金を使っているか確認
- [ ] 納税証明書の確認
ステップ5:総合判断
- 3つ以上該当 → 粉飾の可能性大
- 取引開始は要検討
- M&Aは危険
スタッフB:「これをチェックすれば、粉飾が見抜けるんですね」
所長:「そう。特に複数の項目が該当する場合は、ほぼ間違いないと判断できるよ」
M&Aや融資の場面で活用
スタッフA:「この知識は、どういう場面で使うんですか?」
所長:「主に3つの場面で使うんだ」
活用場面1:M&Aのデューデリジェンス
買い手側の立場:
- 買収対象企業の決算書を分析
- 粉飾の有無を確認
- 実質的な収益力を把握
- 買収価格の妥当性を判断
所長:「M&Aでは、粉飾決算を見抜けないと、架空の資産を買うことになる。数千万円の損失になることもあるんだ」
活用場面2:取引先の与信管理
新規取引開始時:
- 取引先の決算書を入手
- 粉飾の有無を確認
- 倒産リスクを評価
- 取引条件を決定
所長:「粉飾している会社は、いずれ倒産する可能性が高い。大口の売掛金が回収できなくなるリスクがあるんだ」
活用場面3:融資審査
銀行や金融機関の立場:
- 融資申込企業の決算書を分析
- 返済能力を正確に把握
- 粉飾を見抜いて融資を避ける
所長:「銀行も当然こういうチェックをしている。粉飾している会社には融資しないんだ」
粉飾を見抜く税理士の使命
スタッフB:「所長、粉飾を見抜くのは、取引先や買収先のためですか?」
所長:「それもあるけど、実は粉飾している会社自身を救うためでもあるんだ」
スタッフA:「粉飾している会社を救う、ですか?」
所長:「そう。粉飾に気づいて、早めに指摘すれば、引き返すことができる。でも誰も気づかないまま進むと、取り返しのつかないことになるんだ」
税理士の役割
早期発見・早期対処:
- 粉飾の兆候を見つける
- 社長に正直に伝える
- 正しい経営改善の道を示す
- 合法的な解決策を提案
所長:「長年やってきて分かったのは、粉飾を見抜く力は、お客様を守るための力なんだということだよ」
スタッフB:「深いですね…」
所長:「税理士は単なる数字の専門家じゃない。数字の裏側にある真実を見抜き、お客様を正しい道に導く。それが私たちの使命なんだ」
まとめ:粉飾決算の見抜き方
所長:「最後にまとめよう」
粉飾決算の見抜き方:
1. 基本パターンを理解
- 売上の仮装
- 棚卸資産の仮装
2. 貸借対照表をチェック
- 現金・仮払金・役員貸付金(見つけやすい)
- 売上債権・棚卸資産(見つけにくいが重要)
3. 複数年比較
- 3年以上の推移を見る
- 不自然な増加を発見
4. 回転日数を計算
- 売上債権回転日数
- 棚卸資産回転日数
- 異常値を見つける
5. 利益と税金の整合性
- 納税証明書で確認
- 不整合があれば要注意
スタッフA:「これで粉飾が見抜けるんですね」
所長:「そう。ただし、100%確実に見抜けるわけじゃない。軽い粉飾は分からないこともある。でも、危険な会社の大きな粉飾は、必ずこういう痕跡を残すんだ」
スタッフB:「勉強になりました!」
所長:「決算書を見る時は、いつも『この数字は本当か?』という視点を持ってほしい。それが会計のプロとしての姿勢だからね」
決算書分析・M&A支援でお悩みの方へ
当事務所では、長年の実務経験をもとに、決算書の本質を見抜く専門的な分析を提供しています。
当事務所のサポート:
- ✅ M&Aにおける財務デューデリジェンス
- ✅ 取引先の与信調査・決算書分析
- ✅ 粉飾決算の早期発見と改善支援
- ✅ 適正な企業価値評価
- ✅ 買収・事業承継のリスク分析
- ✅ 売上債権・棚卸資産の健全性チェック
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