税理士法人松野茂税理士事務所 | 2025年10月
はじめに
生成AI分野への参入を加速させるさくらインターネット。約1,000億円規模という巨額投資の発表は、同社が「レンタルサーバー会社」から「国産AIクラウド基盤企業」へと舵を切った象徴的な出来事です。
しかし、AI投資は本当に「夢のある分野」なのでしょうか。税理士として30年、多くの企業の設備投資と資金繰りを見てきた立場から申し上げれば、現時点では収益構造が追いついていないのが実情です。
本稿では、さくらインターネットの戦略を整理しつつ、投資と回収の現実について冷静に考察します。
1. さくらインターネットのAI戦略概要
さくらインターネットは2024年から2025年にかけて、生成AI分野への本格進出を明確に打ち出しました。その投資規模は約1,000億円。国内企業としては異例の規模です。
同社の狙いは明確です。海外クラウド(AWS、GCP、Azure)に依存する日本のAI環境を変え、国産AIインフラを育成すること。これは単なる企業戦略ではなく、ある種の「国策的使命」を帯びた動きといえます。
2. なぜいま、AI投資なのか
生成AIの発展には、膨大な計算力(GPU)と電力が必要です。しかし国内では高性能GPUの確保が難しく、多くのAI企業が海外クラウドに依存せざるを得ない状況が続いています。
この「海外依存」を減らし、日本国内でデータ主権を守りながらAI開発を進める基盤を作る。それがさくらインターネットの目指す方向性です。技術革新が加速する中で、電力と演算力の主権を国内に取り戻す意義は小さくありません。
3. 主な取り組み内容
さくらインターネットの具体的な施策は以下の通りです。
生成AIクラウド「高火力シリーズ」の拡張を軸に、NVIDIA製GPUを中心とした2,000基から1万基規模の設備投資を進めています。協業先にはNICT(国立研究開発法人情報通信研究機構)やPreferred Networksなどが名を連ね、北海道石狩データセンターでは新冷却方式を導入した拡張工事も進行中です。
さらに注目すべきは、GPU仮想化技術(VRT)の導入です。これにより、クラウド型のリソース共有が可能となり、利用効率の向上が期待されています。
4. AI投資の現実――いま、儲かっているのか?
ここからが本題です。AI関連の報道では「投資金額の大きさ」ばかりが注目されますが、現時点ではまだ利益を生む段階には至っていません。
GPU設備は極めて高額です。1台あたり数百万円から数千万円の初期費用がかかり、電力・冷却コストも膨大です。そして何より、減価償却が5年以内に集中するという構造的負担を抱えています。
さらに、AI市場は競争が激化しており、GPUを貸し出すビジネスも価格競争にさらされています。つまり、「AI投資=すぐに儲かる」というイメージは幻想であり、今はまだ回収よりも先行投資の段階なのです。
5. 税理士の視点――減価償却との戦い
税理士として30年、多くの企業の設備投資を見てきましたが、このAIインフラ投資はまさに減価償却との競争です。
AI用GPUは技術革新のスピードが速く、3年から5年で陳腐化するハイリスク資産です。にもかかわらず、数百億円単位で前払い投資をするため、資金繰り・キャッシュフロー管理が極めて難しい。
企業が耐えられるかどうかは、減価償却を上回る利用率(稼働率)を維持できるかにかかっています。設備が遊んでいる時間が長ければ、いくら先端技術でも経営を圧迫します。
法人税の観点からも、巨額の減価償却費が利益を圧迫する期間が続きます。税務上の繰越欠損金の活用や、研究開発税制の適用可否など、綿密な税務戦略が不可欠です。
6. それでも挑む理由
それでもさくらインターネットがこの道を選んだのは、AI時代の電力と演算力の主権を国内に取り戻すためです。
今後、国内データを海外クラウドに預けるリスクは高まる一方です。セキュリティ面でも、法規制面でも、「国産AIクラウド」を維持する存在は不可欠です。短期的な利益を犠牲にしてでも、中長期的な日本の技術基盤を作るという方向性には、企業としての覚悟と社会的意義があります。
7. 私の意見――夢と現実の両面を見据えて
AI分野はいま、「夢」と「現実」が同居しています。投資の規模は華やかですが、利益はまだ追いついていません。
しかし、これはかつてのインターネット黎明期と同じ構図です。1990年代後半、多くの企業がインターネット関連事業に巨額投資を行い、淘汰も経験しました。しかし、先に土台をつくった企業が、次の時代に「空気のような存在」になったのも事実です。
さくらインターネットは、まさにその基盤を築く側です。
税理士の立場から見ても、このような長期リスクを前提とした成長投資は、経営として極めて挑戦的です。同時に、日本企業にとって貴重なケーススタディになると考えています。
組織再編やM&Aの場面でも、AI資産の評価やデューデリジェンスは今後重要なテーマになるでしょう。私たち税理士も、こうした先端分野の動向を注視し、クライアントに専門的かつ分かりやすい助言を提供していく必要があります。
まとめ
さくらインターネットのAI戦略は、短期的な収益よりも中長期的な基盤構築を優先した経営判断です。減価償却との戦い、資金繰りの課題、技術革新のスピードなど、乗り越えるべきハードルは数多くあります。
しかし、だからこそ注目に値します。AI投資の「夢」だけでなく「現実」を冷静に見据えることが、経営者にとっても、投資家にとっても、そして私たち税理士にとっても必要な視点だと考えます。
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事務所概要
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